92:夢
四足歩行の巨人は、兵団本部の方角へ逃げていった。

身体が動かず、最後にそれを見送ってしまったマコトは悔しそうに眉を寄せると段々と瞼が閉じていく。


マコトが気絶して落下するのを見たリヴァイは、急いでマコトを受け止めて最後のガスを吹かせるとエレンの前に着地した。

「兵長!」
「今ので完全にガスが切れた!ヤツを追う、ガスと刃を全てよこせ!」
「はい!」
「急げ!」

そう言いながらリヴァイはエレンが準備をしている間にマコトを寝かせると、頸動脈に指を押し当てる。脈は正常に振っておりリヴァイは安堵し目を細めると、マコトの頬を優しく撫でた。

頭から出血、腕と太ももに深い裂傷・・・顔にも火傷や擦り傷が沢山ある。体力が無い中、リヴァイの援護をし獣の巨人を追うために力を使って最速で追いついた。

エレン同様、力を酷使したせいかマコトから鼻血が出ていたのでリヴァイはハンカチを取り出すと鼻を拭く。

血は止まっていたようでこれ以上は流れ落ちて来なかった。




「・・・・・・ゴホッ」




エレンは手を止めた。
後ろには、黒焦げになった人の姿・・・アルミンが息を吹き返した。


エレン、海を見に行くよ


気絶していたエレンを起こした時に言った言葉が脳裏をよぎる。



アルミンは超大型巨人が戦いの中で徐々に痩せていっているのに気づいた。

超大型巨人の弱点は、燃費の悪さ。

アルミンは自ら囮になり、蒸発しない歯にアンカーを突き刺して時間稼ぎをした。その隙にエレンは硬質化して穴を塞ぎ抜け出した後、超大型巨人のうなじにブレードを叩き込んだ。

しかしアルミンは超大型巨人から発せられる蒸気で全身は黒く焼き焦げ、髪の毛すら無くなり、それがアルミンなのかすら判別がつかなくなるほどの重症を負った。


幼少期から、訓練兵時代から今まで一緒に過ごしたかけがえのない幼なじみが今目の前で僅かだが息をしている。


「アルミン・・・」


エレンは目を見開いてアルミンを見つめた。


一方、あれから別行動したハンジは・・・




ハンジはマコトと別れた後、あれから滑り込みで追いつき鎧の巨人の顎の関節に雷槍を撃ち込むことに成功した。
パカッと開いた鎧の巨人の口の中にミカサが最後の雷槍を放つと、ライナーはその爆撃でうなじから吹き飛んだ。


その後、ライナーは最後の力を振り絞り左胸の鉄のケースを取り出そうとしたところ、ハンジがそれを阻止し手足を切り落とした。

今のライナーは四肢を無くし、目隠しをされた状態でライナーは家の壁に寄りかかっている。

ハンジはその鉄のケースをライナーの目の前に突き出しコンコン、と起こすように鳴らすと

「ライナー、この左胸に入ってた鉄のケースは何だい? 自決用の薬・・・それとも、爆弾か?」

ミカサは負傷したジャンを手当しながら、ハンジとライナーのやり取りを見つめている。
キュッと包帯を締めた瞬間、力みすぎたのかジャンが「いてっ!」と呟いたためミカサはごめん、と呟いた。


「手紙・・・」
「手紙?何の手紙?」
「ユミルの、手紙だ。クリスタに・・・必ず渡して欲しい。」
「・・・中身をあらためてからね。」

そう言うと、ハンジはその鉄のケースを胸の内ポケットへしまい込んだ。

ライナーには聞きたい事が山ほどある。しかし、ライナーは口を割るだろうか・・・

ハンジはブレードを抜く。

「色々聞きたいけど、君の口も鎧のように堅そうだね・・・君は、私たちが知りたいことを教えてくれるかな?」
「・・・いいや」

その返答は、ハンジの想定内だ。

ふっ、と笑うと


「ありがとう。・・・覚悟ができてて助かるよ」

そう言うとハンジは地面を蹴るとブレードをライナーの首に押し付け、そのまま切り落とそうとしたがジャンが止めた。

「ま、待ってください!その力・・・奪えるかもしれないのに・・・」


ジャンのその言葉にハンジはチラリとジャンを見た。


−−−−−−


前夜の食事会での出来事・・・エルヴィンが巨人化出来る注射薬の箱を全員の前で見せた。

巨人化してエレンやベルトルト、ライナーのような能力を持った巨人を取り込めば知性の失くした巨人になっても、人間に戻り巨人の力を操る事が出来る。

それを得られれば、巨人の力や情報を得られるばかりではなく瀕死に至った人間でも蘇らせれることが出来る。

『もし巨人の力を持つ敵を捕らえ、四肢を切断したあと安全が確保されたならリヴァイ兵士長を呼び求めよ』

注射薬は1本限り・・・

その薬を使用する決定権は、リヴァイに託されている。

−−−−−−

ハンジは昨日の話を思い出し、今の状況を見るが

「私は、条件が揃ったとは思わない。今は、リヴァイやあちらの状況が分からないからね。それを確認する時間も、余裕も無いと思うね・・・何故なら、こいつらの底力は到底計り知れないからだ。首をはねても、まだ安心できないよ!」

そう言うとハンジはグッと力を入れる。
息が出来なくなり、ライナーの口からゴホッと血が吹き出した。

ジャンはそんな光景を見て俯くとぽつりと呟いた。

「ハンジさんらしく、ないですね・・・分からないものは、分からないと蓋をして・・・この先、どうやったら俺たちは巨人に勝てるんですか?」
「ジャン・・・」
「俺たちが敵を測りしれるようになるのは・・・いつですか?」

ハンジはジャンの言葉を聞いてブレードを押す力を一旦とめた。


いつだって自分達は、分からないことばかりだ。

・・・しかしライナーの力を取り込めれば、話を聞かずともエレンのように「記憶」が見えるのでないか?

だが正直、今この状況が安全だとは言い難いため動ける兵士を行かせるのには少し抵抗があった。



モタモタしている時間は無い。一か八か・・・リヴァイの元へ誰か行かせるしかない。

「(・・・まだ、四肢の回復には時間がかかる・・・リヴァイが区内に来てくれていれば誰かに注射薬を打ってライナーを取り込むことが出来る。)」

ジャン、サシャは負傷中でコニーが診てくれている。

自分もガスはもうほとんど残っていない。


ハンジは振り向いてミカサを見上げると

「・・・ミカサ」
「はい」
「ガスは後どれくらいある?」
「もう、ほとんど残ってません。ですが、エレンやアルミンの元への片道分はあります。」
「・・・私よりはあるな。 ミカサ、すぐにエレン達の状況を見てきてくれ。そしてガスを補給し、リヴァイから注射薬を貰ってこい。何らかの理由でそれが分からない場合には信煙弾を撃て。・・・それを合図に、ライナーを絶つ。」

そう言うと一旦ライナーの首とからブレードを引いた。

ミカサは頷くと急いでエレン達の元へ向かった。


残されたジャンとハンジ。
上官に対して生意気な口をきいてしまったとジャンは俯いた。

「ハンジさん、俺・・・」
「私の判断だ。君のは判断材料。」

ハンジはそう言うとジャンに背中を向けた。
普段のようにおちゃらけて振る舞うことが出来ない・・・ふとハンジは壁を見つめた。

途中で別れたマコトは、無事だろうか・・・


しばらくすると、赤色の信煙弾が撃ち上がりジャンは目を見開くと

「ハンジさんっ!!!」

咄嗟にジャンは立体機動のアンカーを出すとそのままハンジを抱えて地面を転がった。

「ぐあっ!」
「ジャン!・・・うっ、マズい!」

脚にブレードが刺さった状態の四足歩行の巨人が、ライナーを咥えているのが見えてハンジは眉を寄せた。


そのまま四足歩行の巨人はハンジを見つめると壁に向かって走る。

屋根の上にいたコニーが慌てて立ち上がると

「ライナーを奪われました!ハンジさん!」

追いかけようとコニーがアンカーを出すが

「コニー!追わなくていい!!・・・もう、ガスは僅かしかない。返り討ちにされるだけだ。」
「クソッッ!!・・・俺のせいです、俺が、取り返しのつかないことを・・・」
「ジャン・・・私の判断だと、言ったろ?エレン達と合流しよう。」









パシュン!


