※ 子猫と三橋の話、恋愛要素無し


生垣の隙間をくぐり抜けて月明かりに照らされた広いお屋敷を横目に庭の隅まで走る。早く会いたい、会いたい。

ようやく辿り着いたそこには木の板に向かって白いボールをもくもくと投げる彼の姿があった。 彼の名前はレン。お腹を空かせて倒れていた子猫の私にミルクをくれた優しい男の子。ヤキュウが大好きな男の子。私の大切な男の子。

ただいま、の意味をこめて小さくにゃあと鳴いてみると、私に気付いたレンが投げるのを辞めて「おかえり」と頭を撫でてくれた。

レンの出してくれたごはんを食べ終えて縁側に腰掛けるレンの膝上で横になる。日のよくあたる縁側も、塀の上も好きだけど、ここが私は一番好き。大切な私の居場所だ。

レンはそんな私をみて小さく笑って頭を撫でる。大きな手だ。手のひらには何個もマメがあって指にはタコがあるゴツゴツした手。これは毎日一生懸命ボールを投げている証だ。

レンは毎日ヤキュウを頑張ってる。毎日ガッコウに遅くまで残って練習して、おうちに帰ってからも毎日練習している。それだけヤキュウが好きなんだ。

ゴツゴツした手のひらに頬を擦り付けて甘えるとレンは嬉しそうに笑った。よかった、と少しほっとしてゴロゴロと喉を鳴らす。

レンはたまにすごく悲しそうな顔をするときがある。そしてその原因がレンの大好きなヤキュウと関係があるということを私はこの前知ってしまった。

好奇心でレンの後を追いかけてガッコウに行ってみた。その日はヤキュウの試合が行われていて、レンはその真ん中に立ってやっぱり一生懸命ボールを投げていた。
けどレンと一緒にヤキュウしている人たちは一生懸命ボールを追いかけていないみたいだった。私はヤキュウのことをよく知らない。けど相手のチームとレンのチームを比べれば、レンのチームはおかしいことは明らかだった。

試合が終わってからもチームメイトはレンと全然おはなししないし、まるでレンがそこにいないみたいに振る舞った。お前の居場所はここにないんだと言わんばかりに。そのときのレンの顔が私はずっと忘れられない。

「あのね、」と言って膝の上にいた私をレンが抱き寄せる。これからレンが何を言うのかわからない。けど見上げたレンの表情が試合のあとのそれと重なって何となく胸騒ぎがした。

「俺、来週からこの家にいない、んだ。埼玉の高校に、行くことにしたよ。だから、もうお前と遊べない、んだ」

なんで?と言いたくてにゃあにゃあと鳴き声をあげると、レンは困ったような顔で「ごめんね」と笑った。嫌だ嫌だと鳴き声をあげる私を鳴き止むまで撫でてくれるレンの手が優しくて、人間みたいに涙を流して泣いてしまいたくなった。

本当は分かってる。チームメイトに無視されることが、嫌われることが苦しかったから、大好きだったヤキュウがしんどくなるくらい、辛かったから、ここにレンの居場所がないから。だから出て行くということも。その決断を止めてはいけないことも。

次の週、まだ雪の残る寒い春の日に、レンはサイタマという遠い遠い街に引っ越していった。きっと暗くて悲しい思い出しかないこの家にはしばらく帰ってこないだろう。猫とヒトでは時間の流れ方が違う。レンがいなくなってようやく、私はレンにはもう一生会えないことに気がついた。

ねえ、レン。倒れていた私を助けてくれた、ひとりぼっちだった私に居場所をくれた、ミルクをくれたあの夜から、レンは私のヒーローなんだよ。会いたいよ、寂しいよ。レンがずっと笑っていられるような居場所に私がなりたかった。なのに何も出来なくてごめんね。何もかももらってばっかりで、何ひとつ返せなくてごめんね。

元気にしていますか?サイタマでの暮らしはどうですか?一人で泣いていたりしませんか?どうかレンが心から笑えていますように。ここでは見つけられなかったレンの居場所がちゃんとそこにありますように。

真っ白のミルクをくれたあの日


企画 hoshitsui 様に提出 いつも書かないような設定で書けて楽しかったです!参加させていただきありがとうございました


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