Let's Hung Out! | ナノ

「魔眼のバロール」という異名をご存知だろうか。バロールとはケルト神話に出てくるフォモール族の魔神のことで、視線だけで相手を殺すことができたと言われていたために当時そのような異名がついたとのこと。ちなみに昨日の夜8時に放送をしていたテレビ番組で得た情報なので間違ってはいないはずだ。だから、そんな恐ろしい怪物が現代にいるなんてことまでは紹介していなかったと絶対の自信がある。あ、いや、常識的に考えたらいないはずなんだけど、そもそも相手は十四松くんなんだけど、でも、とにかくわたしは今、現在進行形でその現代版バロールの視線によって命を落としかけている。

「…………………………」

「……じゅ、じゅうしま、つ、くん、」

「…………………………」

「あ、……あの、えっと、」

「…………………………」

「…、……その、…なにして、るの…?」

「…………………………」

まんまるの黒い瞳が一切ぶれることなくただひたすらにわたしを映しつづけたまま、かれこれ10分以上が経った。ちなみにこの間十四松くんは微動だにしていない。瞬きだってしていない。さらにいえばわたしも十四松くんを見上げる形で彼を見つめ返した状態のまま固まってしまって動けないでいる。ようは校舎裏で男女がどちらも視線をそらすことなく見つめあっているわけだ。しかも壁際。端から見たら甘いシチュエーションになるのかもしれないけど、いや、わたしはその相手が十四松くんだって時点で大変おいしいシチュエーションなのだけれど、何しろその十四松くんがいつもの彼ではない気がする上に状況をまったくといっていいほどのみこめていないのだ。

いつも大きくあけて楽しそうに友人と言葉を交わすその口はきゅっと閉じられてるとか、以前時間を見つけては素振りをしていると話していた通り逞しく鍛えられた腕はいつもだったら黄色いパーカーの下に隠されているはずが、今日はしっかりとそこから覗いて顔の横に置かれているとか。うわ〜これ流行りの壁ドンだ〜!なんて呑気なことを言っている場合じゃない。なになになに、十四松くんいつもかっこいいけど、黙ってるのもかっこよすぎじゃない?というか何しててもかっこいいって反則じゃない?十四松くん反則級のかっこよさだよーははー何言ってるか分からなくなってきた。ちっとも頭が働かない。第一、どうしてこうなったんだっけ?あれ、ほんとなんでこうなったか分からないや。まてまて、ゆっくり思い出せ。えっと、昼休みに購買から教室まで近道をしようと校舎裏の道を歩いていると何故かいつもは中庭で素振りをしている十四松くんに遭遇、したのは分かる。ここまでは分かる。「え、あれ、十四松くん?」「おぉ!待ってやしたぜダンナ〜〜!」「は?」交わした言葉はこれだけだったと思う。たしかその直後、相棒の金属バットをころんとそこに転がしたあと、黙ったままどんどん近づいてくる十四松くんに驚いて彼に合わせて思わず後ずさりをしていると、あっという間に壁に追いつめられてしまったのだ。もうここからよく分からないや。それから背中にあたるひんやりとした壁の感触を感じる前に顔の両側にドン、と手をおかれたことによって完全に退路を塞がれて、あとはめちゃくちゃ顔もからだの距離も近くて頭が沸騰するかと思ったのも覚えている。ここまで出会って30秒の犯行だ。そこから黙秘をつづける犯人。そう、つまりはわたしもどうして今こんな状況になっているのか全くといっていいほど見当がつかないのだ。十四松くんに何かしてしまった、そのせいで怒っているのかも、とも考えたけれどそんな覚えはまったくなく、というか、吐息もあたりそうなほどの近い距離のせいで脳がまったく働かない。
仕方ないのだ、十四松くんといえばクラスでもとびきり明るくて優しくて、運動神経も良くて、わたしが彼を好きになってしまった日からずっとただ遠くから彼を見つめる日々がつづいていたのに、いきなりこんな至近距離まで間合いを詰められたら脈打つそれが地震級のものになっても無理はない。
そう、もう無理なの!仮にも好きな人にこんな距離でじっと見つめられて、今までよく見つめ返してきたほうだよわたし超頑張ったそうだよ頑張ったんだよ!わたしもういいよねそらしてもいいよね!?いい加減死んじゃう!それも本望なんだけどまだ死にたくないよわたし!
十四松くんとこんな状況で嬉しくないわけじゃないけど、昼休みもあとどのくらい残っているのかも分からないし、一旦どいてもらわないと。そのために何か十四松くんに話しかけなきゃ。でも目を合わせてるのはさすがにもう限界だ。ほんの一瞬、そっと目を伏せた、その時だった。

「あっ」

「!?」

「なまえちゃん、ダメだよそらしちゃ」

「え、」

「ちゃんと俺のこと見て」

目、そらさないで。
今の今まで黙っていた十四松くんが口を開いたかと思えば、右側につけられていた手がゆっくりと移動して頬に添えられる。ぴとり。頬から伝わる熱い手のひらに一気に体温が上昇するのが分かった。そのままその手によって顔を上に上げられて、またあの瞳にわたしが映りこむ。「じゅうしまつく、」それが音になっていたのか分からなかったけれど、ただひとつ、十四松くんはもう二度とわたしに視線をそらさせないとでもいうように頬に添えた手をどかそうとはしないことだけは分かった。
もちろん男子に、いや下手したら女子にだってあまり触らせないそこに十四松くんのゴツゴツとした大きな手が触れているのだと思うと余計に胸が締めつけられる。意識すればするほど感触とか温かさとか色んなことを考えてしまって、スカートをぎゅっと握りしめたら自分の手が緊張からか少し汗ばんでいるのも分かった。ずいぶんと長いことそうしていたように思う。夢中で握りしめていたそこがしわくちゃになってほんの少し湿り気を帯びていたから、かなりの時間が経ったはずだ。十四松くんが急に顔を上げて「たはーーー!!」と声を出すまで、ほんとうにからだが石になったかのように動かなかった。目も、そらせなかった。

「わーー!いっぱいなまえちゃん見たー!」

「……う、うん、そ、そだね………ころされるかと思った……」

「俺そんなことしないよーーー!」

「ソ、ソダネ…」

いやわりと本気で殺されるかと思ったんだけど。
出かかった言葉をのみこんで、はりつめていた空気が緩んだことに安堵した。ふ、とため息をつく。まあ、解放されたといってもそれは視線だけというか、姿勢は先程からちっとも変わらないまま、見上げればすぐそこに十四松くんの顔があるんだけどね。でも視線だけでも自由になったら、だいぶからだが言うことを聞くようになったと思う。今のうちになんとか抜け出したい。なるべく上は見ないまま身動ぎしつつ、「あの、十四松くん、さっきのなに?」と問いかける。十四松くんはいつも目立った行動が多いけれど、意味のないことはしない、と、思う。たぶん。ちらりと上を見上げると、ぱちくりと目を瞬かせて「うーーん」と首を捻って言葉を探しているようだった。どうしてこんなことをしたのか、さすがに十四松くんも話さなければと思っているらしい。いつもの満面の笑みを浮かべながら「おれねー」と話し出す彼に、あ、この状態は維持なんですね…と思ったのはさておき、次の瞬間わたしは呼吸がとまるくらい、驚き固まることになる。

「なまえちゃんがスッゲェ俺のこと好きなの知ってるよ」

「えっ!?」

うわずった声が出た。
すき?だれが?わたしが?十四松くんを?
いや、間違ってはないし、仲のいい友人なら何人かは知っていることなのだけれど、わたしは当の本人に言った記憶はないし言わなければ死にますよと言われない限りは本人に告げる気もなかったはずだ。なのに、どうして知ってるの、十四松くん。いや、ていうか、わたしが十四松くんを好きだってことと今までのことは何か関係があるの?……いやいやいややっぱりそれも気になるけど!でも!今はなんで十四松くんが知っているのか、のほうが先だ!
恥ずかしさと緊張に加えて、さっきとはまた違う意味で変な汗が背中を流れた。

「…な、なな…な、なんでそんなこと知って…」

「だって、なまえちゃんいっつも俺のこと見てまっせ?」

「はう…!き、気づいて…!?」

「あははー。でねー、トド松が言ってた。それはなまえちゃんが俺のこと好きだからだって!」

「く、くぅ、トド松のやろう…」

「だから俺、なまえちゃんと話さなきゃなーって」

「え、は、はなし…?」

「そ!お話!そんでねー、」

「ま、ままま、まって、話が急展開すぎて、」

「まずひとつめ!」

「えっ無視!?」

「ねぇ、どーして俺が知ってると思う?」

なまえちゃんが俺のこと見てたって。
どうして知ってるって、え、十四松くんがたまたまわたしのほうを見たときにわたしが見てて〜って、そういうんじゃなくて?わたしはそんな覚えないけども。「ぶっぶー!ワンアウト!」ワンアウト!?やばいあと2回でチェンジだ!とりあえず落ち着いて、3回ほど深呼吸。

