2009.Jul.23

川島 公

大学の近所でバイトしてると、確かに便利だけどテスト前だからといって簡単には休めないのが難点だ。バイトのほとんどは美丞の学生だから休みたいのはみんな同じだ。順番に交代で休むしかない。

ここの面接を受けるときヤノジュンも誘った。けど「あんま大学近いと色々大変じゃん」とあっさり断られた。結局ヤノジュンは家から近いとこで週3のバイトを始めた。堅実なあいつらしい選択だ。あいつのようになりたくて精一杯真似てみても、目先のことしか考えられない俺は多分一生あいつみたいにはなれない。

「おつかれさま」

バイトが終わって裏口から出ようとしたところで名前に会った。ここのバイトの中でこいつだけ美丞じゃない。ちなみに元カノだ。名前が通う女子大はここから結構あるから、まさかバイトがカブるなんて思ってもみなかった。でもよく考えれば家がここの近所なんだ。ここを選んでもおかしくはないし、今は赤の他人だ。これに関して俺がとやかく言う権利はない。

最初に顔を合わせた時は気まずくてここを辞めようとも思った。けど名前の方はまるで気にしてないとでもいうようにあっけらかんと、こうして普通に声をかけてくるので俺も意識しないよう普通に会話していた。

「おつかれ」と答えながら自然と彼女と横に並ぶような格好になって一緒にバイト先を出る。話すとはいえ別れてから完全に二人きりになることはなかったので少し不安になって名前の表情を覗き見る。そんなことはお構いなしというふうに今日大学であった出来事を話し続けているので俺もそれにつられて笑ってみた。変に意識してるのも気にしてるのも、もう俺の方だけだったみたいだ。

「ねえ、公」
「なに?」
「ずっと聞きたかったことがあるんだけど」
「何だよ」
「…なんで私のこと振ったの?」

夜だから大して暑くもないのに変な汗が出た。名前は今までずっと気にしてないふりをしてくれていたんだとようやく気が付いた。そりゃそうだ。あんな理不尽な振り方したのに傷付いてないわけがない。気にしないなんて出来るわけがないんだ。


引退を境に俺たちと距離を置くようになった岳史を一度だけ、ヤノジュンと一緒にグラウンドに誘ったことがある。その時「ごめん」とだけ答えた苦しそうな岳史の顔を俺は今だに忘れられない。

あいつのラフプレーに気づいた時、俺がそれを指摘したからって何かが変わったという保証はない。むしろその場であいつを部から追い出すことになったかもしれない。

だけどもしあの時俺が止めていたら?
岳史も直正もヤノジュンも誰も傷付かずに済んだかもしれなかった。岳史が野球や美丞を離れずに済んだかもしれなかった。岳史は本当は誰かに止めて欲しかったのかもしれない。結果論だろと片付けてしまえないほどの後悔と罪悪感でこんなにも苦しいのは、俺も共犯者だという自覚があるからだ。

そう思ったら自分が名前に優しくされる価値のない汚い人間に思えてきて、一緒にいても心から笑えなくなってた。岳史は野球もチームメイトも全て捨てて贖罪しようとしてるのに俺だけがなに食わぬ顔で名前の隣にいることが許されないことのような気がした。俺はこんなに汚いのに、そんなこと知らない名前が優しい言葉をかけてくれるのが嬉しい反面、騙してるような罪悪感でいっぱいになってた。

突然の別れに戸惑う名前に「ごめん」の一言だけを置いて逃げ出した。理由を聞かれても答えようともしなかった。名前は何も悪くない。俺がその罪悪感に耐えきれなくなっただけだ。それなのに名前のことをいっぱい傷つけた。俺なんかの為に泣いてくれたのに。ずっと好きでいてくれたのに。

「…ずっと公のこと引きずっててさ、でもこのままじゃダメだと思って。理由聞いたら吹っ切れるかと思ったのに」

「なんか、全然だめだね。」ともらした声は街路樹を揺らす風もない蒸し暑い夜の空気にそのまま消えてしまいそうなくらい小さかった。普段明るくてよく笑う名前でもこんなにか細い声を出すなんて、あんなことしたのに俺のこと思ってくれてたなんて知らなかった。恋人同士だったからって分からないこと、分かろうとしなかったことばっかだ。

どちらともなく触れた手を思い切って握ってみる。名前は俯いたままなにも言わない。けど解く素振りも見せないのでそのまま歩き続ける。

「やり直そう」なんて言えるほど図々しくはなれない。けど、できることならそうしたいと思った。大学に入ってから色んな女子から声をかけられた。けどどれだけ可愛い子にアピールされたって、付き合いたいとは思えなかった。俺もやっぱりお前じゃなきゃだめだったよ。

ずっと自分のことだけを考えて生きてきた。岳史のように一人で全部背負い込む勇気もヤノジュンのように問題に真正面から向き合う強さも俺にはない。そのせいでお前も仲間も散々傷つけてきた。でもそれを認めたら今までの人生全て否定することになるような気がして怖かった。だけどお前が俺でいいってくれんなら、今度はちゃんと向き合える気がすんの。なあ、もう一回だけ俺を選んでよ。

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