羽衣



※テンションがうるさいお姉さん。
※映画一回しか見てない人間がとんでもなくうろ覚えで書いた突貫夢小説です。キャラも時系列もセリフも解釈もだいたい間違えてます。




「子供を探しているのです」


昏いトンネルを抜けてまっすぐに龍賀のお屋敷を訪ねたその方は、何もかもが村の人間と違っていた。

赤茶色の大きく波打つ髪の毛。濃いお化粧がよく似合う華やかなお顔立ち。日に晒されて発光するように白く抜けるお肌。この国の人間とはほんの少し纏う空気が違う。もしかして大陸の血が混じっていらっしゃるのかしら。

真っ赤な紅を引いた唇が、いっとう艶めかしい笑みを浮かべて、ああ本当に、何もかもこの村の女とは違うのだと。


「私の可愛い娘を、探しているのです」


美しく盛り上がった乳房と瓢箪のようにくびれた腰、ふっくらとしたお尻の形まではっきりと分かってしまう洋装。破廉恥な格好、と言ってしまってもいいのでしょう。けれど、どうしてもその方が着ている桃色のワンピィスは、お父様が贈ってくださったどんな服より特別でした。

踵の高いお履物が村の泥道に穴を穿つ様さえ素敵だったのです。


「こちらに隠れてはおりませんか」


ああ、あなた。素敵な都会の美しい人。



どうしてこんな地獄に来てしまったの。



今夜も身を清めてお勤めに向かう。この時ほど冷や汗が止まらないことはない。気持ち悪い、行きたくないと、口に出せばお母様にぶたれてしまう。風呂場で肌を擦った女中が爪を立ててくる。ご飯も抜かれて、水をかけられて外に放り出されたこともあった。

一晩、一晩耐えればいいの。

耐えたってまた同じ夜が来るというのに?

本邸とは外廊下で繋がった離れ。ギシギシ鳴る廊下の向こうから聞きたくもない声が聞こえる。──あの方の、甘やかな悲鳴が響いてくる。

都会の美しい蝶は羽に針を刺されて標本になってしまった。娘さんを探してやって来られたのに、おじい様に大事なものを盗られてどこにも行けなくなってしまったの。こういう人を“お妾さん”と言うのですって。女中が噂しているのを聞いたことがあるわ。とても汚くて見下げ果てたお仕事なのだと。

なら、私のお勤めも“お妾さん”なの?

見下げ果てたことなの?

障子戸の前に立ち止まる。引き絞る喉が上手く声を出してくれない。本当に、声が出ないの。行灯に照らされて化け物に貪られるあの方の影が浮き彫りなんですもの。

おじい様は、私にこれを見せつけたかったのね。

化け物の呻き声がより一層強まる。お琴のように品の良かったあの方の声は、絶命間近の獣のソレになってしまった。今すぐ逃げ出したい。この障子を開けたくはない。でも、入るしか私にできることなんて……。


「失礼、いたします」


震える手で開けた部屋の先。悍ましい光景にギュッと顔を強張らせた。


「あん、あん、やぁ、時貞さまぁ、おたわむれをー」


異様な光景だった。

一人で一心不乱に身悶えるおじい様と、離れた文机で書を読みふけるあの方。おじい様は敷布団に向かって卑猥なお言葉を投げかけ、何者かの反応に気を良くし、老体とは思えぬ精力で励んでらっしゃる。

対して、気のない声でそれらしいセリフを話すあの方は、は、裸に浴衣を羽織った状態で、黙々と頁を繰っていたの。

白い柔肌に茜色の髪を垂らして、行灯の光がチラチラと。ああ、なんて、この世のものとは思えない。


「沙代さん、だったかしら」
「……はい」
「こちらにお座んなさい。女同士の秘密話でもしましょうや」


書から目を離すことなく手招きされて、私は場違いにも喜んでしまったの。さっきまで縮こまっていた心臓がドクドク跳ねて、引きずっていた足も同じようにピョンピョンと跳ねてしまう。

勧められた座布団に座ると、完璧な玉体が間近にありました。直視するのも憚られる、けれど見ないのも失礼な気がして、努めて御顔だけを拝見して、そのお声にうっとりと耳を傾けたのです。


「そうね、こういう時こそ、アレかしらね」
「アレ、とは?」
「ねぇ沙代さんはこの村が好き? この家ではあなたらしく息をできている?」


そんなの、そんなの決まっているじゃない。

書から顔を上げた御方が、私の涙をじっくりと見つめている。それだけで、私の涙が酷く特別な宝物だと錯覚できてしまったのです。


「そう、ね。ならば私と取引をしましょう。あなたが私の言うことを聞いてくれるなら、きっとこの村から連れ出して差し上げます。もちろん、連れ出した後もちゃぁんと面倒を見るわ」
「ッ!! 私にできることなら何でもします! だから、どうか私を、」
「ええ、ええ。その前にまずは一つ提案をば」


