一口にお菓子といってもピンからキリまでいろいろあるわけだけど、私の作るお菓子はどれもこれも金がかかってる。

まず肉の調達が正規のルートじゃない。人種によって微妙に味が違うというビックリな喰種の味覚を頼りに、日本人だけじゃこの複雑な味わいは出ないから海外の紛争地域からお家の力で密輸入してもらってスクラップしている。もちろん私が。伊達にヤンチャしてたわけじゃない。むしろお魚の方が捌けないっていう元人間としてはどうよって状態だ。閑話休題。調達してからは前世の記憶通りに味を調合したり調整したりして完璧にする。そして肝は見た目と食感だ。お菓子は見た目が美しくなきゃ意味がない。というか私が許さない。でもこれがまあ一番の難題だったわけさ。見た目ただのハンバーグのタネみたいなそれがチョコレートの味したら気持ち悪いじゃん? だからとりあえず遠心分離機とか高圧滅菌器とかいろいろ試してそんでもダメで最終的に分子工学とか生物構造学とか理科的なことまで学び出して果てには喰種でも美味しくいただける食用色素も作っちゃったりとエトセトラケセラセラ。パッと見真っ赤なチョコレートシェイクから見るも眩しい白いショートケーキを作れるレベルにまで進化しました。長い道のりだった。

順調に店を出して売上を上げて、店なんて出してるもの好きな奴らのところにいくつか卸したりして個人的にはそこそこハッピーうれピーって感じ。まあまだ大満足じゃないわけだけど。

スマホ片手に人間だらけの街を歩く。お気に入りの黒いAコート。黒いブラウスと黒いオーバースカート、黒いパンプスに黒いハイソックス。はい、全身黒ずくめですがなにか。髪が黒かったら完璧黒子だけど今の私は髪の毛真っ白だからいいもんね。便利便利。

真顔でカツカツヒールを鳴らして歩くこと少し。お目当てのパティスリーを見つけてテンションが上がった。ここら辺はお菓子屋さんの激戦区でレベルが高い。前世でお店を構えていたのも似たようなところだったから親近感が湧きまくりだ。

中はきゃぴきゃぴした女の子でたくさんだけど、私だってきゃぴきゃぴしてないだけの女の子だから余裕で入れるし。こんなの慣れっこだし。

意気揚々とお店に入ろうとして、手前のポスターを眺めている男が目に付いた。見てるポスターはその店のスペシャルメニュー。カップル限定の可愛らしい飾りつけが眩しいシャルロットだった。ああ、美味しそう。本能じゃなく理性がそう言っている。だってこの役立たずな舌は肉しか反応してくれないから。騒いでいるのは前世のお菓子好きだった私しかいない。カップル……カップル、ねえ……。


「あの、このあとお暇ですか?」
「え? ええ、そうですが」


特徴的な眉毛が怪訝そうに歪む。近づくほどに角度が苦しくなるほどの長身。生真面目そうというか実直そうというか。子供向けのお話なら勇者やら騎士にいそうな人だなあ。もっと言うと大人向けのダークファンタジーなら終盤で戦死するか仲間に裏切られて絶望しそうな顔。下手にイケメンだから余計に作り話に出てきそうだ。と、まあそんなことは置いといて。


「よっかったら、ご一緒しませんか?」


ナンパ、成功しましたー。


「んー!」


マズイ! 最悪!

という叫びを喉の奥に押し込んで、愛用のメモ帳にこと細かくメモしていく。食感とか、味とか。毒味のように人間の食べ物を食べてきたせいか、舌がこの不味さに慣れてしまっている。さらにこの不味さが人間だとどういう味に当たるのか思い出して頭が満足するまでになってしまった。完璧職業病ですわこれ。

メモしては食べメモしては食べ、たまに紅茶も飲んでこれ作れないもんかなと試行錯誤をしてみる。お向かいの巨漢が幸せそうに食べる顔なんか至極どうでもいい。


「……声をかけてくれて助かった。俺一人でここに入る勇気は、その、なくてだな」
「んー」
「……聞いてないな」


しばらく書くだけ書いて顔をあげるとジッと私を見つめるイケメンとご対面。なんだその顔こっち見んな。


「ずいぶんと熱心に書き込んでいたが、何を書いていたんだ?」
「個人的に趣味でお菓子を作っているもので。定期的にお店を回って感想を書くようにしているんです」
「なるほど、ならこの辺りにいればまた会えるということか?」
「え? あ、まあ、そうなります、ね」


それ以降そこいらのパティスリーに行くと大抵店先に大男が立っている呪いにかかりました。だれか解呪してください。



***



彼女のマスクは真っ白だった。後頭部から鼻の頭までを覆った一見陶器のような質感のマスク。ヘルメットと言っても過言ではない。上下黒のジャージと赤いフードで肌を隠した格好の中、唯一晒されるはずの口元は医療用の白いマスクで覆われていて見えない。闇の中から姿を現せば、まるで生首のように白い頭だけが宙を浮いて見えることだろう。

それが次の瞬間には赤く染まって落ちなくなるのだけれど。


「ナマエってマゾなの?」
「馬鹿にしてんのかコラ」


血で張り付いた医療用マスクのゴムをパチンパチンと伸ばしながら隙間から覗いた口がすかさず悪態をつく。それにまったく気にしてない様子で革製のマスクの男が言葉を続けた。


「だって、人間の食べ物食べても吐かないで消化してるんでしょ? 前よりも動きが鈍いよ」
「うっざ」


赤いフードの集団を蹴って殴って踏みつけて。たまにマスクを剥がして噛み付いて不味くてマスクをし直して。赫子を出すまでもなく確実に相手を沈めていく。


「ていうかなんでこんなデザインにしやがった! いちいち隠すのめんどいんだけど!」
「じゃあ隠さなければいいじゃん」
「しなきゃ顔バレるじゃねーか!!」
「昔は気にしてなかったのに」


軽口を叩きながら着実にアオギリの数を減らしていく。作戦も何もなく、無自覚にやすやすとコンビネーションを繰り広げる二人はもはや敵なしだった。他のメンツはそれぞれの役割をしに散らばっており、辺りには敵の死体しかない。適当に漁って毟り取った赫包を口に含んだナマエは、やはり想像していた味を感じて盛大に顔を歪めた。

やっぱり、彼女は変わってしまったんだとウタは思う。


「ナマエはさ、こうしていると昔と変わらないのに、お店にいるとぜんぜん違うよね」
「ああん? そりゃ、客商売は猫被ってなんぼだろ」
「そうじゃなくて、なんか……人間みたいな雰囲気、出すようになった」
「はん」


その嘲りは、今しがた蹴り飛ばした喰種の死体に対してか、それとも言葉を紡いだ男に対してか。なんとなく予想はついていたけれど、それを口に出して言うほどウタは自虐的ではない。


「無駄話はカネキくんを救出した後だろ。あんただけじゃなくてこっちにしても大事な客なんだからな」
「大事な客……」


果たして、彼女が他者に対して"大事な"という言葉を使ったことがあっただろうか。見通しの悪い廃墟の中、目にも止まらぬスピードで駆け抜ける。その途中、偶然鉢合わせた三日月の仮面に対して口汚く罵る彼女を眺めながら、ウタはそっと唇を釣り上げた。


「なんだかカネキくんに妬けちゃうな」


その顔はいったいどんな感情を表すものだったのか。マスクの下のそのまた下の、道化師の心は誰も覗けない。



***



時に人間とは喰種よりも恐ろしい所業をやってのける生き物である。

現代社会の国家権力、つまり警察が取り締まるべき悪。人間の犯罪者はCCGには当然の如く管轄外であり、世間的に知ってはいても詳細は一般人とそう変わらない知識量だ。そんな立ち位置であるはずなのに、とある事件だけはCCGと警察が手を組まなければいけないものだった。

裏社会の人間と喰種の相互関係。有り体に言えば裏取引である。

喰種には弱点らしい弱点がない。その皮膚は人間のそれとは比べ物にならない強度を誇り、手足は獣のように伸びやかで、歯は簡単に人間の命を噛み潰す。そんな生き物に立ち向かう手段は、同じ素材でない限り通用しない。喰種の赫子でしか喰種の生命を刈り取ることはできないのだ。そんな一見無敵に思える生き物も、ここ数年はCCGの働きによって個体数は年々減少傾向にある。食物連鎖のトップとは自然界のバランスからして少数であるべきなのだが、その僅かですら許す気のない人間たちの手によって着実に喰種は屠られてきた。

食われる立場の人間にとって不利な戦いだったはずが、捕食側の喰種にとっては生命を脅かす結果になったのだ。

だから喰種は新たな武器を欲した。人間の武器、クインケは羽赫を除けば接近戦でしか目覚ましい効果は望めない。例外である羽赫もスタミナの関係で長時間の使用は困難。ならば接近を拒む新たな武器があればいいのではないか。そうして必要とされた武器が銃だった。

密かに裏社会に潜り込んだ喰種は人脈を作り上げ、とある契約を交わす。組織にとって邪魔な人間の死体を処理する代わりに一定の軽火器を喰種に横流しにするという、互いの利害が一致した契約。これによりCCGのみならず警察までもを巻き込んだ大事件が起こった。

最終的に一匹の喰種によって台無しにされる、そんな事件が。


「ぶはっ、ウケる。なにこれ、薬漬けのオッサンってこんな癖のある味なんだ。何年物のチーズだよ」


長い捜査の末、CCGと警察が協力してようやく突き止めた関東最大の某暴力団系列の事務所は駆けつけた時にはすでに血の海だった。

甲高い悲鳴のような笑い声を撒き散らして千切れた腕から血を飲む喰種。全身黒尽くめで真っ赤な面を被った、女。目元から後頭部まで全てを覆うそれは一寸の隙もないのに、鼻下から顎にかけて大胆に晒されたそのデザインが血濡れの口元を禍々しく見せる。

一匹の血濡れた獣が、死体の山の真ん中で生命の残滓を啜っていた。


「チーズも酒に合うんだろーけど……血酒(ワイン)に合わせんなら、やっぱ美味しいステーキだよなァ?」


薄暗い部屋の中で赤い瞳は爛々と輝く。欲に溢れた獰猛さを隠しもしないで、ぶら下げられた獲物を前に恍惚と舌舐めずりをした。


「程よく運動していて、栄養も行き届いてる、サイッコーの肉がさァ!!!!」


その後、喰種捜査官8名と一般警察官22名が惨殺されたその現場には女の甲高い悲鳴が響いていたという。それが今から9年前。SSレート喰種『バンシー』が初めて確認され、世論に激しい影響を巻き起こした喰種の華々しくも凄惨な登場だった。


「それからだよ、バンシーの虐殺が始まったのは。どちらかと言うと虐殺というよりは返り討ちに近いんだろうけどね」

「返り討ち、ですか」

「ほら、その取引に関係してたのって関東で最大勢力を誇ってた暴力団だったわけだから。メンツとかそういうのがあったんだろうな。御礼参りに言った連中がことごとく死体で発見されてね、結局その組は壊滅状態になったんだ。亜門もそのニュースなら知っているだろう?」

「はい、アカデミーの方ではその話で持ちきりでしたが、まさかそういう実態だったとは」

「一応CCGでも情報操作してたんだけど、マスコミが嗅ぎつけちゃって大変だったらしい。それで当時の世論は真っ二つだよ。喰種とはいえ暴力団一個壊滅させちゃったらそりゃあ恨んでいた一部が祭り上げ始めてね。バンシーが静かになるまで喰種擁護派なんておかしな連中がCCG本部に押し寄せたもんさ」

「そのバンシーが……」

「ああ、もう五年も姿を表さないから死んだものと思ってたのにね」


そう言って篠原は報告書の束をデスクに置いた。SSレート喰種『バンシー』。血を被った死人のように白いマスクと耳を劈く悲鳴。自らが予告した死を自らの手で与える存在。『隻眼の梟』と対峙したことのある特等捜査官たちでさえ悪夢のようだったと言うその喰種が、先日のアオギリ掃討戦で確認されたのだ。バンシーはアオギリの配下なのか、それともまた別の何かなのか。そもそも別の喰種なのか。CCG内でその話題が尽きることはない。

考えなければならないことが増えてしまった仕事が終わり、亜門は凝り固まった肩と頭を持て余してとある人物を呼び出すことにした。


「へー、喰種捜査官のお仕事って大変そうですねー」
「これでも命懸けだからな」


フォークで切り分けられたモンブランを一口、口にした瞬間に考えすぎた頭に糖分が程よく染み渡る。

美味しいコーヒーとモンブランが有名なその店で亜門はとある女性と向き合っていた。真っ白い髪に真っ黒い服。非常識な頭の色に反して落ち着いたデザインのニットを着る彼女は無表情をほんの僅かに緩ませてコーヒーを口にした。亜門なら絶対に飲めないブラックコーヒーだ。同じ甘い物好きなはずの彼女はコーヒーに関しては全く好みが合わない。


「それで、なんで私を呼んだんですか」
「呼んではだめだったのか?」
「いえ、だってこれくらいの喫茶店なら亜門さんでも一人で入れるでしょうに」
「……一人で食べるのは、味気ないと思ってだな」
「……はあ」


浅い溜め息をつかれ、少しムッとした亜門だったが、確かに平日の夕方にいきなり呼びつけるのもどうかと自分でも思ったため口を噤む。彼とて何故彼女を呼んだのかはあまり分かっていない。ただ、彼女に声をかけられたあの日から一人で食べるお菓子が妙に美味しくないのだ。例え彼女を誘ったところで相手は手帳と睨めっこか無表情で食べながら気のない返事を返すだけなのに、だ。

気の抜けたような彼女。自分より少し下くらいの妙齢の女性相手とは思えないほどに気の置けない関係を作ってしまい、気がつけば連絡先まで交換してしまっていた。まるで自分が手の早い男なような気がして、亜門は自宅に帰ってから悶々としたものだ。

黙々と食べ進めてモンブランが残り少なくなった辺りで、既に食べ終わっていた彼女が亜門を茶化し始める。


「甘い物大好き亜門捜査官はお友達がいないんですねー」
「なっ、俺にだって飲みに行く友人くらいいるぞ!」
「同僚後輩先輩はなしでですよ?」
「うっ、それは……」
「うわあ、やっぱいないんだー。ぼっちぼっち」
「お、まえはなぁ……!」


無表情ながら肩を揺らして笑う器用な彼女に怒る気力も出てこない。まあ、こんな関係も悪くはないだろう。亜門はモンブランの最後の一口を甘いカフェオレで流し込む。その時間だけは彼にとって幸せなものだった。


砕けろ理性
反抗期に暴力団一個潰しちゃう系主人公。前回は営業verしか書けなかったので今回は通常verと戦闘verをばと思ったものの軽い消化不良。それにしても亜門さんの人生がハードモードすぎる(震え声)

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