「う・・・」


何かを撃つ音が聞こえ目を開くと、空高く赤色の信煙弾が打ち上がっていくのが目に入った。

ぼーっとする中、マコトは誰かの膝を枕にして寝ている事に気づく。

「リヴァイ兵長!早く注射をください!!」
「ああ・・・」

どうやらリヴァイの膝を枕にしていたらしい。
頭上からカチャ・・・と音がしてリヴァイが注射薬の入った鉄のケースを出す手が見えた。

「リヴァイさ、ん・・・」
「マコト。起きたか。」

マコトは起き上がるとエレンを見た。
その腕の中には四肢を切られたベルトルト・・・そして、その後ろにいる黒くなった物体に首を傾げた。

それは、人のような形をしたもので・・・

「エレン・・・え?ど、どういう状況・・・?」
「マコトさん、アルミンが、アルミンが・・・」
「アルミン・・・?」

その黒いのがアルミンだと言うのか・・・?マコトは腹這いになって近づくと僅かだが息がある。


「アルミン・・・!エレン、アルミンは生きてるの?!」
「はい!」

エレンはベルトルトを拘束しながら涙を流し、ミカサも立ち尽くしている。

「兵長、早くアルミンに注射を打ってベルトルトを食わせましょう!」

そうだ、注射薬があれば・・・
マコトは、縋るようにリヴァイを見つめる。

2人からの視線を受けたリヴァイは、持っていた注射薬の入った箱をエレンに手渡そうとした瞬間・・・




「はぁ、はぁ・・・リヴァイ、兵長・・・やっと追いついた・・・」


そこにはエルヴィンを背負ったフロックが屋根を這い上がっていた。


「リヴァイ兵長、エルヴィン団長が・・・重症です。腹が抉れて、内臓まで損傷しているため血が止まりませんっ・・・!例の注射が役に立てばと思ったんですが、どうでしょうか?」

リヴァイは、それを見て固まりマコトも目を見開いた。

差し出していた注射器をリヴァイはそっと、胸元に引き寄せるとエレンは「え・・・」とリヴァイを見つめた。


フロックがエルヴィンを寝かせると、リヴァイはそっと口元に手をやる。


僅かだが息がある。


「まだ・・・生きてる」


そう呟いて立ち上がると、リヴァイは注射器を取り出しエルヴィンを見下ろす。



「・・・この注射は、エルヴィンに打つ」



リヴァイがそう言うと、エレンは立ち上がりリヴァイを睨みつけた。

「さっき、アルミンに使うって・・・」
「俺は・・・人類を救える方を生かす」

兵団組織には優先順位がある。
もちろんその最優先は団長であるエルヴィン。

そしてこの注射薬使用の決定権は、リヴァイに委ねられている。

マコトはアルミンを見つめ、目を逸らすと涙を流した。


「・・・エレン。辛いけど、ごめん」


マコトは立ち上がるとエレンとリヴァイとの間に割って入った。


「マコトさんまでッ・・・!!」


怒りの籠ったエレンの顔と言葉にマコトは怯まず、睨み返した。


まだ、調査兵団にはエルヴィンが必要だ。


ガチャン・・・


ミカサがリヴァイに向かってブレードを構える。


ジリ・・・


エレンが身体を近づけ、マコトを見下ろして睨みつける。


「お前ら・・・」


リヴァイはそう呟くとマコトと臨戦態勢をとり背中合わせになった。


エレンとミカサ・・・2人から、挟み撃ちにされた。




「お前ら・・・自分で何をやっているのか、分かっているのか?エルヴィンを・・・調査兵団団長を、見殺しにしろと言ってるんだぞ? ・・・エレン、私情を捨てろ。」
「私情を・・・捨てろ?さっき注射を・・・すぐに渡さなかったのは何なんですか?」
「エルヴィンが生きている。その可能性が頭にあったからだ。」
「フロックが瀕死の団長を運んでくるなんて・・・全くの予想外だった筈です。」
「その通りだが。ここにエルヴィンが現れた以上、エルヴィンに使う。」
「リヴァイ兵長、時間が無いです。・・・エレン、邪魔をしない、でッ・・・!」

マコトはエレンの肩に手を置こうとした瞬間、マコトの胸ぐらに掴みかかりマコトを持ち上げ顔を近づけた。

「うっ・・・!」
「マコトさんだって・・・っさっきアルミンを選んだじゃないですか・・・!!」

グッとエレンに持ち上げられ、つま先立ちになる。リヴァイは首だけ振り向いたが、ミカサが動く気配があった。

余所見をすれば、こちらもやられてしまう。

「お前ら、今謝るならケツを蹴るだけで済ませてやる。」

その脅しでも動じない2人に、リヴァイはグッと拳を握った。

「組織には、優先順位がある・・・!エレン、わかって欲しい。エルヴィン団長がまだ、皆にはっ、必要なの・・・!それはエレン、あなたも分かってるはずだ・・・」

圧迫されながらそう喋る。

「くっ・・・うっ・・・っああああああ!!!!」

エレンは涙を流し叫ぶとマコトを投げ飛ばした。

普段なら受身を取れるマコト。
むしろ、マコトはエレンの気持ちを汲んであえて受身をしなかったのかもしれない。

マコトはそのまま叩きつけられると、屋根を転がった。

「マコトッ!!」

リヴァイは振り返り、叩きつけられたマコトを見ると怒りが沸き目を見開く。

間髪なく、リヴァイはエレンの横っ面を力いっぱい鉄槌打ちした。

殴られたエレンは転がり屋根から落ちかける。

「エレンッ・・・!うあああああぁ!!」

今度はミカサがリヴァイに飛びかかり、押し倒した。その首元にはブレードが突きつけられており、リヴァイはミカサの腕をギリギリの所で受け止める。

ミカサの片手が注射器の箱を掴んだがリヴァイも渡すまいと力を入れるがその手は震えていた。

力が弱っている・・・今のリヴァイなら注射器を奪えるとミカサは確信し、力を込めた。


「お前らもっ、分かってるはずだ。エルヴィンの力無しに、人類は巨人に勝てないと。」
「そうだよミカサ。もうやめろ、こんな馬鹿な真似・・・ヒッ!」


フロックの言葉にミカサは眼力だけで黙らせる。

すると屋根から落ちかけたエレンが上体を起こした。


「ア・・・アルミンがいなくたって・・・無理だ・・・」
「エレン!」
「だって、そうだったでしょ・・・トロスト区を岩を塞いで守ることが出来たのも、アニの正体を見抜いたのも、夜間に進行することを思いついたのも、アルミンだ。潜んでいたライナーを暴き出したのも、ベルトルトを倒すことが出来たのもっ・・・全部、アルミンの力だ!!!人類を救うのは俺でも団長でもない!!アルミンだ!!そうだろミカサ!?」