キュッと引き絞られた縦長の瞳孔。金色で、肌に負けないくらいに輝いて、私の全てを見透かしていた。



「お前も鬼にならないか?」




***




なんちゃって。

と舌ペロしてもダメだった。冗談はよしこちゃんってことかしら。……ああ、また誰も知らないフレーズを言ってしまった。死語どころか生まれてもない。もう頭がこんがらがるのよ全く。

あんなにかわいそ可愛かった沙代さんは、私が人じゃないと分かるとひどく怯えるようになってしまった。けれど私のオネガイには素直で従順でもあった。こんなクソ村から抜け出せるなら悪魔とでも契約してやると言わんばかりに。可愛いったらないわね。

昭和31年。西暦1956年。

某県某所哭倉村に私が足を踏み入れてから一年近く経っていた。

トンネル越しでさえ滲み出ていた嫌な空気は期待に違わず村内に満ち満ちている。都心の文明から隔離された山村を中心に娘を探し求めて旅してきた経験が告げている。


ネット民大歓喜の因習村だわココ。


ネットが庶民に普及するまであと四十年ほど。また誰にも共感できない情報が自然と湧いて出た。やだわぁポロッと溢さないようにしないと。

とまあ当初の目的を忘れてしまって、どんな曰く付きな慣習があるのかとか、あの祠壊したら村長が鉈振り回してくるかしらとか、ジロジロと深入りしようとしてしまった。

まさか日本の違法ゴーストバスターが潜んでいるとは思わないでしょう?

憐れ正体を見破られ母の形見を奪られてしまった美女は狒々爺に体を弄ばれ日々死ぬことばかりを考える人形になったのでしたぁ。完。終わるな終わるな。

どうにも人間だった頃の記憶が私にふざけ倒せと囁いてくるのよね。人ではなくなったからこそ前世の記憶が鮮明なのかもしれない。

平成・令和と人生を梯子した女の記憶が脳にベッタリと癒着している。前世の同志ならば通じるネタをこの昭和中期の敗戦したばかりの傷だらけ日本帝国跡に披露すれば、そりゃあ変人に違いなく。さりとて人外のコミュニティに属するのも居心地が悪い外様なので、もう同族で固まっていた方がマシ。そういう意味での娘よ。

一年。お妾さんごっこをしながら幻覚に腰振るおじいちゃんを背景に読書しまくった結果。こんな村滅びてしまえ案件だと薄っすら察し。長居しても胸糞悪いだけかと、そろそろ形見探しに本気になりましょうかと思い立った矢先。

かわいそうな可愛い子に見つかってしまったのよね。

おじいちゃん、とうとう3Pの可能性に目覚めてしまったかしら。いや百合? 美少女と美女の間に挟まる男? うわ死刑。

脳裏に地雷がドッカンドッカン爆破するイメージを浮かべていたら、いつの間にか沙代さんを呼び寄せてお話してしまった。つやつやの黒髪に、どんぐりみたいなまあるいお目目に、浴衣の上からでも分かる未成熟なエロス。ぽろぽろ涙ながらに助けを乞う憐れっぽさったら、ねえ?

誰も味方がいない孤立無援のお嬢さん。追い詰められて追い詰められて視野狭窄に陥った子供ならいいかな。ノリで軽ーく本性をお見せしたら、時期尚早だったわけね。

『お前も鬼にならないか?』ですって。


「思くそ断られる問いかけだったわ」


暗く、昏く、ほんの一筋も光の差さない地下室でだらりと寝そべる。布団が引かれているだけ温情、とか思うかバーカ。

つい二日前の朝。おじいちゃんの遺体が発見された。

お年を召しているから老衰なのは医者じゃなくても見え見えだろうに、第一発見者が“お妾さん”だったために面倒なことになった。私のことがいっとう気に入らない奥様が「お前が父を殺した」だのと喚き立て、そばに侍っている村長が声高に同意して、あわや打ち首になるところだった。この法治国家日本で、たった一人の論拠不明瞭な訴えで。理不尽より先に『い、因習村ぁ〜〜ヒュ〜〜!!』と謎に興奮した。黙って前世の私。

