普段あまり混み合うことのない日曜日の夕方の電車も、クリスマスイヴだけあって東京行きはどの車両も人でいっぱいだった。

それでも気分がいいのは街行く人の空気が、なんとなく浮き足立ってきらめいて見えるからなんだろうか。

何年も付き合ってるのに名前に「クリスマスどこ行きたい?」と聞いたのは実は今年が初めてだった。去年のクリスマスは練習があって、終わってから少し会うくらいしか出来なかった。

野球部を引退する前は土日だろうが冬休みだろうが、それこそクリスマスだろうが関係なく練習があるのが当たり前だった。自分の選んだことだから、俺は休みがないことを特に不満に思ったことはなかったけど、名前にはきっと、沢山寂しい思いをさせたと思う。「ごめん」と謝るたびに名前は「大丈夫だよ」としか言わなかったけれど、時間を取ってやれないことや休みの日もどこにも連れてってやれてないことを不満に思ったことだって、きっと数え切れないほどあるはずだ。

だから引退したあとは名前を目一杯甘やかしてやろうと心に決めていた。今まで行けなかったところややれなかったこと、全部叶えてやりたいと思った。ずっと俺のわがままに付き合わせてばかりだったから、今度は俺が彼女のわがままを叶えてやりたい。これくらいで今までの分がチャラになるとは思っちゃないけど。


電車を降りるとちらほらと雪が舞っていた。そこから少し歩いてイルミネーションを眺める名前の横顔にちらりと目をやると、嬉しそうな顔をしてるので、喜んでもらえてよかったと少しほっとする。

俺はどちらかというと夏の方が好きで、冬も寒さもあまり得意じゃない。でも名前が「ホワイトクリスマスだね」なんて嬉しそうに笑うから思わずつられて笑う。「ようはただの電球なんだ」イルミネーションを眺めるカップルを横目に匠が言っていたことを思い出した。たしかに言われてみたらそうなんだけど。でもこんな日くらいあいつの言う"ただの電球"を見て浮かれたっていいじゃねーか。


けどここにきたのはイルミネーションが目的じゃない。なんでもこの近くに美味しいケーキ屋があるらしく、そこに行ってみたいというのは彼女のリクエストだった。

きらびやかに輝く店の前で足を止めると「12月24・25日はご予約のみの販売とさせていただきます」の張り紙がしてあることに気付く。道理でクリスマスイヴの夜だってのにあまり混雑してないと思った。

「今日は予約しないと買えないんだな」
「じゃあ来年はちゃんと予約して来よう」

思わず口から出た言葉に対して名前の口から当たり前のように"来年"という言葉が返ってくることが嬉しくて、少しほっとした。

「あの、これよかったら」

今日は違う店で買って帰ろうとした時、後ろから声をかけられる。知り合いではない、大人の男の人だ。手にはこの店の予約券が握られている。

「え、でも…」
「俺にはもう必要ないからさ」

その人はそう言って戸惑う名前に券を渡す。きっと、この人にも彼女がいて本当は彼女と一緒に食べるはずだったんだろう。

「じゃあ、すみません。いただきます」
「ありがとうございます」

そう礼を言うと、その人は少し微笑んで歩き出した。"君たちはちゃんと幸せになるんだよ"なんとなくそう言われてるような気がした。

無事にケーキを買い終え、来た道をゆっくり戻る。店のケーキに満足げな笑みを浮かべる名前が可愛くて、その小さな手を引き寄せるように繋いだ。離れないように、見失ってしまわぬように。

ふと、ケーキ屋で券を譲ってくれたあの人の笑顔を思い出した。きっともう会えないだろうあの人の為に俺が出来ることなんて何もないけど、せめてあの人の分も幸せなろう、そう思った。
All that we seem
back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -