Novel - Vida | Kerry

風の強い日



その日は全国的に風の強い日で、特に夕方以降強くなるということは昨夜の天気予報を見たから知っていた。彼女の使う路線が強風でよく止まるから、そうなる前に帰さないといけないとも思ってた。けど実際はそう思ったってだけで結局言いだせないまま夜が来る。

「電車止まってる」
「まじか」

自分でも白々しいと思いながら、本当に心配しているような表情を作って声をかける。その問いに彼女は「どうしよう」と心底困ったような顔で構内アナウンスに耳を傾けていた。駅の電光掲示板には運転見合わせの文字が踊り、改札口は俺たちと同じように立ち尽くす人で溢れていた。

「帰れんの?」
「親に連絡してみるけどまだ仕事かも」

巻き込んじゃってごめんね、と少し泣きそうな顔をしながら文字を打つ指を強引にからめとって握ると、彼女は驚いた表情で俺を見上げてくる。

強風の影響で運転を見合わせております。運転再開のめどは立っておりません。

さっきから何度も繰り返し流れている構内放送になんだか責められてる気分になった。

本当は帰って欲しくない。このまま連れ去ってしまいたい。そう言ったら引かれるだろうか。また困った顔をさせてしまうだろうか。でも、

「…どっか泊まる?」
「え」
「多分しばらく動かねーし」

電車が止まったとき以上に困った顔をする名前を見て、口に出してしまったことを少し後悔した。と同時に、そんなに俺といるの嫌なのかよ。とも思ってしまった。

なんだか、俺ばっかり好きみたいだ。愛しいという気持ちが大きくなりすぎてどうにかなりそうなのも、全部俺のものにしてしまいたいなんて考えてるのも、こうしてよこしまな感情を抱いてるのも、キスをするのも手を繋ぐのも、触れたいと願うのも、告白したのも全部俺の方ばかりで。

好かれてるとは思う。恋愛に慣れてないからなんでも受け身がちになってしまうだけだということも知ってる。けど、たまにどうしようもなく不安になるのだ。強風で飛ばされるビニール袋みたいに、いつかどこかに飛んでいってしまいそうな気がして。

「いい、よ?」
「俺と二人なの分かってんの?」

「…うん。元希くんになら何されても、いいもん」

笑っていても少し声がうわずっている名前。こんなことを言ってもらえる程に彼女に愛してもらっているのだと思うとさっきまでのもやもやとした真っ黒い感情とは違うものが胸を締め付ける。

本当に彼女を大切に思うならちゃんと家に帰してやるべきだって、分かってる。分かってるけど。

駅前のホテルを適当にとって、その小さくて華奢な体を抱きしめる。すると彼女もぎゅっと抱きしめ返してくれた。

「元希くんが好き」

聞こえた声はか細くて、聞き逃してしまいそうなくらい小さな声だった。それでも、こんな下心丸出しで女々しい俺を受け入れてくれてるような気がして何度も何度もキスを落とす。

愛されてる実感が欲しかった。ずっと俺ばかり好きな気がしてた。けど、そんなことで不安になる必要なんてなかったみたいだ。だって俺はちゃんと愛されてる。

本当に彼女を大切に思うならちゃんと家に帰してやるべきだって、分かってる。分かってるけど。そんな出来た人間にはなれそうにもない。鼓動が早くなっていくのを感じながら、ゆっくりと名前のブラウスのボタンに手をかけた。

150528 榛名さんお誕生日おめでとう!


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