花嫁希望、思案中



※9話まで見ました。



『あの人、私の名前呼んだことなくない?』


キッカケは些細なことすぎて覚えていない。ただ、見ないようにしていた長年の積み重ねがある日突然結実した。それだけのことなのだろう。

父の愛を諦めた。

期待されていない。助けてくれない。実子という血の繋がりでさえ当てにならないのだと腑に落としてしまえば、入れ替わりに恐怖が臓物をかき分け表在する。

この世界は地球から宇宙に進出したスペーシアンと地球に残ったアーシアンとの間に明確な溝がある。経済格差。搾取する側とされる側。人種差別というよりは階級差別。数百人の豊かな暮らしのために何万人もの労働者が踏みつけにされている。

富裕層は労働者階級の悲鳴から耳を塞ぐ。靴の裏に誰かの顔があるのを知りながらよりよい暮らしのために新しい踏み台を探すだろう。

チョコレートを食べたことがないカカオ農家。ファストファッションの裏で強いられる労働搾取。モビルスーツ産業も同じか、それ以上に苛烈な搾取が行われている。テレビでは流れない現実だ。

成長するにつれ、ナマエは自分の立ち位置がどれほど脆いものか理解した。

宇宙に名だたるベネリットグループのご息女。誰もが憧れる盤石の地位であるはずだ。けれどひとたび企業の外に出てしまえば、──地球に行ってしまえば、憎きスペーシアンの小娘でしかない。

ナマエが何一つ自分の意思で加害したことがないにせよ、美味しいごはんを食べ綺麗な服を着て暖かい寝床で眠った事実がある限り、労働搾取によって贅沢な暮らしをする鬼畜という事実は変えられないのだから。

初めから父の会社から逃げる選択肢はなかった。富があり安全が保障されたこの箱庭の中でしか生きていけない。無力な子供として、父の役に立つ人間にならなければいけなかった。

けれど、父はナマエを見ない。

ミオリネばかりに目を向け口出しをし、ナマエがどんなに従順な娘であろうと放置した。


“──そりゃあ、血がつながった他人だものね。”


ここでナマエにミオリネのように反抗する意思があったなら結果は変わっていたのだろうか。

愛されたいとかなんとか。そもそもそういうのは小っ恥ずかしくて苦手なんだ。

中身はとっくに成人した記憶のある事なかれ主義の日本人は、殻を突き破る反抗期を迎えることもなく、ほとんど他人の父に関しても放置上等で心穏やかに静かな学生生活を送ることにした。

いてもいなくてもいい子供から、いたほうがいい子供になれるよう。

ミオリネがモビルスーツの操縦が苦手なことを知り、わざわざ危険なパイロット科に入学したのはそういうことだ。目先の危険より将来を取った。どうせ卒業後は危険から遠ざけられてどこかに嫁ぐか縁故採用で経営側に組み込まれるだろうと。

父の邪魔にならなければ、このままでいられるのだろう。

問題は、ミオリネが地球に行きたがっていることだけ。



「けっこん"ん"んっ嫌なのしってるがら、っいやなのいっでるよぉぉって、いってうっのっにっ、死ぬなんて、死……? うぁっ、うぇぇーーーん!! しんじゃやらぁーーッ!!!!」
「あ"ーーーーうっさいわね少し黙りなさいよ馬鹿! 私は死なない! 勝手に決めつけるな!」
「だってガンダム乗ってた!! ミオリネガンダム乗ったんだっ!!」
「知らなかったのよあれがガンダムなんて!!」


スレッタ・マーキュリーがガンダムを違法所持・操縦した疑いで連行された後。軽い聞き取りの後解放された双子は理事長室兼ミオリネの私室に場所を移していた。

ミオリネとナマエ。学園内では並んで歩く姿を見せない二人だが、実際はちょくちょく人目を避けて会っている。主に温室の管理とミオリネの汚部屋の清掃にナマエが突撃してくるのだ。

父に追従するナマエにミオリネはかなりの不信感を抱いていたし、はじめは部屋に入ろうとすると抵抗された。しかし部屋を見るなり『なにこの部屋! 病気になるでしょ!?』とお淑やかな外面を脱ぎ棄ててゴミ袋をまとめ始めると、使える者は使ってやろうと思ったのだろう。今では一人暮らしの息子の部屋に定期的に家事をしに来る母親状態だ。

