あの御方と私が会えるのは離れでだけ。おじい様が気まぐれに呼びつける悍ましい夜でだけ。正気を失ったおじい様の狂乱の傍らで、お琴のように品よく響くお声にだけ必死に耳を傾けていました。


「染物に使われる紅花が黄色いことはご存じ?」
「黄色、ですか?」
「ええ、沙代さんがよく着てらっしゃるお着物、帯の糸、おリボンのような、薄桃から紫色まで。摘み取る時期によって色の濃さが変わるのですって。茶摘みのように女たちが手でひとつひとつ千切って収穫するの」


静かな横顔が掛け軸から抜け出してきた女幽霊のよう。書を操るのをやめ、それでも私を視ず、窓も視ず、なんの変哲もない壁に目を向けて。こことは違う、今は存在しない過去を思い起こしている。

どこまでも浮世離れした方でした。


「紅花の葉には棘があって、朝露に濡れて柔らかくなった早朝でないと、とても痛くて大変なの」


傷一つない白い手が開く。何も持っていない手が数えるようにゆっくりと指を畳んで。


「素手で、指から血を流しながら、丁寧にひとつひとつ千切ってね。高貴な方が身に着ける紅が美しいのは、若い娘の血が混ざっているからなんて、────残酷なことね」


紅い、それこそ紅花を食んだような唇が、蝋燭を吹き消すほどの吐息で独り言ちる。

この美しい人は、本当は人ではないのだとおっしゃりました。

人の姿に化けた鬼なのだと。そんなことを謳って、おじい様を夜の間だけおかしくさせた。嘘っぽい悲鳴を上げたのと同じ唇で私を優しく誘うの。


私に、人でなくなれと。


角もなく、牙もなく、生白い肌を目いっぱい晒す裸体。茜色の豊かな髪が椿の香をたっぷりと蓄えている。どこをどう見たって人にしか思えない。けれど、嘘をつかれているとは少しも感じなかった。


『私の羽衣を探してきて、ここに持ってきてくれたなら、一緒に逃げて差し上げましょう』


おじい様と同じ金色の目なのに、おじい様以上に気圧されてしまった。

それでもと、少しだけ希望を抱いていたのは本当。

だって、触れ合わせた手はちゃんと人肌の温度を保っていたもの。



「人でなくなることは、苦しいことでしょうか」


もう何度目の逢瀬か忘れてしまった夜。

私を鬼にすると言った方は、ゆったりとした語り口で村の外の話をしてくれた。

お父様が話してくれる東京の様子ではなくて、この村と似たような田舎の、この村では見られないのどかな営み。お野菜やお米はどう作られるのか、お肉はどう育って殺されるのか、それを運ぶのはどうやって? 商売するということは、人の生活を潤すということ。人民に知識を行き渡らせるには? 義務教育はどういうものなのか。男女のお付き合いとはそもそもどうやって始めるの?

私の身近にあるものひとつひとつが誰かの苦労によってこの世に生まれ出でた成果物である。私の年頃ならば知っておくべきこと。

手習いの書道や生け花とは違って何の役にも立たない知識かもしれない。でも、それらは私が普段見慣れている景色を少しずつ、ほんの少しずつ広げてくれるものだった。

お母様や女中はこの方を頭の軽い女だと馬鹿にしていたけれど。私にとっては知らないことを教えてくれる物知りな人だった。きっとこういう人を先生と呼ぶのでしょうね。

初めて姿を拝見した時と同じ気持ち。この人は真に私が憧れた女の人なのだと錯覚できるくらい。

近付こうとしてしまった。
知ろうと、してしまった。


「ああら、人でない私にそんなこと聞く? 度胸がおありなのね、沙代さんったら」


典雅なお琴の弦がバツンと切れてしまった。そんな取り返しのつかない過ち。

高くて、柔くて、それでいて蓮っ葉な猫撫で声。思わず正座をしていた膝の浴衣を握りしめる。


「もちろん。苦しいわよ」
「……ひっ、」
「苦しいでしょうし、痛みもある。つらいと思うこともありましょう。でも、今この時より悪くなることはない。ここはあなたにとっての地獄なのだから、地獄以外の場所は地獄ではないの。そうよねぇ?」


突然変わった空気。人ならざる者への怖気。恐怖を散らすために、震えださないために。必死に必死に朝顔の柄を握り潰す。それしかできなかったの。

こくりと首を傾けて、下からすくい上げるようにニコリと。蛇が鎌首をもたげるのと何の違いがありましょう。

一本。立てられた細い人差し指が、私の懐をツンと触れた。


「お守りはあげた。返せなんて言わないわ。あとはあなたが決めなさい」


ずっと前に渡された匂い袋。何の匂いもしないコレを布団に放ると、おじい様は幻の世界に旅立ってしまわれる。私なんか見えていないみたいに放っておいてくれる。これに何度身を助けられたか数えていない。

何度泣いて喜んだか覚えていない。

あの方はきっと私を脅かして遊んでいるだけで、本当は優しい方なのだと思っていた。思いたかった。けれど今、気付いてしまったの。

このお守りは優しさではなく、前払いなのだ。



「この家に使い潰される道具になるか、私の可愛いお嬢ちゃんになるか。ちゃぁんと悩んで。ね?」



この家の人間は私を見てくれない。龍賀を栄えさせる道具にしか思っていない。いつかおじい様が私を孕ませてしまえば、もう村の外になんて一生出られない。それが、私の地獄。

けれど、こんな、こんな人ではない方に鬼にされて未知の苦しみを味わうのも恐ろしい。人ではなくなった私を愛してくれる方は現れるのかしら。

顔色悪く頷く私を、あの方は愉快そうに微笑みかけていました。天女のように慈悲深く見下ろしていたのです。


実のお母様でさえ私に向けることはなかった、あれは子を想う母の慈愛だったのでしょうか。



***




『そんな子供、本当におるのか?』


冗談はさておき。無惨様じゃないけどドキッとするのよね、あの声。

なんか既視感があるけどぜんぜん思い出せない大男の質問をガン無視して寝て朝。水木さんの慌てた悲鳴で目が覚めた。もぞもぞと布団から顔を出すと、どういうことか座敷牢の中に布団を敷いて立っている。


「ゲゲ郎様と寝床の交代を?」
「なわけあるか! ッいえ、そういうことじゃなく……! とにかく、下手人に逃げられてしまったんです!」
「まあ……」


一人で出られそうだな、というぼんやりした感想は間違っていなかったらしい。

牢に入れられているとはいえとっくに錠が落ちているので意味がない。浴衣からスーツに着替えている間は布団の中で目をつむり、終わったところですぐにでも飛び出しそうな水木さんをとっさに呼び止める。


「水木様、お出かけされる前に一つお願いを聞いてくださいませんか。私を、地下室に戻してほしいのです」
「は……いや、しかし、」
「私がここに出ていては水木様も叱られてしまうやもしれません。狭いところには慣れていますから」


昼間に糸目野郎が来たら地下室にいないのはまずいってのと、人目を忍んでやりたいことがある。眉をハの字に弱弱しく、頼りなさそうに俯けて無理やりな笑みを浮かべる。人が好いイケメンはグッと眉間にシワを寄せてから昨日みたいに私を横抱きにして地下に運んでくれた。ふふん、どんなもんよ。


「この足は誰に……痛みますか?」
「いいえ、もうほとんど良くなっていますの。ただ少し、臆病になっているだけで。お恥ずかしい」
「そんなことはありません。怪我をすれば誰だって弱気にもなります」
「ふふふ、お気遣いありがとうございます。お優しいのね」


浴衣の裾からがっつりはみ出した足首に、両方の脹脛の中ほどまでビッシリと巻かれた包帯。明らかに私怪我してます!と主張している。だいたい一年の付き合いになるコレのせいで、私は一人で外を歩けない。自分で大切な物を探しに行けなかったの。

横抱きにされて至近距離にある水木さんは、近くで見るとだいぶスゴイ傷を負っていた。左目に縦線だし、耳が欠けている。左耳の欠けといったらアレだよね。


「去勢済みの猫ちゃん……」
「は?」
「はい? なにか?」
「(今この人俺を玉無し扱いしなかったか?)」
「水木様?」
「(幻聴? たった二日でだいぶ参っているな……)ははは、失礼しました」


この誤魔化しが通じるのはだいぶチョロいわ。大丈夫かしら。

そっと地下室に下ろしてから、水木さんは本当に慌てて外に出て行ってしまった。隙間から陽の光が入るように隠し戸と畳をギリギリずらした形で。親切なんだろうけどここに糸目が来たら地下室の存在バレバレだと申告しているようなものじゃない?

だぁらり寝そべって数秒。気は進まないけれど、やるしかない。

両足首の包帯を、できるだけ表面だけ触るようにして剥がしていく。現れたるはビッチリ気持ち悪い模様が描かれたお札たち。はい、違法ゴーストバスターの皆さんのお仕事です。熱心で嫌になるわね。

水木さんが言うには昨日の段階で時麿様がお亡くなりになっているとか。他殺だか事故だか知らないけれど、私を庇ってくれそうな次期当主がいなくなったのは誤算だった。

おじいちゃんの蔵書とか帳簿とかを漁った結果知った事実。龍賀さんちが主力商品にしている血液製剤は“幽霊族”とかいう妖怪の血を原材料にして作っているのだと。そして、その原材料はここ数年はひとつとして見つかっていない。今のストックが死んだら追加生産が絶望的になる。原材料探しに血眼になるのは当たり前として、新しく別の原材料探しも始めてしまう気がしていけない。

その原材料候補が手っ取り早く近くにいる私になる可能性が大なのよねぇ。

今まではおじいちゃんが“お妾さん”として囲っていたから良かった。おじいちゃんが死んでも時麿様がしばらく贔屓にしてくれるだろうし、まだ時間に余裕があった。けれど時麿様がいなくなったら、実権を握るのは長女の乙米様。私が人間じゃないと知っているギリギリのラインだ。まああの糸目と青春してるなら知ってて当然だわね。

今は身内が亡くなって混乱している時でしょうけど、落ち着いたらこっちのことを思い出してしまうかもしれない。

というわけで、私が逃げないように施された足の呪術をサッサと解いて逃げなきゃいけないの。


「沙代さん、結局見つけてくれなかったわ」


不発だったのかしら。わざとかしら。

触れるたびにバチバチ静電気が走る札を爪で少しずつカリカリカリカリ。

あの糸目、シレッとマントラを唱えていた。札の文字からしても密教系。こちらとかすっているようでやや遠い距離感。本気を出したら足くらいふっ飛ばせるはずだろうけれど、想像していた通り効きが悪い。この国で独自に発展して別物になったのでしょうね。インドからイギリス経由して輸入されたカレー的な。あ、急に舌がカレーになっちゃった。少なくとも一年食べてないもんね。

因習村から脱出したらしたい十のことリストの33項目が埋まったところで、休み休みカリカリを続けていく。お前はぜんぜん剥がれないシールか。切実に洗剤が欲しいわぁ。

こんなことなら沙代さんに期待なんかしないでサッサと逃げときゃ良かった。夏休みの宿題は最終日に終わらせるタイプだった自分を恨む。

爪が痛くなったら休んで、ぼちぼち再開して、また休んで……いつの間にか日が落ちた頃に、また人の気配が帰って来た。

げっそりした水木さんと飄々としたゲゲ郎さん。今さらながら引っかかるあだ名だわ。


「夕飯をもらって来ました。物足りないかもしれませんが、分けましょう」
「いいのですよ、私はもともと小食ですし」
「蕎麦なら喉を通りますか。ゲゲ郎から奪いましょう」
「わしはやるとは言うとらんが??」


でも分けてくれるのが妻帯者の甲斐性だなと感心しました。独身の水木さんもごはんくれたけれども。

うまうま食べてごちそうさまと手を合わせてから、さも今気付きましたと言わんばかりに二人を見上げてみる。


「今朝方から夜分までどちらに行っていたのでしょう。何かまた不吉なことでも……」
「あ、あーー、村の散策に熱が入ってしまいましてね。この歳になって冒険が楽しくて。いやぁ参ったな」


わっっっかりやすっ。

ちろりとゲゲ郎さんに顔を向けるとゆっくり首を振られた。ですよね、何かあったよね。


「私には言えないことなのですね。承知いたしました。お二人の親切に、これ以上の不躾はいけませんものね……」
「水木や。何も知らされないことも娘さんにとっては不安なことじゃろ。話してみんか」
「………………、っ……丙江さんが、亡くなりました」


アイエエエ!? 丙江さんナンデ!!!?

そこは克典様か時弥様じゃなく!? 本当になんで!?

どうせ親族内でのドロドロか分家の克典様派と時弥様派の内乱かと予想していたら、ここに来て後継者候補でもなければ子持ちでもない丙江様って。

もしかして一連の犯人ってライブ感で殺してる?

ポカンと口を開けて驚く私に、水木さんは痛ましい物を見る目を向けてくる。いえ、あの、今回に限っては演技でもなんでもないのですよぅ。


「名前、さん」
「? はい」
「おかしなことは承知で尋ねさせてください。あなたは、

────人間、でしょうか」



…………ああ、なるほど。


「それは、私のような妾は畜生のようなものだと、そうお言いになりたいの?」


犯人、妖怪なんだ。

呆然とした顔から、徐々に言葉の意味を咀嚼して、ショックを受けましたと言わんばかりに涙を溜めていく。そのままポロリポロリと泣いてしまえば、水木さんは慌てて手拭いで涙を吸い取ってくれた。


「す、すいません! 変なことを聞いてしまいました! あなたを貶めるつもりは一切なく、なっ、涙を止めてください……」
「いえ、いいえ、内実はどうあれ、時貞様の施しで生活していたことには変わりありませんもの。見下げ果てた女と呼ばれても仕方ない、」
「っ、あなたはそんなんじゃない!!」


両手でヒシッと肩を掴まれ、強制的に顔を上げさせられる。意志の強い目と眉間のシワと厳つい目傷。手の力強さといい顔立ちの大勝利といい、さぞ東京でお姉さん方に可愛がられていたのだろうと察してしまう。

コレに根の真っ直ぐさがプラスとか、加点方式でどれだけ一般男性の偏差値を引っ掻き回すおつもりで?


「騙される方が悪いなどと、そんな言説は加害者の言い分です。この世にあっていいわけがない……!」


「おぬし昨晩わしを騙さなかったか?」ゲゲ郎さん空気空気。私も空気を読んであなたを無視するけれど。



「アンタは理不尽を怒っていいんだッ!!」



この人、こんな騙されやすいお人好しでよく生きてこられたな?

再びちろりとゲゲ郎さんを見ると、さっきのにプラスしてアメリカ人並みに大きく肩をすくめていた。やっぱり変だよね、この懐き度。どうなってるんだ。

ヨヨヨと泣きながら静かに大困惑のお妾さんこと私。これ以上は付き合ってられるかと、心労が祟りましたというていでサッサと布団を敷いて寝ることにした。









「やはりおぬし、人ではないな」



今度はあなたですかゲゲ郎さん。





***




おじい様が亡くなって、あの御方は消えてしまった。お母様は郷里に帰ったのだと言っていたけれど、嘘だとすぐに分かった。きっと殺されてしまったか、もしくは不思議な術で逃げてしまったのかも。……私を置いて。

悲しみはもちろんありました。それ以上に、安心もしてしまったの。

もうおじい様に乱暴されることはない。村から出るために鬼になる必要もない。久しぶりに未来を明るいものだと信じられた。きっとこれから良くなっていくんだって。


私に龍賀の血が流れている事実は決して消えないのに。


油断していたの。もう要らないと思っていたの。あの御方からいただいた匂い袋を部屋に置いて、喪に服すためのお籠もりを始めた。

それで、私は…………。


「あ、ぁぁ、ああああああ……っ!!」


さきほどまで生きて動いていたモノ。

とっくの昔に死んでしまったモノ。

その間で座り込んで、血の一滴も触れていない私は、自分がとても汚いモノになってしまったのだと絶望した。

あの方に鬼に変えられなくても、私は人ではなくなってしまったの。

逃げたい。こんな村、こんな家、こんな私から。


「みずきさま……」


どうか、何も知らずに沙代を連れ出してください。

弄ばれた体も、道具の役割も、龍賀の血も、人殺しの手も、何も知らずに。


私を助けて…………。









「沙代さんは、名前さんのことをご存じでしょうか」



どうして、そんな顔で、そんな声で、あの方の名前を口にするの。




「騙されてはいけません水木様」
「沙代さん?」
「危険です。まともに耳を傾けてはいけないのです。あの御方は、名前様は、

────鬼なのですから」




***





水木は厄介なおなごに好かれるのう。

龍賀の娘さんといい、この足が不自由な女といい。

打算に塗れた嘘をつくくせに、中身は無理に己を曲げようとする聞かん坊じゃ。上に行くためならば手段を択ばないと豪語しておるが、曲がったことが大嫌いで、己の行いにも心を痛めておる。難儀な人間よ。

心では悩み苦しんでおったとしても、口に出さねば相手には伝わらぬ。騙された人間にはなんの慰めにもならんというのに。

短い間の付き合いだが、我ら妖怪を見る目を持った貴重な男だ。酒を酌み交わした縁もある。悪いようにはなってほしくない。


「水木がおぬしに親切なのは、母親の影を重ねておるからだ。母親を憐れと思う心ゆえじゃ」


戦場で見た地獄。地獄が終われば待っていた泣きぬれた母。真っすぐに歩いておっても立っている道自体が揺らげばどうしようもない。真っすぐな男が挫けるには十分すぎるほどの苦しみであっただろう。

それでも、それでもじゃ。


『奥さん、見つかるといいな』


「本当は愛に溢れた男なのだ。いたずらに弄ぶのはやめてくれないか」


初対面の夜。痛々しく足に包帯を巻いたか弱いおなご。水木が思わず肩入れしたくなるような、騙されて搾取される弱者の似姿。ほんの少し臭った違和感は、気のせいかと思うておったが……。

昨夜。禁域で妖怪に襲われ、殺された丙江とやらの遺体を見、妖怪の存在を知り参っていた水木。妖しいまでの美貌に疑心暗鬼となり、『お前も妖怪なのではないか』と尋ねた。その疑念を綺麗に罪悪感へと塗り替えた。わしの問いかけを聞こえぬふりで誤魔化した強かさも併せて、なんと見事な手弱女か。


「ぼうやのお守りは どこへ行った
 あの山こえて 里へ行った
 里のみやげに…………」


悪夢に魘される水木の布団に入り込み、か細くか細く口ずさむ江戸子守唄。その堂に入った母親っぷりたるや。

なるほど。わしが知るアレのとずいぶん様変わりしておるが、そうか、そうか……。



「水木はおぬしが喜ぶような赤子ではないぞ」



子守唄が止む。

水木の胸を叩く手も。

こちらに背を向けて添い寝している肢体が、まったくの石像になってしまったようで。月明りだけが差す倉の中で、夕日色の鮮やかな乱れ髪が生物のように嵩高く波打った。



「────あんなペド妖怪と一緒にしないでくれる?」



『あの御方は、名前様は、鬼なのです』

沙代ちゃんは何を勘違いしておったのじゃろう。



「そう怒るな。わしはおぬしと争う気はないぞ」



これが鬼であって堪るかよ。





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