2009.Jul.23

川島 公

「岳史に注意するっつったときさ、お前俺のこと止めたじゃん」

ヤノジュンが唐突に口を開いたのは1コマと3コマの間の空きコマ、人のまばらな食堂の窓際のテーブルを陣取って来週に控えたテストの勉強をしていたときだった。

「あの時はあいつのためにも言わないとだめだろって思ったけど、今思えば岳史を追い詰めただけだった気がする」

普段はしっかりしてて頼りになる男らしいヤノジュンが珍しく弱気な言葉を漏らしたのは、このうだるような夏の暑さが去年のことを思い出させたからかもしれない。

俺が岳史が相手に故意に怪我させてることに気付いたのは、岳史が高3になってはじめて試合でマスクを被った横浜信明との練習試合だった。人の変化には昔からよく気が付く方だった。そのおかげで今までの人生上手くやってこれたけど、この時ばかりは"気付かなきゃよかった"と思った。

岳史はわりと分かりやすいやつだ。感情がすぐに顔に出る。正直捕手向きの性格じゃなかったと俺は思う。だから正捕手が直正じゃなくて岳史になったときあれ?と思った。次に岳史とコーチが最近よく一緒にいることを思い出した。岳史に熱心に指導するコーチ、試合中守備交代のたびにコーチのいるスタンドを見つめる岳史。ふと俺のなかである仮説が浮かんだ。

あのラフプレーはコーチの指示で、その指示に従う岳史の方が直正よりも都合のいいと思ったコーチが岳史を正捕手にしたとしたら?意外だった岳史の正捕手も、コーチが岳史とよく一緒にいることも怖いくらい辻褄が合うんじゃないか?

けど俺は最後までこのことを監督にもコーチにも誠にも言わなかった。これが本当ならいけないことだということは分かっていた。けどあのとき俺の頭を占めていたのは「大会に出れなくなるなんてまっぴらごめんだ」という薄汚い考えだった。このことが明るみに出たら間違いなく夏大には出られない。俺らの3年間が無駄になるくらいなら大事にせず黙っていようと思ったからだ。

「あいつ今日相手にわざとケガさせたよな」

磋磨大行田戦のあと、ヤノジュンが俺にだけ言ったその一言にヒヤリとした。監督や誠そして岳史に言おうか迷っていたヤノジュンを止めたのは俺だ。結局岳史には釘をさしたみたいだけど。

ヤノジュンとはチームじゃ1番ウマが合ってよく一緒にいるのに性格は正反対だ。正義感が強くて他人を思いやる優しさのあるヤノジュンと、かたや自分の都合しか考えないずる賢い俺。俺はあいつのようにはなれない。

ヤノジュンが今日、岳史の話をするまで俺はあのことをなかったことしようとしていたんだ。今ここに岳史はいないのだからそのまま月日とともに記憶が薄れていつか美しい思い出だけが残るその日まで、あのことには触れないままでいようと思ってた。そんなこと許されないのに、俺はまた懲りずに逃げようとしていたんだ。自分のずるさが嫌んなる。

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