十四松くんに目を向けるようになったのはかなり前のことだったけれど、今年同じクラスになるまで十四松くんはわたしのことなんて知らなかったはずだから、気がついたのはたぶん同じクラスになってから。…にしても結構時間が経っているし、それまでに十四松くんと視線がかち合ったことなんて1回もなかったはずだ。ばれてないって思ってたけど、わたし意外と鈍感なのかな…。正直十四松くん相手ならじっと見つめててもばれないって、思ってたんだけどな。「……ごめん、わかんない、よ」いつから、わたしが見てるって気づいてたの。ちょっと泣きそうになる。同じクラスで友達でも、ずっと見られてたら気持ち悪いよね。「正解はねー、」もしかしたら十四松くんはもう自分のことを見てほしくなくて、それを伝えるためにわたしをここで待ってたのかな。少しだけ、目頭が熱くなった。

「おれもね、なまえちゃんのことずっと見てたからだよ」

「…………え?」

「でも、俺が見る前からなまえちゃんは俺のこと見てたみたいだから、そのぶんたくさんお返ししないとと思って!」

「……あ、え、だからさっきの、」

「うん!ねぇ!びっくりした?」

「し、した、よ。え、あの、」

わたしのこと見てたから、わたしが見てたことも知ってた?だって、わたしはずっと十四松くんを見てたから、十四松くんがわたしを見てたなんてことはない。そんなことになったら目が合うし、お互いに気がつくはずだ。……いや、わたしだって学校にいる間ずっと十四松くんを見ているわけじゃないからありえる話なの、かな?正直、ますます分からなくなってきた。もう気持ち悪いから見ないでとか、友達やめようとかそんなんじゃなければどうでもいいや…

「んでんでふたつめ!」

「え、ま、まだあるの!?」

「うん、もうひとつは、俺もなまえちゃんのこと好きだよってはなし」

「は、……は!?」

もう十四松くんに気持ちが知られてしまっていてこの反応なら望みはない、というかそもそも十四松くんが女の子と付き合いたいとか、……いや、言ってしまえば恋愛したいとか思ってるって話も聞いたことないし、この先の会話によってはこれからは目で追いかけることも出来ないのかなとか、失恋だなとか、そんなことを考えていなかったと言えば嘘になる。ずっと拗らせていた恋心だ。忘れるには時間がかかるだろう。そう覚悟を固めていたところで、十四松くんに言われて思わず声を上げる。「え!!?」すき、すきだよ…?それってどういう意味で言ってる、の、かな。わたしと同じって解釈してもいい、……わけがない。もしここで選択を間違えて次の日「友達としてに決まってますがなー!」なんて言われてたらもう立ち直れない。ここは慎重に、慎重に。ああだけど、聞き返す勇気がない。本人に聞き返すのが手っとり早いしそうしてしまいたいのに、聞きたくない、夢を見ていたいと耳を塞ごうとしているわたしもいる。矛盾しているのだ。どうすればいいかなんて、わからない。
そんなわたしをよそに、十四松くんは「あんねー、」とつづけて話し出す。

「俺ね、なまえちゃん見てるとね、顔がわーって赤くなるし、たくさん話したいなあ、一緒にいたいなあって思うし、それに」

「それに…?」




「たべちゃいたくなる」


「…………え」

「なまえちゃん、すんげぇおいしそう」

頬に添えられていた手がゆっくりと離れる。元あった位置に今度は肘を立ててつき直し、そのせいでゆっくりと顔が近づいてきた。まって、え、ちょっも、まってよ。おいしそう、おいしそうって、食べたいって、どういうこと。他にも明らかに変わった二人の空気とか、十四松くんの雰囲気とか、言いたいことはたくさんあるのにうまく音になってくれない。首筋に息がかかって、さっきよりもうんと近くに十四松くんがいることが分かる。肩に力を入れてからだを強ばらせていると、真っ赤な下で耳朶を舐め上げられて「ぁ、ん、」とどこから出たのかも分からないおかしな声が上がる。「なまえちゃんかわいー」ぜんぜん、ぜんぜんかわいくないから!わたしの反応にくすくすと笑う十四松くん。そこで笑われるとくすぐったくてぞわぞわして、足から力が抜けそうになる。「…ふ、…っん、」今度は耳朶をかぷり、と甘く噛まれて、またあの声が漏れた。「なまえちゃん」だから、おねがいやめて、そこで話さないで。

「俺だって立派なオトコだからね」

「っま、じゅうしま、」

「みっつめ。これがさいごのお話だよー」

ね、いっしょにきもちよくなろ?
耳に吹きかけられる熱い吐息と、どこか遠くで鳴る始業のチャイム。細められた目にとらわれてまた動けなくなる。そうしているうちに近づいてくる薄くひらかれた唇。きっとやわらかくて、重ねたら気持ちがいいんだろうなあ。ぼんやりともうまわらない頭でそんなことを考えながら、わたしはゆっくりと瞼を下ろした。

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