ガチャン
リヴァイが合う鍵を見つけてマコトの手首に掛けられた手錠が外れた。
「・・・ありがとうございます、兵長」
「・・・ああ」
無事にエレンが硬質化出来て、とても喜ばしいのだが2人の空気は重いのは幸いにも誰も気づかなかった。
マコトはもうリヴァイと過ごせる時間は僅かなのだ・・・途端に鼻の奥がツンとして涙が出そうになる。
「・・・おい、めそめそすんな。」
「うん・・・」
そう言ってリヴァイはマコトの頭をやや乱暴気味に撫でると話題を変えようとマコトの服装を見た。
シンプルな深緑のドレスにはもう髪型は降ろしてしまったが黒い髪と合っている。
「その格好、悪くねぇな」
「あ、ありがとう・・・」
ドレスを見てリヴァイは照れるマコトの隣に座ると肩を抱き寄せた。
今はサシャとコニーが上への退路確保しに行き、硬質化したエレンを引っ張り出すためにジャンとミカサが向かっている。
「ハンジさん・・・大丈夫でしょうか」
「あいつか?あんくらいじゃ死にゃしねぇよ」
ハンジはどうやら中央憲兵、ケニー部隊との戦いで肩を負傷したらしく、アルミンのモブリットが離脱して外へ連れていったようだ。
「エレン!エレン!」
上からミカサの声が聞こえて見上げると、割れた結晶からガラスを割る音のようにバキバキと音を鳴らしながらエレンが引きずり出されてきた。
「エレンも無事みたいですね」
そう言って立ち上がるとエレンの所へ向かった。
「硬質化だな、お前を巨人から切り離してもこの巨人は消えてねぇ。・・・結構なことじゃねぇか。」
「あの瓶は・・・そうだ、オレ咄嗟にヨロイの瓶を飲み込んで巨人に」
「ああ。 で、これまでどうしても出来なかった硬質化の力を使って俺たちを守った。お前は一瞬で、これだけのものを発想して造り出したんだ。まあ構造自体はデタラメだが実際あの壁もこうして建ったんだろう。 」
つまり・・・とリヴァイはエレンの前に座り込むと
「これで、ウォール・マリアの穴を塞ぐことは可能になった。 ・・・敵も味方も大勢死んで、さんざん遠回りして不細工な格好だったが、俺たちは無様にもこの到達点へ辿り着いた。」
そうすれば、エレンの実家にある地下室も調べることが出来、マコトも元の場所に帰れる可能性が飛躍的に高まった。
「兵長〜〜〜出口確保出来ましたぁー!」
「アルミンも無事です!ハンジさんもモブリットさんも!」
「よくやった」
ワイヤーで降りてくると、無事に引きずり出されてきたエレンを見てサシャとコニーが笑顔になった。
そしてサシャはエレンの前に崩れ落ちると
「おかげで皆助かりました。・・・でも正直言うと、あなたが泣きわめきながら気持ち悪い走り方で飛び出したあの瞬間はもうこれはダメだ、終わりだ、終わりだ。このおばんげねぇヤツはしゃんとしないや、ほんっとめそめそしてからこんハナタレ▼・・とか思いましたよ」
「・・・ぷっ」
マコトはサシャの突然の訛りと的確なツッコミに吹き出す。
リヴァイは上を見上げると眉を寄せて
「そろそろ行くぞ、あのクソでかい巨人を追う」
全員は直ぐに退路へと向かった。
***
マコトはドレスだったため動きがだいぶ制限される。いっその事切ってしまおうか・・・と裾を持ち上げていると、
「マコト、捕まれ」
「はい? ・・・うわああ!」
振り向くとリヴァイが横抱きにしてマコトを持ち上げた。
全員が見てる中、これは恥ずかしいと顔を赤くするとサシャ、コニー、ジャン、ヒストリアはにやにやしながらそれを見守っている。
「あの、兵長・・・恥ずかしいです・・・みんな見てますから・・・!」
「あ? そんな格好で上がれるわけねぇだろ。」
「マコトさん、ここは兵長に甘えてくださいよぉ」
「そうですよぉ〜俺たち気にしないんで」
「羨ましいなぁ俺もやりてぇなぁ・・・」
