女子高生を崇めよ
「そんな格好の女性が一人でいては危険です」
「はいい?」
“そんな格好”はどっちじゃこら。
あてもなく制服姿で自転車のカゴにスクバを入れて砂漠を歩くことしばらく。タイヤは砂に埋まりやすいしローファーの中にも砂が入ってイラつくの何のって。もう砂なんか見たくない。最近買い直したばかりの約2000円のママチャリを何度捨ててやろうかと悩んだことか。ずーっと歩き続けて遠くに森らしき緑の地平線が見え始めたあたりで荷馬車?に乗った人たちが後ろから走ってきて止まった。そして一言、人の制服を見てそんな格好扱いだ。そういうあなたこそなんですかその格好。コスプレ? ハロウィンはもう終わりましたよ。その言葉を初対面で吐けるような気概はない。
真っ白い軍服みたいな制服に羽のついた帽子。ヨーロッパのどっかのお城を護ってそうな格好だ。顔がアジアってか日本人なだけ違和感が有るはずなのに着慣れてる風なのが意味分からん。ジロジロと荷台の他の人を見てみればいかにも西部劇に出てきそうな人が二人。明らか外国人。おい、本場の人までコスプレしてるってどういうことですか。そんなことを思いながら何故か強引に荷馬車に乗せられ、お尻を痛めること数時間。連れてこられた謎の砦の隅でまるで、テーマパークや映画で見たものよりも妙に生々しい光景に酔っていた。車酔いならぬ空気酔いだ。
「嬢ちゃんのその車輪ついてるやつはなんだ? どんな武器なんだ?」
「は?」
自転車を武器という人に初めて会った。
「自転車って乗り物ですよ。足で漕いで進むんです」
「へえ。俺らの知ってるやつとは違えな。やっぱ後の時代の人間か」
「あ、後の時代? はあ?」
ちょっと何言ってるのか分からないですね。
そっからまたしばらくして、手持ち無沙汰にスマホを弄りたい衝動を堪えては打ち勝ち堪えては打ち勝ちを繰り返して、とうとう私は負けてしまった。だってこれでもケータイ依存症の現代人だ。毎日お気入りのサイトさん巡りをしないと気が気じゃない。電源を入れてまず開くのは水色の鳥さんアイコン。次に緑のアイコン。どっちも見れなかった。うん、知ってた。ここあきらか圏外っぽいもん。ダメ元で次にネットの検索画面を開く。そんで検索。内容は異世界トリップ。いや、このパターンって夢小説でよくあるソレっぽいなあと思って。そしたらトリップもの読みたくなってさ。決してトリップ願望がある訳じゃいよ? それは中学で病気とともに卒業したからね? とかなんとか誰に向かってだか分からない言い訳がたらたら流れ始めるくらいに検索時間が長い。一分くらい待って画面が一変。ずらりと並んだ検索結果が表示される。うん、知って……はあ?!
どうやらネットだけ繋がるらしい。Wi-Fiでも飛んでんのか。
とりあえずめぼしいサイトさんを巡った後、改めて「異世界トリップ 帰り方」と検索したら最終的に某チャンネルのオカ板の有名な駅のスレを見ることになりいい暇つぶしができました。ダメじゃん。
「ワイルドバンチ強盗団には明日はねえ。タバコくらい好きに吸いてえもんだ」
妙に騒がしい兵士さんたちを眺めながらタバコ吸いてえ談義をしてる二人をさらに眺める私。なんだその物騒な団体。どんな犯罪組織だよ。"僕たち実はテロリストでしたーてへぺろりんこー"なんて言われた日には失神するぞ。なんとなく、ネットの検索欄にワイルドバンチ強盗団と打って検索をかけてみる。お得意のウィキ先生を開いて見てみれば、合ってんのか間違ってるのか分からない情報がズラズラと書いてあった。あ、実名晒されてる。ネット社会って怖いな。
「えーと、ブッチ・キャシディ? エルジーって、LGってこと? サンダス・キッド……キッドってのは聞き覚えがあるとして、ザ・トール・テキサンって?」
「なんで嬢ちゃんが俺たちの名前知ってんだよ」
「え、は、はい?」
ゴリゴリとコメカミに硬いものを押し付けられる感覚。そろりと目を向ければ黒い塊がギリギリ視認できる。瞬間、ドッと冷や汗が大量に流れ始めた。私何かいけないこと垂れ流してました? もしかしなくてもそれは銃口ですか?引き金引いたら鉛玉が飛んでくる危ない武器ですか?
