2009.Sep.14

倉田 岳史

9月だというのに秋の気配どころか真夏のような強い日差しが照りつける河川敷で、網の上の肉がいい色に焼けていくのをただぼんやり眺めていた。

俺のゼミでは毎年長い夏休みが終わる直前のこの時期にみんなでバーベキューをするのが恒例のようだった。けど俺はもともと参加しないつもりでいた。だから午前中はバイトを入れていたし、終わってそのまま家に帰るつもりだった。けど帰り道にたまたま先輩に出くわして断りきれずにそのままずるずるとこんなとこまで来てしまった。

みんな楽しげに過ごしてるのを輪の隅の方で眺めては、鳴ることなど滅多にない携帯を無意味に弄ってる。和気あいあいとした雰囲気に俺だけが上手く馴染めない。一人だけ壁の外にいるような居心地の悪さを感じる。他人と距離をとってその壁を築いたのは自分自身のくせに。

「倉田くん久しぶり」

声をかけてくれたのは名字さんだった。

「ちょうどお肉焼けたところだよ。はい、どーぞ」
「…ありがとう」

名字さんはきっと、俗に言うお人好しなんだと思う。クラスで浮いてる人や困ってる人を放っておけない性分なのだ。俺が浮いてるから、上手くやれてないから。だから助けてくれる。だからこれもこの優しさも、何も俺に限ったことじゃない。彼女はきっと困っていれば誰にでも手を差し伸べるのだろう。

「名字さん、ちょっといいかな?」

そう声をかけてきたのは同級生の山下だった。「ちょっとごめんね」と申し訳なさそうに俺に断りをいれて山下の元へ向かう名字さんをぼんやり見ていると、山下と目があう。

「なんでお前が隣にいるんだよ」「お前なんかが隣にいていい人じゃねーんだよ」言葉にはしなくても視線だけでそれが伝わってくるほど冷たくて憎悪に満ちた視線を向けられるので思わず身震いした。

こういった視線を向けられたのはこれが初めてじゃない。あれは去年の横浜信明の渡辺と同じ目だった。

俺は怪我させたやつらに対して一度も直接謝りに行ったことがなかった。代わりにいつもコーチが謝ってくれていた。ありがたいけど、指示とはいえ怪我させたのは紛れもなく俺なのに一回も謝罪をしてないという事実が尚のこと後ろめたかった。

一年前の秋、渡辺に会いにわざわざ横浜まで行ったのは謝りたいというその一心だった。けど、

「今更何しに来たんだよ」

そう言って渡辺は俺を睨みつけた。抱いてる嫌悪感を隠そうともしないその視線に息が詰まった。

「俺は怪我のせいで最後の大会出らんなかった。子供の頃からずっと、甲子園に行きたくて頑張ってきたのに。最後の大会なのに。出場するチャンスすらなかった。スタメン争いとかそういうレベルの話じゃなかった。俺はその土俵にすら立てなかった」

「お前がわざとやったんじゃないって分かってるけど…ごめん、もう帰ってくれ。お前のことも野球も、もう考えたくない」

俺が野球を辞めるのも、美丞にいられないのも全て自業自得だ。だけど渡辺は何も悪くない。一生懸命野球に打ち込んでひたむきに甲子園を目指してた。それこそ誠や直正や他の高校球児達のように。そんなやつの目標を、希望を俺のしょうもない身勝手でふいにしてしまったんだ。

返す言葉が見つからなくて頭を下げ続けることしか出来なかった。いっそ一発ぶん殴ってくれればよかった。その方が幾分気が楽だった。けど俺を殴ったって、罵ったって渡辺が求めてるものは二度と返ってこないのだ。

だからきっと、これは俺への罰なんだろう。これから先一生誰からも求められることのないまま、居場所を探してさまよい続けることが。憎悪のこもった視線を向けられることが。

ビールもうねーの?という先輩の声が聞こえたので「俺買ってきます」と言ってその場を離れた。

山下のおかげで思い出した。思い出せてよかった。もう少しで"こんな俺でも"なんて淡い希望を抱いてしまうところだった。名字さんの優しさに甘えてはいけない。名字さんはどんな人にも優しいんだ。別に俺が特別ってわけじゃない。優しくしてくれるからってここを居場所にしてはいけない。名字さんの居場所は少なくとも俺の隣なんかじゃない。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -