Novel - Vida | Kerry

夏の魔物



仕事を終えて勇人くんの待つアパートの部屋に帰ると、勇人くんはソファで横になりながらテレビを見ていた。今日は土曜日だから勇人くんのお仕事はお休み。私も普段はお休みだけど、今日はたまたま仕事だったのだ。

「ただいまー」
「あ、名前おかえりー。仕事おつかれさま」
「ありがとうー!アイス買ってきたから一緒に食べよう」

そういって帰りに寄ってきたコンビニの袋からアイスを出すと、勇人くんは嬉しそうに微笑んだ。勇人くん好きだもんね、ガリガリ君。

隣に腰を下ろしてテレビに視線を向ける。画面に映っていたのは甲子園だった。ああ、もうそんな季節か。

私と勇人くんが付き合い始めた頃、彼はまだ高校球児だった。高校1年生のときに同じクラスになって、その年の冬に付き合いはじめた。それから野球に打ち込む彼をずっと隣で見てきた。

2年生の夏、準決勝で惜しくも負けてしまった勇人くんが「来年は絶対名前を甲子園に連れていくからね」と約束してくれたこと、すごくよく覚えている。

次の年の最後の夏。西浦は県大会決勝まで勝ち上がった。しかしARCに破れて甲子園に出場することは叶わないまま、勇人くんの夏は終わってしまった。

試合後に私を抱きしめながら「甲子園、連れていってあげられなくてごめんね」と勇人くんが消え入りそうな声で呟くから、塞き止めていた涙がこぼれ落ちて、結局二人で人目もはばからずに子供のようにわんわん泣いた。
勇人くんの泣き顔を私はあの夏以来見ていない。

あれから7年経った。私も勇人くんも大学を卒業して、社会人になった。仕事だってある程度できるようになったし、お酒だって飲めるようになった。
あの頃は一緒に帰ったり、たまにデートするのが精いっぱいだった私たちも、来年の春に結婚することになった。

今がとても幸せだ。勇人くんは相変わらず優しいし、私のことを大切にしてくれる。そんな勇人くんのことが私は今も大好きだ。

それでも夏が来るたび、あの夏にたどり着けなかったあの場所のことを、勇人くんと一緒に甲子園を追いかけていた夏のことを思いだしては、胸の奥が疼く。
きっと、あの場所を夢みた人みんなが心のどこかに抱えている。煮え切らない思いを、わだかまり抱えながら、日々を過ごしている。

テレビに視線をやると、創部間もない公立校と、強豪の私立校の試合は9回裏。1点差。公立校は打てなければ負けが決まるという場面。バットが宙を切る。空振り三振で試合終了。公立校は負けてしまった。
それを見ていたら、7年前の西浦の試合と重なって、負けたのは私じゃないのになぜか少し泣きたくなった。

隣に座る勇人くんは今、どんな思いで試合を見ていたのだろうか。

「やっぱり行きたかったな、甲子園」

そう呟く彼をそっと抱きしめた。肌の触れた部分から溶けていきそうな暑い夏の日。


0811 埼玉代表の初戦に間に合ってよかった


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