そう言いながらジャンはミカサをチラッと見るとミカサもエレンを横抱きにしようとしていたので、ジャンはショックのあまり顔面蒼白になった。
「エレン、あなたは体力を使ってる。私が抱えて上に行くから捕まって」
「はぁ?!ありがてぇけどなんで横抱きなんだよ、オレはお姫様じゃねぇぞ!」
そう言いながらも結局エレンは横抱きにされると上に行ってしまった。
*
履いていた靴が旅用のブーツでよかったとマコトは瓦礫をよじ登っていると
「マコトさん!」
「アルミーン!」
久しぶりに見た気がするアルミンの手をとるとそのまま引き上げられると、叫びながら駆け寄ってきた人物がいた。
「マコトさああああん!!!!」
「シャロンさん!」
シャロンは陸上選手ばりの綺麗なフォームでこちらへ駆け寄ってくると半泣きで
「ああ!良かった!ほんとに良かった!怪我は?何もされてませんか?!」
「私は大丈夫です、シャロンさんは?」
「僕もなんとか・・・!ひいぃ良かった・・・」
そう言って地面に座り込むとリヴァイは
「コイツも満身創痍でな、俺たちが到着した後すぐにぶっ倒れた。」
「馬車をドリフトしてきた時はビックリしましたけどね・・・」
そうアルミンが失笑するとシャロンは
「マコトさん、着替えは馬車にあるので!」
「ありがとうございます! 兵長、着替えてきますね」
「・・・そうか、もう脱ぐのか。」
「あはは、似合ってますもんね。マコトさん、それはそのまま差し上げます」
「え?良いんですか?」
「はい。折角なので!」
シャロンはらへらっと笑った。
*
ロッドレイスの超大型巨人は煙を巻き上げながらどこかへ向かっている。
マコトはサシャとミカサの手伝いで馬車の中でドレスを脱ぐと圧迫されていたコルセットから解放されて思わず深呼吸した。
久しぶりに着た薄手のタートルネックのセーターはマリアンのおかげで洗濯されており清潔になっている。最後に半長靴を履きズボンの裾を押し込む。
そのまま立体機動の装備も手伝ってもらい、準備は整った。
「ありがとう2人とも、行こう!」
「「はい!」」
から降りると、リヴァイ班が使っていた荷馬車にハンジが運び込まれていた。
慌ててマコトは駆け寄ると荷馬車を覗き込むと、
「ハンジさん!」
「マコト!はあぁ・・・無事でよかったぁ・・・」
「怪我は?大丈夫です?」
「やぁ・・・めちゃくちゃ痛いけど、なんとか」
手を差し出してきたハンジの手を握っていると、エルヴィンの率いる部隊も到着したようだ。
「リヴァイ兵長!」
「状況は?」
「はい!我々は先にあの巨人の進行方向を割り出すために追跡中です」
「分かった、俺たちもエレンとヒストリア、マコトの奪還に成功だ。・・・用意はできたな! マコト、お前も荷馬車に乗れ」
「え?」
「疲れてるだろ、これからあの巨人を止めに行く。体力を回復させておけ」
拒否権はなさそうだとマコトは判断すると分かりました、と頷いた。
しばらく走らせているとエルヴィンがこちらにやってきた。
「みんな、無事か?」
「ハンジのみ負傷だ。」
「おーいエルヴィン!無事だよ〜」
ハンジは元気よく手をあげるとエルヴィンは大事には至らなくてよかったと頷く。
「報告することはごまんとあるが、まず・・・」
「あの巨人は?」
「ロッド・レイスだ。」
そう言うとエルヴィンは驚き息を呑んだ。
「お前の意見を聞かねぇとな、団長。」
「・・・ともかく、ここで立ち話している余裕はない。ウォール・シーナに戻る。」
「あのクソでかいのを、そこまで進めさせるって事か?」
「正確にはオルブド区だ。ヤツの進路は、恐らくそこに向かっている。」
オルブド区とは壁に突出した北部の街だ。
南から来ているとされる巨人はだいたいシガンシナ区や、その後はトロスト区を中心に攻めて来るので巨人に対しては比較的アウェイな地域になる。
ロッドこと超大型巨人はゆっくりな速度だが確実に、そのオルブド区に近づきつつあった。
