調査兵団が壁外から帰ってくる前日の夜・・・。
マコトは鏡の前で1人ファッションショーをしていた。服はあれからペトラと2人で買い物をしたりしたので数は揃ったが・・・冷静になって部屋を見渡すと服が散乱している。
「冷静になろう・・・」
その結果、今の季節は暖かいのでシフォンスカートにVネックの7分袖のシャツにした。
「調査兵団が帰ってきたぞ!」
マコトは訓練後、人混みに紛れて調査兵団の帰還を出迎えた。
ボロボロになり荷馬車で運ばれる兵士。エルヴィンの索敵陣形のおかげで被害は減ったそうだが、怪我や死人は付き物だった。
中には出迎えに来た母親が息子の姿を見て抱きしめ、恋人を亡くし崩れ落ちている者もいる。
「(いた、リヴァイさん!)」
リヴァイは後方に居た。
その顔は平然としているが、やや疲れきった顔をしているおり負傷した兵士を介抱したのか、いつも綺麗にしている兵服は血に染っている。
とにかく、無事でよかったと腰が抜けそうになりようやく確信した。
「(私、リヴァイさんの事・・・好きだ)」
その瞬間、一気に顔が熱くなりリヴァイを見ていられなくなった。
退散しよう、と人混みのなか身を隠しながらマコトはクールダウンをするため街へ向かった。
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リヴァイ班は後方で後を追いかけてくる巨人の討伐に専念していたため、門をくぐったのは最後になった。
自分や班の部下は無傷で帰ってこれたが今回も失う数が多すぎた・・・脳裏に部下たちの最期をがチラつき、目を閉じる。
目を閉じて真っ先に思い浮かんだのはマコトで、リヴァイは顔を上げると人混みの中マコトの姿を探す。
・・・しかし、マコトはどこにもおらず小さくため息が出た所でぐっと息を止めた。マコトはまだ、訓練場で訓練兵と汗水垂らしている頃だ。来るはずがない。
「(俺は・・・何でアイツのこと探したんだ)」
先日言われたハンジの言葉を思い出す。
そして、マコトと食事に行くという約束。それを思い出すと普段動じない自分の心臓が少しだけ大きく動いた気がしてグッと手綱を握ると隣を歩いていたペトラが異変に気づき馬を寄せた。
「・・・兵長、具合が悪いんですか?」
「いや、問題ない」
「そうですか・・・今日はゆっくり休んでくださいね」
「ああ。 お前たちも馬の世話を終えたら上がっていい。 身体を休ませろ」
「はい! お心遣いありがとうございます!」
その言葉にリヴァイは頷き、調査兵団は厩舎へと向かっていった。
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街を歩いていると露店が沢山あり目移りをしてしまう。この辺は随分前に迷子になった際、リヴァイが探しに来てくれた場所だ。
すると、スン・・・といい香りが漂ってきて匂いを辿るとお香屋さんがあった。
元々いい匂いがする物が好きなマコトはこの世界にもお香があるのかと感動してつい足を進めてしまった。
「いらっしゃい」
「こんちには。いい匂いですね」
40代ほどの女性店主に言うとありがとうと笑い
「今使ってるのはこの匂いだよ」
そう言って渡された箱には白檀と書かれたコーン型のお香だった。
店主はマコトを見るとそうだねぇと何かを考えると
「お姉さんだったらこのグリーンティーの香りが似合いそうだね。」
「へ?」
「私、人の顔とか纏ってる空気で香りを決めるのが得意なんだよ。ほら、これだよ」
そう言って試しに火をつけてもらうと爽やかな香りでマコトは目をキラキラさせると
「これ、私の好きな匂いです!」
「私の目利きは間違ってなかったね」
「買います! おかげで仕事に集中出来そうです」
「部屋の消臭や空気洗浄もできるからね。最近若い子にも浸透してきてるんだよ。・・・じゃあこれと、香炉をお姉さんにサービス!」
