季節は梅雨に移変わろうとしており、梅雨に入った防大生の制服は白い制服へと移った。初めての夏服になったため服装不備などで注意される学生も多く部屋を出る前は同期の知念とあーでもないこーでもないと戸惑った。
雨が降る土日は外出希望者は少ない・・・だがしかし、麻琴は違った。
「えー麻琴、ホントに行くの〜?」
同室の知念がベッドでうつ伏せになりながら麻琴に問いかけた。先輩たちも雨が降っているため今日は外出しないらしい。
昨日、麻琴が好きな映画が公開され、たまたま休みだった兄がこちらに来て連れて行ってくれる事になったのだ。
「うん!本当は昨日封切りだったから!それに・・・」
「それに?」
麻琴はにやにやすると
「待たせてる人居るんで・・・」
その瞬間、全員が立ち上がると
「彼氏!?彼氏なの!?」
「麻琴、いつの間に・・・!!」
「そんな影今まで見せてなかったじゃない!」
「坂木は!坂木はどうするの!」
詰め寄られながら麻琴はオロオロとすると
「い、いやそうじゃなくて!・・・兄です!(何で坂木さん出てくるの!)」
「・・・ああ、お兄さんか」
「なんだ〜」
「びっくりした!」
そう言うと解散とでも言うかのように元の位置に戻る先輩たちと知念。
色恋沙汰には敏感だな・・・と麻琴はやれやれと苦笑いすると行ってきます!とドアを開けた。
パタパタと駆け足気味に廊下を走っていると
「あれ、真壁学生」
「大久保さん!おはようございます!」
「おはようございます。」
出会ったのは3年生の大久保俊道。男子学生の間では変態紳士と呼ばれているが、常に笑みを絶やさないかつ何を考えているか分からない不思議な雰囲気を漂わせた先輩だ。
坂木のような鬼先輩もいるが、中には仏と呼ばれる部類の先輩もいる。その仏部類に入るのが目の前でニコニコとしている大久保だ。
「珍しいですね、真壁が外に出るなんて。シャバの空気が吸いたくなりましたか?」
「そ、それもありますが・・・今日兄と会う約束をしていて・・・えへへ!」
頬を赤く染めた麻琴は照れくさそうに笑うと何かを察した大久保はへえぇ〜と顎に手を当てて頷く。
「真壁学生」
「はい」
大久保は麻琴のバッジと学帽を指さして
「ピカール不備」
「ええっ!」
時間が無いのに・・・と麻琴は青ざめると大久保はクスクスと笑い
「冗談ですよ。 異常は無し。それなら1発で出れると思います。」
「び、びっくりしました・・・点検、ありがとうございます!」
「いえいえ。ほら、点呼に遅れますよ。行ってらっしゃーい」
「行ってきます!」
麻琴は敬礼をすると出口へと走っていった。
それを見送った大久保は笑顔のまま
「・・・いい事を聞きましたね」
そう言うとロッカー室へ向かいスマホを素早く操作して何かにLINEを送ると、とある人物の所へと向かった。
.
.
.
