1年生の前期最難関でもあった遠泳も終え、あとは夏季休暇というイベントのみだ。しかし浮かれる暇もなく、今日も防大生は早朝から外に出て乾布摩擦、腕立てを行う。
麻琴も声を上げながら乾布摩擦をしていると、ふと坂木が視界に入り、そして腕時計が目に行く。
先日、腕時計が壊れてしまった麻琴はPXまで行ったところ坂木と会い・・・坂木に遠泳の褒美として腕時計を買ってもらったのだが坂木も同じ腕時計を買ったのだ。
坂木の腕時計を見て、自分の腕時計を見つめると頬が熱くなり慌てて顔を逸らした。
「真壁」
「はいっ」
駆け足で学生舎に戻る中、大久保が麻琴に声をかけた。 大久保は相変わらずニコニコとした読めない笑顔をしながら
「腕時計、変えたのですね」
「はい! この間壊れちゃって・・・新しいものにしたんです」
「訓練中とかにベルトがちぎれるとか、気づいたら電池切れてるとかありますからね」
「いきなりだったのでビックリしました。これからは予備にもう1つ持っておくべきですね」
麻琴はへらっと笑うと、麻琴達を追い抜いていく坂木に目が行った。それは大久保も同じだったが麻琴をチラッと見下ろすと、その視線は自分から坂木へ行っている。
「(なるほど)・・・真壁」
「はい!」
坂木からこちらに移る視線。
この2人・・・何かあったなと大久保は察すると
「頑張ってくださいね」
「?? はい・・・」
一体自分は何を応援されたのか・・・首を傾げるのだった。
そして一斉喫食。
大久保の右側に座った坂木と、部屋会はどこに行くかという話をしていると大久保はふと坂木の腕時計に目がいった。
「(おや、この時計何処かで・・・)」
はて、どこで見たのか。
記憶を遡ること朝・・・麻琴との会話を思い出す。
「・・・あ」
「?何だよ」
坂木の腕時計は、麻琴が付けていた腕時計と同じものだ。
「(いや、PXで買ったものなら同じものがダブってもおかしくないですよね・・・坂木はいつからこの時計を?)」
「オイ、どうしたんだよ」
笑顔のまま箸を止めた大久保を、坂木は怪訝な顔で見上げてくる。
「坂木・・・腕時計、変えたんですね」
「ん?ああ。 丁度替え時だったからな。」
そう言って左腕に着けた腕時計をチラッと見てから、顔を上げた。その視線には同期とニコニコしながら朝食を食べる麻琴・・・
普段険しい顔をしている坂木の顔もこの時だけは微妙な変化だが穏やかな顔になっており大久保は脳内で頭を抱えた
「(え?この2人付き合っ・・・いや、内恋否定派の坂木がついに? いや、バレなきゃいいですけど・・・あなた達一体何があったんです?)」
気になる。
聞きたい。
めちゃくちゃ聞きたい。
再び笑顔のまま箸を止めた大久保、さすがに・・・と坂木は眉を寄せると
「お前、本当に大丈夫か?具合でも悪ぃんじゃねぇか?」
すると向かいの席で白飯をバキュームのように掻き込んでいる岡田が顔を上げると
「大久保、具合が悪いのか? ・・・そのイチゴ貰っていいか」
「あ、ああ・・・どうぞ」
そう言って小皿に乗ったイチゴを岡田に差し出すと岡田は嬉しそうに礼を言い、再び米を掻き込み始めた。
「医務室行くか?」
「いえ、調子は大丈夫ですよ。 ・・・坂木」
「ん?」
この鬼とあの避雷針がどうなるのか楽しみだ・・・大久保は再びニコリと笑うと
「・・・頑張ってくださいね、応援してます」
「・・・はあ?」
なんの応援だ?と首を傾げる坂木。
大久保は何も言わず、箸を持ち直すと朝食を再開させたのだった。