分隊長
分隊長、起きてください。
分隊長・・・風邪気引きますよ。
・・・ハンジさん。
「ハンジさん、大丈夫?」
ハンジは目を覚ますと思わず
「・・・モブリット」
そう呟いた。
しかし、起こした主はモブリットではなくマコト。
マコトは呟いたその名前に眉を下げた。
しかしマコトは敢えて触れずハンジと目線を合わせるようにしゃがみこむと
「・・・そろそろエレンの家に行こう。とリヴァイ兵長が・・・体調は大丈夫ですか?」
「ああ・・・少し良くなったよ」
アルミンはあれから目を覚まさずエレンとミカサはそれを見守り、サシャも負傷したため隣で呻いている。
リヴァイ、マコト、ジャン、コニーで交代しながら壁上の監視をしてかれこれ2時間は経過した。
ハンジの身体に掛けられたマコトのマントを畳むと
「マコト、ありがとう。」
「いえ・・・あの、ハンジさん。」
マコトはあの夢の話をしようか悩んだが、意を決してハンジの前で正座をすると
「・・・実は、吹き飛ばされて気絶してる間・・・川の前にいる夢を見たんです。」
「川?」
「はい。 その川には船があって、向こう岸は多分死後の世界でした。亡くなったミケさんやナナバさん、リヴァイ班の皆・・・その船に1人分だけスペースがあってそれは私の場所だと思ったのですが、モブリットさんがそれを止めました。」
モブリット、その名前にハンジは顔を上げてマコトを見つめた。
「モブリットさんはこう言ってました最後にハンジさんを守れてよかった≠ニ」
「・・・っはは、まったく。 馬鹿だなぁ・・・モブリット・・・」
ハンジは俯くと、手の甲にポタリと涙が落ちた。
「ねえ、リヴァイはマコトの事を探して迎えに行くって言ったんだよね?」
「はい・・・」
「私も、いつかまたっ・・・モブリットと、会えるかな?」
涙を流しながらハンジはマコトを見つめる。
思わずマコトへハンジを抱きしめた。
「絶対会えます。」
「楽しみだなぁ・・・」
ハンジはマコトの肩に顔を押し付けた。
*
「・・・おいハンジ、今度はマコトに抱きつきやがって」
リヴァイは不機嫌になりながら壁上を歩いてこちらにやってきた。その後ろにはエレンとミカサが控えている。
「そろそろ、エレンの実家に行くぞ」
「ああ、うん。行こっか」
アンカーを出してリヴァイとハンジは降りていく。
それに続こうとするがエレンとミカサは動かずにマコトを見つめた。
「2人とも、どうしたの?」
「マコトさん・・・さっきは、ごめんなさい」
胸ぐらを掴んで投げ飛ばしたことだろう。
あの時はお互い必死だったしマコトも珍しく理性を失いかけていた。
エレンは頭を下げて、ミカサも頭を下げた。
マコトはふっと笑うと背の高い2人の頭をわしゃわしゃと撫でて抱きしめる。
「・・・ほら、いくよ。案内して」
そう言うとマコトはアンカーをを刺してリヴァイ達を追った。
***
エレンとミカサを先頭にシガンシナ区を歩く。
時々立ち止まるのは、幼少期の思い出の場所だからだろうか・・・そんな2人の姿を見てもリヴァイとハンジは何も言わなかった。
街は廃墟になり家屋には蔦や雑草が伸び放題だ。
道端に落ちた人形・・・マコトはそれを眺めながら街並みを眺める。
角を曲がると、一際大きな岩で潰された一軒の家が目に付いた。
「・・・この家かい?」
「はい」
近づくと階段をあがった先に洗濯の物干し竿がそのまま放置されており、家の近くには片足だけの靴が落ちていた。
エレンはそれを拾い上げる。
「母さん・・・」
靴を抱きしめると、エレンは顔を上げて岩を睨みつけた。
崩れた家の柱を使い全員で持ち岩を退かす。バキバキと腐った木と瓦礫を退かすと、床下の扉が見えた。
ギギギと軋む音を響かせてそれを開くと、地下へと続く階段が真っ直ぐとのびている。
