90G4ME



「君の一番になりたかった」


クレイ・フォーサイトはいつもの開いてるんだか閉じてるんだか分からない目で私を待ち構えていた。まるでこの箱舟だったガラクタに私がやって来るのを知っていたみたいだ。こういう時くらい申し訳なさそうに俯いていればいいのに。まっすぐに私を見る彼の服はボロボロ。左腕の義手はなくなってる。髪型なんて寝癖よりも酷い。まあ、彼の寝癖なんて見たこともないのだけれど。


「無理だと分かっていたさ。私は、君が憎むバーニッシュだ。惨めだったよ……それでも、と思わずにはいられなかった自分が」


長年付き合ってきて初めて聞く告白には、溜息すら出ない。


「あなたの一番にはしてくれないくせに、何を言っているの」


箱舟に恋人を乗せなかった男が、ポカンとしたアホヅラを晒した。



***



父親がバーニッシュとして覚醒し、自宅を丸々一棟燃やして自分も灰になったことで私は天涯孤独の身になった。

正直、父との仲は微妙だ。母が早くに亡くなり、ハウスキーパーのグラニーに育てられた私にとって、父は遺伝子が近いだけの他人でしかない。

けれど父がバーニッシュになったことで三つの内定は全部取り消し。ご近所さんからもバーニッシュの遺伝がどうたらこうたらと陰口を叩かれる。大学でだってなんだか空気が悪くて仕方ないので、遺伝子とは案外重要なファクターであるらしかった。

もしも父が存命だった場合、私は有無も言わさず適当な企業の平社員としてデスクワークに勤しんでいただろう。それが白紙になって趣味を仕事にできたのは、嫌な言い方をすれば父のおかげかもしれない。


「どうしたんだ。浮かない顔をして」


そして、好きな仕事で不自由ない暮らしをできているのは、この男のおかげだった。


「クレイ、あなたから声をかけるなんて珍しい」
「君はこちらから声をかけなければ喋らないじゃないか」
「だって、用もないのに声をかけられないわ」
「その理屈だと用がなければ君と話せないのか?」
「用がないの?」
「あるさ。もちろんあるとも」


本当か? 我ながら胡散臭いものを見る目をしていたと思う。

クレイ・フォーサイトと私は同じ大学の同期生だ。そして、身近な人間を亡くしたばかりの者同士だった。彼は研究室の教授を、私は父を亡くした。そうだ、そういえば彼はバーニッシュ学を専攻していた。バーニッシュとして覚醒する前の父について調査でもしたいのだろうか。

途端に鼻白んだような、安心したような、極端な感情が胸の内に降って湧く。

クレイは挫折を知らない優等生で、群衆の中心的な立ち位置によくいる人種だった。彼とはいくつか同じ講義を取ってディスカッションもしたが、遠目に見ていても分かる。あれは選民思想を育てるに足る素地を持った男だ。正しく優れた道を歩んできた人生は、それゆえの傲慢さも少なからず滲ませている。

そういえば先月、バーニッシュ火事で燃えた家から男の子を救出したとかで彼は左腕を失くしていた。あまりにも堂々と立つものだから、ひらひら揺れる左袖があまり目立たない。加えて、片腕なんて大きな代償を支払ったわりに、クレイの顔に悲壮さは微塵も見受けられなかった。

それが逆に恐ろしい。

今はまだ折り目正しく人当たりもいいただの学生だが、きっと何か……ほんの少しの挫折か瑕疵を得た瞬間にバケモノに変化しそうな、とても非現実的な不安を覚える。

協調性を育てようともしない私に言えた義理はないだろうけど。


「生憎、これから作品制作に戻るところなの。あなたほどじゃないけれど、私もコンクールまで忙しいし。じゃ、Bye」


ちなみにこの時期のクレイは瞬間凍結弾の特許を取る前で、私は絵でプロメポリス最優秀賞を取る前のこと。お互い無名のただの若者であった時分で。

若者の分かりやすい関心といえば、バーニッシュフレアのようにどうしようもない熱だ。

その場を去ろうとして、ヒラリと振った手を別の手が握ってきて。前方に歩き出していた体がビンッと引き戻される。「いっ」


「君の予定を聞きたい。できれば週末、土曜日。映画にでも行かないか」
「今見たい映画はないの。たくさんいるお友達をお誘いになったらいかが?」
「君がいいんだ」


引っ張られた腕の痛みでキッと相手を睨みつける。が、上背のせいでいつも遠くにある顔が、かなり至近距離まで寄せられてギョッとした。

クレイはいつも開いてるんだか閉じてるんだか分からない目をしている。でもこの時の私は、なんだか今までにないほどじっくり見られていることを肌で感じていた。


「君じゃなければ、駄目なんだ」


まるで口説かれているみたいだ、なんて。そんなまさかの展開を、この時の私はある意味予期していたのかもしれない。

何故、クレイと私が付き合うことになったのか。

端的に言うと、ハメられた。


「おはよう。体の調子はどうだ?」
「はぁ?」


既成事実とかいう、最低な囲い込み漁だ。

上から顔を覗き込んでくる男は、どこをどう見たってクレイ・フォーサイトで、既に服を着て顔を洗い、髪も整えていた。対して私は全裸で毛布に包まって天井を見上げている状態で。この時ばかりは情けなく悲鳴を上げるしかできなかった。


「ちゃんと同意は取ったはずなのだが、そんなにショックか」
「どう、どっ、はぁっ!?」


途端に思い出す、めくるめく昨夜の記憶。

映画に誘われて、断ったらせめて食事をと食い下がられ、さっさと食べて帰るつもりが意外と強いアルコールに当たってしまい、ふわっふわのままクレイにもたれ掛かって、そのままホテルにチェックイン……うわ、うっわぁ。


「あなた、よく遊びで処女引っかけようと思ったね。そういう趣味?」
「心外だな」


ゴツゴツした手がするりと私の手の甲を滑って、すっぽり包み込んだかと思えば流れるように薄い唇に引き寄せられる。わざと立てられたリップ音にどっちともつかない鳥肌が立った。


「君じゃなければ駄目だと、伝えたはずだ」


あのクレイ・フォーサイトに口説かれている。


「理由は」
「君がタイプだから」
「目的は」
「手厳しいな」


肩を竦める動作が明らかにわざとらしい。ジト目で見上げると、すぐさま降参と言わんばかりに右手が上がった。


「君がタイプなのは本当だ。自分が一番大事で、恋人に依存しなさそうなところが特に」
「ふぅん……虫除け?」
「とことん捻くれている。まあ、正解だ」


爽やかな笑みが少しだけ真顔に近付く。


「私はこれから研究成果の実用化に向けた最終段階に入る。この重要な時期に色恋に巻き込まれたくはない。何より、実用化が成功し、いずれ特許を取得した際にはこの手の輩はさらに増えるだろう。つけ込まれる前に塞いでおくのも手だ」


この男は私と同類ではないが、意外と同じ穴の住人ではあるのかもしれない。


「君の方にもメリットはある」
「例えば」
「社会的地位の向上だよ」


この時、私は。クレイ・フォーサイトの薄目から今まで想像の域を出なかったバケモノの片鱗を幻視した。赤い、炎のようなバケモノを。


「父親がバーニッシュに覚醒したとは。なんて複雑な立場だろうな」


それだけで、言いたいことをだいたい察してしまった。

クレイの研究はバーニッシュを専門としたものだ。それはバーニッシュの突然変異のメカニズムの解明はもちろん、バーニッシュの鎮圧のために使われる武器の開発も入っている。

バーニッシュに覚醒した人間の娘。バーニッシュ発現の遺伝子を持っているかもしれないと白い目で見られる私。恐らくは世界で一番バーニッシュのことを知っている男の隣にいれば、もしもの時にすぐ対処できるのでは、という安心感を周囲が得る。クレイが恋人として容認しているなら大丈夫だ、という無責任な信頼感が私にも乗っかる。

なるほど悪魔の契約か。納得と共に軽く頷いた。

ちゅっ、と。再び可愛らしいリップ音。さっきと違うのは唇の上に降ってきたことだけ。温度のないソレは、問いかけだ。いかがいたしましょうか、と殊勝に尋ねている体裁を整えた、慇懃無礼な契約書への拇印に過ぎない。

一度離れた唇へ、今度は私の方からクレイの頭を抱えて唇を押し付ける。じゅぅ、と。可愛げの欠片もない深い交わりに甘さは全くなかった。

コーヒーの苦い味。脳の奥が痺れたのは、きっとカフェインのせいだ。



***



意外にもクレイと私の付き合いは順調に続いた。

初見の印象どおり、私たちは同種ではない。別の生き物同士であるからこそ、凹凸のようにぴったりと噛みあったと言うべきか。ちなみに消極的な私が凹で積極的なクレイが凸だ。……決してシモい話ではない。いや、ちゃんと夜の付き合いもあるのだけれど。

クレイの予想通り。特許を取得して自身が代表を務める会社を立ち上げてからというもの、彼にすり寄る異性は急激に増えた。故に、私と言う虫除けもそこそこの効果を発揮したらしい。見知らぬ女性に睨まれる回数もかなり増えたから。

そして予想外だったのは、私もまたクレイという恋人を虫除けとして有効活用できる身分になってしまったことだ。

付き合い始めておよそ二月後。私はプロメポリス芸術コンクールで最優秀賞を獲った。それにより一応は将来有望の若手芸術家としての道が大きく開けてくる。二十代の女性が獲るのは初めてということで、マスコミはかなり大袈裟に私を誉めそやしていた。向けられる人の目も以前と比べ物にならないほどで、今まで通りの雑な態度は社会的に命取りであった。

つまり、私は協調性を身につけなければいけなくなり、慣れないおべっかを繰り返すうちに、どうやら変な輩も引っかけていたらしい。

そんな時の伝家の宝刀、クレイ・フォーサイトだ。若くて地位も名誉も金もある恋人とは使い勝手のいい盾になるのだと、遅まきながら実感した。


「なんだ、またケチャップスパゲティか」


作業が一段落し、遅めのランチにしようとした時を狙ったかのようにクレイは襲来した。肩を落として持っていた出来立ての皿を押し付ける。大人しく麺を茹でるお湯を沸かしていると、ダイニングの席に着いたクレイの呟きが聞こえてきた。


「ナポリタンだと言っているでしょ」
「どこにナポリの要素が」
「感じるのよ、トマトから」
「それならミートボールでも感じられるだろう」
「文句があるなら食べなくていいよ私が食べる」
「さて、温かいうちにいただくとしよう」


白いスーツにソースが飛ばないよう、丁寧にフォークで巻いて食べるフォーサイト社代表取締役。小汚い作業部屋でかなり浮いている。

会社を率いるクレイはリーダーシップというものをいかんなく発揮している。大学時代のちょっと香った傲慢さを上手く消してクリーンな理想の上司像を作り演じているのだ。それが、私の元に来るとちょっと剥がれ落ちるのだから面白い。


「相変わらず大味なスパゲティだった」
「あら、ごめんあそばせ。自分で食べると思って適当に作ったもので、代表の肥えた舌には不釣り合いでしたね」
「今日は一段と機嫌が悪いな。何かあったのか」
「何かって、まあ、」


落ち着いた怒りがぶり返して、思わずフライパンを握る手に力が入る。面倒がって切ってないソーセージ二本に火を通しケチャップを噴射。塩コショウとブイヨンで味付けして茹で上がった麺と絡める。さっさと盛った皿を手に、クレイの向いの席に乱暴に腰を下ろした。


「絵が盗まれそうになったの」
「ほう」
「この前しつこく言い寄ってきた男よ。恋人になれば作品も自分の物になるとでも思ったのかしらね。あームカつく」
「それは災難だったな」
「災難はそれだけじゃない」


すぅーと吸って、深く吐く。反射で怒鳴り散らしたくなった喉を、酸素が満遍なく行き渡った脳で無理やりに抑えつけた。


「持ち出した先で火事に巻き込まれて、男ごと絵が燃えたの」


カチッ。クレイのフォークが皿にぶつかる。


「被害は」
「一枚だけ。この前見せたでしょ」
「ああ……あのツートーンの無秩序なドット」
「あなた興味のない事には本当に失礼ね」
「見た者によって受け取り方が変わるのが芸術の醍醐味だろう?」
「これだから科学者は」


話は終わり、と言う代わりに悪態をついて食事に戻る。適当すぎる味付けのナポリタンは、手を抜いた分だけ微妙な味をしていた。まあ、腹が膨れれば別にいいし。

パリパリ音を立ててソーセージを齧る私。対して、何故かクレイは残り二口ほどのナポリタンではなく、まだ私の顔をジッと見つめていた。

この男はプライベートでは空気を読まない。


「その火事は、バーニッシュの仕業ではないのか」
「その話はやめて」


バーニッシュ。その名前が出ると耳を塞ぎたくなる。

クレイの瞬間凍結弾が実用化され、公的機関が資格制で使用できるようになってから、バーニッシュへの差別思想は極端に跳ね上がった気がする。今まで生きたまま燃やされる恐怖に晒されて来た人間が明確な反撃手段を手に入れたのだ。恐怖を感じた分だけ憎悪は大きく育ち、平和なプロメポリスの市街地でさえ弾圧の声は後を絶たない。

私はそんな彼らに辟易していた。バーニッシュ。バーニッシュ。バーニッシュ。恐怖や憎悪があるのは仕方ない。だが、不必要に口汚く罵る人間は自分自身の尊厳を貶めている。自覚のないストレス発散を私に向けないでほしい。父親以外に身近なバーニッシュを知らない私にとって、知らない人間の悪口を延々と聞かされるのは時間の無駄としか言いようがなかったから。

クレイがバーニッシュに対する差別的な話をしようとしたわけではないことは分かっていた。けれど、今までのうんざりとした記憶がとっさにバーニッシュの話題を避けようとしてしまう。この癖はしばらく治りそうにない。


「食事中に聞きたい話じゃないわ」
「すまない」


それが周囲にどんな印象を与えているのか。私は甘く見ていたのだ。



***



プロメポリスにおいて、ミセス・フォーサイトの名はかなりの知名度を持っている。

曰く、百年に一人の逸材。
曰く、芸術の申し子。
曰く、神の手。
曰く、才能のオンパレード。

曰く、クレイ・フォーサイト司政官のパートナー。

世界大炎上により生活水準は低下し、突然変異種の登場に怯える人々。芸術を楽しむゆとりなど無かった三十年前と違い、クレイ・フォーサイトが司政官として就任してからというもの、平和な都市国家の人々は鑑賞という精神的な余裕を得た。その一石となったのがミセス・フォーサイトである。

ミセスは実際にはフォーサイト姓ではない。司政官と法的婚姻関係にないからだ。けれど大学時代からの長い仲とのことで、マスコミは事実婚であるとニュースサイトでこぞって煽り立てた。ミセスとはそれで定着したニックネームであり、アーティストとしての活動名義のようなものだ。

そのミセスはあまり表舞台に出てこない。作品の表彰であったり、司政官のパートナーとしての役割を除いて。

画面越しに見たミセスは、線の細い人だった。そこそこ長身でありながら、司政官の鍛え抜かれた体躯と並ぶとそれこそ一輪の花のように弱々しく、そして不思議な雰囲気を持っていた。儚い、と言えばいいのか。真っ直ぐ伸びた黒髪を払う様ですら指が折れてしまわないか不安になる。あるいは、その細腰をサッと抱く司政官が、ほんの少し力を入れればペシャンコに潰れてしまいそうなほど。

前髪を上げて晒された知性の額。太めの眉やスッキリした眦。小作りな鼻とふんわりと色付いた唇。司政官と同い年だとは思えないほど、大人の面立ちから仄かな少女性を香らせていた。ふわりと柔らかく笑む口は、必要最低限の言葉しか聞かせてくれないから。遠くから眺める人々に余計に想像力というものを掻き立ててくる。

そんなミセスは、プロメポリスの要所要所に飾られた様々な作品を手掛けている。フォーサイト財団本部の玄関で出迎える巨大な水彩画、図書館のホールに飾られた花瓶、駅のステンドグラス、司政官の像すら彼女のデザインだ。もちろん美術館にだって彼女の作品は展示してある。

