リヴァイが回収した小銃のトランクは身体に掛けて、負傷したリヴァイの肩を支えながらエルヴィンの所へ向かうと一緒に居たハンジも驚いていた。
「リヴァイ、怪我をしたの!?一体何が・・・どういう状況?!」
「女型の巨人にエレンを取られたが、何とか取り返した・・・マコトはエレンを庇って食われたらしいがなぜか女型の巨人はマコトを飲み込まず、くせぇ口の中に入れられたまま戦ってたらしい」
「マコトまで?! 口の中に入れたまま、なんで・・・」
エルヴィンは何かを考えると
「・・・とにかく、長居は危険だ。そろそろ遺体の回収が終わる頃だ。それまでリヴァイは手当を受けるように。・・・マコト、頼めるかな?」
「はい!」
マコトは頷くとリヴァイを連れて救護班の所へ向かった。
救護班の診断の結果、ヒビが入っている可能性があるとの事だ。
・・・しかもその後無理に動いたためとにかく安静に、と念を押されマコトに助けられながら荷馬車を降りていると、兵士がこちらに駆け寄ってきて
「リヴァイ兵長、特別作戦班の・・・遺体を回収出来ました。」
「そうか、悪かったな」
「いえ、失礼します」
リヴァイも疲弊していて、顔色が格段に悪くなっている。マコトはリヴァイの背中を撫でると、
「リヴァイ兵長、皆と合流しましょう」
「・・・ああ」
4つ並べられた布・・・これは、先日のトロスト区でも見た光景だった。
全員の手には噛み跡が付いていて、まるでエレンのようだ。
マコトはそっとペトラの手の噛み跡を撫でる・・・その手は氷のように冷たかった。
「一度エレンが制御出来ずに半分巨人化した時があってな。その時こいつらがエレンを疑ったが意図的ではないと分かると、その謝罪を込めて全員でエレンの真似をして手を噛みだしたんだ。」
「ペトラ達らしいですね・・・」
「こいつらは、最後までエレンを守った。俺の命令を、命尽きるまで果たした。・・・お前たち、よくやった。エレンは無事だ。」
そのリヴァイの言葉に、全員から返事はない。
マコトは鼻をすすると、
「みんな、凄かったんですよ。女型の巨人を・・・追い詰めたんです」
布を取ると、穏やかに眠ったペトラの顔。その顔や鼻や口からは血が出てしまっている。
その血を、マコトはハンカチを出して優しく拭き取るが、血が乾いてしまっているため全部は取れなかった。
マコト、帰ったらまた買い物しよう!
ペトラの最後の笑顔。
リヴァイ班はマコトの正体を知っても、普通に接してくれた。ペトラ、エルド、リヴァイと買い物した日、ペトラと2人で買い物をした調整日。
そして先日、リヴァイにドッキリを仕掛けた時や、食堂で皆で叫んだ怪談話・・・
リヴァイに全てを捧げると言ったペトラの横顔。
「ペトラとっ、帰ったら・・・買い物しようって・・・ふっ・・・うっ・・・」
マコトはペトラの冷たくなった手を強く握りしめ地面に突っ伏す。
声を出して泣くマコトにリヴァイは何も言わずマコトの頭をくしゃりと撫でると、リヴァイはナイフを取り出して全員の制服から腕章を取った。
それをどうするのだろう、とリヴァイを見上げるとペトラの腕章をマコトの手に置いてその上から手を重ねた。
「これは、こいつらが生きた証だ。俺達が死んで行ったものたちの意志を継ぐ・・・それが1番の弔いだ」
マコトの目を真っ直ぐと見つめるリヴァイ。
涙は自然と引いており頷くと
「そう、ですね・・・リヴァイ兵長の言う通りです。」
その手をマコトは強く握り返した。
***
「納得いきません!エルヴィン団長!」
荷馬車へ積まれていくリヴァイ班達の遺体を見送ると、そんな声が聞こえてきた。
どこかの部隊の兵士がエルヴィンに抗議していた。
「回収すべきです!イヴァンの遺体はすぐ近くにあったのに!」
「すぐ横に巨人も居たんだぞ!二次災害になる恐れもある!」
エルヴィンを庇うように横にいた兵士が窘めていた。
それを見ていたリヴァイは脚をそちらに向けたので、マコトも肩を支えて向かった。
「イヴァンは、同郷で幼馴染なんです。あいつの親も知っています。せめて連れて帰ってやりたいんです!」
「ガキの喧嘩か」
マコトはリヴァイの少し後ろで控えていた。
リヴァイは2人を見ると、
「死亡を確認したなら、それで十分だろう。遺体があろうがなかろうが死亡は死亡だ。何も変わるところはない」
「そんな・・・」
「・・・イヴァンたちは行方不明として処理する。これは決定事項だ、諦めろ」
そう言ったエルヴィンは背中を向けて、リヴァイも去ろうとすると兵士は
「お二人には・・・人間らしい気持ちというものがないのですか!?」
その瞬間、マコトはカッとなり拳を握りしめると
「マコト、よせ」
「・・・わかりました。」
マコトは兵士を睨みつけると歯を食いしばり
「あなた達だけが、辛いんじゃない・・・!」
そう吐き捨てると背中を向けてリヴァイの後を追った。
*
陣形は、出立の頃より大分縮小されてしまった。
全員疲弊しきっており、荷馬車に寝かされたエレンはまだ目を覚まさない。
その横をミカサが心配そうな面持ちで見守りながら並走しているのが見えた。
マコトはハンジ班に戻ろうとしたが、ハンジの指示により負傷しても馬に乗ると言う事を聞かないリヴァイの補助に回った。エルヴィンを先頭に、リヴァイ、その少し後ろでマコトは馬を走らせている。
突然、赤の信煙弾が打ち上がった。数体の巨人が押し寄せてきて全員は全速力で撒こうとしたが、その巨人を率いているのは先程エルヴィンに抗議していた兵士だった。
イヴァンの遺体を回収した所巨人と遭遇したのだろう。この平地では、立体機動も機能しない。
応戦している中にはミカサも居て、マコトは息を呑みエルヴィンの指示を待った。
疲弊しきった兵士を戦わせても無駄に死にするだけ・・・エルヴィンは壁まで逃げ切るしかないと判断し、リヴァイは後方に下がった。
「マコト、リヴァイの所へ」
「はっ!」
マコトも後方に下がるとリヴァイはとんでもない指示を出した。
「この平地じゃ不利な上全部始末するのは不可能だ。・・・それより遺体を捨てろ、追いつかれるぞ」
マコトはリヴァイを見つめたが、その目は前を向いている。
「兵長、遺体を・・・捨てるんですか・・・?」
思わず反復してしまった。リヴァイは無言で頷くと
「遺体を持ち帰れなかった連中は過去にもごまんといる。そいつらだけが特別なわけじゃない」
「やるんですか・・・?!」
兵士は泣きながら遺体を抱きしめ、リヴァイを見つめる。マコトもリヴァイ班の混ざる遺体の山から目を離せずにいた。
「やるしかないだろ!」
上官命令だ、兵士は1人ずつ遺体を荷馬車から落とし始めた。
遺体は巨人に踏まれたり、石にぶつかり飛んでいく者も居る。
マコトは目が離せずにいると、リヴァイが視界に入ってきた。そのリヴァイの顔も、目の下のくまが酷くなっている。
「マコト、行くぞ」
「・・・はい」
軽くなった荷馬車は、そのまままスピードを上げて巨人から逃げ切ることが出来た。
*
一度位置を確認する事になり休憩に入った。
リヴァイは先程の兵士・・・ディターの元へ行くと胸ポケットから腕章を取り出して
「これが奴らの生きた証だ。・・・俺にとってはな。イヴァンの物だ」
その腕章は、リヴァイ班の物だ・・・マコトは唇を噛んで後ろから見つめることしか出来ない。
腕章を抱きしめると、ディターは涙を流した。
壁がやっと見えてきた。
しかし、その壁の中の視線は冷たいものばかりだった。
「早朝から叫びまわって出てったと思ったら、もう帰ってきやがった」
「まぁしかし、こいつらのシケた面から察するにだな・・・俺らの税をドブに捨てに行くことには成功したらしいぜ」
マコトは眉を寄せて下を向いた。
リヴァイも、脚を負傷していたがものともせずに歩いていると
「リヴァイ兵士長殿!娘が世話になってます!」
ペトラの父だ。
「娘が手紙を寄越してきましてね、あなたにすべてを捧げるつもりだとか・・・まぁ・・・親の気苦労も知らねぇで惚気ていやがるワケですわ、ハハハ・・・それで、うちの娘はどこに? 」
その言葉にマコトは立ち止まってしまった。
「・・・兵長。話すべきでは」
「・・・ああ」
リヴァイとマコトは、2人でペトラの父親を見上げた。
え?という顔をするとマコトは胸ポケットから腕章を両手で差し出した。
「特別作戦班所属・・・、ペトラ・ラル一等兵の物です」
「は、はは・・・え?娘は、どこに?」
「・・・壁の外です」
リヴァイがそう言うと、ペトラの父は膝から崩れ落ちた。
「遺体の損傷が激しく、せめて、これだけでもと・・・」
「む、娘の最後は・・・」
「想定外の奇行種に遭遇し、踏み潰されました」
「は・・・?踏み・・・」
「後日、遺品を届けにご自宅へ伺います。」
リヴァイとマコトは頭を下げ、放心状態のペトラの父親を置いてリヴァイと兵舎へと向かった。
今回の壁外遠征にかかった費用による痛手は、調査兵団の支持母体を幻滅させるには十分だった。
エルヴィンとその責任者が王都へ招集されると同時にエレンの引渡しが決定した。
医務室へリヴァイを届けるとすぐに治療が始まった。患部を冷やた後、添え木をされて固定される。
「ヒビで済んで良かった・・・とにかく、1ヶ月は安静にしてくださいね」
「ありがとうございます」
マコトが頭を下げると、リヴァイは立ち上がり執務室へ行くかと思いきや荷物をまとめ始めた。
「リヴァイさん?」
「エレンを呼んでこい。旧調査兵団本部に戻る」
「そ、そんな!お医者さんの話聞いてた?!」
慌ててマコトが鞄を取り上げるとリヴァイは
「まだ任務は終わってねぇからな。俺一人になっても、あいつを守ねぇと」
「と、とにかく・・・お願い、明日にして。」
そう言うとリヴァイは目を閉じてソファに思いっきり座ると
「・・・分かった」
「準備は私がしておくから。もう休んで」
「ああ、悪いな」
ここまで弱ったリヴァイは初めて見る。
マコトはぐったりとしているリヴァイの肩にブランケットを掛けると
「リヴァイさん、帰ったら紅茶を入れる約束だったよね。用意するから、待ってて」
「ああ」
短くそう返事すると、マコトは静かにドアを閉めた、顔をあげれば兵舎の廊下は落日の夕日で照らされていた。
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