「あ、やっぱここにいましたね」
「大久保か・・・何だよ」
喫煙所でタバコを吹かせていた坂木。
ニコニコしながら大久保が坂木に近づきツツ・・・とお尻を撫でる。
「っおい!触んな!」
「いい事聞いちゃいまして」
「あ?」
「珍しく真壁が外出を」
「真壁が?いい事じゃねぇか」
灰をトントンと落としながら坂木はそんなことを言う。
「・・・それが、男とデートだとか」
「・・・・・・・・・は?」
ここ最近噂になっていたのだ
坂木が麻琴ばかり目をつけては怒鳴り散らし腕立てや反省文、挙句の果てには校友会の剣道部へと引きずり込んだなどなど。おかげで麻琴は避雷針として1学年に貢献をしている。
それに先日麻琴が風邪を引いた時は看病もしてプレス作業も行ったのだ。鬼とはいえ後輩思いの坂木が女学にそこまでするのは初めての光景だった。
ひょっとしたら坂木は麻琴に気があるのでは?と目を光らせていたのだが先日の歓迎会で探りを入れた所麻琴は坂木を鬼だと思っていると本人にも宣言しており、坂木も後輩として妹のように可愛がっているとか・・・
偵察隊の結果、特に異常は無しとなったのだが果たして本当だろうか?と、坂木の反応が見たいが為麻琴に先程、草の者(司令外出させた後輩)を麻琴に付かせたのだ。
ピロン
「おっと、早いですね」
大久保はスマホを取りだすと
「ほら」
「・・・マジかよ」
その盗撮された写真には高身長のサングラスを掛けた男性と、麻琴が2人で歩いている写真だった。
その写真の後に二人の会話を聞いた内容が書かれて送られてきた。
「手繋ぐか?」
「駄目だよ、制服着てるもん」
「残念だなぁ。せっかく久しぶりに会えたのに」
「規則だから!」
「真面目だねぇ〜頭撫でるならいい?」
「駄目!異性との無闇な接触は禁止!」
その後の写真には何だかんだ嬉しそうな麻琴の姿。
どうだ、と大久保は坂木の顔を見た瞬間サッと顔を青ざめると
「・・・坂木、落ち着いてください」
坂木は、鬼の形相でタバコのボックスタイプの箱をグシャリと握りつぶしていた。
「(いかん、なんでオレはこんなに動揺してんだ。真壁に彼氏?別に居たからって何だよ、何でこんなにイラつくんだ?オレに彼女が居なくて、アイツには彼氏が居るからムカついてんのか?クソッタレ・・・)」
「坂木、火が・・・」
落ち着こうとタバコを吸おうとしているが持っているジッポライターがブルブルと震えて火がつかない。幹部を目指す者として今まで訓練してきたのにこんな状況で動転するなどあってはならない、そう言い聞かせるも先程の麻琴とイケメンのツーショットが脳裏から剥がれずにいる。
めちゃくちゃ動揺している坂木を見て大久保は察すると
「・・・なるほど、嫉妬ですか」
「・・・・・・あ?ちげーよ。」
「明らかに動揺してたでしょ」
「これは・・・寒いからだ」
そんな馬鹿な。
大久保は困ったように頬をポリポリとかくと
「えっと・・・追跡します?」
「・・・別に、アイツのプライベートだろ?オレには関係ねぇ」
グリグリと火を消すと坂木はポイッと灰皿に捨て自室へ戻るために背中を向けたが・・・角を曲がった瞬間、突如猛ダッシュし始めたので大久保も負けじと追いつき併走した。
笑顔を貼り付けたまま坂木の顔を覗き込む大久保の形相はとてもじゃないが危険だ。
「ふふ、面白そうですね・・・!私もついて行きましょう!」
「チッ」
そう言うと坂木と大久保は最短で行くためインコースを攻めながら廊下を曲がったのだった。
***
情報によると麻琴とイケメンは横須賀にあるビューマックスという映画館に行ったそうだ。
見る映画は・・・
《駆逐してやる!》
《腎臓を捧げよ!》
巨人と戦う大人気漫画の劇場版だった。
麻琴は中間くらいの見やすい席で男性と肩を並べて映画を見ており、男から差し出されたジュースを飲み、麻琴も自分の飲み物を飲ませている。・・・それくらい親密な関係に斜め後ろに座っていた坂木は、コーラの入った容器を握りつぶしそうになった。
「(だから何でイラつくんだ)」
私服に着替える暇も無かったため制服のままコンビニで調達したマスクをして映画を観ているが・・・
小声で坂木は大久保に
「・・・おい、大久保・・・この映画分かるか?」
