2009.Apr.20

倉田 岳史

「お前の役割忘れんじゃねーぞ」

コーチの声が聞こえた気がして慌てて飛び起きた。冷や汗が背中を伝うのを感じながらあたりを見回してようやく、もうここにコーチがいるはずもないことを思い出してほっと胸を撫で下ろす。

小学4年生の時始めた野球を俺は高校卒業と同時に辞めることにした。野球が嫌いになったわけじゃない。むしろ今も大好きだ。もう未練がないと言ったら嘘になる。けど、もう二度とやらない。やってはいけない。

野球のポジションなんて色々あるのに、小4の俺が当時一番人気のないキャッチャーをわざわざ選んだのは、投手と一緒に配球を考えるという他のポジションにはない役割を「かっこいい」と思ったからだ。

ずっと捕手をやってたから中学までは、自分でいうのもどうかと思うけど結構上手い方だと思ってた。プロになれるような才能なんてものがないのは自分でも分かりきっていたけれど、それでも自分なりに努力してきたつもりだったしその甲斐あって中学ではレギュラーとして使ってもらえたからだ。けどその自信やその立場は直正に出会ってあっという間に覆された。

捕手としてのフィールディングとかリードとか肩の強さとかそういう技術はもちろん、投手のリードの仕方とか。どんなふうに接すればそのピッチャーが一番力を発揮出来るか、力を抜いてやれるかなんて俺は理解しようとしても完璧に理解することができなかったのに。それを直正はいとも簡単にやってのけた。

正直敵わないと思った。もちろん努力はした。けど、守備もバッティングもすべてがあいつの方が上だった。センスとか才能とかそういう努力では補えない何かが根本から違っているのかも知れない。そう思ってしまうほどに、実力の差は明らかだった。

「捕手としても打者としても、直正の方が上なんだよな」

3年の初め、ちょうど1年くらい前。部活が終わった後の俺を呼び止めてコーチは言った。遠回しに「正捕手は諦めろ」と言われてるのだ。そう思ってしまったのは最後の夏を目前にしても縮まらない差に焦っていた時期だったからだ。2年近く一緒にいるのだ、自分の未熟さは嫌という程身にしみてる。

「オレの言うとおりに動けるなら、お前を推してやるよ」

頭の中ではそれがいけないことだと分かっていた。実力が上のやつがマスクを被るべきだとも。それでも今年が最後の夏だとか、レギュラーが欲しいとか、やっぱり甲子園に行きたいとか。そういう欲が頭の中を駆け巡って気が付いたら頷いてた。

それから半年間、コーチの指示があれば相手にケガをさせるのも厭わないルール違反ぎりぎりのプレーをしてきた。ケガをさせたやつだって何人もいる。
それなのに俺だけすべてなかったかのような顔をして、今まで通りあいつらと一緒にいて野球をすることがひどく場違いで許されないことのような気がして、結局進路まで変えてしまった。今は神奈川で一人暮らしをしながら大学に通っている。

いいやつだから何も言わなかったけど直正はきっと、本当は俺の正捕手なんかに納得いってないかったと思う。当然だ。実際監督は直正を正捕手にする気だった。

そのあと直正は努力して修平に代わってライトのレギュラーになった。けど弾き出された修平はどうなる?試合は?本当は直正がマスクを被った方が善斗も匠も上手く投げられたんじゃないか。それなのに俺は自分がキャッチャーしたいって理由だけでそこに居座った。本当に弾き出されるべきは俺だったのに。

ケガさせたやつの顔は今でもはっきり覚えてる。磋磨大行田の木村、西浦の阿部。ケガは大丈夫だろうか。また野球しようと思えているだろうか。何の問題もなく楽しく野球が出来ていればいい。

そう願うのは「俺のせいで野球が出来なくなった」という償いきれない罪を受け止める覚悟がないからだ。結局美丞を出ても、野球を辞めても浮かんでくるのは自分勝手なエゴばかりで嫌んなる。

「ルールギリギリのプレーするたび、お前はオレ達や監督の顔に泥ぬってんだかんな」

ヤノジュンに言われた言葉が頭の中で何回も何回も反復されるのを振り切るように急いで家を出た。冷や汗を流す時間は結局なかった。

いくら後悔しても過去にしてしまったことはどうにもならないから苦しくて、そこから目を背けたくて逃げだしたくて神奈川まで来たのに。きっとこの先どこに逃げても無駄なんだろう。
この思い出すだけで心臓を鷲掴みにされたみたいに苦しい感情も、楽しかった思い出さえ覆い隠してしまうほどの後ろめたさも、全部抱えて一人っきり生きていくしかない。

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