ロッド・レイス巨人は身体は大きいが腕や足は極端に長く細く、自立するのはとても困難だ。
そのため、頭を地面に擦りつけながら這いつくばって移動している。
ベルトルトの超大型巨人同様、高熱を放っており近づいて攻撃をしたら最後一瞬で丸焦げになるだろう。
ロッド・レイス巨人に触れた木々たちは、触れる寸前に丸焼きにされそのまま押しつぶされていく。
オルブド区に着くまでの間、マコトはハンジを応急処置しようと圧迫止血をしながらエレンとヒストリアとの経緯を聞いていた。
「・・・つまり、ロッド・レイスが始祖の巨人≠ニ呼んだ、エレンの中にある巨人の力・・・それは、レイス家の血を引くものが持たないと真価を発揮できない。しかし、レイス家の人間か始祖の巨人の力を得ても初代王の思想に支配され、人類は巨人から解放されない・・・。へぇ、すごく興味ある。初代王いわく、これが真の平和だって?面白いことを考えてるじゃないか。」
「・・・つまり、まだ選択肢は残されています。オレをあの巨人を食わせれば、ロッド・レイスは人間に戻ります。 完全な始祖の巨人に戻すことは、まだ可能なんです。」
しかしそうなると、エレンは・・・
リヴァイは頷くと
「そうみてぇだな。人間に戻ったロッド・レイスを拘束し、初代王の洗脳を解く。これに成功すりゃ、人類が助かる道は見えてくると・・・そしてエレン。お前は、そうなる覚悟が出来ていると言いたいんだな?」
「・・・・・・はい」
しかし全員は浮かない顔だ。
そんな中、ヒストリアはリヴァイを見ると
「選択肢はもう1つ…まず、今のやり方にはいくつか問題があります。1つは、確実にロッド・レイスの洗脳を解けるという確証がないこと。彼をどう拘束しようと、人類の記憶を改竄されたら終わりです。つまり、始祖の巨人の力について未知の要素が多すぎると思います。」
確かに、と聞いていたアルミンが振り向くと
「今のロッド・レイスがエレンを食べて、まともに元に戻るのかってこと自体・・・何ひとつ確証がないしね。」
「うん。むしろ、あの破滅的な平和思想の持ち主から始祖の巨人よ力を取り上げている今の状態こそ、人類にとって、千載一遇の好機なんです!」
え・・・とエレンはヒストリアを見ると
「そう、あなたのお父さんは・・・初代王から私たち人類を救おうとした。姉さんから始祖の巨人の力を奪い、レイス家の子供たちを殺害したのも、それだけの選択を課せられたから。」
「父さん・・・」
「そうだよ、あのイェーガー先生が何の考えもなくそんなことするわけが無いよ!」
「そう。レイス家の血がなくても、きっと人類を救う手立てはある。だからエレンに地下室の鍵を託した。」
イェーガー先生?地下室?さっぱりついていけないサシャ達はジャンとコニーを見ると
「地下室って・・・?ああ、あれですね、つまり・・・大事ですね!」
「あ、ああ・・・うん」
「壁の穴を塞ぐ目処が、ようやく立ったんだ。・・・選択肢はりひとつしかねぇだろ。」
「・・・少しはマシになってきたな」
「私も、そっちの選択肢に賛成だ。けど・・・いいのかい?ヒストリア。用のない巨人を、壁の中で自由に散歩させてあげるわけにはいかない。あのサイズじゃ、拘束も無理だろう。・・・つまり、君のお父さんを殺すほかなくなる。」
ハンジにそう言われヒストリアは、ただ無心に這いずり続けるロッド・レイスの巨人を見つめた。
それはもう面影のない父の姿。
「エレン、ごめんなさい」
「え?」
「礼拝堂の地下で、私は巨人になってあなたを殺そうと本気で思った。それも、人類のためなんて理由じゃないの。お父さんが間違ってないって信じたかった。・・・お父さんに、嫌われたくなかった。でも、もう・・・お別れしないと」
ヒストリアの目にはもう迷いはなかった。
エレンを生かす方法に決まり、マコトは内心ほっとしていた。
マコトは血が止まったハンジの応急手当を終えると立ち上がりエレンの前にしゃがむと
「エレン」
「はい? ・・・いって!」
突然エレンのおでこにデコピンを食らわせ怯ませた隙に頸動脈を締め上げた。
「う゛っ!あ゛ぐ・・・!」
「マコトさん!?」
「エレン、私・・・あとで十八番の技食らわせるって言ったよね?」
息は僅かにできるが、圧迫で声が出せずエレンは口をパクパクさせマコトを見つめると
「ヒストリアにげんこつ食らって、ビービー子供みたいに泣き喚いて・・・。いい?アンタはいらない子じゃない!そんな事言ったらミカサとアルミンが悲しむし、皆も悲しむ。それに、あなたを産んだお母さんが聞いたらなんて思う!?自分が腹痛めて死ぬ気で産んだのに、そんな事言ったら天国で泣いちゃうよ。・・・だから、あんな事は二度というな! わかった?!」
「あ・・・が・・・」
「はぁ?聞こえんぞ、エレン!返事!」
「マコト、頸動脈絞めたらそりゃ喋れねぇよ」
リヴァイのツッコミにマコトはああ・・・と手を離すとエレンは項垂れて「はい・・・」とだけ頷くとマコトはガシガシといつものように頭を撫でると
「・・・エレン、硬質化よく出来た。偉いぞ。」
そしていつものように褒めると、またエレンはうっ・・・と涙をしそうになったのでサシャがうわぁ・・・嫌な顔をすると
「それ、そん泣いた顔!ほんと情けねえ顔ちゃ!」
と言うと全員は笑い重たかった空気が、少し軽くなった。
*
オルブド区の壁が見えてきた。
ハンジはマコトを見ると
「それで、マコトの方は。やっぱり、食われそうになったの?」
「はい。でも、私の力は完全ではないと言われ・・・ないよりマシだろうという感じでした。」
「そうだ、どうしてマコトさんもあそこに?」
エレンの疑問に、マコトは壁の救世主の話をした。
「でもこれも・・・レイス家の記憶の改竄がされていました」
「え・・・」
ヒストリアは驚くとマコトはあの時流れた記憶を思い出すかのように話した。
「ただアダム・エヴァンスは、始祖ユミルを救いたかっただけなんです」
「・・・そして壁が壊された時2年後にマコトが現れた。でもアンナは?あの人はどうしてここに?」
「20年前の前後には、壁は空いてないからな」
エルヴィンはそう言うとマコトは
「それはまだ・・・ただ、何かしらのことがあったのかもしれないです。」
「んん・・・これもまだ謎だけど、あれ・・・待てよ。何故エレンのお父さんは巨人になれるようになったんだろう?エレンの最初の巨人は・・・どこから?」
「それは俺にも・・・」
全員がうなる中、アルミンは荷馬車の手綱を握りながらマコトの話を自分の頭の中で反復していた。
壁に危険が及んだ時にエヴァンスは子孫の身体を使い真の力を発揮するとみて間違えないだろう。しかし子孫が居ない今、生まれ変わりとされるマコトに白羽の矢が当たりこの世界に飛ばされた。
つまり、ウォール・マリアの奪還が成功し壁内の安全が確認されれば・・・
アルミンはえっ、と顔を上げ目を見開いた。
「(そんな・・・マコトさんは・・・元の場所に? リヴァイ兵長とマコトさんはそれを知ってて・・・?)」
アルミンはちらりと2人の様子を伺うが、いたって平然としているため感情は分からなかった。だとすると、2人はその後は・・・離れ離れになってしまい二度と会うことは出来ない。
尊敬していて大好きなマコト。体力のない自分を厳しいながらにも励ましながら優しく引っ張ってくれた・・・そのおかげで自分は今、ここにいる。
そんなマコトが、大好きなリヴァイと幸せになれない結末という仮説が出来上がってしまうと、無意識にアルミンの目には涙が溜まり、人知れず涙を零した。
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