その日の晩、名前に連絡してみた。

「最近全然一緒にいれなくてごめん」と送ると
「大丈夫だよ!豊くん野球頑張ってるの分かってるし、気にかけてくれるだけでも嬉しいから」と何とも優しい言葉が返ってきてすごくホッとした。

 怒ってて当然だと思うし、愛想尽かされても文句言えない立場だけど名前が優しく背中を押してくれてることが嬉しかった。最近彼氏らしいことを何ひとつしてあげられてない俺のことを選んでくれることに名前からの愛情を感じてそれがとても心地よかった。放課後の田中の心配は何かの勘違いだったのかもしれないって、そう思いながら眠りについた。


 次の日の朝、田中に教科書を借りに3組に向かった。けど本当は別に忘れたわけじゃない。持っている教科書をわざわざ借りに行ったのは名前に会うための口実だった。

 教室を覗くと名前は席に座って友達と話してた。後ろ姿だけでもすぐに分かってしまう自分自身に少し気恥ずかしさを覚えながら声をかけようとしたとき、名前の友達の一言で動きが止まった。

「市原とちゃんと話した?」
「昨日メールしたよ」
「で?あいつなんだって?ちゃんと思ってること言えたの?」

 その言葉に名前は黙って首を横に振る。そしてそのまま俯く。顔を伏せたままの名前の背中をなだめるように撫でる友達をみて、ようやく名前が泣いてることに気がついた。俺に気付いたそいつがこっちを睨みつける。"名前のことこんなになるまでほっといて、あんた何してんの"とでも言いたげな冷たい目だった。


 結局、何もせずにそのままその場を離れた。教科書は自分のを使った。授業の内容なんてまともに聞いてなくて、ずっとさっきの名前の姿が離れなかった。

「名前ちゃんが友達とそういう話してんの聞いちゃったんだよね」

 昨日の田中の言葉が頭をよぎる。俺は名前にフラれたっておかしくない立場だということを、分かっていたようで全然わかっちゃいなかった。このまま野球やってたまにああやって連絡して、それでずっとやっていけるような気になってた。

 こんな自分勝手なことばかりしてたらそうなって当然だ。俺が逆の立場なら間違いなく別れてる。のに、なんで名前は平気だってそう信じて疑わなかったんだろう。

 野球を頑張りたいって言うのも、そのせいで時間とってやれなくて寂しい思いさせてるのも。そんな思いさせるって分かってたのに、それでも名前と一緒にいたいって言ったのも。全部俺のエゴで、名前の気持ちも考えず俺の都合ばかり押し付けてた。

 それでも名前が文句ひとつ言わずにそこにいてくれるから、名前がいてくれることに勝手に安心してた。これからもずっと俺が野球に打ち込むのを見守りながらそばにいてくれるもんだと勝手に思い込んでた。名前がいなくなるなんて、今まで考えたこともなかった。

 ふと窓の外に目をやると、作業着姿の大地が見えた。向こうも俺に気付いたようで「イッチャン先輩ー!」と大きな声で叫んでいる。俺も大地みたいに思ったことをすぐ言えたら、もっと上手くやれんのかな。

 昨日ああ言ってくれたんだから、別れようって言われたわけじゃないんだから。そうやって頭の中で楽観的な言葉を並べれば並べるほど、言い訳くさくなって、ひどく惨めだった。本当に大切なら、なくさないようにずっとそばにいたいと思ってもらえるように努力しなきゃいけなかった。ほんと、何やってんだろ。

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