そう言って青色の陶器で出来た香炉と、小さな麻布の刺繍が入った巾着を渡されると
「最近作った香水っていうやつさ。アルコールや香料を混ぜてあってね。5時間から12時間くらいは持つから少量で十分。 体温の高い所に付けると長持ちするよ」
「こ、こんなにサービスしていただいて良いんですか?」
「ああ。お客さん、うちの常連になりそうだからね」
店主はそう言ってウインクをする。
香水はもちろんマコトの世界にもあるが、まさか貰えるとは思わずありがとうございます!と頭を下げた。
「もちろん!また来ます!」
「はいよ!またお越しくださいませ!」
賑わっているトロスト区の街並みを眺めていると、花屋が目に止まった。
マコトの母はガーデニングが好きで、家の庭には沢山の花が咲き乱れ近所でもよく褒めて貰っていたのを思い出す。
マコトはその中でも芍薬が好きで、それを言った母がよく玄関や家中に芍薬を花瓶に挿してくれていた。
突然蘇った母との思い出に、思わず鼻の奥が痛くなりマコトの足は花屋に向かっていた。
「いらっしゃいませ」
「あの、芍薬っていうお花・・・ありますか?」
そう言うと50代ほどの女性店員はにっこりと笑い
「ええ、ございますよ」
こちらです、と案内されたのは確かに芍薬だった。
それを見たマコトは目を細めると
「懐かしいなぁ・・・」
「思い出のお花です?」
「はい。私が好きな花で、母がよく飾ってくれてたんです」
「素敵なお母様ですね」
ピンクや白の芍薬を何輪か包んでもらいマコトはお礼を言うと店員はまたお越しくださいと見送ってくれた。
***
マコトが兵舎に戻る頃には空はやや橙色と青空が混じっておりマコトの部屋は柔らかい光が漏れていた。
リヴァイは壁外調査から帰ってきたばかりで事後処理が大変だろう。差し入れに紅茶を淹れようか、とマコトは部屋に荷物を置いていると扉がノックされた。
「はい」
「・・・俺だ」
リヴァイの声で心臓が跳ね上がる。
ドアを開けると、やや疲労が出ているリヴァイが立っていた。
「戻ったぞ」
「おかえりなさい。・・・怪我は?」
「無傷だ」
よかった、とマコトはホッとするとドアを大きく開くと
「紅茶飲んでく? 」
「ああ、悪い」
マコトの部屋に入りソファに座るとリヴァイはちらりとマコトを見た。
どれにしようか、マコトは顎に人差し指を付けて棚に並んだ茶葉の缶を選んでいる。 そしてこれにしよう、と茶葉の缶を手に取ると待っててね! と微笑み給湯室へ行くため部屋を出ていった。
残されたリヴァイはふぅ、と背もたれに身体を預けて天井を見上げた。
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ペトラが紅茶の美味しい淹れ方を教えてくれたお陰で、最近はこの作業が好きになってきた。
マコトの時代ではパックのタイプもあればペットボトルで出来上がった物があるのでこうしていちから作業するというのは進んでやろうとは思わなかった。
が、やってみてしまえば奥が深く、ペトラにも美味いと褒めてもらった。
細かい茶葉なので2、3分蒸らすのだがはやくリヴァイの所へ行きたくてうずうずしてしまう。
ポットの中を軽く混ぜて茶こしで茶がらをこしながら濃さが均一になるように掻き回す。
最後の1滴まで淹れると、マコトは早歩きで部屋へ向かった。
「はい、お待たせ」
「すまないな。お前も帰ってきたばっかりだろ?」
「うん。少し寄り道した」
「寄り道?」
そう言ってリヴァイは独特な持ち方でカップを持ち口に含めると少し驚いた顔をして
「・・・美味いな」
「ペトラさんが師匠です」
「なるほどな。あいつも淹れるのが上手い」
そう言えばリヴァイに紅茶を淹れたのは、初めてだ。紅茶にはこだわるとはペトラから聞いていたがお墨付きを貰えてマコトは胸がほくほくした。
マコトはそうだ、と立ち上がって先程買ってきたお香を香炉に入れると火をつけた。
しばらくすると爽やかな香りが部屋を包み、リヴァイは振り向くと
「・・・なんの匂いだ?」
「お香です。リラックス効果もあるんだよ」
自衛隊駐屯地では相部屋だったので、使ったのは高校生ぶりだろうか・・・懐かしくて目を細めるとリヴァイは
「・・・悪くない」
「ふふ、良かった」
「それに、お前に似合った香りだな」
マコトは驚くとニコッと笑い
「お香屋のお姉さんの見立て通りだね」
そう言いながら買ってきた芍薬を花瓶に挿し執務用の机に置いた。
「花、好きなのか?」
「詳しくないけど・・・この花が好きってだけだよ。母親が花好きでね、芍薬が好きって言ったら家の中芍薬だらけにした事があって」
懐かしそうに笑うマコトはどこか寂しそうだ。
今は訓練兵団の教官として地位がある人間でここに馴染みつつあるが、本音で言うと元の時代が恋しいのだろう。
マコトの芍薬を見つめる顔を見ていたら、グリーンティーの爽やかな香りと疲労で段々と瞼が重くなり気づいたら意識が無くなっていた。
「・・・リヴァイさん?」
突然大人しくなったので芍薬から目を離すと、リヴァイはこちらを向いてソファの背もたれの縁で頬杖をついて眠ってしまっている。
壁外調査から帰ってきたばかりで疲れが溜まったのだろう。しかし、これでは首や腰を痛めそうだ。
「リヴァイさん、首痛めるよ。ほら」
「んん・・・悪い」
リヴァイは目を覚ますと立ち上がろうとしたがマコトがソファへ押し戻すと素直に仰向けになった。
「寝てて大丈夫。ちょっと休んだ方がいい」
「・・・すまん」
身体が重いのだろう。少し寝れば動けるようになるはずだ。
マコトはブランケットをそっとリヴァイに掛けてやるとうとうとしていたリヴァイはぐっすりと眠ってしまった。
「寝顔は子供みたい」
白い肌に切れ長の目。普段寄せられている眉間は休憩中だ。
鼻筋も通っており、要するにイケメン・・・いや、美青年だ。
お香の効果もあったのだろう、マコトは音を立てずに椅子に座ると仕事を再開させた。
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何時間経っただろうか・・・
リヴァイは目を開くと部屋を見渡した。飲みかけの紅茶、掛けられたブランケット。
お香の香りがするこの部屋は、マコトの執務室だ。
ここまで深く眠ったのはいつぶりか。
リヴァイは段々と覚醒して上半身を起こすと、先程よりかは身体が軽くなっていた。
執務机に目をやると、白やピンクの芍薬の花。
そして書類に何かカリカリと書いているマコトの姿。
夕方になりかけた空はもう暗くなりかけており、ふとマコトが髪の毛を耳に掛けるとこちらに気づいて微笑むと
「おはよう」
「・・・ああ、おはよう」
そんな何気ないやり取りで、リヴァイの胸が少し高鳴るのを感じた。
「爆睡だったね」
「みたいだな・・・外が真っ暗じゃねえか」
「帰ってきたの、ちょっと早かったもんね」
その言葉にリヴァイは何で知ってるんだ?と顔を上げマコトを見つめると、マコトは目を逸らして持っていたペンをクルクルとペン回しさせながら
「・・・心配だったから、顔だけ見ようと思って」
「・・・・・・そう、か」
真っ赤になるマコトを見てリヴァイも意識してしまい俯く。
出迎えに来てくれてた、それだけでリヴァイの心がスッと軽くなると同時に出てきた言葉にリヴァイは口を開いた
「(好きだ)」
思わず喉から出かけた言葉。
開けた口をグッと閉じると冷めた紅茶に手を伸ばして喉に押し流すと立ち上がり、ブランケットを丁寧に畳むと
「悪いな、おかげで楽になった」
「ううん。良かった」
「明日で・・・いいか?」
明日・・・マコトは食事の事だと頷くと
「うん、明日空けとくね」
「じゃあ、明日」
そう言うとリヴァイは静かにドアを閉じた。
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