ミカサはその言葉にまたリヴァイを見下ろして睨むと注射器の箱をグッと掴んだ。

「渡してください!」

マコトは倒れた身体を起こすとフラフラとしながら近づくとミカサの腕をこれでもかと掴む。

「ミカサ・・・リヴァイさんから、退いて・・・っ」

マコトはミカサを睨みつけると

「ミカサ・・・離れなさい!! その手をっ・・・退けろ!!!」

もう、今日だけでどれだけ叫んだのか分からない。

マコトは腹から声を出し、怒鳴った。
注射器を持ったミカサの手首を折る勢いでギリ、と握るとミカサは眉を顰める。

マコトの目から涙が零れた。

エルヴィンもアルミンも、マコトにとって大切な存在で、どちらかを選べるはずない。

エレンの言った通り、アルミンの頭脳で危機を乗り越えられてきた。努力家で訓練兵の頃、苦手だった格闘技をエレンとミカサ4人で教え合った事もあった。

しかし、エルヴィンもマコトを保護し訓練兵団の教官という役職を与えて居場所を作ってくれた恩人。マコトの原点でもある。

リヴァイとは違う方面でマコトを支えてきてくれた人物でもあり、見守ってくれた兄のような存在だ。

だが経験、頭脳、統率力。そして今後マリアを奪還した後の壁外調査を考える。
もうその後マコトは居なくなってしまう存在だがここに残る全員の今後を思うと、マコトはエルヴィンを生かす方を選んだ。

「ミカサ・・・離して・・・お願い。」

力なくマコトは項垂れた。

フロックも援護射撃と言わんばかりに立ち上がると

「人類を救うのは、エルヴィン団長だ。」
「黙ってて!!」
「黙ってられるか・・・お前らばっかが、辛いと思うなよ!! まだ知らないだろうけど、あの壁の向こう側に生きてる兵士はもう誰もいねぇ。獣の巨人の投石で、みんな殺されたんだ。・・・誰も、助からないと思った。でも、エルヴィン団長だけは違った。」

エルヴィンはあの絶望的な状況で、自身と新兵を囮にしてあの作戦を実行させ、リヴァイとマコトが奇襲をかけた。


フレン、マルロもあの投石でばらばらに砕けてしまった。

「最後に感じた事はきっと・・・恐怖だけだ。まだ、息のある団長を見つけた時は、とどめを刺そうとした。・・・でもそれじゃ生温いと思った。 この人には、まだ地獄が必要なんじゃないか、って。」

そのフロックの言葉にリヴァイは目を見開いた。
フロックはエルヴィンを見下ろしながら

「巨人を滅ぼすことが出来るのは、悪魔だ!悪魔を甦らせる。それが俺の使命だったんだ!!それが、おめおめと生き残っちまった・・・俺の意味なんだよ!!」

そう叫ぶと、フロックはミカサに向かって駆け出した。それをミカサはブレードを持って振り上げると

「よせ!!」

リヴァイは起き上がりミカサを止めようとすると、ミカサの背後をハンジが羽交い締めして止めさせた。

怯んだミカサの隙に、マコトはミカサのブレードの柄を掴むとロックを解除させブレードがカランッ!と金属音を立てて落ちていく。

マコトはそれを足で蹴ると回転しながら地面へと落ちていき、ハンジはそのまま後ろに体重を掛けるとリヴァイから離させた。

追いついたジャン、気絶したサシャを背負ったコニー・・・その地獄絵図を見ると

「おい、ウソだろ・・・こんなの・・・」
「そんな・・・」


大火傷を負ったアルミン、虫の息になっているエルヴィンを見るとハンジは


「なんてことだ・・・」


リヴァイは起き上がるとすぐにケースを開けて注射器を取り出すとケースをマコトに渡した。

「うっ・・・うああああぁ!!!!!」

それを見たミカサは涙を流しながら泣き叫んだ。
そんな暴れるミカサを、ハンジはグッと力を入れて取り押さえると

「ミカサ!私たちにはっ!エルヴィンがまだ必要なんだ!!調査兵団はほぼ壊滅状態!団長まで死んだとなれば、人類は象徴を失う!あの壁の中で、希望の灯火を絶やしてはならないんだよ!!」
「それは!!アルミンにだって、できる!!」
「確かにアルミンは逸材だ。だが、まだエルヴィンの経験と統率力が・・・うっ!」

