88:川の向こう

「ん・・・」

目を開けて視線だけ動かせば、薄らと明るくなってきた空が見える。

リヴァイはマコトを抱きしめながら、まだ夢の中だ。少し半開きの口に、ぴょんぴょんと飛んでいる寝癖。

一体この体制でどうやったらこんな寝癖が出来上がるのか・・・寝相はいいのに寝癖が凄い。マコトは笑うと手を伸ばして頭を撫でれば「ん」と声を出して身動ぎをした。


今日の作戦・・・怖くないといえば嘘になる。
何があるか分からないのが壁外調査・・・

穴を塞いで帰る前に自分が死ぬかもしれないし、リヴァイももしかしたら・・・

そんなネガティブな事を考えるのはやめよう、と小さく首を振った。
肌寒くなりリヴァイの胸に擦り寄れば、リヴァイも寝ぼけているがマコトを抱きしめて頭に頬を擦り寄せてくる。

どうか死なないで欲しい、と込めてリヴァイを抱きしめた。







出発は日没前・・・昨日の活気とは裏腹に兵士は皆ピリピリしており食堂もやや静かだった。

食事を早めに終えたマコトとリヴァイは部屋に戻るとあの時のようにお互い立体機動装置の装備を手伝う。

「お前のおまじないのおかげで、ここまで無事だったな」
「へ?」
「おかげで俺たちはここまで来れた。」

肩のベルトの調整をしているとリヴァイがそう口を開いた。
マコトはうん、と頷くリヴァイはその手を取ると

「マコト、お前へ指示する最後の単独任務だ。 マコト・アッカーマン、シガンシナ区奪還後・・・元の世界に帰還しろ。 失敗は許さん。・・・これは命令だ」
「了解!」


そう言い切ると、マコトは胸に手を当てて敬礼をした。






***





マコトの持ってきた背嚢を馬に括り付ける。

「重たくてごめんね・・・もう君ともお別れだよ。エオス」

そう言って頬を撫でると、いつものようにマコトの手をぺろぺろと舐めてくれる。

出発は日没前、トロスト区からスタートする。門は岩で塞がっているためリフトで上がり馬を上げていく。

すると街の方から沢山の人達が叫びながら駆け寄ってきた

「ハンジさああぁーん!!」
「フレーゲル?」

そこにはリーブス商会の新しい会長になった息子のフレーゲルが両手を振っていた。

「マコトさーーーん!!」
「マコトさーん!」

自分も名前を呼ばれて驚いて見下ろすと、ヴァロア伯爵、エマ、シャロン、ルック、マリアン達が手を振っていた。

トロスト区中の人が見送りに来て、その中にはお香屋の店長や花屋の店員も居り手を振っている。

「ありがとー!!」

マコトは嬉しくなり、手を振ると

「ウォール・マリアを取り返してくれえぇ!」
「人類の未来を任せたぞぉ!」

見送りに調査兵団全員が驚いていると、

「リヴァイ兵長!この街を救ってくれてありがとおぉ!全員無事に帰ってきてくれよ!!」
「でも領土は取り返してくれえぇ!」

アルミンとジャンを替え玉作戦の時、リヴァイに絡んできた住民達がリヴァイに向かって手を振る。あの時の母親と赤ん坊も穏やかな顔でリヴァイを見つめている。

リヴァイはそれを見て目を細めると

「ハッ勝手言いやがる」
「まぁ、あんだけ騒いだらバレるよね」
「それが、リーブス商会から肉を取寄せたもので・・・」
「フレーゲルめ・・・」
「なあ、調査兵団がこれだけ歓迎されるのは、いつ以来だ?」
「さてなぁ・・・そんな時があったのか?」

エルヴィンは首を振ると

「私が知る限りでは、初めてだ」

その目線の先には、アンナが立っており手を振っていた。エルヴィンはアンナを見つめて目を細めると突然拳を突き上げる。

「うおおおおおおぉ!」

そう声を上げ始めた。かつてエルヴィンも、こんな大きな声を出したことがあっただろうかリヴァイもハンジも驚いていると住民もそれに応じておおおお!と声を上げている。

エルヴィンはブレードを抜くと

「ウォール・マリア奪還作戦、開始!!」

その掛け声と同時に全員は拳を上げ、エルヴィンは馬の腹を蹴ると

「進めェ!」

調査兵団は馬を走らせ、ウォール・マリアへと向かった。




ウォール・マリア領は人類に残された3分の1にあたる。

5年前にこの領土を失った人類は多大な財産と人命を失った。

明日も生きていけるのか、すべては巨人に委ねられている。何故なら人類は巨人には勝てないのだから。

しかし巨人には屈しないという、自由を取り戻すために立ち上がった人間達が今日まで必死に巨人へ食らいつき、血を流し、命を散らした。


私は、この短い間だけで、何人死んでいくのを見てきただろうか。

その屍の上に立つ責任は重い。

私を取り囲むように、命を散らした同胞たちがこちらを見つめると、背中を向け歩き始めた。

ペトラ、オルオ、グンタ、エルド、ミケ、ナナバ・・・全て知っている顔ばかりだ。


その先には川があり、川の向こうへどんどんと船を出していく。

その川を渡った先は何があるのか。

小さな船が、1人分のスペースを開けて、同胞たち・・・ペトラ達が無表情でこちらを見つめている。


お前は、この船に乗るのか。


そんな目を向けている。

____________________________________________



頬に軽く振動が来た。

「マコト!」
「っ!」

目を覚ますと、リヴァイが目の前に飛び込んできた。

ペチペチと頬を軽く叩かれてマコトはあれ・・・と声を出す。


一旦休憩になり、マコトは木の幹に凭れて眠っていたはずだ。リヴァイはマコトの前にしゃがみこみ木に手を着いてこちらを心配そうに見つめている。

リヴァイの少し冷えた手がマコトの頬に添えられると

「大丈夫か?魘されてたぞ」
「あ、うん・・・ありがとう・・・」

マコトは立ち上がろうとするがリヴァイは肩を押して座らせる。

「まだ時間はある。座って休んでろ」
「はい・・・」

リヴァイはマコトの頭をを撫でると背中を向けて他の兵士とルートの確認をしている。


今日は新月で辺りは月の光もなく真っ暗だ。
ハンジの月の光は太陽光の反射のため、新種の巨人はその微量な月光を糧にして動いている≠ニいう仮説・・・夜でも動く巨人が現れるかもしれないというのを危惧して月光量の少ない新月を選んだ。

硬質化のランプもあるおかげで松明よりかは先を照らせるがそれでも辺りは真っ暗だ。



「マコト」
「ハンジさん・・・」

マコトの隣に座ると、ハンジは微笑んで

「いよいよだね・・・忙しくってマコトとなかなか話す機会が無かったよ」
「ふふ、そうですね」

王政の件からは一気にマリア奪還作戦の計画を立てていたのでバタバタしていた。
ハンジとは一緒にいたがこうしてゆっくり話すというのは久しぶりだ。

「私ね、君がこの世界に来た時・・・純粋に君を帰してあげたいって思ったんだ。 それが・・・今となっては帰って欲しくないって思っちゃう」

ハンジは寂しそうにこちらを見つめてマコトも涙が出そうになる。

「リヴァイと離れるのは辛いよね」
「はい・・・でも、リヴァイさんは私を追い掛けて迎えに来てくれると言ってくれました。リヴァイさんは、今まで約束を破ったことは無いので、信じて待ってます」

そう言い切るとハンジは笑って

「まったく!熱いねぇ・・・どいつもこいつも」
「ハンジさん?」

マコトは首を傾げると、ハンジはモブリットを見つめた。モブリットもまた、馬のケアをしたりルートの確認をしている。

「ウォール・マリアを奪還できたら、お伝えしたい事があります▼・・ってさ」
「それは・・・」

マコトは察すると、暗い中でも胡座をかいて頬杖をついているハンジの頬が・・・少し赤いのが分かる。

ハンジはモブリットの伝えたい事≠ェ何なのかを察しているのだろう。

「それは・・・楽しみです」
「ふふ、そうだね・・・」

すると、出発するぞ〜と言う声が聞こえ立ち上がった。






しばらく歩くと、川の音が聞こえてきた。
隣を歩いていたリヴァイは顔を上げると

「・・・近いな」
「はい」

すると先頭を歩いていた班が振り向くと

「麓が見えたぞ! 街道跡がある!」

森を抜けると、そこには廃墟になった街と聳え立つ壁。


ついに、シガンシナ区へと到着した。



[ 90/106 ]
*前目次次#
しおりを挟む
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -