Let's Hung Out! | ナノ

 バタバタと忙しなく生徒が行き交う校内。その大半は看板や小道具を持っていたり、当日に向けて魔女やうさぎの仮装をしたりしている。高校生にとって最重要イベントのひとつ、とまで言ってしまえば大げさだけれど、まあそれぐらいの責任や使命感は感じざるを得ない文化祭という行事が、明日に迫っているのだ。
 只今、わたしたちは舞台でありクラスの拠点ともなる体育館にぞろぞろと移動している。机や椅子、看板や小道具諸々を持って「いよいよ明日だね〜」「緊張するね〜」と顔を見合わせ、期待や不安の声をあげる友達に相槌を打ち、トレンチコートに身を包みながら堂々と前方を歩く大きな背中に駆け寄った。

「おっす、カラ松」
「おう、なまえか。フッ……どうだいカラ松girl、大人の風格漂う俺の姿は」
「トレンチコート着ただけでしょ。てかなに、そのグラサン。異装届に書いたもの以外は使っちゃダメなんじゃないの」
「ノンノン、ポリスメンに必要なものは三つあるんだぜ。一つ目はこのグラサン、二つ目はこのトレンチコート、そして三つ目は……警察手帳だ」
「うっわ!なにこれ手帳自分で作ったの!?イッタいねぇ〜!」

 小さく切り取られた画用紙にはご丁寧に証明写真が貼られ、彼の字で『警部 松野カラ松』と書かれている。こいつマジか……役作りするにもほどがあるでしょ。まあ、唯一の演劇部だからね、しょうがないね。
 うちのクラスの出し物は演劇ゆえに、松野カラ松の気合いの入り方は凄まじかった。と言っても彼が主役を演じることはなく、コナンで言えば服部、ポケモンで言えばオーキド博士らへんの脇役を演じることになっている。カラ松らしい言うかなんというか。
 体育館に着いた途端、舞台をセッティングする指示が出された。監督の指示に従ってきびきびと道具を運び、置き、また運びのくり返し。腰痛くなりそう。これ明日から数日間耐え切れるだろうか……と思ったところで、ふと人気のない舞台袖で台本に向き合っているカラ松の姿が見えた。
 ……ほんと、黙っていればかっこいいんだけどな。足を組み口元に手を当て、普段見せることのない真剣な表情で台本を読むカラ松は誰がどう見てもかっこよかった。しかも今はコートを着ているし、胸ポケットにはグラサンも掛かっている。いつもはあんなにカッコつけているくせに、そもそも主役でもないのにもかかわらず、こういう時に限って人のいない場所で練習するというのが、やっぱりなんとも彼らしい。
 思わずぼーっと見惚れていると、あまりにも凝視しすぎたせいか、台本に落としていた視線がぎょろっとこちらを向いた。ふっと身体を強張らせながらも、なんとか平静を装ってひらひらと手を振る。すると、さっきまでの引き締まった顔はどこへやら、にへらぁと破顔してふりふりと手を振ってきた。
 ああ、もう。誰にもバレないよう密かに想いを寄せてきたのに、これ以上好きにさせてどうするつもりなんだろう。

「緊張してる?」
「フッ、まさか。……俺の心はいつだって、波風のたたない海のようなものサ」
「台本上下逆だよ」

 やっぱり演劇部といえども緊張はするもんなんだなあ。「俺の心の平穏を脅かすものが……」とかなんとか言ってるけど、正直6割ぐらいはあんまりまともに聞いちゃいない。

「裏方のわたしが言えることじゃないけど、主役ってわけでもないんだしさ、肩の力抜いていけば大丈夫だと思うよ。多分」
「そ、そうだな……ありがとう、なまえ。だいぶ肩の荷が降りた気がするぜ」
「よかった」

 ふわり、と微笑んで頭に手を乗せる。そこそこ身長の高い彼の頭を撫でるのは、椅子に座っている今のような状況だからこそできることだった。
 明日頑張ってほしいなあ。好きだなあ、好きだなあ。とか思いながら撫でていると、途端にガシッと手首を掴まれた。びくっと肩を震わせたわたしの目を、下からじっと見つめてくる。え、なに、なに。何も言わずにただただ見据えるカラ松から目を逸らすことはできなくて、そのまま沈黙が流れる。音もなく彼が椅子から立ち上がったせいで、目線は自然と見上げるように動いた。わたしはそこでようやく、わたしたちの距離が非常に近いことに気がついた。掴まれた手首はカラ松の胸元に触れている。どくんどくん、と速い鼓動が手から伝わってくる。
 一切すれ違うことのない視線。まるでそうするのが自然の流れで、当然かのように、わたしたちはどちらからともなく唇を重ねた。
 さっきまで彼が飲んでいたのであろうブラックコーヒーの味がした。表ではまだ舞台を整えているクラスの人たちの声が聞こえる。数秒の間そうしていて、離してまた目を合わせた瞬間、急に今の出来事が恥ずかしくなった。顔がカァッと熱くなって、一気に体温が上がっているのがわかる。

「あ、や、あの!その、えっと、ご、ごめん」
「い、いや。俺のほうこそ、その……」

 うわあ、うわあ。いきなり何やらかしてるんだろうわたし。ええと、あの、つまり今のは、どういうこと?キスをしても拒むどころか、同じように顔を真っ赤にして照れているカラ松に期待以外の感情を抱けないわたしは、もしかして馬鹿なんだろうか。いや、でも、これは、いったいどうしよう。

「なまえ」
「は、はい」
「この文化祭が終わったら……言いたいことが、ある」

 震えた声でそんなことを言うもんだから、はい、と頷くしかなかった。
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