これに待ったをかけたのが次期当主候補の時麿様で、まあ、目的は目を見れば分かるのだけど、とにかくお籠もりが明けるまではと私は倉に閉じ込められた。

何故か上の畳のある牢ではなく隠し階段から降りるタイプの地下室に。

そうして二日。ご飯どころか水すら差し入れられず放置。直球の“死ね”をありがとう。

とっさに懐に仕込めたのはおじいちゃんの大好物の菱餅。甘ったるいしパサパサだし口が乾くったらないわ。

寝っ転がってちびちびとちぎっていれば上の方が騒がしくなった。糸目のゴーストバスターがまた来たのかしら。思えば『キュートな糸目ですね?』て出会い頭のジャブで褒めてから奥様の当たりがキツくなったのよね。よっ、名が体を表す女。

まーた札でもペタペタされるのかと思えばいっこうに階段を降りてこない。耳をすませば聞こえてくるのは知らない男の声二つ。この倉の用途を思えば、何かしらやらかした余所者。私のお仲間ってワケ。

身動きの取れない女と不審な男二人を同じ屋根の下に放り込む。きゃあ、乙米様ったら過激ぃ。


「お為ごかしよりはマシじゃろ。おぬしもそうは思わんか、床下の」
「ああ?」


ヒュッとした。

急に話しかけられたのもそうだけれど、その、声が…………。


「なんだ藪から棒に。ネズミでも走っていたか」
「そうか、おぬしは気付かんのか。下にいるぞ、わしら以外の客が」
「なんだって……!?」


めちゃくちゃあの御方に、えっと、嘘でしょう??

畳を引っぺがす音がしてギィィィっと板戸が開かれる。二日ぶりのオレンジ色の行灯の光が顔に差し込んで、逆光で顔が見えない男が二人、こちらを覗き込んでいる。


「ほれ、いたじゃろ」


無惨様だ。無惨様の声がする。全然気づかなかった。……いや下弦ごっこしている場合ではなく。

勧誘で部下のセリフパクったら上司が出張って来るとかないでしょう。

顔面蒼白で冷や汗ダラダラの私に何を思ったか、無惨様じゃない方の男が階段を降りて私のそばまでやってきた。


「な、なんだってこんなところに!? ……とにかく上に行きましょう! 抱き上げますよ!」


背広で片膝をついて、浴衣姿の私を横抱きにして登っていく。座敷牢のところに来ると、行灯の淡い光でさえ目に眩しくて、しばらくマトモに目も開けられなかった。

いや近くに無惨様がいるからなんだけれどね!?


「水です。これでも飲んで落ち着きなさい」
「そう怯えるでない。そやつはともかくわしは何もせんぞ。妻がおるからな」
「俺だって何もせん。……や、やかましいゲゲ郎は放っておいて。さあ、ゆっくり飲みなさい」


背に添えられた手がこわごわと支えてくれる。口につけられた椀で久しぶりの水をコクコク飲む。い、生き返る〜〜でも近くに死がいるぅ〜〜!! 私どうなっちゃうのぉ〜〜!?


「私は水木と申します。東京の血液銀行から、時貞翁の弔問に伺いました。コイツはゲゲ郎。ともかく、あなたを害する気は微塵もありません」


震えながら薄っすらと目を開ける。飛び込んできたのは昭和の俳優さんみたいな草臥れたイケメンと、


「ヒト探しにこの村に立ち寄った者だ。ゲゲ郎と呼ばれておる」


一見すると間抜けなような、どことなく愛嬌があるような、とにかくどこかで見たことがある顔の2Pカラーの大男がいた。



「……名前と、申します」



アッ良かった無惨様じゃない。




***



またか、というのが率直な感想だった。

座敷牢の畳を引っぺがした先に広がる空間。六畳ほどの擦り切れた畳と布団、そこにぐったり寝そべる妙齢の女。どう見ても拉致監禁。つい今朝方に打ち首未遂を見たばかりだというのに。閉鎖的な村ってのはどこも常識外れの異世界なのか、それとも龍賀一族が特別狂っているのか。

水を飲んで落ち着いた女、名前さんとやらが乱れた浴衣を直して正座する。合わせが大袈裟に開いてこぼれんばかりの乳房が目に毒だったので、正直助かった。


「どうしてまたこんなところに……いったい誰がやったんです?」
「お屋敷の人間です、としか」


夕日のように見事な赤毛を前に流し、儚げに目を伏せる美貌のなんと眩しいことか。閉じ込められていて身支度なんざ満足にできていないはず。そのくせ化粧っ気のない顔は、薄暗い座敷牢の行灯に照らされて発光してやがる。紅を引いたような唇が優柔不断に震えるのすら目を惹かれる。

