3:調査兵団
マコトの待遇はエマの要望通りだった。
普通は地下の独房に入るのだが、独房ではなく兵舎の使われていない幹部棟にある私室兼執務室を宛てがわれた。

マコトに宛がれた部屋はしばらく誰も使っておらず、幹部の部屋には執務室以外にも浴室もトイレも備え付けられており、寝室もあるので外に出る必要が無い。
そして距離も少し離れたここは人の通りもほぼないため身を隠させる為にはうってつけだった。

全員部屋に入ると逃げ出さないように、とリヴァイの部下を外に置かせている。

カーテンを締めて外から見られないようにブロックするとエルヴィンがさて・・・とソファに座った。

テーブルの上にはマコトの荷物が置かれた。

「マコト、君の荷物を改めて見せてくれないか?」

通じないが、荷物を指さされたのでマコトは頷くと背嚢に手をつけた。

前ポケットには飯盒、サイドのポケットには救急セットや歯ブラシ。配給品のスコップ、メインの袋にはジップロックで小分けにされた着替えや下着、携帯食料が入っていた。
そして訓練内容のメモがしてあるノートとマコトの携帯と財布。

それと小銃、ハンドガン、ナイフ。

それを全てテーブルに広げると全員は口を半開きにして

「・・・どれから見ればいいのやら」
「着替えはまず大丈夫だろう」

見られても困るものは無い。むしろ自分は無害だと見せつけてやろうではないかとマコトは財布から免許証と自衛隊の身分証を見せた。

首に掛けられたドッグタグも外すとテーブルに置く。


免許証と自衛隊の身分証。
リヴァイはそれを手に取りまじまじと見つめる。

硬く、よく分からない材質にマコトの顔が付いているがどういう技術で作られた物なのかさっぱり分からない。

しかし、リヴァイは免許証に書かれた西暦を見て「は?」と声を上げた。


「おい、ここの西暦見てみろ」

テーブルの中央に置くと、エルヴィン、ミケ、ハンジがずいっと前かがみになる。

「20XX年・・・?」
「今は847年だよな?」
「ああ。」
「つまり、彼女は未来から来た・・・?」

ハンジは動揺を振り払うようにごほん、と咳払いをすると紙を取り出して何かを書くとマコトに見せた。

「マコト、落ち着いて欲しい」
「・・・?」


紙には

20XX ×
847 〇

と書かれていた。
それを見てマコトは眉を寄せる。

部屋を見渡すと、確かにこの部屋には電気がない。ロウソクだけの薄暗い部屋で天井を見ても何も無いのだ。

いやむしろ、馬車の地点で気づくべきだった。

『タイムスリップした・・・?』

そう呟いた瞬間、マコトは気が遠くなり床にバタン!と倒れた。



***




マコトが倒れた瞬間慌ててハンジが頬を叩くが起きない。

「そりゃびっくりしたよね・・・」
「そりゃ1000年以上前に来ちまったんだからな・・・信じられねぇよ」

ミケがマコトを抱えて寝室のベッドへ寝かせる。 山に籠っていたせいもあり、疲れも溜まってるのか暫くは起きなさそうだ。

リヴァイは無言で手帳を開けばよく分からない文体が並んでおり、ハンジもそれを隣で見る。

「この文字が解析出来れば、彼女と話せるかもしれないね」
「出来そうか?」
「んー・・・数字は一緒だし、4種類くらいの文字があるね・・・」

するとパサリと数枚の紙が落ちてリヴァイは拾い上げた。それは写真で、マコトが写っていた。

「このリアルな絵はなんだ。」
「すごい技術・・・」

制服を着たマコトが敬礼をして年配の男性と女性が並んでいたり、複数の同じ格好をした仲間と撮った写真がある。

「やはりマコトも、この兵団のような組織に所属している人間なのだろうな。」
「これはご両親かな?顔が似てる」

しばらくそれを眺めていると、エルヴィンは

「リヴァイはどう思う?」
「俺か・・・? 正直、敵意はないと思う。普通だったら情報を漏らさないように舌噛んで死ぬだろ」

エルヴィンは眠るマコトを見ると

「・・・まずは言葉をどうにかしないと。ハンジ、教育係を頼めるか?」
「うん。任せて」

ノートをリヴァイから受け取るとハンジはマコトの部屋にあるデスクに座り解析を始めた。

「彼女の事はまだ我々だけの内密に。リヴァイ班は私の許可が降りるまでは彼女の警護だ」
「了解だ」
「ミケと私は彼女の持ち物をもう少し調べよう」
「了解」

エルヴィンは解散、と言うと各自の仕事へ取り掛かった。





・・・その頃、調査兵団 特別作戦班がリヴァイの執務室に招集された。男3名女1名で構成されたこの班は全てリヴァイの指名で決まった精鋭の集まりである。

「揃ったか」

リヴァイが部屋に入ってくると、全員は胸に手を当て敬礼をする。そのまま机の上に浅く腰をかけて腕を組むと、

「さっそくだが俺たちに任務だ。使われてない執務室に客人が来ている。さっき軽くエルドに警備してもらったが、正式に俺達が警護することになった。」
「あの、昨夜兵長達が行った任務と何か関係あるのでしょうか?」
「ああ」
「一体誰なんです?」
「・・・エルヴィンが許可を下ろすまでは知らせることは出来ない。悪いな」

全員は黙ったが、兵長の言う事なら!とペトラが敬礼すると、全員が習った。






何時間経っただろうか、ベッドで寝ていたマコトはゆっくりと目を開く。

「(そうだ、私気絶したんだ・・・)」

辺りを見渡すと先程と同じ部屋で夢ではなかったと悟ると深く長いため息を着き手で目元を覆った。

寝室のドアを開くと、

「起きたかい?」

声を掛けられてマコトは慌てて机を見ると、ハンジが机に何かを広げて執務椅子に座っていた。

相変わらず言葉は分からないまま。
するとハンジが大きな紙を持ってきて文字表が出てきた。

「これが、私たちが使ってる言葉。」

マコトはじっと見つめるとあれ?と首を傾げる。

カタカナがひっくり返ってるのだ。

思わずマコトは紙を掴んでひっくり返すとハンジはなになに?と興味津々である。
試しにマコトは指に文字を這わせ「こんにちは」と挨拶をしてみた。

「こ、んに・・・ちは・・・って!マコト、分かるの?!あぁえっと・・・じゃなくて」

ハンジも指に文字を這わせると

「きみは どこから きたの」
「にほん」
「それはどこ」
「わからない おきたら やまのなか」

やっと会話ができた嬉しさでハンジはうおぉー!と叫ぶとマコトはビクッと驚く。

ごめんごめん、と肩を叩くと別の紙を出して何かを書き始めた。



それは質問用紙だったらしく、マコトも解読するのに時間が掛かるだろうその間にエルヴィンとリヴァイを呼びに全力ダッシュで部屋を出ていった。

1時間は経っただろうか。マコトはふぅ・・・と息を吐いて紙を見つめる。慣れない言葉を真似て書いたおかげか頭痛がする。

質問内容は出身、年齢や仕事やその内容、誕生日、何をしてここに来たかという内容だった。

これで合ってるのだろうか・・・と万年筆で頭をかくとガチャとドアが開かれた。エルヴィン、リヴァイを連れてきたらしくマコトは軽く会釈した。

ハンジに紙を渡すと、おお・・・!とまた目をキラキラさせてテーブルに置くと2人も覗き込んだ。

名前
マコト・マカべ
出身
にほん
仕事とその内容
じえいかん
にほんをまもるしごと、りく、うみ、そらをまもるぶたいがありわたしはりくをまもる りくじょうじえいたいにいます。
さいこうしきかんは ないかくそうりだいじん。
つねにこくみんとよりそい こくみんがきけんにおびやかされたときは からだをはってまもりにいくしごとをしている。

誕生日
19XX年 1月23日

何をしてここに来たか?
くんれんをしていた あめがふっていて あしをすべらせておちたら ここにいた

マコトは制服のポケットから地図を取り出すと、日本の位置を指さした。

海に囲まれた小さな島国だが、3人はそれを見て

「うみって・・・?」
「俺にはさっぱりだ」
「壁の向こうの世界か・・・? 我々以外にも生きてる人間がいるのか?しかし、彼女は未来から来た人間だ。我々人類の未来は巨人を排除し壁の外に出られた・・・って事か?」
「・・・その可能性はあるよね。 だとしたら、この地図が外に出回るのはヤバいんじゃ・・・人類にとってこの子は希望なのか排除されるのか。どっちにしてもいい方向には行かないと思う」
「だが誤魔化しも長くは持たんぞ・・・エルヴィン」
「・・・・・・」

リヴァイに話を振られるが、エルヴィンは目を見開いてその地図を凝視していた。様子のおかしいエルヴィンにリヴァイは眉を寄せると

「おい、エルヴィン!」
「っ! ああ、すまない。 どうしたものか、と考えていてね」

エルヴィンは暫く考えるとハンジはやっぱり・・・と顎に手をやると

「記憶喪失で、言葉も忘れたっていうほうが通りそうだよね」
「ハンジもそう思ってたか」
「・・・それしかないか」
「どっちにしろ言葉も通じないし勉強させなきゃ。喋れるようになるまでは・・・。しばらくは外には出さないでおこう。・・・ねえ、2人とも。私はマコトを元の世界に戻してあげたいと思ってる」



それはただ興味本位ではない、マコトの身のためを思っての事。
いつになく真剣なハンジの目にエルヴィンは仕方ないと目を閉じると

「・・・分かった。帰る方法が見つかるまでマコトを保護しよう」

ハンジは喜び、ミケとリヴァイは了解と頷くだけだった。






ーその日の夜、まだ何も知らされていないリヴァイ班のオルオが執務室の警備をしていると静かな廊下の中、突然女性の泣く声が聞こえてきた。
幽霊かと思ってヒイッと怯えたがよくよく聞くとこの部屋から聞こえるものだった。
ドアに耳を傾けていると

「女・・・?」
「おい、何してる」
「りっ・・・リヴァイ兵長!」

しまった、と慌てて敬礼をすると

「あ、あの兵長。部屋の中から泣き声が」
「泣き声? ・・・ああ、分かった。オルオ、今日はもういいぞ、上がれ」
「え?! はっ、はい! 失礼します!」

オルオを部屋に帰すと、リヴァイはノックもせずに突然ドアを開けた。
そこにはベッドの上で体操座りをしているマコトが驚いて慌てて目を擦った。

「おい、蛇女。何めそめそしてんだ」

そんな事言っても本人には通じないので仕方ないとリヴァイはベッドに腰を下ろすと手を伸ばして親指でマコトの涙を拭ってやる。

マコトは顔を赤くしたがハンジから貰った表を取り出すとリヴァイにお礼を言った。

リヴァイはそれを見ると、こちらの世界の文字の下に小さくマコトの世界の文字も書かれている。

これなら通じるかもしれない、とベッドの上に広げると


なんで ないてた?

マコトはそれを読んで唇を噛むと

おきても ゆめじゃなかった

まだ現実を受け止めきれないのだろう。
ベッドのシーツの上には手帳と、そこに挟まれた家族の写真と仲間との写真が置いてありそれを眺めていたのだろう。

突然迷った森の中で言葉の通じない世界、違う時代、慣れない文化。

山の中で野宿出来るほどの精神力が強い人間が泣くのだ、相当なストレスなのだろう。




何と声を掛ければいい?
・・・帰れる保証などないのだ。無責任な事は言えず、リヴァイは喉が詰まった。

マコトはリヴァイの表情を察してか慌てて

ないたら おちついた もうだいじょうぶ




・・・リヴァイはふと、自分の幼少期を思い出した。

母親は娼婦で王都の地下で一緒に暮らしていた。
しかし客から病気を貰い、小さかったリヴァイには薬を買うことやご飯も作れず自分も餓死寸前・・・美しい顔だった母親は死ぬ頃にはミイラのようになっていた。

その時現れたある男によって今自分は生きているし、エルヴィンやある彼女≠フおかげで今の自分がいる。

今のマコトには手を差し伸べてくれる人間は居るか?そんな人間は自分ではなくてもいいのに、何故かこの女性から目が離せない。

それは、ただ上官に似ていただけか? 情が湧いたのか・・・リヴァイは違う。と小さく頭を振る。

考えるのはやめよう、性にあわない。
リヴァイは何も言わずマコトの後頭部に手を回すとそのまま抱き寄せた。

突然の事にマコトは驚いたがリヴァイはそのまま片手をマコトの背中に回してあやすようにポンポンと優しく叩く。

朧気な記憶で、母がこうしてくれたのを思い出しながら。

リヴァイは何も言葉にはしなかったが、マコトはまた涙を流した。



しばらくすると体重が掛かり、規則的な寝息が聞こえてきた。

「・・・ガキかよお前は」

そのまま起こさないように寝かせると顔にかかった髪をどかしてやる。
確かに、彼女に似ている・・・が、全てじゃない。 雰囲気と、あのまっすぐと見つめてくる目が似ているのだ。

服を掴んでいた手をそっと解かせるとリヴァイは静にドアを閉めて鍵を掛けた。


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