目を閉じるから見えるもの

滝井が野球出来なくなったとき、もう二度と捕手やんねえって誓った。

自分のエラーで負けたとき、もう二度と選手をやらないと決めた。

お前のそのうざい髪が俺への願掛けだってんなら、俺のこれはいわば祈りだった。
もう二度と滝井みたいなやつが現れないように。俺みたいな思いをするやつが出てきませんように。

けど"俺にそんな価値ありゃしない"とでもいうように毎年のように必ずと言っていいほど現れる。
頑張りすぎて怪我するやつも、初戦で負けて呆然と立ち尽くすやつも。

なんだよ、大したこと願ってねえだろ。こっちは世界平和とか人類の幸せとか無理難題言ってるわけじゃねえんだから。すんなり叶えよ、頼むから。

それでも俺がいくら祈ったって、持っているものすべてをかけたって叶わないのなら。報われないのなら。俺にそんな価値ないってんのなら。俺に出来ることを地道にやっていくしかない。祈りなんて曖昧なもんじゃなく確実な方法で、そう思った。

この考えは間違っちゃいない。今でもそう思ってる。一生懸命とか正々堂々とか言ったところで負けたら世話ねえし。
間違ってない。俺がこんな思いする必要なんざどこにもないのに、ここ一年ずっとそれこそあの頃の俺みたいに野球をまともに見れなかった。

だから普通の大学生になろうと思った。野球から離れればそうなれると信じてた。野球のない生活を得てようやくこの苦しみからも解放される。
そう思ってたのに最後の夏の記憶が、岳史の泣きそうなあの顔が、マウンドで蹲る滝井の姿が何度振り払ってもちらついて”そんなこと許さない”とでも言いたげに、逃げても逃げても追いかけて来やがる。まるでそういう呪いにでもかけられたかのように。

「監督としてお前があいつらにしたことは許さない。許されない」

「けどお前が俺に責任感じてんならそれはもう忘れろ。償いとやらはもう終わってんだ。俺は大丈夫だから」

うぜえうぜえうぜえうぜえうぜえうぜえ
人の気も知らねえで。お前のそれも願掛けもあいつらや和己のお節介も全部善意の振りした所詮偽善だ。ただのお前らの自己満足だ。

「ただの友達として俺はお前を許してやりたい。だからもう、お前も自分のこと許してやれよ」

滝井がいつか、コーチに誘ってきた日のようなまっすぐな目で俺を見る。俺はこの目が嫌いだ。ずっと嫌いだった。こうすれば俺がいうこと聞くと思ってやがる。何回も言わせんな、いい加減にしろ。

俺は間違っちゃいない、負けたらなんの意味もない。これは世の中の真理だ。後悔なんかしてやるもんか。

「言っただろ、お涙頂戴青春ごっこなら他所でやれよ」

元はと言えばこいつの勝手から始まったんだ、死んでも謝んねえ。死んでも礼なんか言わねえ。言う必要がない。俺は何も言ってねえのにお見通しとばかりにわかった気になってるこいつが心底ムカつく。俺の腹ん底なんざ、お前には一生かかったって理解出来やしねーよ。

お前が俺を野球に縛りつけたあの日から、ずっと気に食わなかった。こいつの何もかも巻き込んじまう強引さも、努力は報われるとかいう幻想を信じてるその純粋さも、底抜けの明るさも。お前の全てが気に食わねえ。
こんなありきたりな一言で俺を救った気になってやがんのも気にくわねえ。

気に食わねえのに、腹が立つのにこんな安い言葉で少しだけ救われた気になってる俺自身も、同じくらい気に食わねえ。

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