4/fin.



「子供は持ったことがなかったけど、多分彼女は僕にとってそういう枠組みの中にいたんだろうね」


本当はうさぎのように震えて怯えていた癖に、手を出せば指ごと食いちぎって行かれそうな意思を持った、そんな子だった。

穏やかに、寂しそうに。いつもとは違う種類の笑みを浮かべた白澤は耳飾りを弄りながら語りだした。彼が今彼女と呼ぶ人物は、もうここにはいない彼女しかいない。少なくとも桃太郎はそう思っていた。だから口を挟まず無言で手元の薬草をすり潰す。白澤は彼女が転生して、新しい人生を歩み始めることに賛成も反対もしなかった。それは少なくとも選択肢の無い理不尽さの中で存在し続けた彼女に対する優しさに違いはなかった。例えそれが傍から見ると長年の弟子を突き放す情の薄い師に見えたとしても。それに笑顔で頭を下げた彼女を見れば、二人の中でそのやりとりが完結したことは十二分に理解できた。だから口を挟む者など誰もいない。



「加々知さんっていつもここにいますよね」


上野動物園の一角。ハシビロコウの柵の前でふたりの男女が語らっていた。一人は日本人の平均身長を優に超える体格のいい男で、キャスケットに着物という組み合わせが妙に似合っている。もうひとりは平均的な身長の、どこにでもいるような普通の女の子で、制服姿で平日の動物園にいるせいか少しだけ浮いている。その点男も浮いているには変わらないが。


「そういうあなたは学校はどうしたんですか。もうすぐ受験でしょう」
「この時期は自由登校なので大丈夫です。それに、私は大学には行かないので」
「だからって平日の昼間に学生が動物園にいるのは目立ちます」
「目立っているのは私だけじゃないですよう」


くすくすと少女らしい笑みを浮かべて柵にもたれかかる彼女を、鬼灯はじっと見つめていた。彼女と知り合って長くなるが、それでもすぐそばで綺麗な笑みを浮かべる彼女に未だ慣れない。もしかしたら彼女がこの生を全うするまで慣れないかもしれない。自分の手の届かないところで微笑んでいる印象が強すぎて、彼の感覚は少しだけ麻痺していた。

転生した彼女は天涯孤独の身だった。

生まれた時から両親はおらず、国営の孤児院の前に捨てられた哀れな子。健やかな成長をしようとその弊害は歪みとなって彼女の心に巣食っている。それでも彼女はちゃんと一人の人間として生きていた。たとえ寂しい身空だとしても彼女を助けようとする人はいたし、彼女を傷付けようと考える人はいない。幸せだと、実感できる瞬間はいくつもあった。その度に歪な彼女の心はとても満たされる。ぼんやりとした顔に、ちゃんと笑みという形で浮かび上がる。

だから、心配はいらない。


「ハシビロコウって、あんまり可愛くないじゃないですか」
「いえ、私は嫌いじゃないですよ」
「あはは、それは加々知さんだけですよ、普通は可愛いって思いませんって」


一心にハシビロコウの姿を見つめる彼女に言えた義理ではない。そういう感想を持つ鬼灯にも気づかず、彼女は笑う。


「けどなんでかなあ。見に来ちゃうんですよ、なんとなく。うさぎも定期的に見て触りたくなるんですけど、ハシビロコウは流石に触れないじゃないですか。残念なことに」
「触りたいんですか?」
「ええ、触りたいというか、抱きしめないといけない気がするんです」


どうしてでしょうね。心底不思議がっている彼女の横顔を眺めながら、中途半端に宙を浮いている手を元の位置に戻すのが大変だった。彼女の監察は高校を卒業するまで。そしてそれ以降は、完全にあの世からの接触を解く。彼女のために作られた人間の体がちゃんと現世に馴染んだか見守って、鬼灯は彼女の視界から消える。忘れられなければならない。そうしなければ地獄が現世の生きた人間に過干渉したことになってしまう。隣にいるはずの二人の間には目に見えない亀裂が奈落の底まで続いているのだ。


「そろそろ私は帰りますね」
「あれ、いつもより早いですね。まだ日も暮れてないのに」
「ええ、今日は大事な用がありまして」
「もしかして恋人ですか? そうなんですか?」
「若い子はいつもそうやって色恋に……」


鬼(ヒト)の気も知らないで。そんな失言を漏らしてしまうほど鬼灯は若くない。冗談だと両手を上げて言い訳する彼女は、鬼灯が怒っているとでも思ったのだろうか。憮然とした顔のまま、それでも嫌な気分ではなく二人は別れる。また、ともさようなら、とも挨拶をしないのがいつもどおりで、それが最後の別れにはちょうど良かった。どうせ、一週間や一ヶ月後が六十年後になるだけだ。何千年もの月日を“生きた”彼女にはどうってことない月日だろう。

そう自分に言い聞かせた鬼灯だったが、その瞬間は思ったよりすぐにやってきた。


「ごめんなさい、鬼灯さん」


白い死装束を纏った、現代ではまだ成人にも達していない若い女。見覚えのある笑みを困ったように浮かべ、閻魔大王の御前にも関わらずその横の鬼灯をしっかりと見上げている。その様子に珍しく何と反応していいのか分からなかった鬼灯は、決して悪くない。


「また18歳のままでした」



もう誰も悪くない。


神代にトリップした女の子が丁くんと擬似親子になってその後地獄で鬼灯様と年の差カッポーというネタが物凄く歪みました。こんなはずではなかった。気持ち的に鬼灯様はあとちょっとで恋愛感情で主人公が完全に親愛です。くっついてもくっつかなくてもいい。そして白澤さんと桃太郎くんの出番少なくて申し訳ない。

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