コイツぁ魔性だ。接待で通わされた銀座のキャバレーにだってここまでのは珍しかった。


「当主様の最期を共にしたのが、何を隠そう私なのです。朝まで添い寝をして差し上げていたら、未明に息を引き取られたようで……私が、当主様を殺めたのだと。ここに閉じ込められてしまったの。時麿様がいなければ今頃さらし首になっていたかもしれません。水木様、ゲゲ郎様、時麿様にはお会いになられまして?」


突っ込んで聞きたいことが山ほどあるセリフだった。


「この家の当主殿なら今朝方亡くなったらしいぞ。その下手人としてわしが罪を着せられてしもうたのじゃ。お互い災難じゃのう」


コイツは婉曲というものを知らんのか。

立て続けに人が死んだことを知って、よほど心を痛めていたのか。名前さんは白魚の手で口元を隠してしまった。赤い唇が見えなくとも、長い睫毛に縁どられた瞳がぬらぬらと潤むだけで感情が伝わるものだ。


「して、名前さんとやら。話を聞くにおぬしはこの村の者ではなく、ましてやこの屋敷の血族でもないと見た。何か目的があって哭倉村に来たのではないか?」


この流れで聞くことか?

時貞翁の若すぎる妾。一族に味方のいない憐れな死にかけの女。確か、昨日一泊しかできなかった離れは以前“お妾さん”が暮らしていたと女中が漏らしていた。時貞翁に妾がいる話は聞かなかったから、社長か表に出ない長男の女だとばかり。

こんな天女と見紛う若い女が、どうして隔絶されたこの村にいるのか。



「子供を、探しに来たのです」



手の内からポツリと漏らされた、予想もつかない答え。

ついさっきゲゲ郎から聞き出した『妻を探しておる』と似たような文言。

子持ちだったのか、という驚きと、この年ならば珍しくもないな、という納得。


「この村ならばと、期待していましたが、……子を見つけられぬうちに、当主様は私の母の形見を奪ってしまったの。それで、ここから少しも動けなくなって」
「それは、難儀なことじゃな」
「…………つまり、あなたは時貞翁に形見を盾に妾になれと、脅されたと」


どこまで行っても、非常識が過ぎる。

こくん。名前さんは、頷いたそばからぽろぽろと真珠の涙をこぼしてしまう。

とめどなく、いくつも。


『すまんね、すまん、すまん。大事なお金、とられてしまったの……!』


それが、戦争帰りに最初に見た母と重なった。


「お子さんはいくつくらいで、男の子か、女の子か」
「女の子です。素直で、賢くて、私の言うことをよく聞いてくれた。まだ七つを数えていない、可愛いお嬢ちゃん」
「さぞおつらいことでしょう。心中お察しします。それで、時貞翁にとられた形見とはいったい?」

「────羽衣」

「は…………」


天女のような女の口から、天女のような言葉がこぼれた。

俺よりいくぶん若い身空で七つの子供とは、よほど若い時分に産んだのだな。という感想が彼方へふっ飛ぶ。



「私の体をすっぽり覆えるほどの、母の母から受け継いだ、大切な羽衣にございます」



濡れた睫毛の下から贈られる流し目。行灯の光を受けてかすかに橙に光るまなこが、一瞬金色に様変わりして見えた。


気のせい、だよな…………?










ワケを話せば外に出す、と約束したくせに。水木はわしを牢に閉じ込めたまま眠ってしまった。やはり人間など信用ならんと言うことか。……いや、あまり時期尚早に決めつけては妻に怒られてしまうか。

両の腕を枕に天井を見上げる。暗くかび臭いこんな倉でも幽霊族には慣れ親しんだ空気だ。じゃが、妻がこんなところに一人で閉じ込められているかもしれぬと思うと、どうしてゆっくり休めようか。

じれったい心持のまま、ふと牢の外の膨らみを見遣る。水木ではない。その横の、わしに近い方に布団を敷いて包まっておる女の方。

子を探しておると言っていた。人間に捕まってどこにも行けず、体を暴かれ尊厳を踏みつけにされた。捕まえていた当人が死んでもこうして閉じ込められて自由もない。相手が妖怪でなくとも憐れに思う心くらいわしにもある。

そう、思っておった。


「のう、名前とやら。まだ起きているか」


返事はない。膨らみは規則的に寝息を立てている。

本当に眠っておるのか、それとも。


『お子さんはいくつくらいで、男の子か、女の子か』
『女の子です。素直で、賢くて、私の言うことをよく聞いてくれた。まだ十を数えていない、可愛いお嬢ちゃん』



「そんな子供、本当におるのか?」



返事はやはりなかった。



妖怪どうるいかと思うたが、気のせいか。



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