隔てて燃えて絶えて、蒼



※原作改変あります。
※35巻350話のネタバレ。アニメでまだやってないところです。



うちのクラスには轟くんがいる。

赤と白が半々の髪に青緑の目をした男の子。個性は炎系で、お父さんはヒーローなんだって。あくまで噂だけれど、私は本当なんじゃないかと確信している。

だってこの世界、前世で呼んだことがある漫画にめちゃくちゃ似てるんだもん。

ヒロアカとか僕アカとか縮めて呼んでた某週刊誌の人気漫画。個性っていう超能力を一人一人持って生まれるのが当たり前の社会で、個性がない主人公が最高のヒーローになるって話。

そんな漫画の世界に私は生まれ変わったらしい。


「名前ちゃん、縄跳びしよー」
「いーよー」


めでたい紅白頭を追うようにお友達と校庭へ向かう。

途中にすれ違う子たちは髪色がカラフルだったり、体の一部分が異様に大きかったり、そもそもハロウィンの着ぐるみみたいな二足歩行の何かだったり。これがヒトで、同じ日本人だと思いたくないような子供たちが溢れていた。

年号、知らないのだったし。西暦も微妙だし。すんごい未来に生まれちゃったのかも、とか早とちりしないようにしていたけど。

小学校に上がったばかりの春。私は漫画の登場人物に初めて会った。お父さんの夢に付き合わされて可哀想な轟くんだ。それはもう、答えじゃん。


……でも轟くんの個性って氷も出せなかったっけ?









「名前ちゃんは何色がいい?」
「んーと、ピンクがいいな!」
「はい、どうぞ」
「ありがと轟くん」


折り紙を受け取って、丸い厚紙にそって破れないように張り付けていく。幼稚園の延長線上のような図画工作と道徳のミックス授業。小学校二回目とはいえ、もうほとんど覚えてないから何事も新鮮だ。メダル型にして将来の夢を書くんだって。

机を向かい合わせに三つずつ。六人一班でおしゃべりしながら手を動かす。みんな何書いたんだろ? さりげなくきょろきょろすれば、右も左も前も同じ“ヒーロー”。習字の課題かな?


「名前ちゃんはどのヒーローが好き?」
「やっぱオールマイトだろ!!」
「ちょっと、アンタには聞いてないよ!」
「名前ちゃんのメダル、なんも書いてないじゃん」
「みんなもうできてるよー?」
「ねぇオールマイトだよね!?」


すごく、困る。


「私ね、エンデーが、好き……」
「そおなの?」
「えー? オールマイトの方が強いって!」
「どっちも筋肉モリモリだよねぇ」
「他には? 私クラストがすき!」


みんながみんな、好きなヒーローの話でワッと盛り上がっていく。

オールマイトが一日で助けた人の数とか、エンデバーがヴィランのアジトを派手に吹き飛ばして一網打尽にしたこととか、クラストが交通事故で転落したバスを支えたおかげで大事に至らなかったとか、ヨロイムシャがパトロールしているところを旅先で見たとか。

よくもまあそんなにヒーローの話が出てくる。まるで特撮ヒーローとかアニメの登場人物が現実にいるみたいに、キラキラと。この空気にはまだ慣れないなぁ。

折り紙の上をつるつる滑るクーピーをむりやりグリグリ塗りこめて、いびつな“ヒーロー”の文字を書いていく。こんなもんだろ、と顔を上げた先で、斜め向かいの青緑色と目が合った。


「轟くんもヒーロー?」
「……うん、当たり前じゃん」
「だよねぇ。轟くん強そうな個性だもん」
「強そうじゃなくて、強いんだよ」
「じゃあ絶対ヒーローになれるじゃん。うらやましー!」


轟くんは雄英のヒーロー科に進んで、いいお友達たくさん作って、お父さんの思惑とかもうどうでもよくなっちゃうんだよね。

知っていることを思い出してニコニコする。でも轟くんは、ヘタクソな笑顔で頭をかいた。うん? あれ、轟くんってもともとヒーローになりたくない人だったかな? お父さんの訓練がツラくて反抗的、みたいな感じだった気がする。実際、この轟くんも手とか腕に火傷の痕があるし。

あんまりヒーローの話振らない方がいいかなー。


「エンデヴァーのどういうところが好きなの?」


口を閉じたところで、隣の子が思い出したようにさっきの話を蒸し返してきた。轟くんの手前、答えにくいなぁ。


「たくさんヴィランを捕まえているところ?」
「オールマイトじゃなくて?」
「オールマイトは人を助けるけど、エンデバーは悪さする大元を断ってくれてるじゃん。危ない目に遭う前にヴィランをやっつけてくれるヒーローの方が嬉しいかなぁ」


助けてって言って助けてくれるヒーローはそりゃあ安心感があって素敵なことだけれど。助けてって言うくらい怖い思いをそもそもしたくない。助けを求める人を減らすにはヴィランをわんさか捕まえてもらって抑止力になるのが一番じゃない?

大真面目に答えたのに、みんなが不思議そうな顔で見てくる。その中で唯一、やわっこそうなたれ目にギッと力を入れた轟くん。もうそれは睨んでいないか?


「オールマイトの方が、強いのに?」
「轟くんオールマイトが好きなの?」
「当たり前だろ! オールマイトが嫌いなヤツなんていないって!」


轟くんが答える前にお向かいの男の子に盗られてしまった。

オールマイトを引き合いに出すのって、やっぱりお父さんの恨み言を聞かされ続けていたからだよね。だったらオールマイトの話が一日一回は出るこのクラスってかなり地獄じゃないかなぁ。

おうちも学校も地獄。轟くんのお顔が高校生できつかったのはこのせいもあるよ。

納得したところで、ただのクラスメイトにできることは黙ることしかない。オールマイトの話で盛り上がった班の中、私と轟くんは黙ってメダルに不必要な落書きを書き込み続けた。

メダルは、帰りにコンビニのゴミ箱に捨てた。









轟くんと私は友達じゃない。

ただのクラスメイトで、三年生からはクラスも離れちゃった。ただの同じ小学校に通う他人だ。

それが崩れたのは四年生の時。久しぶりに会った轟くんは頭が真っ白になっていた。


「俺もここで食べる」
「………………いーよ」


今日は運動会。お昼の時間は応援にきたご家族と一緒にご飯を食べるのが恒例だ。

普段は人気で順番待ちが長いブランコも今日は乗り放題。膝のランチボックスからサンドイッチを取り出してもそもそ食べる。ちなみに今朝コンビニで買ったのを百均のケースに入れ替えただけの代物だ。小学生が運動会のお昼に一人でビニールぺりぺりしているのは、大人にとっては大変痛ましい光景らしい。一年生の時に学んだ。

今年も今年とて優雅なお昼にしゃれこもうとした私の隣に、久しぶりに見た轟くんがドッカリ座り込んだ。紅白の髪から赤が消えていた。

──その髪どうしたの?

なーんてきっと耳にタコができるほど聞かれたことだろうから。どうせ個性の関係だろうと無視することにした。たぶん成長期前のホルモンバランスのほにゃららで炎が弱まっているとかそんなところでしょ。雄英に入る前に落ち着くんだから、今無責任に心配したってね。


「轟くん、お姉ちゃんいなかったっけ。一緒に食べないの?」
「冬美ちゃんは妹だよ。友達と食べるんだって」
「ふぅん」


じゃあなんで轟くんは友達と食べないんだろうね。

こう聞くと、私にもブーメランが突き刺さってしまう。ゴクリと最後の一口を飲み込んで、ビタミン入りのゼリー飲料をちゅーー。

隣の轟くんは、一口二口箸でおかずをつまんでから蓋を閉めてしまった。


「お母さんがお弁当作ってるの?」
「……んーん、お手伝いさん」
「へー、すごい」
「すごいもんか」


なんの話がしたいんだ。私も、轟くんも。

微妙に会話を続けてしまったせいで、ちゃんとした交流みたいになってしまったのが居心地悪い。

轟くんの人生と私の人生は、きっとこの先交わることはないのに。


「エンデヴァーのこと、まだ好き?」
「なんで?」
「オールマイトより好きなんでしょ」


いつの話だよソレは。

ため息が喉の奥に充満した。吐き出さなかっただけマシだと思う。

言っても良いかな? 良いよね。この話題めんどくさいもん。


「うちの親ね、ヒーロー嫌いなの」
「そうなの?」
「そ。警察官でさ、いっつもヒーローにいいとこ持ってかれるから、ヒーローなんてなくなれって思ってる。見るのも嫌みたいでさ、うちにテレビないんだ」


絶句。瞠目。呆然。

いっそ絶望すら感じさせる真っ白い顔で、轟くんは私を凝視している。


「好きって言ったのもね、ホントは知ってるヒーローがエンデバーしかいなかったからなの」
「オールマイトも?」
「なんか人気だよね、そのおじさん」
「おじっ、!?」


誰も彼もヒーローヒーローオールマイトオールマイト。みんな好きで当たり前だと信じて疑わない空気にうんうん頷く。こっちはキャバ嬢みたいに時給発生しないのにさ。


「ヒーローのこと、ヒーローとして感謝してるけど、ひととなりはどうなのか知らないし、興味ないし。よく知らない人のこと、“好きだよね?”て聞かれるのウザい」
「ヒーロー、嫌いなの?」
「嫌うほど興味ないって」
「そっ、か……」
「轟くんは? ヒーロー好き? オールマイトとエンデバーどっちが好き?」


口が滑ったと思った。

相変わらず火傷だらけで、時々目がギョロッと怖くなる男の子に対して、聞いていいことじゃなかった。思ったよりもストレスが溜まっていたのかもしれない。

誤魔化すためにブランコを大きく漕ぎ始めた私。軋む鎖の音の合間に、轟くんの絞り出す声が嫌に鮮明だった。



「俺を見ないお父さんは嫌い」



それは、まるでネグレクトを受けている子供みたいで。好きな人が振り向いてくれない女の子みたいで。……でもヒロアカの轟くんは苛烈な訓練を受けて父親のことが憎い男の子だったような。


「轟くんって、お父さんに見てほしくてヒーローなりたいの?」
「うん」


即答するってことは、この頃の轟くんは違うのかな。

ものすごい違和感はちゃんとあったはず。それがヒーローノイローゼにかかっていた私にはどうでもいいことすぎて。「なりたいものになれればいいね」て、思ったことをそのまま口に出していた。

その時は、それっきりだったけれど。

小学校を卒業するまであと二回、運動会のお昼には轟くんがやって来た。話す内容はやっぱりヒーローのことで、とてもめんどくさい感想しかなかった。

だって轟くんはどうせお父さんのことが嫌いになる。今は鬱屈とした小学生でも、いつか健全な反抗期を迎えて、キラキラな主人公たちの一人になって、手に手を取って巨悪に立ち向かう。

ヒーローになるキャラにはとことん優しい、ヒーローのために用意された世界だもの。




***




凝山中学に上がってはじめての冬休みが明けた始業式。

同じクラスの轟燈矢くんが死んだ。




***




大昔に一回読んだ漫画の内容、事細かく覚えてられるかよ。こっちは生きてるだけで精いっぱいだっつの。


「お悔やみ申し上げます」


じゃんけんで負けた学級委員長こと私は、クラスの代表として担任と一緒に轟家に伺った。

すでに内々で家族葬を終えたらしい。骨壺が入った真っ白い袋と、中学の学生証を引き延ばした遺影。真っ白い髪に青緑の目をして学ランに着られている男の子は、よく見るとたれ目で、色白で、訓練しているとは思えないほどなよっちかった。

私が知っているヒロアカの轟くんじゃなかった。

お線香をあげている間、そばにいてくれたのは轟くんのお母さんやお手伝いさんじゃなく、何度か見たことがある冬美ちゃんだ。そういえば、轟冬美って人はお姉ちゃんのイメージが強かった。轟くんに妹だと言われた時点で気付ければよかったのに。


「あの、小学校の運動会の時、いつも燈矢兄と一緒にいた人ですよね」


帰り際、引き留められて振り返る。よく覚えているな、と思ったものの、ブランコでぼっち飯する小学生はやっぱり悪目立ちしてたんだね。


「燈矢兄と仲良かったんですか」
「愚痴を言う仲でした。ストレス発散相手というか」
「愚痴、ですか……」
「吐き出せばマシになることもあるかなって」
「……兄は、なんて言ってましたか?」
「お父さんのことを少々」