「・・・・・・・・いいえ、全く。芹澤ちゃんなら分かるでしょうが・・・」
幸いにも総集編だったらしく初見でも分かりやすかったが坂木はエンドロールを見ながら「あれ、オレは何しに来たんだ?」と首を傾げるのだった。
「・・・で?」
「は?」
上映後麻琴に見られないように撤退した2人は映画館から離れたカフェで大久保と向かい合わせでジュースを啜り合う。何で野郎なんかと・・・と坂木は不機嫌MAXだったがそれだけが不機嫌な理由ではない。
「坂木は真壁が気になってるんでしょう?」
「あ?何でそうなるんだよ」
「看病したのは同じ校友会、そして合宿で無理をさせてしまった詫び・・・妹と重なるから。それは分かりましたが、今日の貴方は珍しく動揺しいたので」
坂木はコップについた結露を眺めながら
「・・・そんなに動揺してたか」
「まあ、3年間の付き合いですが見たことは無いくらいでしたね」
「そうか・・・」
頬杖をついて坂木は窓の景色を眺める。
そんな顔を見て大久保は仕方ないと手を挙げると
「幾つか質問をしますよ」
「ああ」
「真壁が他の学生と話しているとイラッとしますか?」
なんだそれ・・・と坂木は首を傾げると大久保は想像してみなさい。と言った来たので腕を組んで目を閉じた。
確かに真壁はあの発破事件から1年たちの交友度が増し、男子とよく話しているし熱を出した時も差し入れがあった。いい事じゃねぇか、と「しない」と言いかけたところで大久保は
「そう言えば上級生や私の部屋っ子が真壁が可愛いと話してましたね〜あの子は小さい身体で頑張ってますから。応援してあげたくなりますよね。」
「・・・あ?」
「あ、ほら。イラッとした」
ぐ、と坂木はコップを掴んでストローを使わずコーラをグイッと飲んだ。
「食堂で他の学生達が麻琴にデザートをあげてます。イラッとしますか?」
女学生にデザートをあげる・・・厚意もあるが下心のある学生が多い。
「チッ」
「あ、またイラッとした。では今日、真壁がデートしたって聞いた時明らかに動揺したのは?」
「それは・・・」
坂木が眉を寄せ、大久保はコーヒーをストローで啜ると
「1ついい事を教えましょう」
「・・・何だよ」
「あれは、真壁のお兄さんです」
「・・・・・・・・・は?」
相変わらずニコニコしたままの大久保を睨むと
「ちょっとしたイタズラをね。 どうです?安心したでしょ」
確かに、兄と聞いた瞬間スッと心が軽くなった。
そんな坂木を察してか大久保はテーブルに頬杖を着くと
「貴方は真壁が好きなんじゃないです?」
「オレが?」
「はい」
坂木は腕を組んでしばらく考えると、またコップを掴んで今度こそコーラを飲み干すと
「・・・・・・それはない」
「・・・あらあら」
帰るぞ!と立ち上がった坂木。
大久保は「素直じゃないですねぇ」と苦笑いすると財布を開いたのだった。
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.
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久しぶりに兄と会えた麻琴はるんるん気分で帰ってきた。
途中から雨も止み、兄には行きたかったパンケーキ屋やスイーツ店などにも連れて行ってもらい暫く外に出なくてもいいなと思えるほどだ。
「真壁」
「ひゃい!」
背後から名前を呼ばれて振り向くと、そこには坂木が立っていた。
とても不機嫌な顔をしており何かしただろうか・・・とガタガタしながら敬礼をすると坂木も敬礼を返し近づくと
「外出か。引きこもりのお前が珍しいじゃねぇか」
「は、はい・・・たまには外へ・・・映画へ」
恐る恐るそう言うと坂木はスっと鬼オーラを消すと
「そうか。息抜き出来たみたいだな」
「へ? はい。 おかげさまで・・・久しぶりに兄にも会えました」
麻琴はへらっと笑う。坂木は隣に立っていたサングラス男を思い出す。
坂木は大久保が嘘をついていたのではと思っていたが、本当だったようだ。
「・・・兄貴に会ってたのか。」
「はい。こっちに用事があるみたいで静岡から」
