現地集合となった麻琴は水着の入ったバッグを持ってスポーツジムの前に立っていた。
横須賀から離れた東京都心部にあるスポーツジム。トレーニング施設からプールまであり、都心部にしては大きいジムだ。
防大にトレーニング施設があるのでわざわざ契約するまで防大生は来ないが、私服でウロついている学生が居るのを懸念して距離を離してでの現地集合となった。
一通り麻琴の泳ぎを見た坂木は水の中で腕を組みながら
「お前・・・剣道は上手いのにな。」
「ぐっ・・・」
「平泳ぎは、引き付けと蹴りの2つに別れてる。 お前の場合、足が反って無くて伸びてる「あおり足」になっちまってる。この癖さえ直れば大丈夫だろ。」
麻琴は頷くとプールサイドに手を着いて脚を曲げると
「このタイミングで足がこうなればいい。踵を尻まで近づけ・・・」
麻琴の踵を引っ張った瞬間、手が水で滑ってしまい手が軽くだが麻琴のお尻に触れてしまった。
「やば・・・」
むにっとした柔らかい弾力に坂木は声を出して硬直する。
「・・・・・・坂木さん?」
しかし、麻琴は泳ぐのに夢中で気づいてないようだ。慌てたのは自分だけか、と坂木は邪念を振り払うようになんでもない、と呟くと再び麻琴の足首を掴んだ。
「顔もっと上げろ!本番は波で高さは不安定、ちゃんと上げねぇと溺れるぞ!」
「はい!」
「目標は黄色帽子、そこまで行けりゃあ上出来だ。」
50mさえ泳げれば・・・訓練開始から何時間も経っているが足の動きも改善され、なんとか泳ぎ切れそうだ。
「真壁、ラストスパートだ!」
そう声を掛けて、麻琴はプールの縁に手を付けると
「・・・合格だ。これなら教官もOKしてくれるだろ」
頑張ったな、と付け加えると麻琴はパッと顔を明るくさせてやったー!と両手を上げた。
プールから上がると、麻琴は疲労と水の重さでフラフラとする。
「おい、大丈夫か。」
「はい!疲れましたが大丈夫です!」
ふらつく麻琴を無意識に引き寄せてしまい、軽くぶつかってしまった。麻琴はありがとうございます・・・と顔を上げて固まった。
下ろされた前髪から落ちる水滴に、しっかりと筋肉の付いた胸板・・・朝の乾布摩擦で見慣れているが水から出た後のせいか坂木からは色気が感じられ麻琴は顔を赤くすると
「おい、大丈夫か?」
「だ、だだだ大丈夫です!(やば、声ひっくり返った)」
声がひっくり返ったが、赤くなった顔を隠すように慌てて前を向いたのだった。
休み明け、月曜日の水泳訓練・・・
格段に上達した麻琴の泳ぎを見て全員が驚き、教官の吉田も驚いていた。
「真壁、泳げてる・・・」
「前に進んでる・・・」
「カーッ!やりゃ出来んじゃねぇか!真壁、上がれ!」
「はい!」
麻琴は教官の前に立つと被っていた赤帽子をポイッと脱がされ代わりに手渡されたのは・・・
「許容範囲と認める。 お前は今日から黄色帽子だ!」
「あ・・・ありがとうございます!」
坂木のおかげだ、麻琴は黄色帽子をギュッと握ると課業後慌ててロッカー室へ行く。坂木は航空要員のため外での訓練で暫くは不在だ。
>坂木さん!
>黄色帽子になりました!ご指導、ありがとうございます!
そう言って送信ボタンを押すと麻琴はニコニコしながらロッカーを閉めた。
一方小松基地。
訓練後・・・坂木はロッカーに入れられた携帯の電源を入れ、麻琴から来たLINEを読むとフッと笑い
>良かったな。本番は頑張れよ。
と、送信した。
▼おまけ
ホテル小原台・・・
2学年より上は夏期の定期訓練があり訓練は構内でもあるが各駐屯地へ行き実践の訓練を行うため日程によっては上級生が0・・・なんて事がある。
指導する上級生がいない・・・つまり数日の間は
「先輩居ないのか〜」
「うちの部屋は先輩達優しいから別に苦ではないんだけどね〜」
「ね〜」
麻琴と知念はベットで仰向けになってそんな事を話していた。
麻琴と知念は恐る恐る廊下に出ると立ち止まった。常に廊下は戦場だと思えと言われ続けたため走る癖があるが誰も注意する先輩が居ない・・・
他のフロアの1年生に関しては廊下で突っ立ってみたり、男子が上半身裸で走り回っているそうだ。
「男は楽しそうだねぇ〜」
「でも怖い先輩がいないって言うのはちょっと嬉しいよね」
「うんうん、怒鳴られないしね」
「ねー麻琴!みや〜!女子会しよ〜!」
他の部屋から顔を出した同期がそう叫ぶと賛成!と手を挙げた。
麻琴達女学勢全員で集まり女子会が開催される。
すると別部屋の立岩がそう言えば、と麻琴を見ると
「ねぇ麻琴ちゃん、坂木さんとはどうなの?」
「へ?」
「私も気になってたのー!」
「2人は付き合ってるの?」
「つつつ、付き合う!?」
顔を真っ赤にして麻琴は慌てると
「だって、風邪引いて看病してくれるって相当じゃない?」
「坂木さん、麻琴の作業着プレスしてたよ!」
「えーっ優しい〜!」
「惚れちゃう!」
「坂木さん怖いと思ってたけど、優しいんだね〜」
見方変わったね〜とキャッキャウフフしていると知念は
「ねぇ麻琴はなんとも思ってないの?」
「私なら惚れる」
問い詰められてしまい麻琴は頬をかくと
「・・・ただの先輩だよ。」
「ほんとにー?」
「麻琴ちゃん、内恋は駄目だと言われてるけど想うだけなら良いとおもう!」
拳を握って力説され、麻琴はじゃがりこをかじりながらうーんと唸ると
「坂木さんと居てドキドキとかしないの?」
「ドキドキ? 」
先日のプール特訓の坂木の姿を思い出して麻琴は顔を赤くしかけたが、ぼりぼりとじゃがりこを食べながら苦笑いすると
「・・・ドキドキじゃなくて冷や汗しか出ないかな」
そう返すと道のりは長そうだと全員がため息をついた。