「しし知らないです書いてあっただけですぅ!」
「書いてあっただあ?そのうっすい板にかあ?」
「なんだい、それ」
「え、えー……調べようと思えばそれなりの情報が集まる不思議道具?」
必ずしも正しいとは限らないのが惜しいところ。
そんな一悶着の間、周りはさらに騒がしくなってさらにいろんな人が乗り込んで来る。片目を布で覆ったおじいちゃんと金髪のおっさん。さっきの日本人と、同じ格好の知らない眼鏡の人。わけがわからないまま、日本人の『脱出!!』という声と共に馬車が猛スピードで駆け出した。
「あばばば」
「おっと」
よくよく見れば辺りは火の海で、荷馬車の後ろには明らかに人間じゃない生き物がこちらを追いかけている。それに向かってさっきの二人組が銃やらガトリングやらをいきなりぶっ放した。もちろんびっくりした。けどそれ以上に怖かった。後ろから際限なく聞こえる悲鳴まじりの断末魔がめちゃくちゃ耳に痛い。
ここ、本当にどこよ。
人にも着ぐるみにも見えない化物。火を吐きながら飛び回るドラゴン。喜々として兵器を扱う外国人。それを冷静に見守る人たち。荷馬車の勢いと恐怖でよろめいた身体を、近くにいた日本人が抱きとめてくれた。その人は決して後ろの化け物から目を離さなかったけど、落ち着くように背中を何回も叩いてくれたけれど。その腕すら信用していいものだか分からない。
悲鳴と笑い声と車輪と破壊の音。それに混じって低いプロペラの音が聞こえた時はとうとう馬鹿になってしまったのかと両手で強く耳を抑えた。もう嫌だ。足は荷台の木で擦れるしお尻はまだジンジンするし、ローファーが傷だらけだし銃突きつけられたし知らない人に抱きしめられてるし。頭がおかしくなりそう。帰りたい。勉強でもバイトでも家事手伝いでもなんでも積極的になるから、早くお家に帰りたい。
とうとう鼻の奥がツーンとしてきたところで、頭の上から聞こえた言葉に私は勢いよく顔を上げた。
「
漂流者だ!!」
「え、バカ殿?」
シリアスは長く続かない。
***以下300000hitの「女子高生の受難」
ひとしきりシクシク泣いていても状況は変わらず、尻の痛さはまだまだ消えてくれそうにない。日本人がその人しかいないとはいえ、知らない男の人に抱き付いて思う存分甘えてしまった恥ずかしさもある。気が付いたら砂漠で、ハロウィンのコスプレ軍団に拉致られて、外人のお兄さんに銃で脅されて、突然リアル妖怪大戦争が始まって、コスプレ日本人に抱きしめられながら荷馬車で逃亡。これでぜーんぶ夢でしたーとなってくれたら丸く収まるのに。
「うっうっ」
「おい、しっかりしろ」
無理無理無理無理むりむりむりむりむり。
ヤバいくらいに汗まみれの涙濡れになりながら前に担任が言っていたことを思い出した。この世で最も不条理なものの一つは下痢だって。絶対あの水だ。何の布だか皮だかしらないきったない水筒もどきから飲んだ水。徹底的の消毒殺菌された塩素臭い水道水が体内60%を占める現代っ子には異世界産生水は毒物でしかなかった。むり。脂汗がヤバい。女の顔してない。こちとら花の女子高生なのに、きっと墓から出たてのゾンビみたいな顔してる。絶対鏡見たくない。無理。ツラい。死ぬ。
これで薬があれば楽なんだけど、こんな時代の薬にどんな副作用があるか分からない。知ってるぞー昔は頭ラリって痛みが分かんなくなるから麻薬使ってたことあるんでしょー。やだやだ薬中女子高生とか笑えないどこの携帯小説よ中学で卒業したわンなもん。
何度目かの野営地を作ったあたりで私は眼鏡のお兄さんにお願いすることにした。
「せめて煮沸を……」
「シャフツ?」
「下痢止めとか贅沢言わないからぁ……煮沸消毒してぇ……」
「?????」
この眼鏡話が通じない。
猫背でお腹を庇いながら日本人のところに行く。フラフラしすぎてたき火の前に座っていた相手の膝にダイブしてたけど。みぞおちに膝入って危うく人間やめかけたけど。抱き起こしてもらいながら取りあえずお湯を沸かしてほしいとお願いした。
「消毒……生水怖い……私現代っ子……」
「どこかに頭ぶつけたかァ?」
「可哀想に」
「ボケはじじい一人で十分なんだが」
言いたい放題言いやがって。
睨むにも体力がいるって初めて知った。知りたくなかった。食事場からも水辺からも遠いところに逃げ込んで何度目かの悲鳴タイム。ご不浄。言いたかないけどピーピー。男だらけの中で恥ずかしいとか言ってられない。アイツらはもう男とかいう次元で見てない。恩人兼変人だ。そっちの方が頭おかしいんだ。無理。女子高生は貴重なんだぞ。人生で三年間しか名乗れないんだぞ。私自身の需要は隅っこに置いといて。
沸かしてもらったお湯が冷めるのを待ちながら前のめりで波を乗り切る。痛くない痛くない。もはや自己暗示の域だけど気にしない。病は気から、痛くない。
「湯を沸かして何になる。元はさっきの水と同じでしょう」
なに話しかけてくれとんじゃ。
一瞬ムッとしたけど、お湯を沸かしてもらったから無視はできない。
「同じじゃないですぅ、消毒したんですぅ」
「消毒?」
「ん、正確には殺菌? ばい菌を殺すっていうの?」
「ばいきん、とは?」
「えっ、それも知らないの?」
め、めんどくせええええ腹痛えええええ。
「あー、うーんっと、ようするに私が今お腹が痛い原因?」
「原因が究明されているのか?」
「とっくの昔に頭のいい人が発見してますよ、私はよく知らないけど」
あっ、これもググったら分かるかもしれない。なんか妙に食いついてくる日本人を放っておいてスマホを取り出す。『生水 腹痛 原因』っと。一分待機。ここのWi-Fi感度ニブくね?
「細菌で汚染……だいちょー菌にピロリ菌に、うげっ、寄生虫とかいるの!? キモッ! え、あの水どこの川から取ってきたんですか!?」
言って、顔を上げた瞬間に後悔した。
「その板は何だ。何が書いてある」
お兄さん瞳孔かっぴらいてまっせ。
苦し紛れに愛想笑いしてみても状況は変わらず、むしろ後ずさりしようとしたら手首をギュッと引っ張られた。イタッ、イタタタッ、今度はお腹じゃなくて手首が痛い!
「ちょ、痛い、痛いってッ!!」
「大師匠さま! 落ち着いてください!」
この日本人中身もやべえヤツだーッ!!
それ以降、私は日本人から距離を取っておじいちゃんの介護をするようになった。介護っつってもおじいちゃんのお話にうんうん頷くだけだけど。
「そいでなマゴーネ」
「おじいちゃん、ワタシ、孫ジャナイ」
「当たり前じゃバーカ」
「どっへぇー、話が通じないー」
うんうんうんうん。ところでおじいちゃん、私と話す時だけボケるのなんで? なんでおじいちゃんすぐボケてしまうん?