離せとでも言うようにミカサはハンジの手首を掴んだ。

ハンジは力なく、ミカサを優しく抱きしめた。

「・・・私にも、生き返らせたい人がいる。何百人も。 ・・・調査兵団に入った時から、別れの日々だ。」



ベルトルトが超大型巨人になる瞬間、マコトを突き飛ばしハンジを井戸に突き落とし、身を呈して救ったモブリットの最期の姿。


変わり果てたモブリットに打ち明けた自分の想い。

彼がこの作戦を終えたあと、自分に何を伝えようとしてくれたのかはもう知ることが出来ない。



「・・・でも、分かっているだろ?誰にだって、いつかは別れる日が来るって。とてもじゃないけど、受け入れられないよ。正気を保つ事さえ、ままならない。つらい・・・つらいよ。分かってる。それでも、前に進まなきゃいけない。」

マコトはその言葉にボロボロと涙を零し屋根瓦に染み込んでいく。

ハンジはミカサの気持ちを察し、上官としてでは無く一個人としてそう語りかけている。



そのままマコトは突っ伏した。

「私だって、リヴァイさんだって、アルミンを助けたい・・・助けたいに決まってるよ・・・!あなた達は、私の・・・っごめん、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

うわ言のように、マコトは謝り続ける。
ミカサは目を閉じて、力を抜いた。


しかしエレンは諦めず、腹這いになりながらリヴァイの足首を掴んだ。

「兵長・・・海って・・・知ってますか?いくら見渡しても、地平線の果まで続く、巨大な湖だって、アルミンが・・・この壁の向こうにある海を、いつか見に行こうって・・・でもっ、そんなガキの頃の夢、俺はとっくに忘れてて・・・母さんの仇とか、巨人を殺すとか、何かを憎むことしか頭になくて・・・でも、こいつは違うんです!アルミンは戦うだけじゃない。・・・夢を見ている!」

そう訴えかけるエレンをフロックがリヴァイから離した。


リヴァイは立ち上がるとベルトルトの首根っこを掴むと、


「全員、ここから離れろ!!ここで確実に、ベルトルトをエルヴィンに食わせる!!」

その宣言にハンジはミカサを連れて、ジャンは放心状態だったがなんとか立ち上がる。

コニーはサシャを背負い直し、涙を流すと

「アルミン・・・またな」

そう言うと、家屋から離れた。
フロックもエレンを抱えてワイヤーを出すとその場から離れ、エレンは放心状態でされるがままだった。

「アルミン・・・」

エレンはアルミンに手を伸ばしたが、それは虚しくも届かず遠のいていく。




「・・・マコト、お前も離れろ。」

残ったのはリヴァイ、マコト・・・そしてエルヴィンとアルミン。

マコトは首を振る。そしてリヴァイの手を握ると、リヴァイもその手を緩く握り返した。




だから、まずは海を見に行こうよ! 地平線まで全て塩水!そこにしか住めない魚もいるんだ!エレンはまだ疑ってるんだろ!?絶対あるんだから!見てろよ!
しょうがねぇ


お前の夢ってのが叶ったら、その後はどうする?
・・・分からない。叶えてみない事にはな


俺は・・・地下室に行きたい。



「まったく、どいつもこいつも・・・。ガキみたいに喚き散らしやがって」


みんな何かに酔っ払ってねぇと、やってられなかったんだな。みんな、何かの奴隷だった。


リヴァイはエルヴィンに歩み寄りながらその会話達が脳裏をよぎる。

リヴァイはエルヴィンの腕をとり、注射針を刺し込む瞬間

バンッ!

エルヴィンが突然手を挙げた。
それにはマコトもリヴァイも驚いて見つめていると

「エルヴィン?」
「先生・・・壁の外に人類が居ないって・・・どうやって調べたんですか?」

エルヴィンはそう呟く。



ハッ、とリヴァイは目を見開いた。



夢を諦めて死んでくれ 新兵達を地獄に導け。獣の巨人は、俺が仕留める

リヴァイ・・・ありがとう。



「マコト・・・俺はまた、こいつを地獄に呼び戻そうとしてるのか?」
「え・・・」

リヴァイは、持ち上げていた注射器をだらりと下ろした。

「こいつは、死んだ方がマシと思った時があったそうだ。そんな奴を・・・一度は、地獄から解放されたこいつを・・・俺は、再び呼び戻そうとしてる・・・悪魔は、俺なんじゃないか?」


