Novel - Vida | Kerry

ひとりはさびしいふたりはせつない



「ごめん、名字さんとは付き合えない。」

高3の冬、もうじき冬休みというある日の放課後。私は本山くんに振られた。沈黙が流れる少し埃っぽい進路指導室の空気がこんなにも重いのは並べられた赤本のせいでも、まして進路指導というこの部屋の名前のせいでもなかった。

「けど名字さんは優しくて可愛いから、もっと誰かいいひとがいるよ」

たとえお世辞であっても私のことを、優しいとか可愛いとか褒めてはくれるのに、彼のいうその"誰か"になってくれる気なんて彼には更々ないらしかった。


散々泣き腫らしたというのに次の朝起きてみたら思っていた以上に瞼は腫れていなくて、その微々たる変化に気付いたのは山ノ井くんだけだった。

「昨日、何かあった?」

「目、少し腫れてる」山ノ井くんがそう尋ねてきたのは放課後のことだった。教室を出ようとする私の腕を、普段の穏やかな雰囲気からは想像がつかないほどの強い力で掴んだ山ノ井くんから早く逃げたくて「何もないよ」と笑ってみせた。それを聞いて表情をあまり崩さない彼の眉間に少しシワがよったと思ったら「ちょっと来て」と言われ、手を引かれるがままに教室を出た。

みんなに変な誤解されただろうな、とか明日どんな顔して教室に入ればいいんだろうなんて思いを頭に巡らせながらひたすら歩いた。
ふと彼のすぐ近くにいた本山くんはどう思うんだろう、と思った。けど、きっと本山くんは私が山ノ井くんと教室を出たところで何とも思わない。本山くんにとって私の存在って、きっとその程度だ。

同じクラスであれば、全然話さないような子からも"山ちゃん"と呼ばれている彼のことを"山ノ井くん"と呼ぶようになったのはちょうど1年前、高2の冬の頃の話だ。

「俺好きだよ、名前ちゃんのこと」

ほんとうに何気ないタイミングで、まるでラーメン食べたいともらすような口ぶりで言うのであっけにとられて何の言葉も出てこないまま、沈黙だけが流れてた。
私たちは同じ中学だし、それなりに仲はよかった。けど、私たちは友達だ。お互いにそんな、恋愛感情なんて抱いていないと思ってた。ただの友達だと、そう思ってた。

「私、ごめん、山ちゃんと付き合えない」
「うん、知ってるよ」

本やんのこと、好きでしょ。
しどろもどろになりながらやっとのことで紡いだ言葉に対しても山ちゃんは飄々と答える。

山ちゃんはいつもそうだ。中学の時、部活で怪我したときも中学の卒業式でも決してそのニコニコした表情を崩さなかった。けど、山ちゃんがみせるその表情が本心から出るものなのかと言われたら必ずしもそうではないということを私は知っていた。

「なんで、知ってるの」
「分かるよ。好きだもん」

人から向けられる好意を断るってこんなに苦しいことなのかと、私はその時初めて知った。深く傷付けてしまった山ちゃんのことを山ノ井くんと呼ぶようになったのはそのあとからだ。

これは私なりの境界線のつもりだった。呼び名で線引きをして距離を置いてみることで、山ノ井くんに彼女とか、他に好きな子が出来るかもしれないと思ったからだった。


「ねえ、何で告白なんてしたの?」

彼女いるの、知ってたでしょ?
駅までの道を黙々と歩いていた山ノ井くんが急に立ち止まって口を開く。

山ノ井くんの言うとおり、私は本山くんに1年生の頃から付き合っている彼女がいるのを知っていた。可愛くて優しくて明るくて本山くんにぴったりの素敵な女の子だった。だから告白しようだなんて微塵も思ってもいなかった。人知れずひっそりと終わる恋でいいと、あの時まではそう思ってた。

「分かんない。ただ、本山くんと2人になれるのって卒業まであと何回あるんだろうって思ったら、止められなくて」

「…バカだね」

本当にバカだと思う。なんであんな行動を、しかもまだ卒業まで3ヶ月もあるこのタイミングでしてしまったのか、ちゃんとした理由なんてきっと一生探しても見つからない。

けど強いて言うのであれば、あれは私のエゴだった。私は3年間続いたこの不毛な片思いに本山くんの手で終止符を打って欲しかったのだ。うやむやなまま卒業してしまうよりも、きっぱりとフラれるという形でもって、本山くんへの恋心をちゃんと葬ってあげたかったのだ。

「でも名前ちゃんのそういうバカなとこ、俺は好きだよ」

手首を掴んでいた彼の左手が、私の手のひらに触れて繋がれた。どうしたらいいのか分からなくて戸惑いながらも振りほどこうとしたら更に強く繋がれて、いよいよどうすることも出来なくなった。

「もう好きじゃないと思ってた」
「…んなわけないでしょ。俺、中学の頃からずっと好きなんだよ」

「どうして私のことなんか好きになっちゃったの」
「もっと素敵な子と付き合った方が山ノ井くんだって、幸せじゃないの」


いくつか思い浮かんだ言葉たちは喉の奥でつっかえたまま、唇を跨いでいくことはない。きっと口にしたところで意味なんてない。そんなことが出来るのならとっくにしてるよ。山ノ井くんも私も。

「本当は本やんがいいだろうけど、一人よりマシでしょ」

そう言って抱きしめてくれる山ノ井くんを受け入れていいのか、本当は分からない。こうして山ノ井くんに優しくしてもらっても何も返せないことが彼を傷つけているような気がして、苦しい。

そんなこと気にするなとでも言うように笑ってみせるくせに、「名前ちゃん」と私を呼ぶ声が震えているからちぐはぐだと思う。けど、きっとこれが山ちゃんの泣き顔なんだと思った。どんなときでも明るく穏やかで、夏大で負けた時だって私たちには泣き顔ひとつみせなかった強い山ちゃんの、そんな姿を見たのは初めてだった。


150701 本山くんは長い間付き合ってる彼女がいそう。
title : さよならの惑星


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