めそめそするには明るい月だ

「誠、話したいことがある。元野球部集めてほしい。出来れば全員」

直正と呂佳さんがちょっと揉めてから少し経った頃、直正に言われた俺は元野球部を集めた。いきなり全員は無理だからひとまずレギュラーで来れそうなやつだけに声をかけて。
授業終わり、いつもの食堂の一番端のテーブルに集まったのはヤノジュン、公、匠、善斗、修平、直正そして俺。

「岳史のことなんだけど」

夕方の人気のない食堂の静寂を破って口を開いたのは直正だった。

「岳史がどうした?どこの大学行ったか分かったとか?」
「いや、違くてさ」

直正は呂佳さんとキヨから聞いたことをぽつりぽつりと話しはじめた。
去年の春、呂佳さんが岳史に言ったこと、自分の言う通り相手に怪我をさせることを厭わないプレーをする代わりに正捕手として監督に推したこと。強制されたわけでも脅されたわけでもなく、それを受け入れる選択をしたのは間違いなく岳史だということ。卒業式の日にキヨに美丞も野球も辞めると言い残して言ったこと。おそらく直正の知る全部。

「ざけんな…!絶対許せない。意味わかんねえよ。岳史のやつ相手とか、直正と修平の気持ち考えたことあんのかよ!」

しばらくの沈黙のあと、重い空気を切り裂いて最初に口を開いた匠が語気を強める。隣に座っていた直正が宥めるように「落ち着けよ」と声をかけている。

「…ヤノジュンは知ってた?」
「3回戦でわざと怪我させたのは気付いた。西浦との試合中、一応釘は刺した。けど呂佳さんが関わってたのは知らなかった」
「公は?」
「俺も同じ」

何気なく聞いたみただけだったのに、返ってきた言葉にショックを受けた。ヤノジュンも、公でさえ相手の負傷退場が故意だってことは気付いたんだ。そうか、

俺は主将だったのになんも気付けなかったよ

「だから岳史、グラウンドにも美丞にも来なかったのかな。野球、辛かっただろうな」

再び沈黙が流れた後、それを破って言葉を口にしたのが修平だったので驚いた。

正捕手が岳史になったあとライトにコンバートされた直正がレギュラーになった時、修平は文句ひとつ言わなかった。ポジションを奪う形になってしまった直正に「上手いやつが出るのが当然だしこれから練習して追い越してやっから。いちいち気にすんなよ」と声をかけていたことを今もよく覚えてる。

修平、きっとお前が一番ショックで誰よりも怒る権利があるのになんでそんなに岳史に寄り添って考えられんだよ。お前自分の3年間のこととか怒んなくていいのかよ。

いや、きっとそんな感情が一切ないわけがないんだ。それでも修平はそれを見せることは絶対にしない。そんなことしても何も解決しないから、誰のためにもならないから。そんな強い修平を見ていると逆にこっちの胸がえぐられるようで、痛い。

「どうするよ」
「とりあえず監督には言おう。ねーと思うけど後輩に同じこと言われてるやついたらまずいし。俺から話しとく」
「そうだな、頼む」

最後にそれだけを決めてとりあえずその日は解散した。夏だっていうのに外の空気は思っていた以上に冷たくて、まるでここだけ季節が一人歩きしてしまってるみたいだった。

「誠、お前キャプテンやれ」
「え、俺っすか?」
「正直しっかりしてて周り見えてんのも主将向いてんのも淳なんだけど。お前には他のやつらまとめることよりこのチームの中心として、実力とその明るさでチームを引っ張ってほしい。頼んだぞ」


新チームになった後、監督に言われたその日から主将らしくはなかったかもしれないけど、それでも自分なりにムードメーカーとして4番としてチームを引っ張ってきたつもりだった。

副主将になったヤノジュンはずっと、俺を立てようとしてくれてた。俺はそれにどこかで甘えてて、周りのことは任せて自分はのびのびと楽しく野球に打ち込んでた。それが監督の言う実力と明るさでチームを引っ張るということになると思ってた。

今更ながらひどい主将だと思う。もし仮に自分にも他人にも厳しく周りをよくみてるヤノジュンが主将だったら。もしかしたらこんなことには最初からならなかったかもしれなかった。正直、俺にだって思うことがないわけじゃない

けど俺は落ち込まない。振り返らない。それは俺の役目じゃない。
匠の怒りも修平の強さも、そして美丞と野球を辞めて償うと決めた岳史の覚悟も、全部受け止めることが。いつか岳史が帰ってきたときにいつもみたいに明るく迎えてやることが。何にも気付けなかった馬鹿な主将に出来る唯一の仕事だから。

だからどんなに時間が掛かったっていい。
お前がまたここに帰ってくる日をずっと待ってんぞ、岳史。

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