目を開いても見えないもの

ご丁寧に俺の授業が終わるまで待っていた滝井から「ちょっといいか」と声をかけられた。その表情は堅い。コーチやってた頃は嫌でも毎日のように顔を合わせてたくせに、その顔をまともに見たのが随分昔のことのような気がする。

思わず溜息が出そうになるのを堪えて滝井に続いて適当な空き教室に入った。誰もいない教室の沈黙が重い。もういい、面倒だ、何もかも。

「誠から聞いた。お前がしたこと」

滝井が俺に向き直って口を開く。面倒なことになった。本当にあの日の俺はどうかしてた。直正に言ったらこうなることは分かってたのに。ああ、馬鹿なことをした。

「んだよ、勝たなきゃ何も意味ねえだろ」
「勝ちゃいいってわけじゃねえだろ。ふざけんなよ!お前自分が何やったかわかってんのか」
「うるせえな、お前に何がわかんだよ」

滝井が怪訝そうな顔で俺を睨む。睨まれたって俺は変わらない。あんなことがあったのに、自分はもうボールすら投げらんないのに、母校の監督しようなんて思えるくらい高校野球に明るい思い出しかないお前とは違うんだよ。そんなやつに、お前なんかに理解されてたまるか。

「お前自分が肩ぶっ壊した試合覚えてるよな。あの試合でお前何を得たよ?あんなにそれこそぶっ壊われるまで投げたのに結局勝てなかった。何にも残んなかったじゃねーか」

「高3の時だってそうだ、負けたら何も意味なんてない。努力したって精一杯やったって圧倒的実力差があったって、負けるときは負ける。勝てなきゃなんの意味もない。全部無駄だ。お前だってわかってんだろ」

「わかんねーよ!お前本気で、野球やってきた時間全部無駄だったって思ってんのかよ」

逆に聞くけどお前一回もそう思ったことねえのかよ。肩ぶっ壊したとき、もう野球できなくなったとき、何回だって頭よぎっただろ。

一度負けたら二度と帰ってこないんだぞ。何か一つ間違えただけで、アクシデントがあっただけで夏が終わる。残るのはただの絶望だ。どんなに悔やんだって何を差し出したって戻ってこない。そんなの普通耐えらんないだろ。なんで平気な顔してられんだよ。

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