ペナントレースが終わり、ジャパンカップも早々に負けた俺たちは大阪やビクトリーよりも少し早くオフシーズンに入った。といっても公式戦がないだけでいつもどおり練習はあるし、年明けにはキャンプもあるから思いっきり羽根を伸ばすというわけには行かないけど。

クリスマスイヴで、しかも日曜日という恋人と過ごすにはこれ以上ないだろう今日、12月24日も練習はあった。そしてそのあとジャパンカップの準決勝をクラブハウスのテレビで見て、来年は絶対あそこに立ってやる、なんて思っていたら世良が「こんな日に一人でいたくない!メシ食いに行きましょうよ!」なんて言うので佐野と清川も誘ってメシを食う。クリスマスイヴに。男4人で。

去年の今頃は、名前と二人過ごしていたのにな。

店を出ると雪がうっすらと積もっていた。いつのまにか降り出してきたらしい。世良達と別れて駅までの道を歩いていると、イルミネーションの灯りや仲睦まじく歩くカップルが目に入って、酒を飲んでしまったことを少し後悔した。車だったらこんなの見なくて済んだのに。いいや、早く帰ろう。寒いし。

マフラーに顔を埋めながら家路を急いでいると、前からカップルが手を繋いで歩いてくる。高校生くらいだろうか。にこにこ屈託無く笑う可愛らしい彼女と、それをみて幸せそうに目を細める彼氏。他人の俺からみてもとても幸せそうな二人。俺とは大違いだよなあ。去年俺たちもこんなふうに見えたんだろうか。


「別れよう」

名前は唐突に、そしてはっきりとした声で俺にそう告げた。つい3週間前のことだ。

「…俺なんかした?」
「違う、そうじゃない。けど…」

深く息を吐いた名前がゆっくりと口を開く。

「…けど私、やっぱり結婚したいの。洋二くんのこと、もう待てない」

服の裾を握りしめて震える声を振り絞る名前を見て何も言えなかった。服の裾を掴むのは緊張してるときの彼女の癖だった。普段あまりはっきりものを言わない彼女がそこまでして下した決断を変えてはいけないような気がした。

名前との結婚を考えていなかった訳じゃない。もちろん結婚したいと思っていた。けど、俺は弱小クラブの選手で、しかもそのクラブでもレギュラーすら獲れてない。サッカー選手の選手寿命は短い。引退後のことも考えると、このまま結婚しても名前を幸せになんて出来ないと思った。でもレギュラーになったら、ETUがもっと強くなったら「結婚しよう」と言うつもりだった。

「でもあんまりゆっくりしてると私おばさんになっちゃうからね」

いつだか名前に言われたことが脳裏をよぎる。あんまりにも普段通りに、ふざけたような口調で言うのでその時はなんとも思わなかったけど、今思えば不器用な彼女なりのサインだったのかもしれない。

結局俺は自分に自信が持てないのを名前に押し付けてた。高校卒業してすぐ選手になって、それからずっとうだつの上がらない俺に付き合ってくれたのに、名前は時間も愛情も全部俺にくれたのに。きっと何も返せなかった。名前が一番欲しいものをあげられなかった。


ふとケーキ屋の前で足を止める。ここは美味しいと評判の人気店で、去年の今日ここのケーキを買おうとして、クリスマスは予約しないと買えないと言われ諦めて帰ったんだった。そういえば名前「来年は予約して買いにこようね」なんて言ってたっけ。
ポケットのなかにはここの店のケーキの予約券が入っている。お前がずっと一緒にいてくれるって、それが当たり前だと思ってて、喜ぶかな、なんて思って予約までして。ケーキがあったって名前がいないと意味ないのに。ほんとバカみたいだ。

「今日は予約しないと買えないんだな」
「じゃあ来年はちゃんと予約して来よう」

去年の俺たちと同じような会話が聞こえてきて思わず振り返る。するとそこにいたのはさっきみかけた高校生カップルだった。その様子が去年の自分たちと重なって思わず声をかける。

「あの、これよかったら」
「え、でも…」

「俺にはもう必要ないからさ」

戸惑う彼女の方にそう言って半ば強引に予約券を渡すと、横にいた彼氏と目があう。なかなかしっかりしてそうなかっこいい男の子だ。この二人ならきっと、俺たちのようにならず、ずっと2人で歩いていけるだろう。

「じゃあ、すみません。いただきます」
「ありがとうございます」

会釈をしてケーキ屋へと入っていく彼らを見送ってまた歩き始める。

なあ、名前。ちょっとしたサインに気付いていたら、俺がこんなに不甲斐ない男じゃなかったら今とは違う未来があったのかな。ずっとそばにいたのに何にも気付けてあげられなかった。一緒にいるときは気付かないくせに後になってから気付くことばかりでもう嫌になるよ。

今頃どこで何をしてるんだろう。俺の知らない誰かと幸せに過ごしてるんだろうか。そうなっていればいい。
本当はそばにいて欲しいけど、まだ好きだって気持ちは消えないけど。それでも、普段わがまま一つ言わず、いつもにこにこしてた彼女がもう二度と泣かなくて済むように。俺があげられなかった幸せを手にして笑っていられるように、そう祈ってる。
凍える永久
back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -