2:黒い人間


847年ー

近頃、トロスト区を移動していた商人が幽霊を見たという噂が広がった。

全身真っ黒で、男を見た瞬間とても笑顔で追いかけてきたらしい。その噂は憲兵団や駐屯兵団、そして調査兵団にまで噂が流れていた。

そしてその数日後、トロスト区で悪さをしていた窃盗団が山の中を移動している最中ボコボコにされて発見されたと憲兵団から報告書が回ってきた。

窃盗団は口を揃えて「黒い人間」と肩を震わせ、数人は脚を銃で撃ち抜かれた跡が残っていたのでその「黒い人間」は武器を持っている。
しかし、銃は許可がないと持てず、この壁の中で持っている一般人は裏稼業の人間または飲み屋の店主が護身用に携帯を許可されているくらいだ。

「・・・で、どうすんだ。」

憲兵団からの報告書を読むエルヴィンを腕を組みながら睨むリヴァイ。

その隣にいたハンジは目をキラキラさせて

「その黒い人間!私は気になるなぁ・・・」
「民間人に危機が及んでないとはいえ、無許可の武器の携帯は違法だからな。複数に対して1人で倒す所から、相手は相当な手練・・・戦闘経験の少ない憲兵団では最悪返り討ちに遭うだろう。」
「で? 俺たちが行けってか」

無言で頷くエルヴィン。

「出来れば少数で行こう。私とリヴァイ、ハンジと・・・そうだな、鼻の効くミケを連れていこう」
「よっし!」

ハンジは嬉しそうにガッツポーズをするとリヴァイは表情を変えず

「今夜か?」
「ああ。今夜作戦決行だ」
「了解だ」

リヴァイはくるりと背中を向けるとドアを閉めた。
残されたハンジとエルヴィンは話の続きをし始める。

「黒い人間が現れた所って村とか無いよね・・・?」
「ああ、その山から20分ほど馬車を走らせれば村があるが・・・村人も知らないようで、地元人間は今あの山には近づかないようにしているらしい」
「何で森に住んでるんだろう・・・? 出られない理由でも?」
「それは本人のみぞ知る、だな。ハンジも夜まで身体を休めておくように」
「了解。じゃあまた夜ね」

ハンジは敬礼するとエルヴィンの執務室を後にした。





***





噂の山までは荷馬車で移動してそこからは徒歩だった。しばらく歩いているとミケがスンスンと鼻を鳴らす。

「焚き火の匂いだ・・・あとは、何かを焼いてる匂い。」
「どこからだ?」
「こっちだ」

ズンズンと進むと、そこには消された焚き火の跡があった。

「黒い人間か」
「まだ暖かいぞ」

エルヴィンは焚き火に手をやるとそう呟き辺りを見渡す。
一方ハンジは興味深そうに松明を使って地面を舐めるように観察すると「おお!」と声を上げた。

「黒い人間、ヘビを食べてるよ」
「マジか・・・」

足元を松明で照らせば、蛇の抜け殻が散乱しておりリヴァイは眉をしかめた。それに反してハンジは興味深そうに蛇の皮を掴んで持ち上げながら、

「ヘビってタンパク質豊富だからね。訓練兵団の頃も一応習ったんだよ」
「じゃあ黒い人間は元兵団の人間か?」
「んー・・・その説はあるだろうね」

その瞬間、パキンッと枝を踏む音が聞こえた瞬間全員が顔を上げた。

森の奥に目を凝らせば、薄らだが木とは違う影が見える。

「・・・誰かそこに居るのか?」

エルヴィンはそう声を掛けると、影は物凄いスピードで走り去った。

「待て!」
「黒い人間か!?」
「立体機動用意!」

エルヴィンがそう声をかけると一斉にアンカーを出して地面を蹴った。






「はぁっ、はぁ・・・やっぱり、おかしいって!」

物音がした瞬間マコトは火を消して荷物を隠すとすぐに木陰へ逃げ込んだ。
人が来た瞬間マコトは砂を掛けて火を消すと木陰に隠れ、様子を伺うと4人の同じ服装をした人間が焚き火や蛇の皮を観察していた。

長いブーツにマントといった格好で恐らくは組織の人間だろう。

窃盗団に誘拐されたらしき少女も、彼らも何を話しているのか全く分からない。

絶望的になったマコトは動揺してふらついたあまり木の枝を踏んでしまう失態をして急いでその場を離れた。



小銃を抱えて必死に走っていると聞きなれない音が上空から聞こえてきた。キュルキュルと、ワイヤーを巻きとる音とシュンッというガスの音。

恐る恐る上を見上げると、人が飛んでいるではないか。

「とんっ・・・空挺団?! いや、違う・・・なにあれっ」

空挺団ならパラシュートを使うはずだ。
すると1人がこちらに向かって飛んできて飛び蹴りを入れてきた。

マコトは咄嗟に小銃を盾にしたが吹き飛ばされ地面を転がる。

小銃が地面を滑るのを視界の隅に捉えると着地した人間は刃物を持ってそのままこちらへ走ってきた。

殺られる。

殺気を感じたマコトは咄嗟に突き出された刃物をかわして相手の腕を掴むと地面をダンっと踏みしめてふんっと思い切り背負い投げをした。

相手は随分と大きく、体重もある。
しかし自衛官には筋肉マニアの人間もいるのでよく組手で背負い投げをさせて貰っていたので苦ではない重さだった。

ひっくり返った男の襟を掴み全体重を掛けながらマコトは腕を男の首に押し込むと、ヘルメットに付属されているヘッドライトを点灯させる。

・・・そこに居たのはブロンドの髭を生やした男だった。



『貴方たちは何者?!』


そう叫ぶように言うと、男は「は?」という驚いた顔でマコトを見上げた。

その瞬間、首筋に冷たいものが当てられた。

「そこまでだ」

分からない言語で言われたが、チラリと見えた刃物を見て、マコトは男の拘束を緩め抵抗しない意志を見せる。

刃物を下ろした男の隙を突いて、マコトは拘束していた男を引き上げて力いっぱい仲間の男に突き飛ばすと、その隙に距離を取りホルスターからハンドガンを取り出し素早く安全装置を外すと2人の足元にタンッと威嚇射撃した。

思わず男達は下がると、上を見上げて

「リヴァイ!」
「ったく、抵抗しやがって」

その瞬間、マコトの横を掠めワイヤーが飛んでくると木に刺さる音がした。

木の上から見ていたのか、もう1人仲間がこちらに向かって飛んできたので照準を構えて撃つがワイヤーを駆使して飛び回り、とても素早く当たらない。

迎え撃とう。と、マコトは戦闘用のナイフを取り出し、男の剣を受け止めると物凄い力で押されザザっと地面を滑る。

小競り合いをしてる中相手を見ると、ツーブロックの目つきの悪い小柄な男性・・・しかしその眼光と殺気は凄まじくマコトも負けじと睨み返した。

するともう片手の剣を出してきて咄嗟にハンドガンで受け止める。筋肉が悲鳴を上げハンドガンもミシ、と音がしたが負けてたまるかとマコトは歯を食いしばる。

「・・・エルヴィン、こいつなかなか戦闘力高いぞ」
「みたいだな」

その瞬間、男は膝蹴りをマコトの腹部にお見舞いする。

腹筋に力を入れて防御をしたがあまりの強さに意識が飛びそうになるが何とか踏ん張る。踏ん張ったはずがそのまま踏ん張りがきかず吹き飛ばされ、転がった拍子に口の中に砂が入ったので咄嗟にペッと吐き出した。

もう手元に武器はない・・・さすがに降参するだろうと思ったがマコトは格闘技で決着を着けようと拳を構えたのだった。

まだやる気なのか?と男たちははぁ・・・とため息を着くと

「ふっ、リヴァイ。降参しよう」
「チッ。こいつ負けず嫌いかよ」

全員は剣を収め4人目も木から降りると全員が手を挙げ地面に膝を着く。

マコトはやる気満々だったためその行動は呆気に取られたが、危害を加えないと判断すると恐る恐る落ちたナイフを拾い上げてホルスターに仕舞い、転がった20式を肩に掛けてハンドガンを拾い上げるとそのまま近づく。

男達を胸ポケットに入れていたL型ライトで照らしてみると、ゴーグルを掛けた女性、背の高い男性、先程押さえ込んだ髭の男性、そしてさっき戦った小柄なツーブロック。

深緑のマントを羽織っており身体をベルトで締めて金属の箱のような物をぶら下げている。
一体これは何なのか・・・背中に回り込むとポンチョには翼を広げている様なエンブレムが付いている。 コスプレ集団にしては戦闘力が高すぎる。

正面に回り込んでマコトは顎に手を当てるとむう、と唸り

『あなた達、何者?』
「お前、何者だ?」

ツーブロックの男とマコトが喋るのが同時だったが言葉が通じあっていない。



マコトは少し固まると、ああ・・・と呟き、

『あー外国人か。えーとWhere are you from?I belong to the Self-Defence Force.』(どこから来たの?私は自衛官です)
「コイツ、何言ってんだ」
「さっぱりだ・・・」

それでも何かを喋っている男にマコトは英語じゃないのか・・・と片っ端から知っている外国語の挨拶をした。

『こまったなぁ・・・ニーハオ、アニョンハセヨ、ヒュヴァー・パイヴァー、ナマステー、メルハバ、ボンジュール、ボンジョルノ・・・あ、よく見るとドイツっぽいな・・・グーテンモルゲン! 英語よく分かんないんだよなぁ・・・youたち、meは女の子、保護してるんだけど、知り合い?』

もはやめちゃくちゃな英語を喋り案の定沈黙が流れ、マコトも視線が痛くなりゴホンと咳払いをした。

「(そりゃ警戒するよね)」

攻撃意思のない相手に武器を構え続けるのも失礼だと思い、ハンドガンをホルスターに戻してボタンをパチンと留めた瞬間全員の顔から緊張が抜けた。

こちらも攻撃しない、と立ち上がってもいいジェスチャーをするとゴーグルを掛けた女性がゆっくりとだがニコニコしながら近づく。

「ねぇ、君は一体・・・・・・」

ガサッ

突然草木を掻き分ける音が聞こえて4人は警戒した。

すると、目の前から1人の少女が飛び出してきてマコトの前に立ちはだかると

「この人は悪い人じゃありません!殺さないで!」

またまたリヴァイ達は呆気に取られた。



キャンプ地としていた場所へ戻ってきた一行。
マコトは隠していたリュックを取り出すとライターで焚き火をつけなおし、少女も慣れた様子でマコトの隣に座った。

その光景を4人は不思議がりつつも、マコトは座るようにジェスチャーすると火を囲んで全員が座った。

ハンジは咳払いをして

「私は、ハンジ。ハンジ・ゾエ」

マコトは眉を寄せると

「はん・・・はんぞ?」
「はんじ」
「はんじ?」
「そうそう!」

ハンジは自身に指を指すと、マコトは自分に指をさして

「マコト」
「マコト・・・君の名前? 」

何となくあなたの名前?と聞かれてた気がしたのでこくりと頷く。

続けてミケの名前はすぐに分かったがエルヴィンとリヴァイの発音は難しいのかマコトは唇を尖らせた。

「えるびん、りばい?」
「ははっ、間違えてはない」

エルヴィンは笑うと、マコトは少し警戒を解き肩の力を抜いた。

「で、どうする?言葉が通じないみたいだ」
「記憶喪失か?」
「頭おかしくなって変な言葉を口走ってるってことか?災難だな」
「可能性はあるよね。でもこんな格好する?」
「見たことない格好と素材だ」
「肌の黒い種族か・・・初めてだぞ」

マコトの格好は迷彩柄の制服かつ鉄のヘルメット、しかも顔が真っ黒だ。

ずっと黙っていた13歳ほどの少女にエルヴィンは優しく

「君は?」
「私はエマ・ヴァロアと申します」
「えっ、ひょっとして行方不明のお嬢様?!」
「エマ、君はこの人とどういう関係なんだい?」
「私は、窃盗団に誘拐されたのをこの人に助けてもらったんです」

先日攻撃された窃盗団の盗品のなかにエマが居たらしく最初は驚いたが泣いていると慰めてくれた。
エマもどこまで連れてこられたのか分からない状態だったので動けず、マコトと山で生活をしていたそうだ。

服こそ汚れてしまっているが川で身体を洗ったのだろう。清潔にはしている。

「マコトさん、面白いもの沢山持ってるんですよ」

エマはマコトにジェスチャーをして荷物を見せて、と言うとマコトは頷いて隠していた背嚢を開いた。出てきたものは飯盒、着替え、充電器、救急セットなどだ。

どれも見たことないものばかりで4人はもっと混乱した。その中からマコトはメイク落としを手に取ると中からシートを取り出して顔をゴシゴシ拭き始めた。

しばらくしてドーランが落ちきり、ヘルメットを外して素顔を4人に見せると驚いた顔をしていた。

「君・・・!」
「っ・・・!」
「?」

ハンジの声やリヴァイの顔を見て、言葉の分からないマコトはそんな驚くか?と首を傾げた。






3ヶ月前・・・

ある日、後輩に誘われて当たると話題の占い師の所へ向かった事がある。
あまり占いに興味はなかったが一人で行くのは心細いという可愛い後輩のおねだりを無下にはできず、引きずられるように連れてこられた。