マコトはエルヴィンを見下ろす。
・・・もう間もなく、エルヴィンの心臓は止まるだろう。

マコトはエルヴィンに手を伸ばし、いつもキッチリと分けられた前髪・・・今では乱れてしまっているがそれを手ぐしで整えながら

「リヴァイさん。エルヴィンさんは・・・もう寝る時間かな・・・」

マコトは久しぶりにエルヴィンを、ここに来た当初と同じ呼び方をした。

「ああ、そうだな・・・。マコト、アルミンを起こすぞ」
「はい」



リヴァイとマコトは立ち上がるとアルミンに歩み寄った。

注射器を持つリヴァイの手を、マコトはそっと重ねた。 この選択は、リヴァイにとって重たすぎる選択だ。少しでも軽くなればいい・・・そんな気持ちを込めた。


リヴァイはマコトを見つめ、マコトもリヴァイを見つめる。


「・・・マコト、ありがとう」


そう言うと、マコトは頷いてアルミンの腕をそっと持ち上げ、リヴァイは腕に注射針を刺し込んだ。












エレンはフロックに連れていかれたあと膝をついて泣き崩れ、それを見てミカサも静かに涙を流す。

雷のような光の後、バキバキ!と音がシガンシナ区に鳴り響く。


ふと、顔を見上げたジャンは目を見開きエレンの肩を掠めながらも何度も叩いた。

「おい、エレン・・・あれ・・・」
「ふっ・・・っぐ・・・なんだよっ・・・」
「あれは、エルヴィン団長か?俺には、そうは見えねぇ・・・」

屋根を掴んだやせ細った巨人。
エルヴィンと同じ金髪だがその髪型はどこか見覚えのある・・・


エレンはそれを見ると

「アルミン・・・?ミカサ、あれ・・・」
「うん・・・私も、アルミンに見える・・・」

巨人となったアルミンは、そのままベルトルトを掴んだ。

「・・・え?うっ、うああああああ!!!」

四肢を切られたベルトルトは動けずそのまま巨人化したアルミンに掴まれると叫びながらエレン達を見つめた。

「み、みんなああぁ!助けてええぇ!アニ!!!ライナアアァ!!!!たっ、助け・・・!!」

そう言い切る前に、頭部を噛み砕かれゴクリと飲み込まれた。


その光景を104期の調査兵は見守ることしか出来なかった。

てっきりエルヴィンが生き返ると思っていた・・・フロックは予想外の結果に口を開け、呆気に取られている。

マコトとリヴァイはあれからエルヴィンを離れた所に運び込んだ。リヴァイが下した選択にハンジは反論せず納得すると、ただ悲しそうに微笑む。

フロックはリヴァイに近づくと

「兵長・・・どうして、ですか・・・?」
「・・・こいつを、許してやってくれないか?こいつは、悪魔になるしかなかった。それを望んだのは、俺たちだ。その上・・・一度は地獄から解放されたこいつを・・・・・・再び地獄に呼び戻そうとした。お前と同じだ。 だがもう、休ませてやらねぇと」

そう言うと、目を閉じたままのエルヴィンを見下ろしてその顔を眺める。

この死を無駄にはさせない。リヴァイは拳を握ると

「エルヴィン・・・獣を仕留める約束だが・・・まだ少し先になりそうだ。」

ハンジはエルヴィンの首に手を当てて脈を測り、瞼を持ち上げ瞳孔をチェックすると

「リヴァイ、もう・・・死んだよ」

そう呟いた。

「・・・・・・そうか」



巨人化したアルミンはそのまま力尽きて倒れるとエレン達が急いで駆け寄った。

開いたうなじからアルミンが出てきてエレン、ミカサ、ジャン、コニーが引っ張りあげ涙を流す。

その光景を眺め、リヴァイはハンジを見ると

「さて・・・ここからは頼むぜ、ハンジ団長」
「ははは・・・責任重大だね」


マコトはふたりの会話を聞きながら空を見上げると、一羽の鳥が飛び立つのが見えた。


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