写真を見せようと思ったが、兄はここの卒業生だ。お漏らしするなよ?と念を押されたので写真を見せたらバレてしまうだろう。
「あっそうだ」
麻琴はカバンからゴソゴソと何かを出すと坂木の目の前に何かを突き出してきた。
「お土産です!」
手の平に置かれたのは腎臓くんのストラップだった。
麻琴はにこにこしながら
「対番の渥美さんも好きなのでお土産にと思って!坂木さんにも日頃お世話になってるので!」
「はあ・・・見た事無い事は無いが・・・(さっき観たしな)」
そう言うと麻琴は目をキラキラさせて
「坂木さんも知ってるんですね!」
「まあな。詳しくはないが・・・(さっき観たしな)」
「総集編、胸熱でしたよ・・・ぬふふふ! あ、もう行かなきゃです!失礼します!」
麻琴は頭を下げるとバタバタと女子フロアへと向かって行った。
手の平に乗せられたストラップ・・・それを眺め、本人は気づかないが口元が緩んでおり周りの下級生が怯えていたとか。
その日の夜・・・
ロッカーから取り出した坂木のスマホには腎臓くんストラップ・・・坂木が何かを付けるなど珍しい、と2年の芹澤は坂木の携帯に付けられたストラップを見ると
「あれ、坂木さん・・・それ」
「これか? 貰った」
芹澤はえっ、と驚き目を見開くと指をさして
「・・・それ、数量限定入手困難のアイテムですよ!高額転売もされててレアものです!」
は?・・・と坂木は驚く。
そんなレア物・・・貰ってよかったのだろうか。芹澤もアニヲタで入手困難のアイテムを数多く所有しておりそれを家族のように大事にしているのは周知の事実だ。
何故か嬉しさが込み上げ、頬が熱くなった。
「(やめろ、らしくねぇ・・・)」
ニヤけそうになる口元を抑えながらストラップを眺めていると
「・・・・・・お礼のLINEをしたらどうです」
「うわっ!?」
いつから居たのか、大久保は坂木の真後ろに立っておりふふふと意味深に笑うとロッカー室を出た。
「(礼か・・・確かに)」
坂木はLINEを開くと・・・
「(アイツはグループLINEだった・・・)」
麻琴とは剣道部のグループLINEでしかやり取りしたことがない。・・・確か、追加をすれば個人的にやり取りができたはずだ。
坂木はグループのメンバーを開くと、麻琴のアイコン・・・飼い犬であろうセントバーナードの写真を探すと「追加」ボタンを押した。
一方、麻琴もロッカーからスマホを取り出して電源を入れると
《友達が追加されました》
「ん?」
誰だろう、とLINEを開くと
「ヒッ!」
背筋を自慢したいのか、アイコンは上半身裸の背中だった。見覚えのあるこの後ろ姿、名前を見ると
《坂木》
「さか、き・・・?」
同姓同名の他人では無いかと思ったがそんな知り合いは居ない・・・
思わず通報ボタンを押しかけたが麻琴は恐る恐る追加を押す。
挨拶は下級生からしなければならない。ここは何か気の利いた事を・・・何をいえばいい?追加ありがとうございます? なんで追加したんですか?何の用ですか?・・・どう考えても失礼な言葉しか思い浮かばない。
するとピコン、と受信音が聞こえ画面を見ると
>よお
鬼から仕掛けてきた。
震える手で麻琴はキーをフリックする。
>こんばんは! 追加ありがとうございます。
>土産、ありがとな。芹澤から聞いた。
数量限定らしいがいいのか?
その為だけにわざわざ追加してくれたのだろうか・・・
>大丈夫です。3個までの制限だったので!
>そうか
会話が終わったのかな?と麻琴はロッカーに仕舞おうとすると、ピコン!とまた音がなり画面を開き直すと
> ありがとな
それと同時に送られてきたのは2ヶ月ほど前に行われた肝試し大会・・・坂木が親指を立てながら麻琴を担いでいる写真だった。
ありがとな、その文面だけで何故か麻琴の胸は大きく高鳴ると
「ぐはっ・・・」
麻琴は胸を抑えて蹲った。すると先輩たちがどうした〜?と声を掛けてくるので大丈夫です!慌てて立ち上がる。
熱くなる頬。麻琴は緩む口元を抑えながら写真を保存する。
>写真ありがとうございます。 これからもご指導よろしくお願いします。
そう送るとフォルダから先程送られてきた写真をロック画面に設定する。
麻琴は何だかぽかぽかとした気持ちでロッカーをパタン、と閉めた。