バーニングレスキューの詰所にある炎と氷の抽象画を見上げて。アイナはたまに夢想する。

七色の光を放つ神秘的な氷と、その下で蠢く黒い炎。美しさと醜さをマーブル状に混ぜ合わせた不思議な絵。

ミセス・フォーサイトは、本当はどんな人なんだろう。どんな気持ちで、この絵を描いたんだろう、と。


「うそつき」


夢想していたその人が、アイナの目の前に立っていた。

画面越しに見たミセスは、艶めく黒髪のミステリアスな大人の女性だった。

けれど、今のミセスは全くの別人だ。癖っ毛を引っ張って無理やり結んだような一本の三つ編み。化粧っ気のカケラもない顔にかけられた大きな黒縁眼鏡。華奢な体を隠すようなオーバーサイズの白衣は、いろんな色の絵の具が混じり合ってグロテスクなシミができていた。

何故、この地に落ちた箱舟の上で、今回のことと何の関係もない……それこそ、司政官の恋人でありながら選ばれた一万人の中に入っていなかった彼女が、この場にいるのか。アイナがエリスを拾いに行くほんの少し前に無理やりスカイミスに乗り込んでまで来たかったのか。

その答えが目の前で繰り広げられようとしていた。


「うそつき、うそつきッ! お前がバーニッシュと知っていたら恋人になんてならなかったッ! 絶対に付き合わなかったのに! よくも騙したな! このペテン師!」


ミセスは、司政官を詰るためにこんなところにまでやって来たんだ。

バーニッシュのくだりでガロとリオの顔が曇る。それも気にせずにミセスは罵った。極度のバーニッシュ嫌いという噂は本当だったらしい。バーニッシュのBを聞いただけで顔を顰めて立ち去るのだとか。現に今、儚い一輪の花のようだなんてお世辞にも言えないほど、大口を開けてミセスは喚き立てている。


「デカブツ! デスクワークで鍛えたニセ筋肉キン! 前髪幼児が描いた鶏冠! 私様何様クソ野郎! ドMかドSかハッキリしろ! あ、あほォ!」


……えーと?


「子供がいらないなら最初から言え! サラッとコーヒーにピル仕込みやがって! あれ開発したてのクソ高い新薬だろ! 副作用ほぼなくて気付かなかったわ! 避妊してるの気付くまであの性欲で種無しかよとか思ったじゃんかバーカバーカ!」
「たっ!?」


ガロが吹き出した。リオが目を丸めた。バーニングレスキューの面々も、エリスも、ヴァルカンですら何を聞いたのか分からず固まる。

司政官が心底疲れたように頭を抱えた。


「ここに来てまで言うことか」
「ここまで来た恋人に第一声が“アレ”だったヤツに言われたくない! 種無し! 穀潰し!」
「分かったから少し言葉を慎みたまえ。いつもの猫はどこに行った」
「うるせぇガロにパパって呼ばせるぞ」
「やめろッ想像しただけで虫唾が走るッ」


あ、想像はしたんだ。

いきなり名前を出されてテンパるガロ。
「たね? 何の話をしている」嘘でしょリオ。

そんな彼らの混乱を尻目に、アイナは我知らずゴクリと唾を飲み込んだ。

クレイ・フォーサイト司政官とミセス・フォーサイトの修羅場。人生で一度あるかないかの貴重な大人の痴話喧嘩を目の当たりにし、──謎の興奮を覚えた。


「不快なの? どうして?」


自分は、見てはいけないものを見ているのかもしれない、と。


「本当は、私に罵ってほしかったくせに?」


ずっと、ずぅーっと。

さっきまでの騒がしさが嘘のように静かになったミセスは。また誰も見たことのない顔をして、仁王立ちで司政官を見下ろしている。


「バーニッシュである自分を否定されたかったんでしょ?」


人が浮かべるにしては、とても。とても意地の悪い笑みだった。



「答えろよ。犯罪者」




タイトルの読みはcrazy for meです。サントラの904SITEをリスペクトしています。映画一回しか見に行けなかった人間が書いているので、細かいところは全部捏造しています。許されたい…許して…。

← back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -