誰しもが持つ弱い部分に触れられないように


※原作から一年後の夏大を捏造
※夢小説ではないです

高3の夏は県大会準優勝という結果に終わった。

相手は武蔵野第一で、榛名はやっぱりいい投手だった。それでもなんとか2点をもぎとって9回表、2-0。ツーアウトランナー1・2塁、打席には榛名。ワンボールツーストライクで迎えた4球目だった。

自分の決め球であるシンカーを打たれた。別に甘く入ったわけじゃなかった。それでも打球はみるみるうちにレフトスタンドに吸い込まれていった。たった一打で2-3。そのまま逆転負けした。2週間近く前のことだ。

そうして俺は今、部屋のベッドで何をするでもなくただぼうっと横になっている。「燃え尽きた」この一言がひどくしっくりくる気がした。高校最後の夏休みだというのに何をする気にもならない。ただこうして何もしないまま一日が終わっていく。

頭の隅ではこんなことではいけないということは分かってる。先延ばしにしてた進路だってそろそろ決めて受験にせよ就職にせよ、本格的に頑張らなくてはいけないことも知ってる。

けど今は何も考えられない。考えたくない。本音を言ってしまえば勉強も後輩も野球部も将来も、もう全部どうでもいい。

だってもう負けただろう。

これからどうあがいても甲子園には行けない。俺達は負けた。その事実だけがいつまでも俺の前にはっきりとした影を落とし続ける。俺が最後まで踏ん張れなかったから、俺がホームランなんか打たれたから。

もっといい球を投げられていれば、あの時榛名の前にランナーを出していなければ、今頃甲子園であいつらと野球していたんだろうか。俺はまだ高校野球をしていられたんだろうか。

「…もしもし」
「あ、もしもし準さん?」

通話ボタンを押すと同時に利央の少し高い声が電話口から聞こえる。出るんじゃなかった。着信音がうるさくて出たけど、その選択をひどく後悔した。この声を聞いていたら、ますます余計なこと思い出しそうだ。

「お前練習は?」
「もう終わっていま帰りだよ」
「ふーん。で、何の用?」
「…特にないんだけど、何してるかなあって思って」
「あっそ」

沈黙。
電話越しにでも利央が困っているのが容易に想像できて、少し気まずい。なんとなく居心地が悪くなってテレビを付ける。そのままリモコンを操作してチャンネルを回していたら、テレビ画面に映った自分達を負かしたあの剛腕投手の姿に目が釘付けになった。

テレビ画面に映し出されたのは武蔵野が強力打線と名高い高校に2-3で競り負けたところだった。奇しくも俺達が負けたスコアとおんなじだ。涙を堪えるようにうつむく榛名。

それでもこいつはきっとプロになる。たとえあいつの高校野球がここで終わっても、これから先ずっとあいつの野球人生は続いていく。
榛名の人生にとって、高校野球はほんの一部にすぎないんだろう。ここでの一敗なんか少し時間が経ったら綺麗に消化して、前に進んで行くんだろう。

じゃあ俺は?俺にとっての高校野球は?夏の面影なんてどこにも見当たらないくらい寒くなったら、高校を卒業したら、何年かして野球から離れたら「長い人生のほんの一部」になるんだろうか。笑い話になるんだろうか、土のにおいもボールの感触もあの歓声も、思い出すだけで息がつまりそうなこの感情も全部忘れられるんだろうか。

和さんは大学の野球部に入って今も野球を続けている。和さんはどうやって気持ちを切り替えたんだろう。どうやって高校野球に蹴りをつけたんだろう。

慎吾さんや山さん、本さんは大学の野球部には入らず何年間と野球漬けだったのが嘘のような生活を送っていると聞いた。どうやって野球と縁を切ったんだろう。あんだけ打ち込んだ野球を手放すのは怖くなかったんだろうか。

高校野球が終わったって野球が出来なくなるわけじゃない。野球を続けたいなら続ければいい。そんなこと分かっているのに、俺は何でここに留まっているんだろう。何で踏み出すのを躊躇ってしまうんだろう。

この夏がずっと終わらなければいいなんて、子供みたいなことを本気で願っていた。俺は一度としてプロになりたいと思ったことはなかった。小さい頃からずっと、俺の憧れは甲子園だった。それは小学生の時から野球を続ける原動力になった。高校野球はいわば十年近く続けてきたものの総決算だった。

今まで積み上げてきたものは全て、あいつらと甲子園にいくためだった。一度だって負けないことが、去年俺のせいで負けた先輩達の為に俺が出来る唯一の償いだと思ってた。俺にとって桐青での野球は特別で、それ以外何にもいらなかった。

「なあ」
「なあに?」
「…俺、お前らと甲子園行きたかった」
「うん」
「もっと一緒に野球したかった」
「うん、知ってるよ。そのために準さんすごく頑張ってたのも知ってる。だからね、準さん」

「泣いていいんだよ」なんて利央が呟いたありふれたその言葉が俺にはやけに響いて思わず泣きたくなったけど、誤魔化すように「泣かねえよばか」と笑ってみせた。


0908 あなたが死んだら笑ってあげる 様へ提出
いつのまにか桐青での野球が人生においてとんでもない比重を占めるようになってしまった彼なりの、高校野球とのさよならを書いてみました。

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