蕩けよ本能



「チョコレートシェイクが飲みたい」


それが事の発端だった。


喰種と呼ばれる生物がいる。人と全く同じ見た目と中身なのに、人を食って生きる化け物。赫子と呼ばれる特殊な器官を持つこと以外は、だけれど。まあ、化け物って感じが増したくらいで特筆すべきではない。今のところ。

じゃあ何が問題って、そりゃあ私の珍妙な生い立ちってやつですよ。前世人間今生喰種って有り得ない経験を現在進行形なうな私ですよ。

ここで言っとくと、前世の私はパティシエだった。それなりに繁盛している店を持っていて、雑誌で何度か取り上げられて、さらに若くして賞とかも貰っちゃうような将来有望なパティシエさん。それがどうよ、いきなりサーッと死んでポーンと生まれ落ちたらお肉しか食べられない役立たずな体になってるんだから。共食いとかカニバとかそんなもん関係ないって太陽系の遥か彼方に投げ捨てる勢いで生まれてきたことを後悔したんですよ。

だってそうでしょ? せっかく腕によりをかけて作ったミルフィーユもショコラもモンブランもシューもパイもシャルロットもトルテもタルトもプディングもボンボンもワッフルもムースもパルフェグラッセもシュトルーデルもサバランも全部全部全部! クソまじぃ生ゴミ以下! あんなに時間と金と労力と両手と何より愛をつぎ込んだ私の作品が! 口に入った瞬間不幸にも朽ちていく! 悲劇! 絶望! 誰が耐えられようか!


私は私が持てる全ての力を駆使してスイーツを作って作って作りまくって、全て便器に流し込んでから諦めた。もうこの世界に希望なんてない。だったら好きなように振る舞って好きなように死んでやろうって。

そっから、いろいろあって。ちょっとやんちゃしまくったんだけど。まあそこは割愛ってことで、いろいろ悪さとかしたりしなかったりの毎日の中、ふと通りかかったファストフード店の広告を見て、そんで冒頭のセリフに行くわけです。

そうそう、私って大の甘党で、前世の好物は特にチョコレート、それもマ○クのチョコレートシェイクが大好きで、週一は必ず飲んでたくらいだった。それが目の前のすぐそこにあるのに飲めないってなんて拷問だろって、ポケットの中の百円玉ひしゃげるほど握り締めて思ったの。むしゃくしゃして白鳩どもに殺されてもいいからそこの店中の人間食ってからチョコレートシェイク浴びまくってやろうかってくらいね。あ、もう一度言うけどその頃は本当荒れてて頭おかしかっただけだから。今はちゃんと常識持って生きてるから。

で、どうやったって愛しのチョコレートシェイクが飲めないのかってしゃがみ込んだ時、ピーンと頭に来たわけ。



じゃあ私が作ればいいじゃんって。



何をって、チョコレートシェイク。喰種の味覚に合わせたチョコレートシェイク。今までは前世の記憶のまんまの材料で、ご丁寧に小麦粉とか砂糖とかフルーツとか人間の食べ物で作ってたけど、喰種の食べ物で作れば喰種でも食べれるスイーツができるんじゃないかって。あ、もちろん喰種の食べ物って人間ね。

そうと決めたらあとは簡単だった。頑張れば良いだけだもん。幸いなことにうちの家は裕福で、喰種の華族みたいなもんだったからみんな頭イカレてるし人間だって取り寄せ放題。私が人間で人間の食べ物作るって言っても反対するどころか好奇心まる出しで味見させてくれって頼んで来たくらいだ。持つべきものはやっぱ家族だね。

それでいろいろ試行錯誤の末、できたチョコレートシェイク。美味かった。感動だった。泣いた。しばらくは人間じゃなくてそればっか飲んで生活していたけど、一つができるともっと他の物もできるんじゃね? 人間じゃなくなっても欲望というものは際限がなかった。だって、私の作品たちが! 生きて! 舌の上で幸せを届けてくれるんだから!

こうして前世の作品たちを人肉で再現していくことしばらく、私は実家のお金で店を出し、美味しいスイーツを提供するようになった。今みたいに。


「Tres bien!! 素晴らしいっなんだこの甘み、生まれて初めて口にした! 素晴らしい、嗚呼、これがあのチョコレートの味だと言うのか!!」


当たり前じゃーん、とは言わないでおく。だって客だし。敬語使わないと。


「それはそれは、気に入っていただけたようでとても嬉しく存じます。ですが、それはあくまで紛い物、お客様が普段口にしていらっしゃる肉と変わりありませんわ」
「だとしたら尚更だ!君の手で、その面白みのないジャンクをこんな未知の味に作り変えてしまえるのだろう!??嗚呼! 嗚呼! 素晴らしい!」


あ、この客怖い。

血走った、通り越して赫眼出ちゃってる。ヨダレ出てる。鼻息荒い。体抱きしめてビクビクしてる。怖い、キモい。見た目がモデル並みだからこそ余計ヤバい。親戚にも似たような輩はいるけど、こいつは別格だな。笑顔の下でよっ、変態と称賛を贈っとく。


「いくらだい……」
「1450円になります」
「いや、君のことさ」


うわあ、最悪。


「お客様、まことに申し訳ありませんが、スイーツ以外をお求めになる場合、あなたはお客様ではなくなりますが、」


よろしいですか?

にっこり、営業スマイルを決めてやれば、たいていの客は黙る。今までにもお抱えシェフになれみたいな勧誘はあったから慣れっこだ。これあくまで趣味で、私のための店に他ならないんだから。


「なるほど、実力行使も喜んでってわけか」
「は?」


と、笑顔が外れた瞬間、お客様、基変態の肩甲骨辺りから紫色の獲物が姿を現す。甲赫。とても綺麗な色をしている。と、感想を並べている場合じゃない。何おっぱじめようとしてんだこの変態。


「君を倒して僕のものにする! 大丈夫! 少し、痛い思いをするだけだ!」


あ、思考回路まで変態でした。

そう嫌なほど理解した瞬間、頭の奥のなんかがブチッと千切れる音がした。堪忍袋の緒が切れるってヤツかな、多分。なんかこういう、自分の思い通りになんでもなるとか思ってるヤツ見るとさ、腹が立つっていうかプチッと潰したくなるっていうか。久々の感覚に制服の下の肌がざわざわ騒いで、ついにはそのブラウスもジャケットも引き裂いて私の赫子がご対面。



「っざけてんじゃねぇぞ変態ゴラァアアアア!!!!」



気が付いた時には転がってる変態と全壊した店だったから理性トばすのも自重しないとな。誰にでもなく舌を出した。反省反省。



***



ナマエという存在は謎に包まれている。それは彼女に限ったことではないかもしれないが、最近喰種の世界に入ったばかりのカネキには強くそう思えた。


ブリーチして染髪したと思われる真っ白い髪。それと反比例するように服は上から下まで真っ黒で、革靴は照明に反射してよく磨かれているのが分かる。

彼女はたまにあんていくに来てはコーヒーを飲み、トーカやヒナミと何やら楽しげに話して帰っていくのだ。楽しげ、といえど楽しそうなのはトーカとヒナミくらいで彼女は終始無表情なのだが、長い付き合いの者から見ると楽しい表情なのだとか。分からない。


「トーカちゃん、あの、ナマエさんって20区の喰種なの?」
「ナマエさん? いや、あの人は4区でお店やってるけど」
「へえ、何の店?」
「お菓子」
「え?!」


そう、なんとナマエは喰種の身でありながら洋菓子職人なのだとか。カネキが混乱するのも無理はない。何せ、彼は人間から喰種に変化した稀有な存在である。その味覚の変化もよく分かっていて、喰種が菓子など作れるわけがないことも簡単に想像がついた。

そんなカネキの反応が分かっていたのか、話を聞いていたマスターの芳村がトーカにカネキを連れていってはどうかと提案する。渋るトーカだが、ヒナミのお土産を買いに行くという名目を得て、仕方なく4区まで足を伸ばすことになった。


「いらっしゃいませ」
「こんにちは、ナマエさん」


4区の入り組んだ裏路地の古びたビル。その二階に存在するその店は、外装とは大きく異なる高級感溢れるバーのような内装だった。重厚感あるバーカウンターとキラキラと輝くスイーツたちが並ぶショーウィンドウ。そして席の一つに座る奇抜な姿。


「ウタさんも来てたんだ、こんにちは」
「うん、こんにちは」


カネキもトーカに続いて挨拶をしながら、その実ショーウィンドウの中に釘付けだった。フルーツ系のスイーツはないものの、そこには人間の店と変わらない品揃えのたくさんのお菓子たちが行儀良く並んでいたのだから。


「お客様、どのスイーツをご所望でしょうか」
「え、あ、今日はヒナミちゃんのお土産を、」
「いいって、あたしも食べにきたんだから、カネキも食いな」
「え、で、でも」
「このムース美味しいよ、カネキくん」


あれよあれよとカウンターに座らせられ、目の前にはガトーショコラとコーヒーのセット。トーカはレアチーズ、ウタはムースのおかわりをしていた。


「ご安心ください。ちゃんと人間でできてますから」


どこが安心できるのか。あんていくにいた時とはまるで正反対の営業スマイルのナマエ。普段見ている全身黒尽くめとは打って変わって全身白尽くめの制服のせいで今では頭から何から真っ白だ。曰く、食事でもっとも重要なことは食事に集中することで、周りが存在しすぎては食事が台無しになってしまう、という彼女の持論から来た格好らしい。ナマエの店の常連で友人だというウタがフォークを咥えながら教えてくれた。分かったような分からないような理論だ。

両隣りでパクパク食べている喰種二人に挟まれて、カネキは元人間としての倫理観と今の好奇心とのせめぎ合いの末、一欠片、口に放り込んだ。噛み締め、飲み込み、口に手をあてた。


「ちゃんと、ガトーショコラだ……」


感動、というよりは驚愕一色の感想だった。けれどナマエは、今まで見たこともない満面の笑みを浮かべ礼を言う。そんなにも嬉しいことなのだ、と。

カネキは息もつかないままガトーショコラを食べ続け、我に返ってから思った。


この人は、何故喰種なのに人間の味覚を知っているのか。


その疑問を口にする前に、条件反射でおかわりと叫んでしまったカネキにトーカが肘鉄を入れる。痛みにカウンターに蹲ったカネキの中では、ナマエに対する謎が深まるば かりだった。


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