「マコトさんも占ってもらいましょうよ!」
「う、うん。お願いします」

そう言って手相からタロットカードをやら色んなものを使って占うと、カードを眺めながら占い師は

「仕事はこのまま、自分の意志を貫いても大丈夫と言っています。・・・しかし、3ヶ月後を見ましたが、何かトラブルが起きそうです。足元にはお気をつけなさい」




そして、現在に至る。


「当たってるわ・・・」


マコトはあまり食べたくなかったがヘビを調達してレンジャー訓練を卒業た先輩の教えをを思い出しながら皮を剥いで焼いたり川で魚を捕まえて焼いて食べた。

支給された携帯食料がない訳では無い、しかしここが日本ではないと賊を倒してから気づいたのでいつ帰れるかも分からない状態で帰れるのか。そう思うと手は出せなかった。

賊の盗品の中にいた少女・・・エマも物珍しそうに焼いたヘビを食べている。小綺麗なワンピースを着ているためどこかお金持ちの子だろうか?
明日、朝になって明るくなったらエマを連れて山を降りよう。

『エマ』
「はい?」

マコトはノートを取り出して絵で説明した。


太陽、山、2人で歩く絵。


それを見せるとエマはふむふむ、と読むと

「朝になったら山を降りるのですね、分かりました」

笑顔で頷くともマコト安心したように笑った。
その瞬間、ガザガサと言う音が聞こえてきてエマを木陰に隠すと、急いで砂をかけて火を消し暗闇に消えた。



その後調査兵団と交戦し、マコトは調査兵団に保護される現在に至る。


マコト達は明朝には山を降りて、荷馬車に揺られていた。
自衛官の自分が民間人を保護していたのではなく、保護された立場≠セったのだ。

辺りを見渡すとのどかな田園風景で道がずっと続いている。日本とはだいぶ違う、例えるなら海外の田舎な雰囲気だ。

そんな景色を呆然眺めていると、横にいたミケがスンスン・・・とマコトの首筋に近づいて匂いを嗅いでくるのでマコトは自分が臭いのでは?と不安になって自分も匂いを嗅いでしまった。

これはミケの性格・・・と言いたかったが通じないので苦笑するしかない。リヴァイはとにかく、と話題を切り出すと

「まずはその格好からどうにかした方がいいんじゃないか」

マコトの格好はどう見ても目立つ。
ハンジがマコトの服を脱がせたが、下の服も上のジャケット同じ柄で全員がため息をついた。

「チッ、どんだけお気に入りだよ」
「・・・もしかすると、マコトも我々と同じような兵団組織の人間なのでは?」
「なるほど、この格好なら草木に紛れても分からない。相手を攻撃するには持ってこいだね」

ハンジは自分の着ていたマントを外すとマコトの肩に掛けた。自分の服装が目立つと理解したマコトはハンジに

『ありがとうございます』
「ん?」
「多分、お礼だと思います。私にも言ったことがあるので」

そうエマがフォローすると、ハンジは良いんだよとマコトの頭を優しく撫でた。突然の事でマコトは驚き顔を赤くして俯いてしまった。


そんな初心な反応を見てハンジは固まると


「・・・意外と普通の女の子だね」
「蛇を食う以外はな」



***



検問でヴァロア家のエマ嬢を保護した事を伝えると、駐屯兵は急いで連絡を回すと憲兵が駆け寄ってきて

「本当だ・・・、エマ嬢だ!」
「エマ様あぁ!!」

同伴していた執事の男性は泣きながらエマを見ると大袈裟ね、と苦笑いした。

「エマ様、よくぞご無事で・・・!怪我は?!怪我はございませんか!」
「私は無事よ」
「良かっ・・・よかった・・・!」

執事の格好でマコトは、やはりエマはいい所のお嬢さんだと確信した。それからエルヴィンが憲兵団と何かを話すと、そのままマコトは保護されずエマだけが保護された。

「あの、ちょっと待ってください!」

エマはまた馬車に乗り込むと、マコトに思いっきり抱きつくと

『ありがとう』
『っ!エマ・・・?』

マコトの世界の言葉を喋ると、手を握る。どうやら、ここでエマとはお別れらしい。

「マコトさんを、お願いします」
「はい」

エルヴィンは返事をすると、エマは会釈して憲兵団と執事に挟まれて違う所へ行ってしまった。

一気に押し寄せる不安に、ハンジはマコトに大丈夫だよと声を掛けながら馬車は調査兵団の兵舎へと向かった。
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