やさしくなれないひとたちの塔

あのままあそこにいるのが気まずくて、バイクを走らせた。風によれたロンTが靡いてる。やっぱ少し伸びてんな。ざけんなあの野郎。馬鹿力で引っ張りやがって。

「呂佳さん野球やんないんすか?もったいないっすよ」

この一言を聞くまで言うつもりなんかなかった。それこそ墓場まで持ってくつもりだった。言ったところで損するだけで俺になんの得もないし。
だからさっきは異常だった。普通じゃなかった。あんなの元チームメイトからも後輩からも、もう聞き飽きるくらい言われた。普段なら軽く流せるのになんであんなことをベラベラと喋っちまったのか。あれの何がそんなに地雷だったのか自分でもよくわからない。

「あんた俺らの、岳史の3年間をなんだと思ってんだ!」

直正の言葉が耳に残ってうざいうざいうざいうざい。耳障りだ。いい子ちゃんめ、甘いんだよ。そんなんだからお前を選ばなかったんだ。

俺は滝井に借りを返さなきゃいけなかったんだから。


中3の夏まで俺は捕手で、俺たちはバッテリーを組んでた。あいつが最後の試合で肩を壊すその時までは。

「最近さ、時々肩が痛むんだよな」

中3の春先、いつもの通り投球練習をしていた滝井がぼそりと漏らした言葉を今でもはっきり覚えている。

「成長痛じゃねえの?お前チビだし」
「はあ?デケーだけのお前に言われたくねーよ」
「はいはい、やばかったら病院いけよ」

膝も痛えというからあの時は本当に成長痛だと思った。実際俺も関節が痛くなることがしょっちゅうあったけど、医者に行ってもそう言われるばかりで実際少し経つと治っていたから。滝井も同じだろうと思った。マウンドで滝井が崩れるまで、本気でそう信じてた。

医者でも専門家じゃない俺に何ができたわけでもない。けど俺たちはバッテリーで友達で、誰よりも近くで野球してたのに。誰よりあいつを見てたはずなのに気付かなかった。

俺がもっとよく見てたら気にしてたら、変化に気付けたら滝井はそこまでぶっ壊れずに済んだかもしれなかった。なんであいつばっかり。ただ熱心に練習してた桐青に憧れて野球に打ち込むただの中学生だったのに。

中学最後の大会、滝井が自分の肩を犠牲にしてまで投げたその試合で俺たちは負けた。
なんなんだよ、こんなのあんまりじゃねえか。こんなことあってたまるか。滝井は野球も肩も何もかも失ったのに、それでもこの試合にかけたのに。何にも返ってこなかった。全部無駄だった。

「俺高校は美丞行くから」
「は?お前桐青行くんじゃねえのかよ」
「お前は行けよ、そして絶対野球やれよ。応援してっから」

引退後、滝井はそれだけ言い残してそれっきり部活に顔出さなかった。
滝井の肩がもうボールも投げらんないくらい酷い状態だと聞いたのはそれから随分経ってからだった。

 オレで終わりにしてください
 もう一生ボールに触りません
 オレに免じて、下のやつにはやらせないで

 なんだそれ、お前にそんな価値…

お前が野球辞めてそれで何になるよ。なんで俺がお前の願いを聞き届けてやんなきゃいけねえんだよ。お前ごときにそんな価値ねえよ

そう言ってやりたかった、言うつもりだったのに。あいつがいつかの滝井と同じ目をするからその先が出てこなかった。

いくら願ったって祈ったって、叶いやしないことだって。世の中叶わないことの方が多いって、本当はお前も分かってんだろ。祈るだけで願いが叶うに値する”価値”のある人間なんて存在しねーんだってことも。

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