ダフネとパンを焼けたなら



※サラッと原作最終話までとファンブのネタバレあります。
※キャラを食う勢いで無駄にチートしてます。


白い門の前に立っていた。

どこもかしこも真っ白で、目の前に聳えたつ門だけが分かりやすい輪郭を纏っている。その上にもまた輪郭のある誰かが座っていた。ロダンの考える人は本来は地獄の門の上部に彫られた彫刻の一部で、地獄に落ちた人間を上から観察しているポーズなのだという俗説が頭をよぎった。

ならばここは地獄で、自分は地獄に落ちた罪人か。


「そんなにたくさん抱え込んでは動けるものも動けまい。どれ、邪魔な物をもらってやろう。お前を生き返らせる対価にしては軽すぎるが、珍しい物を見せてくれた礼だ」


こうして前世からしぶとくこびりついた“自己顕示欲”がゴッソリと抜け落ち、ナマエはベビーベッドの上で目を覚ました。


自分には前世の記憶があり、ここは前世で読んでいた漫画の世界。

前世の自分は、この世界でチート無双をしたかった……らしい。

というのも現在のナマエはありあまる魔力が小さな体の中で暴れまわり、発熱がつらくてわけもなく泣きじゃくる赤ん坊だった。周囲の大人たちがハラハラと見守る構図が日常的で、医者らしき老人は毎回と言っていいほど首を振り匙を投げた。

未成熟な体に見合わない魔力を押し込めている。成長して丈夫な体になるまで治療のしようがない。

『たくさん抱え込む』の意味が分かった。

つまり、前世の自分はとんでもない魔法使いになりたくて神だか仏だか悪魔に力を強請ったが、それが原因で魔力暴走を起こし死んだらしい。しかしこの世界の神のようなものが面白がって送り返したのだと。

何をしてるんだ本当に。

持っていかれた“自己顕示欲”は魔力よりも大きな荷物であったのか。妙に冷静な思考が以前の自分から爆速で距離を置く。疲れていたのかなぁ、人生に。マッシュのグーパンは見ていてスカッとするもんね。

前世の自分は知らないが、欲のない赤ん坊のおつむは小さくてシンプルだ。とにかく熱をどうにかしたい。勝手に飛んでいく魔力を抑えたい。そして、できれば抱っこしてほしい。

自分が願った結果に延々と苦しめられた幼児期だった。

何度も高熱で死にかけ、何度も部屋を破壊し、瓦礫が上から降って来る事態に見舞われたが、死ぬことは一度もなかった。この世界の神がしばらく来るなと言っているようで、ゆめうつつになんだかなと黄昏たりして。

転機は三歳になりたてのある春のこと。いつもいる部屋に一人の男がやって来た。


「入局一年目のぺーぺーとはいえ仮にも神覚者に子守など嘆かわしいにもほどがあるだろう。オレだぞ? このライオ・グランツなんだぞ?」


なんかキラキラしてる。
イライラもしてる。

イライラしてる大人こわい。

「ふぇっ」ぐずった瞬間に飛んでいく魔力。
危なげなく光の魔法でシールドを張る最高傑作。
壁も家具も無傷のお部屋。

このためのライオ・グランツ。

さっきまでオロオロはわわしていた馴染みの世話係が親指を立てる。ライオ本人も思うことがあったのか、ガックシ肩を落として我が身を嘆いていた。

この時になって初めて、ようやく、今いる場所が魔法局にある一室であることを知った。


「こんな感じで生まれつきの膨大な魔力に振り回されて大変みたいなんです。体の生育速度は早熟なんですけど、三歳になっても泣くくらいしかリアクションがなくてですね。将来の神覚者候補として魔力コントロールは重要じゃないですか。ここは神覚者様に見てもらった方が良いかと」
「親はどうした? どこぞの貴族か旧家の子じゃないのか」
「街のパン屋の娘ですよ」
「平民出身か。突然変異にもほどがあるだろ」


なんかいろいろ情報が渋滞している。

私ってパン屋の娘だったの?


「ぱぁぱ?」
「誰がパパだ」
「しゃっ、シャベッタアアア!!」


パン屋って言いたかったのに。

赤子とは何歳から喋り出すのか分からなかったから喋らなかっただけで。というか喋る余裕もないほどずっと体がだるかっただけで。本来はもう喋っても良い年頃だったらしい。試しにいくつか言葉を発してみると、予想よりはだいぶ滑らかな単語が漏れ出た。周りは約一名のせいで阿鼻叫喚だが。

わずらわしさ満載で膝をついてこちらを観察してくるライオ。なんか漫画で見たことある人だなぁ。この時期髪下ろしてるんだなぁ。指をくわえてじろじろ観察していた子供の頭に、ぎこちない手が乗っかった。


「とりあえず初歩魔法から始めて徐々に魔力を消費させる方向で行こう。これじゃ日常生活も難しいだろ」
「なるほど。よろしくお願いしますパパさん」
「さっきまで神覚者様と崇めてたよな?」
「クッ! パパかママと最初に呼ばれるのは私だと思っていたのに……ッ!!」
「実力やモテ以外で嫉妬されるのは初めてだ……」


なでりなでり。首がちょっとだけグラグラ揺れるくらいの力加減で頭を撫でられ、ポカンと上向いていた目が僅かに潤む。


「ぱぁぱ、まんま」


この体の親は、迎えに来てはくれないのだろうな。

事実として受け止められる現実に、なんだか無性に虚しくなった。

それから魔力暴走常習幼児の生活は少しずつ変わっていった。新米ぺーぺーとはいえ魔法局でトップオブトップの地位に君臨する神覚者が週3で足繁く通ってくるから。……というのももちろんあったが、神覚者が動いたと報告を受けて初めて保護した赤子が幼児になるまで預かりっぱなしの現状を理解した上層部が動いた。

後の魔法局副局長、現在は魔法魔力管理局副局長のブレス・ミニスターである。

局長は基本的に神覚者が就くポストであるため、副局長は局員としては破格の出世頭だ。その上層の人間がわざわざ託児室(とは名ばかりの魔力耐久部屋)に足を向け、子供用の杖で知恵の輪を解きまくる幼児に愕然とした。


「早急に養子先を見つけるべきだろう」
「しかし、この魔力量ではまたいつ暴走するか……」
「貴族や旧家の子供の魔力暴走は珍しくはない。確かにこの規模は類を見ない才能だが……このままここに閉じ込めておくのは健全な成長を妨げる。この子のためにはならないだろう」


めっちゃいい人。

解いた知恵の輪を片手間に片付けながら何やら話し込む大人たち。二足歩行でとてとてと近寄ってマントの裾をくいっと引っ張る。


「じぃじ」
「じっ!? いや、まだ孫がいるような歳では……まあいいか」


いいんだ。


「ぱぱとままにあいたい」
「君のパパとママは遠くにいるんだよ」
「しんだの?」
「い、いや、生きているが、会うのは難しいかもしれないんだ」
「さいごにおわかれするだけ。かえりたいなんていわないよ」
「……君はずいぶん頭が良い子だね」


そりゃあ大人ですからね。

大きな手のひらがナマエの柔らかい髪の毛を撫で梳く。ライオと違って慣れた手つきで、そういえば子持ちだったっけと目を細める。中身がどれだけ大人でも体は根っからの子供なので、人肌がどうにも恋しい。頭なでなで、すき。懐っこい仔犬のようにぐいぐい頭を押し付けた結果、じぃじは週一で面会に来るようになった。忙しくないのか魔法局。お世話係は嫉妬でハンカチを破いた。

それから一ヶ月後。ピンクのリボンが可愛らしいプレゼントを持ってライオが訪ねてきた。もう慣れっこな近所のお兄ちゃんくらの距離感で接するようになっていたので、とてとてぽてっと足に抱き着く。「コラ、危ないだろ」と長い脚を軽く揺らして退けられる。


「ミニスターさんからの贈り物だ。ドレスアップしたらパンでも買いに行こうか」
「うい」
「はい、だ」
「はぁい、ぱぱ」
「誰がパパだ」


中身はお出かけワンピースだった。淡いライムグリーンの生地にピンク色のリボンを合わせた可愛らしいデザイン。ストラップシューズを合わせるといかにもお人形さんの風情だ。

着替えを終えるとライオが片腕に抱きかかえ魔法局の外まで運んでいくれる。力持ち。

そのまま馬車に乗って二時間ほど。


「そとにでていーの?」
「さっきまでさんざん点灯魔法で魔力を消費しまくっていただろ。今は暴走させられるほど魔力は残っていないはずだ。なんだ、外に出られて嬉しくないのか? お姫様」
「うん。はじめてでれてうれしい」
「は?」


記憶にある限りあの部屋から出たことはないんだけれど。聞いていないのかなこの人。

すっかり固まったライオを放っておいて幼児は外の景色を堪能する。馬車は揺れが酷くてお尻がいたくなると聞いたことがあるが、魔法でもかかっているのか車程度の揺れで済んだ。

もの言いたげ感満載のライオに抱きあげられ、入店したのはこじんまりとしたパン屋。

何故かマスクを付けさせられたが、それで良かったとも思った。自分と同じ髪色の女性が「いらっしゃいませ」と微笑んだから。

生後間もない赤ん坊を背負って。


「こんにちはご婦人。今日のオススメをいただこうか」
「は………………し、神覚者様!?」
「ああ、いかにもオレこそが神に愛されし男ライオ・グランツだ。今日はお忍びでね。オレの小腹を満たすにはどんなパンが良いだろうか」
「しし失礼しました! でしたらこちらの、バターロールなんていかがでしょうか。レーズン入りで焼きたてですよ」
「ではそれを二つと、……お前はなにが良い?」


ライオに向けられていた目が腕の中のナマエに向く。「子持ち……」「オレの子じゃない」「エッ認知拒否?」「職場で預かってる子だ」横ではポンポン会話が繰り広げられているが、すべて水の中から外界を見上げるように他人事で。キッチンから焼きたてのマフィンを運んできた男が微笑みながらこちらに渡してきた。


「味見にどうぞ。熱いから気を付けてね」


渡されたそれを口に入れるためにマスクを下ろす。

マフィンが足元に転がった。


「さ、さんぼんせ、」
「代金はこちらに置いておこう。邪魔をした」


ライオが急にばッと身をひるがえして退店する。腕に抱えられたナマエは、扉が閉まる最後の瞬間に生みの両親にお別れのバイバイをした。

育てきれなくて魔法局に預けた子供だ。いや、実際どんな経緯で今の状態に収まったのか死んでしまって覚えていないけれど。あの様子からしてあそこにいて良い方向には行かないだろう。中身は大人なので、九割がた察して諦めていたことだ。

でも、残りの一割は問答無用で子供だった。

親恋しさに泣く子供でしかなかった。


「らいおさん」
「こんな時はちゃんと名前で呼ぶんだな」
「? ぱぱ?」
「今日だけだぞ」
「はぁい」


しくしく。じくじく。ぐじゅぐじゅ。

心も眼球も湿っている。脳みそはカラカラのドライ思考で、当然だろうと呆れているのに。

気を遣ったライオが馬車には乗らずに街を歩く。とはいえ半泣きの幼児に配慮したのか(神覚者だと騒がれないようにするためか)人通りが少ない方にのんびり散歩している最中。

街のはずれ、貧民街すれすれの境界付近で怒号と悲鳴が沸き起こる。炊き出し用の鍋の前で浮浪者に絡まれている女性。ライオは、片手でナマエを抱きかかえているために杖を出すタイムラグが生じた。

次の瞬間、



「ふっ、ふぇ、……ふぇぁっっっくしゅ!」
「え」



え。

ええ……?

ええええぇぇぇーーーーーー!?


しんみりぐずぐず沈んでいた気分がくしゃみと一緒に吹き飛んだ。

というか、もっとヤバいものがくしゃみと一緒に飛んでった。

詳しく言うと、コントロールが難しくてギリギリのところで押し込めていた魔力。生まれ持った強大な力がズギャンと飛び出して、女性に絡んでいた浮浪者を一撃ノックアウトした。

これには炊き出しに並んでいたじじばばも野次馬していたみんなも声を揃えてオーバーリアクション。すごくギャグ漫画。


「ぱ、ぱぱぁ」
「ああ、ウン……とりあえず捕まえるか」


すんごい釈然としない顔してる。

昼間公園で体力削らせた子供が全然寝ねぇ……みたいな。これも一種の魔力暴走だ。実の両親と今生の別れをキメて悲しい気持ちも「こりゃ一緒に暮らせんわ」と納得してしまった。はいシリアスタイム終了。

ナマエは知恵熱でぶっ倒れ、せっかくのワンピースをくしゃくしゃにした。

体が育てば魔力の保持能力が高まり暴走も収まる、とかなんとか悠長に言ってられない。

一番近くの駐在所から警備隊を呼び寄せた後、ライオの転移魔法で一瞬で魔法局の局員用エントランスに飛ぶ。馬車を置いてきてしまっていいのかしらと過ったが、発熱幼児が心配するだけ無駄だ。

初めてのおでかけで疲れたのだろうか。いつもよりも発熱する体で昏々と眠ること一週間。全快した辺りで再びライオがやって来る。お見舞いに一度来ていたが最近は忙しくしていたからか長居はなかった。


「例のご婦人がお見舞いとお礼を言いに来ている。会えるか?」


例の……誰だ?

訳が分からないなりにコクンと頷く。適当に頷いたなと察したライオは、ナマエの身だしなみを軽く整えてやって、見れる格好にウンウン満足してから抱き上げた。

面会室のようなところでお茶をするのだと言う。移動がてら貧民街で炊き出しをしている最中に浮浪者に絡まれていた女性だと説明され、うっすらと思い出す。

あの一件は表向きは神覚者ライオ・グランツの功績として記録に残っている。だって幼児のくしゃみで逮捕なんて誰も信じてくれない。何より養子先を探しているのに変な噂が付き纏ったら可哀想だというブレスじぃじの優しさであった。ありがとうじぃじ。

そうこうしている間に面会室──というよりはティーサロンのような、凝ったデザインのテーブルセットと陽射しを柔らかく取り込むステンドグラスが窓に嵌め込まれた一室──に辿り着く。貴族向けのお客様に解放される個室らしい。ナマエにそんな説明はされない。


「なんでごはんあげてたの?」
「貧しい人たちがお腹を空かせていたら可哀想だろう? 慈善活動に熱心、あー、優しいお姉さんなんだ」
「ふぅん………………ん? やさしくないよ?」
「なんだって?」


幼児用の足が長い椅子に設置されてもお相手の姿は見えない。お礼を言う立場でも貴族は貴族だ。下々の者を待つことはないし、逆に待たせることで威厳に繋がる。難儀な生き物を待つ時間、ぷらぷら足を揺らすナマエは暇に尽きた。

暇は考え事で潰せる。


「ねこちゃんでかんがえたらわかりやすいかも」


ぷにぷにの指が順を追って一本ずつ立てられていく。

例えば近所で野良猫に出会ったとする。
あまりにガリガリで可哀想だから餌をやった。
にゃあにゃあ寄って来るのが可愛くて毎日餌をやるようになる。
すると我も我もと他所から野良猫が集まってくる。
いつの間にか仔猫も増えて餌の消費が増える。
猫が増えれば騒音被害や糞の異臭がし始める。
近所の人が猫を追い払ったり攻撃したりし始める。
慌てて餌やりをやめたら後に残るのは──。


「えさのとりかたをわすれて、“がし”しちゃうねこちゃんがたくさん。だっていままでは、まってたらくれたんだもの。きゅうにやれっていわれて、できるひとなんかほんのすこしだよ」


餌をやるだけやって、増えるままに増やさせて、放ったらかしなんて無責任だ。里親を見つけて保護する方がよっぽど優しい。要はばら撒きか施しかの違いだ。

とはいえ、誰にも指摘されずに初めから理解できている人間の方が少数派だろう。


「“かわいそう”ってやさしさがねこちゃんをころすんだよ」



────バタンっ!

「んぇ?」「あ」ものすごい勢いで扉が閉まった。その前に開いていたのも気付かなかったというべきか。ぷにぷにの指から目を上げた先、廊下で何やら奇妙な沈黙が降りている。そして居心地悪そうな、気付いてほしくなさそうなノックが三回鳴って、ライオが促すとのろのろと開いた。

案内役のおじさんの引き攣った顔と、その後ろに立つ顔面蒼白の女性。そしてドレスの裾を掴んで不安そうな男の子。親子だとひと目で分かる珍しい髪色をしていた。

毛先だけ紫色の、白い髪………………?


「イメルダ・ウォーカーと申します。この子は息子のアベル。この度は危ないところを助けていただき、何とお礼を申し上げたらよいか……」


真っ青な顔色でも微笑みを浮かべて淑女の礼を披露する。流石貴族の奥様と言うべきか。その分、母にべったりとくっつく男の子のいじらしさったらない。

ライオとウォーカー夫人の会話を聞き流しながら、とんでもない事実が実感として突如脳みそにインストールされていく。頭の奥でパチパチと爆ぜる脳細胞の音が聞こえてくるようだった。

マザコン先輩だ。
間違えた。人形先輩だ。

人形先輩の母さん人形だ。
間違えた。本物の生きてる“母さん”だ。

人形先輩の“母さん”は炊き出し中に浮浪者に襲われて亡くなったのだっけ。


……浮浪者、くしゃみで倒しちゃったね?


夫人は見れば見るほど漫画のアベル・ウォーカーに似ていた。一目見ればすぐに思い出せるだろうに、今この時になるまで一切思い至らなかった。何故?


『そんなにたくさん抱え込んでは動けるものも動けまい。どれ、邪魔な物をもらってやろう』


持っていかれたのは“自己顕示欲”だけじゃない説が急上昇。嘘だろ神。いやそもそもアレは本当に神だったのか?


「助けてくれてありがとう。あなたがいなければ今頃どうなっていたか……本当にありがとう」


大人の会話が終わったのか、腰を屈めた夫人がナマエの顔を覗き込む。めちゃくちゃ考え事をしていたのでめちゃくちゃ無の表情をしていた。不気味な幼児相手にも感謝と微笑みを忘れない、とても良い人なのだろう。

「どーいたしまして」ほわりと表情を緩めたナマエに、ほんの少し残っていた夫人の緊張が緩んだ。そんなに怖かったのだろうか。

お礼の言葉も品も受け取った。用は済んだのに、夫人は名残惜しそうにこちらを見ている。何か物申したい空気だ。


「……集まったねこちゃんや、恵まれないねこちゃんが、幸せになるにはどうしたら良いと思う?」


さっきの話めちゃくちゃ聞かれていた。


「じぶんでたべていけるようにしてあげたら? えさのとりかたをおしえたり、げいをおしえたり。おしえるのもたいへんだし、げいをみせるばしょもひつよーだよね。おかねとじかんをかけて、ゆっくりたすけてあげたらいいとおもう」


幼児の話なんて話半分だろうけれど、夫人は納得したようだった。


「良ければまたお話をしてくれないかしら? 今度は我が家で美味しいケーキでも食べながら」
「? おそとにでていーなら、いーよ」
「そうね、次はちゃんとあなた宛てにお手紙を出します。お出かけしていい日を教えてね」


難しい顔を一転、柔らかい微笑を浮かべてさよならの挨拶をする夫人。しずしずと退室していく夫人のそばで、アベルがきょろきょろと不安そうにしている。話が分からないなりに母の異変を感じ取っているのだろう。こちらを一瞬振り返るけれど、目が合った途端にふいッとそっぽを向いてしまった。

十五分ほど面会は、衝撃が強くて地味に覚えていない。神覚者らしく威厳たっぷり生意気たっぷりに会話していたライオが、いつもの近所のお兄ちゃんな態度に戻って肩をグリグリ回す。


「お前、本当は中身60歳のばあさんとかじゃないよな?」
「じぃじのおはなしのまねっこだよぉ」
「ミニスターさんが子供にそんな話するか、知能犯」
「はんざいしゃあつかい……」
「その真顔やめろ。お前が真顔の時ほどろくでもないことが起きる」
「えーー」


考え事すると真顔になるのは当たり前でしょう? え? 違うの?

面倒な空気を察知して手土産のお高いクッキー缶を渡してくる。「わーい」と中身を見ると思ったよりめちゃくちゃファンシーで凝っていた。お花型にウサギ型、何か文字が焼き印されたのもある。文字はまだ読めない。

「一日三枚までな」「えーー」クッキー缶を抱きしめた状態で再び抱き上げられ、元居た部屋に戻される。なんだかんだで面倒見の良さも神がかって来たライオであった。

それから養子先が決まるまでの一ヶ月。魔力コントロールと魔力消費のために無駄打ちできる安全な魔法を覚えたり。そうして時間は過ぎていき、いよいよ養父母との顔合わせが迫ったある日。もうすぐ四歳の誕生日が見えてきた今日この頃。

子供用の杖では魔法出力に限度があり、何本か壊してしまったことで急遽杖選びをすることになった。

魔法局魔力管理局の伝手で訪れた一室は、博物館のように三十本ほどの杖がずらりと浮いていた。幼児相手に持たせていい杖ではない。

そのはずだった。



「サモンズ」


────※※の神アポロン


月桂樹で編まれた大人の背丈より長い杖。トップに輝く太陽の如きヘリオライトと、その上に浮かぶ月桂冠。

それを両腕で抱える三歳児。

魔力をゴッソリ持っていかれ、熱っぽく朦朧としていた意識がすっきりクリーンになった。途端、ヘリオライトに反射する自分の顔がよおおおく見えた。見えてしまった。


右頬に走る三本線。



チート無双ってこういうこと?



レイン・エイムズの三本線最年少記録を奪ってどうするよ。

「テンサイだ……」「テンサイ幼女……」「神様……」今日のお世話係と、案内役と、保管責任者の三者三様のおじさんたちにはわわされ、ナマエはスンと真顔になった。

「やっぱり生まれつきの三本線なんて規格外だよな」とかいうコメントは聞かないフリをした。生まれつきって設定無視……聞いていない聞いていない。

早めの誕生日プレゼントで無事新しい杖をゲットして、養父母との挨拶を済ませ、四歳の誕生日に新しい家に引き取られた。「達者でな」忙しい中見送りに来てくれたライオは妙に素っ気ない。「どうせ定期健診が月一であるんだ。今生の別れではない」頭を撫でる手のひらはここ一年でずいぶんと上手くなった。

魔法魔力管理局預かりだった幼児を送るのは副局長の仕事らしい。魔法で馬車に荷物を積んでブレスじぃじと一緒に乗り込む。それから三十分ほどの首都の貴族屋敷が並ぶ高級住宅街で降ろされ、じぃじに頭を下げた。


「何かあれば私宛に手紙を出しなさい。いつでも相談に乗ろう」
「おせわになりました」
「寂しくなったら会いに来ていいんだよ。何もなくても……うぅ……」
「なかないでじぃじ。おしごとだよ」
「仕事戻りたくない……」
「だぁめ」


ここまでは和やかな雰囲気だった。

いや、新しい父母は養子に対してずっと笑顔で優しかった。事前情報では、二人には一人息子がいるが体が弱く、家から出られない上に成人する前に亡くなるかもしれない。そうなると跡取りの問題があり、優秀な子供を探していたらしい。ちょっと引っかかる言い方ではあるが、由緒正しい旧家で裕福な家庭であるから養子先として適当であろうと判断されたらしい。

花柄とレースとぬいぐるみで満たされたお部屋に案内され、お手伝いさんと一緒ならお屋敷の中を探検していいと言われた。ちょっとしたテーマパークのようで、お言葉に甘えて廊下に出る。客間が五つもあるし、それぞれにバスルームがくっついていてホテルのようだ。

この家に慣れるのは時間がかかりそうだと思案した最中、一階の階段下に不自然な扉があった。お手洗いから一人で戻る途中のことだった。


「オプティアース」


ガチャ。開いた。

これで金庫だったり物置だったりしたら引き返そうと思っていたが、明らかに地下へ繋がる階段だった。

パチパチっと爆ぜる脳細胞。この先に行けと脳みそが急かす。この感覚、最近経験したような……。

灯りを杖先に点しながらゆっくり降りていく。その先で見たのは、



「だ、だれ、ですか……?」



牢屋に閉じ込められた男の子。水色の長い髪を一括りにし、前髪の隙間から覗く左目は充血したように真っ赤だった。

どこからどう見てもアビス・レイザーだ。

………………アビス・レイザーッッ!?



「じ、じぃじーーーー!!!!」



爆ぜる魔力。レンガがグラグラと落ちる地下室。何も考えず転移魔法で牢屋の中に入り、男の子に抱き着いてもう一度転移。そこから飛び飛びで転移を繰り返し、養子に出されたわずか数時間後にテンサイ幼児は男の子連れで魔法局に出戻った。

ところでテンサイってどっちの意味だろうね。




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