「お昼一緒に食べない?」

 次の日の昼休み、教室で昼飯を食べようとしていた時、名前から声をかけられた。

「別にいいけど」

 そう答えて、冷やかすクラスメイトを適当にあしらいながら教室を出た。最後にこうして並んで歩いてからまだ1ヶ月くらいしか経ってないのにそれがひどく昔のことのように思えて、改めて自分の未熟さを痛感する。もし遠距離ならこのくらい普通なのかもしれない。けど同じ学校に通ってて、その気になれば毎日顔を合わせることが出来るのにこんなんじゃ、別れたいと思われたって何の文句も言えねぇ。

 「大丈夫だよ!」と名前は言った。今はまだ我慢出来てるかもしれない。けどこのままじゃいずれ別れる。来年の夏が終われば俺は引退だ。そうしたら今よりもっと時間を作ってやれるのかもしれない。でもきっとそれまで持たない。このままじゃきっと名前がつらくなる。別れたくないなら、名前の優しさでなんとか延命してるこの状況を変えなきゃいけない。

 中庭の隅のベンチで弁当を食べながら、会話のきっかけを探す。伝えたいこと、ちゃんと二人で話し合わなきゃいけないことは沢山あるくせに、いざ二人きりになるとどこからどう切り出したらいいのか分からない。きっと互いに互いのことを知らなすぎるのだ。相手が何を思ってるのか、どうしたいのか。

「ごめんね、冷やかされちゃったね」

 名前が気まずそうにゆっくりと口を開く。

「いいよ別に」

 きっと名前は教室で俺を呼べば、ああなることは分かってた。それでもここへ来てくれたのは俺と話すためだ。名前なりに俺に、今の二人の関係に向き合おうとしてくれたんだ。伝えなきゃいけないことがあるのに、逃げてるのは俺の方だ。

「…俺なんかが甲子園になんていけねーのは分かってんだけどさ、俺が一生懸命野球出来るのってあと1年だけだから、一生懸命頑張りたいって思ってんだ」

「だからって名前がどうでもいいってわけじゃなくて、むしろ感謝してるし大切だけど、名前と野球とは別だろって思ってた。でも野球やることが名前のことないがしろにしていい理由にはならないのに、一緒にいたいから付き合ってんのに、忙しいって理由つけて楽しようとしてた。甘えてた。ごめん」

 普段自分の気持ちを口に出すことがあまりないからちょっと気まずくて、暗に"好きだ"と言ってしまったのが少し恥ずかしくて誤魔化すために紙パックのジュースに口をつける。

「私ね、野球と恋愛が比べられるものじゃないのも分かってるし、豊くんが野球頑張るって決めたのをちゃんと応援したいって思ってるよ。思ってるのにね、実際は一緒に帰りたいとか、もっと豊くんと一緒にいたいってわがままなことばっかり考えちゃって」

「…豊くんが部活頑張るのを応援しようって決めたのに、わがままばかり考えちゃう自分が許せなくて苦しくて、どうしたらいいか分からなくて…ごめんね、だめな彼女で」

 名前の声が次第に小さくなってく。名前がこんなに俺を思ってくれてるなんて知らなかった。こんなに苦しんでるなんて思いもしなかった。田中の話を聞いてからずっと、愛想尽かされてるんじゃないかって不安だった。いつかいなくなるんじゃないかって思ったら怖くて仕方がなかった。今もその不安は消えない。けど、

「…名前はわがままじゃねーよ。そう思うのが普通だし、それくらいのわがままなら叶えてあげたいし。それに今どう思ってんのか、ちゃんと知りたい。それが言えないことの方がだめだと思うから。これからはなんでも言って」

 俺のわがままに付き合うだけの恋愛なんて、きっとつらいに決まってる。名前一人だけ嫌な思いして、俺は部活も彼女もなんてそんなの間違ってる。きっと長続きしない。だから、そうなる前にちゃんと思ったことや不満は言って欲しい。つらくなって我慢できなくなる前に。

「…たまにでいいから、こうして一緒にお昼食べたり、一緒に帰ったりしたい」

 重い口を開いた名前の手に自分の手を重ねて、そのまま繋いでみた。野球をやる以上、やっぱり今までみたいに時間がとれるわけじゃない。部活やってないやつらに比べたら寂しい思いをさせてしまうと思う。だけど、名前の気持ちがまだここにあるなら、それでもそばにいてくれるなら。

「俺もこうやって弁当食ったり一緒に帰ったりしたい。だからさ、これからも隣にいてよ」

←      
もどる

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -