Let's Hung Out! | ナノ

「なまえー?今日駅前のケーキ屋さん行こうって話してたでしょー?」

地学室の清掃当番を終えて友人の大半が部活に向かうのを見送ったあと教室に戻れば、同じクラスの、さらに言えば最近お気に入りの女の子と、見知らぬ男子生徒が何やら話をしているところだった。その女の子、なまえが「あ、トド松だ」とこちらにへらりと笑いかけたのと、僕が教室に入ったのと、男子生徒が「え、そうだったの?…じゃあ、この話はまた今度」と一言残して教室を出ていったのはほぼ同時のことで、出ていった男子生徒に手を軽く振って廊下に響く足音が聞こえなくなったところでなまえはふっと一息つくとそのままガタン、とイスに座った。

「ありがと」

「ううん、困ったときはお互い様でしょ?
…ていうか、あれでよかった?」

「ぜんっぜん大丈夫。ちょっとしつこく誘われちゃって」

「へえ、そうだったんだー。しつこい男に絡まれて大変だったね」

「まあ、少し。…トド松、ほんとにありがとうね」

「いーえ。これくらいどうってことないよ」

それに、こんなことをするのはなまえだけだからね。口には出さずに言いながら自席の横にかけてあったかばんを机の上において、机の中の教科書をつめていく。といっても、ウチは主要科目以外のほとんどの教科書を面倒だからと家に置いて一人分のそれを兄弟で使い回したりしているから、かばんに入れるのは数冊だけだ。本当だったらいつもは教科書なんて持って帰らないのだけれど、明日は一応当たることが分かっているし、答えられないと面倒だ。やたらと分厚い国語の教科書や資料集をかばんに入れる。

「トド松ってさ、かっこいいよね」

不意に、そう呟くようにして言った彼女を振り返った。なまえはすでに片づけを終えているのかかばんを肩にかけて机に寄りかかって立っている。そして、僕が見ていることに気づいたらしい。こちらに視線を寄越すとにっこりと人当たりのいい笑みを浮かべる。

「…それ、ほんとに何なの?」

「えー、いつものことじゃん」

そう、いつものことだ。
なまえがふとした瞬間、僕のことを「かっこいい」と言い出すのはいつものこと。今の今まで普通の会話をしていたのに、その流れを断ち切って突然言い出すんだからはじめの頃はそれなりに驚いたけど、いや今も驚いてるけど、まあ少しは慣れた。僕は男だし、同じ顔である兄さんたちも、"かっこいい"か"可愛い"かどちらかを選ばないとエグい死に方をするっていうんであれば"かっこいい"部類に入るけど、僕はまあどちらかといえば"可愛い"と言われることが多いわけで、かっこいいとかって言われるのはめったにない。そこに文句はない。そんな状況にならないかぎり言われない、普段そのどちらとも無縁である兄さんたちに比べたら(十四松兄さんはかっこいいと思うけど)、"可愛い"と評価されるのも悪くはないと思う。言われないよりは何倍もましだ。まあ男から言われるのは勘弁だけど大好きな"女の子"から言われるのは大歓迎だし、そう言ってくれるのは素直に嬉しいしね。

そう、僕は"女の子"が好きだ。
"女の子"は柔らかくて、きらきらしてて、ふわふわしてる。聞き心地のいい色んな声音や男みたいにゴツゴツしてなくて華奢なところ、それから自分を着飾って可愛くあろうとする姿なんかは、どう考えても男なんかより素敵で煌めいているに決まってる。男はそんな風にきらきらしてないし、可愛くない。だから、僕は"女の子"のほうがうんと好きだった。変な意味じゃない。僕は可愛いくて甘ったるい、"女の子"が好きなんだ。それはショッピングやケーキバイキングなんかを好むのと同じ意味を持っていて、その"女の子"の中でもなまえはとくに、いちばん可愛く見えてしまうのだから困った話だ。

なまえはどちらかと言えば彼女にしたい、というよりもいい女友達どまりだと言われることのほうが多いように思う。いつだったかクラスメイトの何人かがそんな話をしていたことがあった。決して盗み聞きしたわけじゃなくて、勝手に聞こえてきたその話題に「なまえは今まで見てきた女の子の中でもいちばん可愛いけどなあ」って、そんなことを考えていた。
そう、なまえはいちばん可愛い女の子で、僕のいちばん好きな女の子だ。
だから、僕も"いつものように"それを口にする。

「なまえも相変わらずかわいいよね」

今度は名前が手をとめる番だった。
髪の毛や制服のスカートを触っていたそれをやめて、瞬きを数回したあと、なまえは頬を膨らませる。
ほら、そんなところもかわいい。

「…いっつも思うんだけど、トド松、ふざけてるでしょ」

「ふざけてないよ」

「うそ。わたしかわいいなんてトド松にしか言われたことない」

「それを言うなら、僕だってかっこいいなんてなまえ以外には言われないよ」

「トド松はほんとにかっこいいからいいの」

さっきみたいにさりげなく助けてくれるのとか、優しいところとか、この間重いもの代わりに持ってくれたのとか。

「ね?かっこいいでしょ?」

それは相手がなまえだからだ、なんて言えるわけがなくて曖昧に笑って返すけど、内心結構照れてたりするんだよねぇ、これが。「それくらい普通だよ」我ながらよくそんなことが言えたものだと思う。兄さんたちにドライだと言われるだけあって興味のないことに関してはとことん興味のないと感じる僕がそんなことをするのは全部なまえのためで、なまえひとりだけなんだ。

なまえだけがどんな女の子よりも魅力的に見えることは、僕だけが知っていることだった。つい目で彼女を追いかけてしまうのも、他の女の子と話していてもなまえに気がいってしまうのも、なまえが男子と話していると気になってしまうのも、兄さんたちにだって知られてない、僕だけが抱えているひみつ。なまえにだって知られていない。毎日かっこいいと言ってくる彼女に毎日「かわいい」と返すことでこの気持ちが伝わってしまえばいいと何度も思った。直接それを口に出す勇気がないから知らず知らずのところで伝わってしまえばいいって、逃げ腰にもほどがあるとは思うけど、でも本当に、怖いんだ。この気持ちを面と向かって伝えることが。普段カラ松兄さんやチョロ松兄さんにあれこれと言っているけど、僕だって一応童貞なんだから。

「…そんなこと言ってると、さっきの男子に愛想尽かされちゃうよ?」

だから、何を心にもないことをって思ったけど、なまえがあの男子生徒をただの友達としてしか見ていないことも知っていたけれど、好きな女の子に「かっこいい」だなんて褒められて上手い返しが見つからなかったから、彼を照れ隠しに利用した。ちょっぴり温度の上がった頬に気づかれないように、ふいと横を向く。横を向いたことで白い消しあとの目立つ黒板が視界に入って、見るともなしにそれを見た。「トド松」でも、呼ばれた名前に顔をやらないわけにはいかなくてすぐそちらに首を回す。そして、驚きから小さく肩を揺らした。なまえはさっきまでの柔らかい表情ではなくて、少しばかり真剣味を帯びた表情を浮かべていた。

「わたし好きな人いるから、あいつと付き合うつもりないよ」

すきなひと。そんな言葉がなまえから出てくるだなんて思ってもみなかった。一瞬思考が止まって、頭から他のことが出ていってそれしか考えられなくなる。なまえの、好きな人。唇の裏で反芻して、それからなまえに好きな人がいたなんて知らなかったものだから、じくりと胸をえぐられたような感覚に息がつまった。

「トド松もさ、前に話してくれたよね、好きな子がいるって。だから、好きな人じゃないと付き合ったって意味ないって、分かるでしょ?」

そう、なまえにだけ話した。兄さんたちや仲のいい友人にだって言っていない、僕だけのひみつを少しだけ、なまえには教えたんだ。知ってほしくて、気にしてほしくて、気づいてほしかった。「うん、いるよ、好きな子」それはなまえだって、言えたらいいのにね。なまえはちょっとだけ眉を下げて、悲しそうに笑った。ああ、そんな表情をさせるやつなら、好きでいなければいいのに。やめてしまえばいいのに。なまえのこと、僕がいちばん幸せにするのに。なまえをいい女友達としてしか見ていない男よりも、いちばんの女の子として見ている僕のほうが。僕の、ほうが。

開いた窓から入った風に撫でられてなまえの髪がさらり、と揺れる。なまえはクラスの誰よりもふわふわきらきらしてて、誰よりも"女の子"に見えて。彼女を見かけるたびにいつも好きだって思わされるんだ。ほんとうに、なまえは可愛いんだよ。「(とられたく、ないなあ)」これも言えたらどんなに楽か。いつからこんなに臆病になったんだろう。童貞にしたってこれはひどい。「それにね、トド松」今度はちゃんと笑えていたかな。なあにって、いつもの僕らしく、笑った顔で、応えられたかな。

「周りの人から見てかわいい人でも、好きな人だから、かっこよく見えるんだよ」

これ以上好きな子の想い人の話は聞いていたくないと半ば聞き流してしまったから、はじめはその言葉の意味が分からなかった。へえ、なんて適当な相槌を打って、数分前僕をかっこいいと言ったなまえを思い浮かべながら、あの瞬間からやり直したいなあって、そんなことを考えていた。「…へ?」かわいい人でも、好きだからかっこよく見える?…いやまさか、そんな都合のいい話があるわけない。
―――でも、それ以外に理解のしようがないのもまた事実で。

「……わたしの好きな人さ、トド松だよって言ったら、どうする?」

どれだけ涙を溜めていたんだろう。なるべく顔は見ないようにしていたから、まったく気がつかなかった。頬を伝ってぽろりと溢れたそれは床に落ちて小さな小さな水溜まりをつくる。「トド松は好きな子がいるのに、ごめんね。こんなこと言われても迷惑だよね」もしかして、もしかして、さっき悲しそうに笑ったのは、そんな表情をさせてしまったのは、他の誰でもない、

「――――なまえ、」

「…っ、ごめ、とどま、」

「ごめん、泣かせてごめん、ぼくは、なまえが好きだよ」

こんなことを返されると思ってなかったのか、なまえは俯かせていた顔を上げて、その大きな目をぱちぱちと動かす。その拍子にボロボロと溢れる涙が愛しくてたまらない。近づいてそっと頬に触れてそれを掬う。「なまえが好き」へにゃり、と笑うなまえはやっぱり僕にとっていちばんかわいい女の子だった。

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