「良かった、水は溜まってないみたいだ」
ハンジは安心しリヴァイが硬質化のランプで奥を照らす。
緊張した面持ちのエレンをマコトは見つめると
「エレンはこの地下室・・・初めてなんだよね?」
「はい。存在は知ってましたが、父さんの仕事部屋だから入るなと・・・」
ミカサはエレンの肩に手を置くと「行こう」と声を掛けた。
「開けろ」
地下室の鍵は、古い錠前で施錠させれておりリヴァイの命令にエレンは頷くと首に掛けていた鍵を鍵穴に差し込む。
「うっ!!」
それを後ろで待っていたリヴァイ、ハンジ、マコトはいつまで経っても開かないエレンに首を傾げた。
ミカサも不安になり首を傾げると
「エレン?」
「どうした?」
「早くしろ」
マコトはおかしいと思いエレンの腕を覗き込むとえっ!と声を出す。錠前と穴が、明らかに合っていないのだ。
「その鍵、その錠前のやつじゃない・・・よね?」
「は、はい・・・」
「え?」
「そんな・・・イェーガー先生が持っていたのは、その鍵のはず・・・」
リヴァイは何かを考えると
「マコト、持ってろ」
「え、はい!」
硬質化のランプをリヴァイから受け取り、前に出てマコト達を後ろに下げた。
「どいてろ、俺が開ける」
そう言うと右脚を上げ始めたのでハンジは「え!?」と慌てると
「ちょ、リヴァイ!?ま・・・」
バキィ!!
それは間に合わず、リヴァイは金具の部分目掛けて思い切り蹴りをかますと腐った木はいとも簡単にバキバキに割れドアが開いた。
「待ってよ・・・」
力ないハンジの声が虚しく地下室に響いた。
部屋の中をマコトが天井にランプを当ててバウンスさせると、部屋全体に光が回り見やすくなった。
部屋の中も老朽化が進んでおり、中は蜘蛛の巣が張っていた。薬の入った棚や仕事用の机・・・その机の書類も当時のまま手付かずになっている。
ハンジは本棚の本を手に取りパラパラとめくりながら
「うーん・・・この薬品も明示されてる通りなら一般に流通してるものだし。どの本も医学に関するもの。一見して医師であるイェーガー氏の仕事部屋だ・・・何も怪しいものはありません▼・・私にはそう主張しているようにも見える。」
「まあ・・・中央憲兵に見られて困るようなものは一見しただけじゃわかんねぇだろうな。」
マコトも持っていたLEDのライトで本棚の隙間や床を照らしながら歩いているがそれらしきものは見当たらない。
「エレン、鍵を見せてもらっていい?」
「はい」
エレンから鍵を受け取りそれを観察する。
「・・・この部屋の引き出しの鍵かな」
「へ?」
「いや、何となく」
「引き出しを全て調べよう。」
ハンジの指示に全員は頷くと部屋中の引き出しを見るが鍵穴らしきものは無い。
仕事用の机の鍵穴も合わずハンジはうーーーんと唸る。
「一体・・・どこの鍵なんだ?」
「すみません、私の勘違いだったみたいです」
ふと仕事机に手を着いたミカサが「ん?」と声を出して屈んだ。
「エレン、ここ・・・鍵穴がある」
机の側面に、小さな鍵穴があった。
エレンは試しにその鍵穴に鍵を差し込むと
カチャ
「・・・開いた」
ゆっくりと引き出しと開けると中身は空っぽだった。
「空!?」
「落ち着け、この板で隠してあるんだろう」
リヴァイは引き出しの底をコンコン、と叩くと隙間に爪をひっかけると板を抜いた。
そこには防腐剤に厳重に保管された3冊の本が並べられていた。
その本の1ページ目には、1枚の写真があった。
スーツを着た男性と、椅子に座り1人の子供膝に乗せた女性の姿だ。
「これは・・・肖像画?」
「いや、これは・・・・・・マコト」
リヴァイとハンジ・・・そしてエレンもミカサも見覚えのある技術だった。
マコトの運転免許証ほど鮮明ではないが、マコトはそれを見ると
