85:キース・シャーディス

訓練を終えた日の夜・・・マコトは執務室でリヴァイのサインが必要な書類を揃えていると複数のバタバタという足音が聞こえた。

そしてノック

「はい」
「マコトさん!」

エレンの声だ。
こんな時間にどうしたのだろうか・・・マコトは立ち上がってドアを開くとエレン以外にもミカサ、アルミン、ジャン、コニー、サシャが息を切らせて立っていた。

「すみません、いきなり押しかけて・・・」
「気にしないで。どうしたの皆、そんな顔して・・・」
「あの!俺の記憶の中にいる兵士が分かったんです!!」


洞窟で掘り返された記憶の中に出てきた調査兵団の男・・・それはキース・シャーディス教官だった。

それを聞くとマコトは驚き、冷静になって頷く。
リヴァイは今ダリス達の所へ行っているので不在だ。

「・・・分かりました。リヴァイ兵長はいま出張中で深夜には帰ってくるから伝えておくね。明日にでも行こうか、訓練兵団の所に」

そう言うと全員はがはい!と返事をした。











再び帰ってきた訓練兵団の訓練場。


客室に通され、サシャだけは立っていた。

「どうしたブラウス、座らんのか?」
「いいえ!私めはこちらで結構です!」
「・・・確かお前は教官室に呼び出されてはよく絞られてたな・・・あれから数ヶ月。皆見違えるように変わった。」

リヴァイはキースをみつめると

「あんたを最後に見たのは確か・・・5年前、だったか」

視線は頭部へいき

「あんたも・・・その・・・変わったな」

リヴァイにしては珍しく、言葉を選んで発言した。
今は教官であるがリヴァイやハンジにとっては団長である。

「シャーディス団長・・・いえ、教官殿。ウォール・マリア奪還を目前に控えた我々が今ここに詰め寄る理由はお察しでおいででしょうか?」

キースはじっとエレンを見つめると

「エレン、お前は母親とよく似ているな。だが、その瞳の奥に宿す牙は父親そのものだ」

やはり、キースはエレンの父であるグリシャと関係があった。エレンは慌てて立ち上がると

「話してください!知っていることを全て!!」
「何も知らない。結論から言えばな。だが人類の利にはなりえない話で良ければ聞いてくれ。傍観者にすぎない、私の思い出話を・・・」







キースがグリシャに出会ったのは20年ほど前になる。出会ったのは壁の外だった。
その日の壁外調査の帰路は極端に遭遇率が低かった。ウォール・マリア、シガンシナ区壁門を目前に立っていたのが、グリシャ・イェーガーだった。

キースはグリシャを保護し、無許可で巨人領域に足を踏み入れた罪・・・これが適応されたのはグリシャが初だった。

事件性はないとキースとハンネス、2人の独断で上官に報告されることなく釈放された。

彼は記憶が無いが医者だと言った。そしてキースはグリシャにこの壁の世界の歴史や貨幣の価値を教え人々の暮らしぶりを気にしていた。

そして調査兵団の事を話すとグリシャは

「あなた達調査兵団はこの壁の誰よりも賢く、勇気がある。調査兵団の存在は人間の想像力や魂が自由である事を示す証拠であり人類の誇りそのものだ。」
「誇り・・・?我々が?」
「ああ」

そのグリシャの目は輝いていた。

「ちょっとキースさん?また調査兵団の勧誘かい?お客さんも、人の口車に乗せられちゃダメだよ?」

そこに現れたのはエレンの母である当時酒場の看板娘であるカルラだった。
勧誘、と聞いてグリシャは苦笑いすると

「私なんぞに務まるものでは無いでしょう。調査兵団はもっと特別な・・・選ばれし者でないと。」

キースは驚いた。
特別な存在、選ばれし者。そんなことを言う人間は初めてだった。


しかし自分が団長なっても結果は変わらず、自分は特別な存在ではなかった。その日の壁外調査後にエルヴィンに団長の座を託し、王都へと向かった。


その後、超大型巨人が襲撃してシガンシナ区は陥落。昔赤ん坊のエレンを抱いたカルラに酷いことを言った事を謝罪したいと途中で会ったグリシャと共に向かうが、カルラは巨人に食い殺されたとエレンが呟いた。

そのままグリシャはエレンを抱き上げると

「エレン・・・母さんの・・・仇を・・・討て。お前にはできる。・・・行くぞ」
「おい、待てグリシャ。どこへ行く?」
「森だ。ついてこないでくれ」
「待て、その子に託すつもりか?お前が討てばいいだろう。カルラの仇を。・・・何せお前は特別だからな。私と違って。」

流行った疫病をグリシャが治したことで、街の人間達には慕われ、恋心を抱いていたカルラもグリシャを選んだ。

それに比べて自分は部下をいたずらに死なせ、後ろ指指される存在。
グリシャはまたキース同様、自分に呪いをかけるのだろうか。彼も、特別じゃなかったら・・・

するとグリシャはこちらを睨みつけると

「この子はあんたと違う。 私の子だ。 どうか頼む・・・関わらないでくれ」


そう言うと、グリシャはエレンを連れて山奥へと向かった。
・・・しばらくして山が雷が落ちたように光ったのでその場所へ行くと、エレンが倒れていた。

グリシャはそのままエレンを抱えて、避難所の寝床へ戻した。






一連の話を聞くと、エレンはぽかんとして

「・・・それだけ、ですか?」
「あなたほどの経験豊富な調査兵がこの訓練所に退いた本当の理由が分かりました。成果を上げられず死んでいった部下への贖罪・・・ではなく、他の者に対する負い目や劣等感。自分が特別じゃないとかどうとかいった・・・そんな幼稚な理由で現実から逃げてここにいる。」
「・・・ハンジ、よせ」
「この情報が役に立つか役に立たないかをあんたが決めなくていいんだ。あんたの劣等感なんかと比べるなよ。個を捨て、公に心臓を捧げるとはそういうことだろ?」

ハンジは立ち上がるとドンッ、と胸に手を当てた。
それをエレンが窘めると

「教官の言う通り、俺は特別でも何でものなかった。ただ・・・特別な父親の息子だった。オレが巨人の力を託された理由はやっぱりそれだけだったんです。それが、はっきりわかってよかった・・・」

そう言うと、キースは

「お前の母さんは・・・カルラは、こう言っていた。」


『特別じゃなきゃ、行けないんですか?絶対に、人から認められなければダメですか?私はそう思ってませんよ。少なくともこの子は・・・偉大になんて、ならなくてもいい。人より優れていなくたって・・・。だって、見てくださいよ、こんなにかわいい。 だから、この子はもう偉いんです。この世界に、生まれてきてくれたんだから。』

カルラの思いを知っていたキースは、3年前の適正訓練でエレンの金具に細工をした。しかし、エレンはそれでもやってのけた。

キースはただの傍観者であり何も変えることが出来なかった。




話を終えると、全員は席を立ち敬礼をして出ていった。


「マコト教官・・・いや、もう教官ではないな」

キースに呼び止められマコトは背筋を伸ばすと

「・・・エレンを、頼む」

そう言われると、マコトは胸に手を当てて返事をした。


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