Novel - Vida | Kerry

ポラリス



"勝ったよ"

 磋磨大行田との試合後、たった一言彼女に送ったそれに返信が来ていることに気がついたのは合宿所でメシと風呂を済ませて部屋に戻る途中だった。

"おめでとう!応援いくね"

 俺たち野球部は毎年この夏大期間中、合宿所に泊まり込みになって最後の追い込みをかけている。だから満足に連絡もしてやれないし、1ヶ月近く会えないのにこうして当たり前のように応援してくれる彼女のその言葉に、目尻を下げて笑う姿が思い出されて思わず頬が緩む。

「それ彼女からだろ」
「そうだけど」
「やっぱな!すげーニヤけてんぞ、なあ岳史」
「え、ああ…そうだな」

 なんて返そうか考えながら部屋に向かい歩いてると、すれ違いざま誠たちにいじられた。「なんて言われたんだよ、見せろよ」とうるさい善斗と誠を「見せねーよ。いいから早く風呂行けよ」なんて適当にあしらってみせるけど、いじられるとやっぱり少し照れくさい。
 ふと誠の隣にいた岳史に目をやると一瞬気まずそうに困ったような笑みを浮かべてるあいつと目があってすぐに逸らされた。


「塁上で危険なプレーしたらお前を下ろすよう監督に言うぞ」

 今日の試合後、岳史にそう声をかけたのはある違和感からだった。3回戦、相手は磋磨大行田。6回裏2アウト1・2塁、打席には向こうの5番。匠がそいつに放った6球目だった。甘く入ったスライダーをライト前に運ばれた。
 俊足の1番が3塁を蹴ってホームへ突っ込んでくるのとほぼ同時に返ってきた直正からの返球。交錯した時、そいつの足にわざと体重をかけているようにみえた岳史のそれ。

 正直わざとだって確証があるわけじゃない。けど岳史のこういうプレーは初めてじゃない。2回目だ。もし本当に故意だったら。もしそうなら見て見ぬ振りは出来なかった。違っていればいい、俺の勘違いであってくれと祈るような思いで口にしたそれを聞いた岳史の表情がたちまち曇って口籠る。つい数時間前のことだ。


 打ちかけていた文字をすべて消して連絡先から彼女の名前を探す。
 次も頑張る、とか応援頼むとか、取り繕って返信しようと思えばいくらでも出来そうだけど。なんとなくそうはしたくなかった。

「もしもし」
「悪い寝てた?」
「ううん、起きてたよ。あ、試合おめでとう」
「ありがと。用はないんだけどちょっと声聞きたくなって」
「私もそう思ってたからうれしいな」

 彼女の穏やかな声を聞いてこうして話していると、その間だけはただの高校三年生としての自分に戻れる気がする。
 それが彼女が野球とは一切関係のないところにいるからなのか、普段から二人でいるときは野球のことをあまり話さないからなのかよく分からない。今日のこと相談するつもりも、話すつもりもない。
 けどこうして電話をしてみてようやく、自分が悩んで思いつめてたこと、弱ってたのかもしれないと気付かされた。

 最後の夏大中だぞ、副主将としていつも以上にしっかりしなきゃいけない。こんな姿あいつらには、特に後輩には見せたくない。見せらんない。たとえ自分がいくらきつくても、悩んでても。

「次も応援してるね」

 声が聞きたいだけだった。今日見たチームメイトのプレーのこと、こうして悩んでること彼女には言うつもりはない。口に出すことで彼女にまで苦しい思いをさせたくない。彼女に言ったところでどうにかなる物でもないし。

 本当はいつだって強く頼られる存在でありたい。チームメイトにとっても、彼女にとっても。弱いとこなんか見せたくない。見せるくらいなら自分だけで抱えていたい。別に誰に頼まれたわけじゃない。俺がそうありたいって勝手にそう思ってるだけ。

 自分で選んだくせに、好きでそうやってるくせに、たまにそれがどうしようもなくしんどくなる時もある。
 それでも彼女の声を聞くだけで、その言葉だけで気持ちが少し軽くなる。単純だけどきっとそれだけで救われてる。
 自分でも気づかないうちに無意識に彼女には甘えてんのかも知れない。彼女想いのフリをして、彼女も気にかける優しい彼氏のフリをして。彼女にも気付かれないようにさりげなく。

「次も勝つよ。ありがとう」

 通話を切って部屋へと向かいながら、初戦スタンドで応援してくれた彼女の姿を思い返す。
 むさ苦しい野郎だらけのスタンドで、その中から確かに聞こえる彼女の声援。普段大きな声を出すタイプじゃないのに精一杯応援してくれる彼女のことを、改めて愛おしいと思った。

 グラウンドや打席からその姿がはっきり見えなくても、声はどこにいたってはっきり分かる。悩んでも立ち止まっても、きっと彼女の声援が背中を押してくれる。だから俺はこうして前を向けるんだ。

200927 矢野くんはかっこいい男なので悩み事、つらいことがあっても彼女には言わないんだろうけど、彼女が隣にいて笑ってくれるだけで救われてると思うんです
Twitter企画 あきの里帰りに向けて書いたので、こっちで先行公開


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