「写真・・・」
そう呟いた。
エレンはその写真を手に取ると
「・・・父さんの字だ」
「エレン、読み上げろ」
リヴァイはそう言うと、エレンは頷いて文字を見つめた。
これは絵ではない。
これは、被写体の光の反射を特殊な紙に焼き付けたもの。写真≠ニいう。
私は、人類が優雅に暮らす壁の外から来た。
人類は滅んでなどいない。
この本を最初に手にする者が、同胞である事を願う。
私は、まず何から語るべきか考え・・・あの日を思い浮かべた。
この世の真実と向かい合った、あの幼き日を。
内容は、グリシャ・イェーガー氏の半生が書かれた本だった。
*
エレンの家の地下を出て、マコトは息を吸い込んだ。冷たい風が鼻や肺に流れ込んでくる。
空は夕方になりかけていて青の中に橙色が混ざり、それを見上げてマコトは目を細めた。
あの本を読んで何を思っているのか・・・全員口を開かずマコトも無言でリヴァイの隣を歩いていた。
しばらく崩壊しているシガンシナ区を歩いていると、リヴァイは立ち止まった。
「リヴァイ?」
止まったリヴァイに、ハンジは首を傾げる。
そこには、倒れた下半身のない服を着た人骨と調査兵団の腕章を着けた兵士の人骨が寄り添うように倒れていた。
そのお互いの、骨の左手薬指には指輪がはめられておりリヴァイは駆け寄って膝を着くとその腕章の名前を見た。
「ノア・・・・・エヴァンス・・・」
あのノア・エヴァンスの遺体だった。
当時のノアは、リヴァイ達と退路確保中婚約者の死を見ても動揺せずに指揮を執った。
・・・その後自分も力尽きる寸前、婚約者のもとへ行き寄り添って最期を迎えたのだろう。
リヴァイはそれを見つめ、目を細めると
「ハンジ、この骨・・・持って帰れないか?」
「・・・うん、持って帰ろう。どこかの家から入れ物を探してくるよ」
「すまん・・・ありがとう」
ハンジはエレンとミカサを連れて家屋を回り、リヴァイは手を伸ばすと、マコトも隣に座り込んで手伝った。
頭蓋骨を拾い、指から2人の指輪を取る。
エレンとミカサが壺を見つけたらしく2つもってくるとその中に全員で入れ始めた。
リヴァイはノアの、マコトは婚約者の壺を抱えるとアルミン達がいる壁の上へ向かう。
「他の奴らが見つけられなかったのが心残りだが・・・コイツが見つかってよかった」
「うん。お墓・・・作ってあげてね」
マコトは目を細めて微笑むと、壺をぎゅっと抱きしめた。
*
壁の近くに近づいたので各々は立体機動で上へと上がっていく。
マコトもアンカーを出して壺を落とさないように上に上がると既にリヴァイが待っていてくれていた。
「ありがとうございます」
先に壺をハンジが受け取り、リヴァイが差し出してくれた手を取ろうとしたが
スカッ
その手はリヴァイの手を掠めた。
「・・・え」
「マコト、お前・・・」
「マコトッ・・・!」
よく見ると、マコトの手首まで透けていた。
もう・・・自分も時間が無いらしい。
それはマコト本人も驚いており口をあんぐり開けたまま透けている自分の手を見つめた。
すると、リヴァイがまだ透けていないマコトの二の腕を掴み一気に引き上げるとマコトを抱きしめた。マコトはじわりと目から涙が溢れると
「リヴァイさ・・・もう、時間みたい・・・」
「まだだ、まだ行くな・・・頼む・・・」
苦しいほどにリヴァイに抱きしめられながら手を上げると自分の透けた手越しから夕焼けが見える。
それをぼーっと眺めていると段々と透明度が戻り、元に戻った。
「リヴァイ、戻ったよ」
ハンジが心配そうにリヴァイに話し掛けると、リヴァイは身体を離してマコトの手を慌てて握った。
その手は僅かだが震えていた。
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