これだけでも通じるものがあったのだろう。

スカートをギュッと握りしめて俯いてしまった女の子。廊下の突き当りの影からこっそり覗いている男の子も見えた。


「轟くんは、かっこよくて、明るくて、優しくて、個性も強くて、それだけでうちのクラスのヒーローだったんだ」


誰を守ったわけでもないし、いじめっ子をやっつけたわけでもなかったけれど。轟くんなりに、なりたい自分になろうとしてたんじゃないかな。

ぐすぐすと泣き出してしまった冬美ちゃんにティッシュを押し付けて、待っていてくれた担任の元に急いだ。いい年こいて涙目になっている大人にドン引きした。さっきの言葉は死んだクラスメイトを偲ぶ学友としてよほどクリティカルだったらしい。

言うタイミングも、言葉選びも、ぜんぶ黙っていれば良かったことを言った。今のは性格悪かったかもな。

他人の家庭事情なんて、嫌うほど興味はなかったのにね。




***




この世の何物にも興味を持ってはいけない。

そう思って生きてきた。何か決定的なことがあったわけでもなく、唐突に悟った。小学校に入る前のことだ。けれど入った直後に漫画のキャラクターに出会ってしまって、自分への戒めが狂ってしまったんだと思う。

そりゃ気になるよ。だってメインキャラだよ。わりと丁寧に過去に触れてたキャラの子供の頃に会っちゃったんだもん。仲良くなりたいとはちょっとも思わなかったけれど、ありのままを観察したい気持ちはほんの少しだけあった。

あの好奇心のせいで、こんな後味の悪い気持ちになっている。


「クラスメイトの子が亡くなったんだってね」
「はい、個性事故で」
「中学生なら第二次性徴期か。急な体の変化に個性も引っ張られることもある」
「その子とは仲が良かったのかい?」
「小学校の時、ちょっと話したくらいですかね」
「幼馴染のようなものか」
「そんなにベッタリじゃないですよ」


本当に、轟くんと私の関係は、同じ小学校出身とか、クラスメイトとか、そういうサラッとしたものでしかない。

重くなってしまったのは、“私が勘違いをしていた”以上も未満もない。


「名前少女。私たちはね、キミに人の死にまで無関心でいてほしいわけではないんだ。辛い時や悲しい時、腹立たしい時、虚しい時、なんでも良いから相談してほしいよ」
「八木さんは難しいことを言いますね」


『この世界のことを漫画で読んだことがあって、死んじゃった轟くんの弟がメインキャラの一人なんですよ。私はあんま詳しくないけど』

……周りと距離を置きすぎて空想の世界に住み始めた、とか思われたくないし。

四年ほどお世話になっている警察関係の大人二人には、できるだけ清廉潔白な良い子でいたかった。その背後にとんでもなく面倒な組織があるのも分かっていたし。


「私はいつでも一緒に住む準備はできているからね」
「ありがとう叔父さん。気持ちだけもらっておきますね」
「塚内くんに遠慮しているなら子供が欲しい知り合いに紹介もできるよ。任せたまえ、私って顔が広いんだ」
「八木さんもありがとうございます。でも余計に気を遣いますよ」
「そうかい? まったくの他人の方が話しやすいこともあるものさ」
「やめてくれよ、オ……八木さん」


おじさんたちのいちゃつきを紅茶を飲むことでスルーした。これが本当のお茶を濁すってこと。

ヒーローと同じくらい、警察も得意じゃない。もはやヴィランと変わらない思考回路になっちゃった。

そりゃあ、監視したくなるよねぇ。


そういえば、ホークスは子供の頃に公安に目をつけられてスカウトされたんだったか。今いくつだろう。歳近いかな。

ヤだな、ヒーローも公僕もガラじゃない。


「お嫁さんとか……」
「養子縁組をすっ飛ばして!? まだ早いよ何言ってるの!?」
「そうだぞ中学生で嫁に行かれたら困る!」
「やだな、将来の夢ですよ」
「急すぎるよ名前少女! 可愛いけど! 可愛いけどさ!」
「私は認めないからな!?」


このおじさんたち仲良しだ。

分かりやすくニコニコする私に、二人は余計にあわあわし出した。安心してほしい。アテはない。

中学生のうちは夢見がちな女の子のフリでもしていようってだけだ。

第一志望に“ヒーロー”と書く子供に囲まれるストレス、誰も分からないんだろうなぁ。




***




時間は平等に、嫌でも進んでいく。

中学校を卒業し、そのまま通える範囲にある私立高に進学した。身長も髪も伸びて我ながら大人びた。前世の自分の容姿なんてまったく覚えていないから、ただ成長した感慨だけうっすらと残った。

冬美ちゃんとは今でもメールのやり取りをしている。でも轟家にはあれから一回も行っていない。あの家には本当の轟くんがいて、元凶のエンデヴァーが訓練をつけているから。

ちょっとしか覚えていないとしても、漫画の知識から完全に離れたかった。どうせ私がいない方が世界は着実に回っていくのだから。


「轟くん……」


それは、あの轟くんもおんなじだったのだろうか。

あの個性事故は漫画にあったことなのか、覚えていたら防げたことなのか。防げてたら何か展開に支障が出るような事件だったのか。

そんな無意味な自問自答が、もう何年も続いている。何物にも興味を持たないように生きてきた。でもそれは、生きてこの世にいるもののことだけだ。死んでしまえばもう関係ない。死人に私は利用されないから、いくら考えたって大丈夫だと安心していた。

ぼんやり帰り道に考え事をできるくらい。

向こう側に立ち尽くす、異様な誰かの存在を視界に入れながら、眼中に入っていなかった。



「すごい、どおして分かったの?」



──名前ちゃん。

裸足で、煤だらけの焼き切れた服を着た、知らない男の子だった。

ゴワゴワに逆立った白い髪、鋭いツリ目、耳から口の端と顎に走ったY字のツギハギ、不健康ながらゴツゴツとした手足、声変わりの途中みたいにか細くてガサガサした声。

私はこんな不審者知らない。いくらマジマジ見たって知り合いに思い浮かぶ人は誰もいない。人違いですって言いたいくらい、本当に知らない。

なのに、相手はくしゃりと引き攣る表情で、眩しいものでも拝むように私を見る。コンクリートの上を裸足でペタペタ歩いて近寄ってきて、青緑色の濁った目と目が合った。

轟くんかもしれない。


「俺、3年も寝てる間にこんなに顔変わって、声も違くてさ。……ねえ、お父さんは俺だって気付いてくれるかな?」


轟くんだわコレ。

期待と不安でゆらゆらしている目を見ていたら、こっちまで不安になってきた。これから大惨事になる未来しか見えない。

もう知らない。もういっか。


「轟くん、私の個性おぼえてる?」
「名前ちゃんの、個性?」
「聞き方変えるね。──私の名字、知ってる?」


急な話題転換に流石に戸惑っている轟くん。それから、不安とは違う感情でゆらゆらし出した青緑色を見て、3年経ってもちゃんと作用していることを確認できた。


「私の名字、学校では塚内なんだけど、あんまり馴染みなくて“隠していた”んだ。クラスメイトも先生も、私のこと名前で呼んでいたでしょう?」
「えっ、そんなことできる、の?」
「できちゃったから、ちょっと大変でさ」


そんなんアリ? って個性だから、小学校に上がる前に本名も名乗れなくなって、塚内に改名して、血縁も誤魔化されちゃったんだ。

本当は、“志村名前”って名乗りたいのに。



「私の個性、『隔絶』って言うの」



その名前で合っているのか甚だ疑問ではあるけれど。

ガサガサの手を取って微笑みかけた、瞬間。私たちはこの世の何者の何事からも『隔絶』された。私と轟くんを認識できる人はもはやこの世にはいない。

きっと監視の人は私が急に消えたって……思うヒマもなく私の存在を忘れてしまっている。12年前の私の本当の両親のように。

個性の影響でややぼんやりしている轟くんを引き連れて、私しか住んでいないマンションに連れ込んだ。


私はきっと怒っていた。



「自分に見向きもしない父親に構って、人生棒に振る気かよ」



馬鹿な子供にも、こんな子に育てた馬鹿にも。

現実とフィクションの境目もつかない愚かな自分にも。



「せっかく生き返ったなら現実生きろよ燈矢・・くん」



『隔絶』とは、隔たり分かれること。遠く引き離すこと。

長く抑え込んでいた激情が溢れ出してくる。心底腹が立った私は、轟くんの中から“お父さんへの情”を根こそぎ『隔絶』してやった。





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