2009.May.08

倉田 岳史

「今からカラオケいかね?」

そう切り出したのは今井だった。時計を見ると12時45分。昼休みももうすぐ終わろうかという頃だった。

「おーいいじゃん。行く行く」
「倉田はどうする?」

「…俺は次も授業あるから辞めとく」
「やっぱりな」

聞かれて内心ドキっとしながらそう答え、学食から出て行く今井達の背中を見送りながら教室へ向かう。

大学に友達がいないわけじゃない。一緒に昼飯を食べてくれるやつらはいるし、こうして他愛もない話をしたりもする。今井達はすごく優しい。こんな俺とも友達でいてくれる、いいやつだ。だからこそ俺は友人としていまいち打ち解けられずにいる。

昔から誰とでも仲良くできるタイプじゃなかった。野球部以外の友達だって数えるほどしかいなかった。いつものことじゃないかと言われればそうなのかもしれない。

けれど、やっぱり高校の時に比べて人付き合いが下手になった。遊びに誘ってくれても断るようになって、どんなやつとも一定の距離を保つように心がけるようになった。誰に対してもこれ以上近づき過ぎないよう踏み込みすぎないよう壁をつくって接するようになった。

「あ、倉田くん」
「なに?」

教室へ向かう途中、すれ違い様同じゼミの名字さんに声をかけられた。戸惑いながら返したら少し声がうわずってしまった。

「夏休みのバーベキュー、倉田くん来るの?」

名字さんは優しい人だ。ゼミとも周りとも距離のある俺をよく気にかけてくれる。今だって俺がゼミの人たちと上手くやれるようさりげなく気を使ってくれている。誰に対しても優しくて気が使えるからみんなから好かれてる。なんとなく直正のような人だと思った。

だからこそ、名字さんの優しさは苦しい。彼女に声をかけられるたびに俺にそんな価値はないのだということを思い知らされる。俺は優しさを向けられるべき存在ではないのに

誰とも関わりたくないってわけじゃない。一人で生きていきたいってわけじゃない。けど俺は、あの頃のように自分の欲望のせいでまた誰かを傷つける日がくることが怖くて仕方がないのだ。

名字さんや今井は、いいやつだ。野球部のやつらもいいやつらだった。だからこそ今度はこの優しい人達を傷付けたくない。一人でいるのは嫌だとか、寂しいとかそんな俺のわがままな理由で頼って傷付けていい人達じゃない。なあ、もう声をかけたり気にかけたりしないでくれよ。頼むから。

「俺はいいや」

とだけ返して、そこから逃げるようにして教室に急いだ。咄嗟に作った笑顔はきっとひどく不恰好だった。


授業開始時間ギリギリになってしまったので席はもう前の方しか空いていなかった。高校までは自分の席があらかじめ決まっていて、そこが自分の居場所だった。放課後は気の知れた仲間がいる野球部のグラウンドがあった

けど大学では勉強するための席ですら自分で探さないといけない。自分の居場所も、だ。

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