***
「ひょえっ」
ココで皆さん問題です。私は何に対して悲鳴を上げたでしょう。
一、じいちゃんズの片割れが落車して行方不明。
二、滑り込んだ先が修羅場。
三、ガトリングを喰らいまくった巨人が秒で土に還った。
うんうんどれもショッキングだね、日本の女子高生が滅多にご対面できないショッキングだね。じゃあ、正解は、
「あのー、大丈夫ですか?」
四、久々に見た日本人らしき女の子に感極まって抱き付いたら男の娘だった、でした〜。最近だれかに抱き付いてばっかだ〜あはは〜……はあ。
「すびばぜん、ほんど、ごべんなさい」
「僕は気にしてませんから、少し落ち着かれては」
「ふぁい」
抱き付いた体勢のままで固まってたら、逆に抱きしめられて背中をトントンしてくれた。ひぃ、優しい。優しさが申し訳ない。
昨日のあんず? バ○ズ? かなんかの修羅場に馬車ごと乱入して一晩。久しぶりに風よけの壁がある場所でスヤってから起きて初めて会ったのが彼だった。この外人ばかりな世界で久々の日本人、それも女の子に会えた感動で涙腺崩壊からの抱き付きタックルをかましてしまい、今に至る。はい経緯説明おわり。
俯いていた顔をチラっと上げてみる。私の目線より少しだけ上の位置に、サラサラ黒髪ロングが似合うリアル美少年が穏やかな顔でこっちを見ている。女の子だとしてもよくこんなご尊顔の持ち主に抱き付けたな自分。日本人なら誰でも良かったのか自分。いや、同行している日本人が怖くて頼れないってのもあるんだけど。そろそろ恥ずかしさがマッハを超えそう。
とりあえず離れたいような、でも離れるのはもったいないような。
「なんじゃいこの痴女は。出張身売り女か? にしてはちんちくりんすぎだろ」
垂れそうな鼻をすすりながらもだもだしている時、背後からめちゃくちゃ失礼なことを言われた。声からして多分オッサン。痴女? はあ? なにそれひどくない? 初対面の時のコスプレ日本人より酷い。この世界に来てから、少ないながらにあった女子高生のプライドがズタズタのボロぞうきんだ。まぢムリ。。リスカしょ。。……しねーわボケ。
「ちょっとノブー泣いてる女子おなごいじめないでくださいよー引くわー」
「本当のことじゃねーか。やーい、つるぺたのちんちくりん」
「ぅぅぅう、おにっざぁーん! オッサンがいじめるぅぅう!!」
「おお、可哀想に。よしよし」
「誰がオッサンじゃい」
「あでっ」
チョップした! このオッサン後ろからチョップしやがった!
思わず背後を振り返って、そして唖然。
「この第六天魔王様に向かって無礼ぞ。胸は期待できねえから尻揉ませろ」
「うわーノブサイテー」
「だいろく……?」
だいろくてん、なんだって?
「いかにも。我こそは天下の第六天魔王、織田信長であーる!」
フハハハハ! と笑うオッサン。ぐしゃぐしゃのロン毛に眼帯して、着物っぽいものを着た小汚い中年。お父さんより絶対年上だ。たぶん五十は行ってる。
そんないい年したオッサンが自分を織田信長だ、と。へ、へえ? ふーん???
「…………えぐいわー」
その年で中二病はヤバい。手遅れすぎてヤバい。
「あ?」
「織田信長って言ったら世界に誇れる日本の偉人でしょ。頭良い代わりにめっちゃ変人でお寺放火して回ったら最後は逆にお寺ごとファイアーされたアレ。オッサンが織田信長なら生きてるわけないじゃん」
なんでお寺ファイアーの人が世界に誇れるのかちょっとよく分からないけど。
いや、そもそも生きてる時代が違うし? 異世界にいるわけないし? アレ???
ってところで、そもそも私とあのコスプレ日本人以外に日本人とか初めて見たなあとか。なんで私こんなところに流れ着いたのかなあとか。考えることがたくさん出てくる。
オッサンと美少年が急に黙ったのにも気付かず、私は一人でうんうん唸っていた。ら、また知らない人が遠くから近付いてきた。着物の上にジャケットみたいなの着た全身真っ赤な男の人。なんかボロボロだけど、まだオッサンよりはまともに見えた。
その人が、男の人にしてはパッチリお目目をキョトンとさせた後、首をひねって心底分からないという風に私を見た。目線は、がっつり足。
「なんぞ痴女のような女子が増えとる」
お前もかコノヤロー。
本編をssから移動してリクエストのお話とまとめました。見易くしたい。
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