2009.Jun.17

宮田 直正

練習の帰りになんとなくすぐ隣の高校に寄ってみることにした。去年まで通っていたそこはグラウンドも校舎も何ひとつ変わってない。けどグラウンドを走る後輩たちのなかに俺たちがいないことが確かに時間の流れを感じさせた。

岳史が他の大学に進学したことを俺は4月に入るまで知らなかった。俺だけじゃない。誠も匠も善斗も公も、同じクラスだったヤノジュンだって知らなかった。携帯の番号もアドレスだっていつのまにか変更されていて、今や岳史への連絡手段は絶たれてしまっていた。

「倉田先輩、違う大学に行くって言ってました。野球も辞めるって」

岳史のこと、知らねーか。と尋ねるとキヨは少し困ったように眉を下げながらそう答えた。岳史は引退後部活にもグラウンドにも顔を出さなかった。ケガを理由に引退式にすら来なかった。けど卒業式の前日、岳史は練習中のキヨのところへきてはそう言い残していったらしい。

「先輩言ったんです。ちゃんと実力で評価してもらえるようなキャッチャーになれ。俺みたいになるなって」

どういう意味なんでしょう?と首をかしげるキヨは岳史のその言葉を理解しかねているようだった。

さあな。とだけ返してグラウンドを後にした。途中忙しそうな監督の姿が目に留まる。隣に呂佳さんの姿はない。コーチを辞めたって聞いたのは引退してほどなくしてからだ。

岳史のことを一番認めてたのは呂佳さんだ。正捕手を選ぶってとき、呂佳さんは熱心に岳史を指導してた。それが贔屓だとは思わなかったといえば嘘になる。

けど、呂佳さんが岳史に何をしようと最終的に岳史を選んだのは監督だ。それに岳史は一生懸命努力していた。それは見てれば分かるし監督もそれを認めてた。だから岳史が選ばれたんだ。納得もしてるし修平の代わりに9番もらったんだから、ライトとして頑張んなきゃって思った。だから俺はお前が正捕手でよかったんだって今では本当に思ってるよ。

でもこのままじゃ悔しいし捕手に未練がないわけじゃないから大学では岳史以上に努力して、絶対正捕手になってやるってそう思ってたのに。お前が勝手にどっかに行っちまうからなんだか拍子抜けだ。
なあ、お前いまどこにいんの?お前まだ正捕手になったの実力じゃねーと思ってんの?自信持てねーの?選ばれた理由なんてそんなのお前の実力に決まってんじゃん。お前がいなくて俺は何をモチベーションに野球すりゃいいんだよ。もう分かんねーよ。

だからって高校生に戻りたいってわけじゃない。願ったってしょうがないし、今だってそれなりに楽しい。だけど吹っ切れたように野球を辞め大学生活を謳歌している匠や、公務員試験を受けるからと野球より勉強を優先させた公とヤノジュンを見ていたら、俺もあいつのいないこの状況を「こういうものだ」と割り切るべきなんだと焦る気持ちが強くなった。

岳史や匠はいつ野球辞めるって決めたんだろう。何年も打ち込んできた野球がなくなるのは、生活が高校の頃とはガラリと変わってしまうのは怖くなかったんだろうか。

俺は怖いよ

今までずっと一緒に野球をしてきた誰かが欠けるのも俺自身が変わるのも、すべてが怖い。

「直正ってなんか高校の部活を引きずりすぎっていうかさ、高校生から脱しきれてないかんじするよね」

喧嘩したあの日、名前に言われた言葉を思い出した。多分名前にとってみたら、練習ばかりで何もしてやれない俺に対しての不満を含ませた何気ない言葉なのだろう。けどあのときの俺は痛いところを突かれたような気がして「お前に関係ねーだろ」とムキになって返してしまった。それからは互いに言い合いになって、そのままいまだに上手く関係を修復出来ないでいる。

図星だった。そうだ俺はずっと引きずってた。高校で正捕手になれなかったこと、追い越せなかった岳史のこと。もう二度と全員揃うことのないチームメイトのこと。口では割り切れたようなことを言いながら本当は高校の頃に戻りたいのかもしれない。

でもそれじゃいけないんだって、ずっとこのままじゃいられないって、怖がってばかりじゃなくて変化を受けいれなきゃいけないってやっと気付いたよ。
向き合うのが怖くったって過去の思い出にしがみついたまま生きてはいけないって、今そこにあるものを大切にしなくちゃいけないってやっと分かったよ。他のやつらがとうの昔に分かってた当たり前のことに今頃気付くような、馬鹿な彼氏でごめんな。

ポケットから携帯を取り出して名前に電話をかけた。今度こそお前は大切な彼女だと、帰ってこない過去の思い出よりも今一緒にいてくれるお前のことが大事なのだと、ちゃんと向き合って言えるだろうか。

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