ついに訪れた8km遠泳当日・・・
泳力判定、プール訓練、海面訓練と段階的に行ってきた1年生。その結果を出す時がやってきた。

天気は快晴・・・ラッパの音ともに起き上がると直ぐにベットを直し「おはようございます!」とドアを開けて声を張り上げた。


あれから、30分、60分、90分120分と少しずつだが泳ぐ長さを増やし海面訓練もして海には慣れた・・・
しかし食堂で朝食を食べる1学年の顔は引きつっており緊張した空気を醸し出していた。

GW前には2学年のカッター訓練も終わり前期の大きなイベントは1学年の遠泳のみ。緊張している1年生を見た定期訓練帰りの2先生は席を立つと各テーブルにデザートとして出されていたヨーグルトを置き始めた。

「ほら1年!箸止まってるぞ!ちゃんと食わねぇと、海泳げねえからな!」
「あ、ありがとうございます!」

麻琴のテーブルにもヨーグルトを置いてくれた男子学生が居り、麻琴は慌ててお礼を言った。



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遠泳は保護者や身内の見学も多い。麻琴もチラッと見ると

「・・・仕事しなよ」

母は教師のため居ないが、何故か父親と消防士の兄がビデオカメラ片手に準備万端だった。



組長の松原は全員の前に立つと

「今日は天気も良く、波の高さもそこまで高くはない。 この日のために俺たちは訓練を積んできた! 1人も欠けずに8kmを泳ぎ切ろう!」
「おおー!」
「声が小さい! そんなんでやれんのか!」
「おぉー!」
「真壁!」
「はいっ!」

松原に突然名前を呼ばれて麻琴はビクッとなった。松原は麻琴を見ると

「俺達に発破を掛けたあの時の威勢はどうした!海なんかにビビるなよ!俺たち全員で泳ぎ切るからな!」

入校当初の出来事を思い出して、麻琴は笑うと

「びびってないし! 大丈夫、みんなに着いてくから!」


全員で円陣を組むと


「今日の日差しは強い!」
「俺たちの方が強い!」
「これが終われば!」
「夏季休暇!」


そう叫ぶと教官からの入水許可が降りて全員は海に飛び込んで行った。



***



一方学生舎では訓練を終えた各要員の学生達が戻ってきていた。

ふと坂木は腕時計を見た。時刻は12時前・・・8:30には開始して8km泳ぎ切るには5時間は掛かる。

そろそろ終わるだろうか・・・

「(アイツ、溺れてねぇだろうな)」
「坂木」

顔を上げるとそこには帰ってきたばかりの岡田がもう既に援団の格好をしており手袋をはめながら

「今から1年の応援に行く。お前も来るか?」
「オレは・・・」
「あ、行きます行きます」

こっそり行こうと思ったのに・・・坂木は肩を掴む大久保を睨むと


「ほらほら、急がないと終わってしまいますよ」
「・・・ああ」


走水の海岸まで行くと皆考えは同じなのか可愛い後輩の為に応援に駆けつけている学生が多かった。4年生はまだ不在・・・代理のリーダーとなった岡田は腰に手を当てると

「あと少しだな。・・・準備はいいか!」
「押忍!!」

応援団が声を張り上げ手を鳴らし、太鼓の音が響き始めた。



***



「おい、あれ・・・」
「応援団だ!」
「先輩たちもう帰ってきたんだな」

疲労困憊状態の1年生。
もうかれこれ5時間近くは泳いでおり日差しは暑いのに身体は体温を奪われ身体は寒くなってきている。

失速していた所に、応援団の声が聞こえてきて全員が顔を上げた。

監督艇から吉田教官は目を細めると

「おい!先輩達が応援に来てくれたぞ!ラストスパートだ、全員気合い入れろ!こっから潮の流れが変わるからな!ちゃんと指揮とれ!」
「はい!」


吉田教官はチラッと麻琴を見た。
この組では唯一の黄色帽子で、とっくに訓練より長い時間泳ぎ続けている。顔色を見ると疲労は伺えるがまだ目は死んでいない。

「真壁、大丈夫?」

麻琴の隣でシンチャイが心配そうに顔を覗き込んできた。正直いって体力の限界に近い。
しかし周りを見てみると、5時間も泳ぎ続けたせいか全員疲弊しきっている。

麻琴はシンチャイを見て頷くと大きく息を吸い込んだ。

「あーあー進みが悪いなぁ!みんな顔の輝き不備だなぁ〜そんなんじゃあの鬼先輩に叱られちゃうぞ!」

突然の発言に全員は真ん中にいる麻琴を見ると

「これが終わったら夏季休暇だよ! 私は実家に帰って飼い犬をもふもふしたい!」

夏休みにやりたい事を言うと全員は笑みを浮かべ

「俺は母さんの飯が食いてぇ!」
「彼女作りたい!」
「実家の布団で寝たい!」

各々で夏休みの予定を叫び始め、麻琴は知念を見つめた。

「みやちゃんはどうするの?」
「私?私は実家の沖縄に戻って、海で泳ぎたい!」
「ぶはっ、ここで散々泳いだのにまだおよぐのかよ!」
「すげーな知念!」

無言だった空気が一気に賑やかになった。
そんな光景を吉田も船から笑みを浮かべて見守る。
松原はよし!と声を上げると

「スピード上げるぞ!一気にゴールだ!」
「「「おお!」」」

掛け声を上げながら全員は陸に向かって泳ぎ続け・・・そしてついに全員は陸の砂浜に手を着くとゆっくりと立ち上がった。

「完泳!」
「お疲れ様!」
「頑張ったな!おめでとう!」

先輩たちや保護者が拍手を送り、坂木も大久保もそれを見守る。


すると、ザパン!と飛び込む音がして坂木は顔を上げると教官の吉田が血相を変えて海に飛び込んでいる所だった。

何事だ?と坂木は首を傾げ陸を見つめると、波打ち際でうつ伏せになったままの麻琴が倒れていた。
全員完泳した事で気づいてない・・・坂木は地面を蹴ると

「真壁!」

そう叫ぶと全員が驚いて坂木を見て、麻琴を見ると1学年が全員麻琴に駆け寄った。

「真壁!大丈夫か!」
「担架持ってこい!」
「真壁!」

海水で濡れるのも構わず坂木は麻琴を起こすと意識はしっかりとあった。

「おい、大丈夫か!」
「うぅ・・・すみません。起き上がろうと思ったんですが腕が上がんなくて」
「馬鹿野郎、気づかなかったら溺死してたぞ!」

持ってきたタオルを肩に掛けると麻琴はすみませんと小さく謝ると坂木を見上げて

「ていうか坂木さん、何で・・・」
「あ? ・・・丁度間に合ったんだよ。」

目を逸らして坂木はムスッとした顔になり頬をかきながら麻琴を見つめると

「・・・頑張ったじゃねぇか」

よくやったな、と笑みを浮かべると麻琴は「はい!」と返事をする。 そんな2人を見守っていた1年は何かを察すると

「あー・・・俺たちは豚汁食べようぜ」
「邪魔しちゃ悪いね」
「麻琴ー先行って用意してくるから、慌てなくていいよ〜」

そんな会話に坂木と麻琴はお互い顔を逸らして立ち上がると

「お、おら!とっとと身体あっためてこい!」
「ひゃい!」

背中を叩かれて慌てて麻琴は階段を上がって行った。


避雷針と8キロ遠泳



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