将来の話をしなければそれなりに意思疎通は取れるのだと気付いてから、とりとめのない話を上滑るように並べ立てる。ミオリネは言葉少なに、ナマエはやや幼く。これは引きこもりの息子と地雷を踏まないように気を遣う母親のようであった。

会話はできるが意思疎通が難しい。なんて矛盾だろう。

ナマエはずっと不安だった。家出が成功して地球に降り立ったミオリネが人並の生活を送れるか。スペーシアン差別を受けて口に出すのもはばかられるような目に遭わないか。わざわざ危ないところに行かずに、ずっとここにいればいいのに。……そこまで口に出せば、今度こそ理事長室にも入れてもらえなくなる。母の形見のトマトだって分けてもらえない。そんなのは嫌だ。

たった一人の姉なのに、これ以上嫌われるのは嫌なんだ。


「アンタは、私が死んだほうが良いとは思ってないのね」
「……ッ!? なん、なんでぇ??」
「確認よ、確認」
「なんでそんなこと言うのぉッ!?」
「本気で言ってない! ちょっと! これ以上泣かないで!」


「アンタ子供の時だってこんなに泣いたことないじゃない」珍しく、弱弱しい声で呟いたミオリネがナマエの顔にタオルを投げてよこす。「ちゃんと洗ったやつ?」「ティッシュ切らしてて悪かったわねぇ!」ゴシゴシと顔面をこすられお嬢様の柔肌が悲鳴を上げた。

そうしてしばらく経って、ようやく涙腺の蛇口が締まって来た頃。ミオリネはムッとした顔を俯かせた。


「分かってる? アンタのお友達はね、私が地球に行って帰ってこなかったらいいと思っているの。クソ親父の娘が一人になればアンタは晴れて後継者確定。仲良くしてる自分たちの利になるでしょ」
「そんなの無理だよ。だってお父さん、絶対ミオリネのこと逃がさないもの」
「は? 私が一生アイツの持ち物だって言いたいわけ?」
「そういう話じゃなくて!」


こういうところで引っかかるから話が進まないのだ。

普段ならここで曖昧に微笑んでお茶を濁していた。でも今のナマエは真っ赤な顔でぐずぐず鼻水をすする小娘だった。酸素も足りなければ後先も考えられない。


「ミオリネはすごいから、お父さんも期待しているんだよ? 私はミオリネじゃないからなにやってもダメだけれど、ミオリネがやりたくないことはやる。結婚が嫌だから逃げたいんだよね? なら私が代わりに頑張って結婚するから、ミオリネは会社を頑張ってよ」


それが一番効率的だと、心の底から思っている。

ミオリネも察するものがあったのだろう。ナマエが本心から何の疑いもなく自分を犠牲にしようとしていること。何より、自分の理想を“善意”で押し付けていることに気が付いていない。

そしてナマエも、自分の“善意”がミオリネに受け入れられないことを分かっている。

双子でも話が通じないのだと分かってしまう。


「私は、ここにいたくないって言ってるの」
「私は、本当はミオリネと一緒にいたいよ。でも、」
「私が嫌だから我慢するって言いたいんでしょ。アンタのそういうとこ、」


声に出さなくても続く言葉は分かっていた。

声に出さないことがミオリネの優しさだと思うことにした。


「帰って。出てってよ」
「うん」
「……明日、放課後に温室に来て。グエルに壊されたの、直すから」
「グエル先輩が、温室を? そんな人だっけ」
「今回の決闘の発端知らないの? あんなヤツと結婚したい人間の気が知れない」
「ん? 人によるんじゃない?」


「アンタのことよ」というツッコミはナマエには聞こえなかった。









フロントの天井に広がるパネル群は夜になっていた。

理事長室からまっすぐ寮に帰る前に、一度決闘委員会の部屋に寄る。慌てて出てきたせいで講義用のパッド端末を置いてきてしまったのだ。

ガラス張りの廊下に人工的な月の光が差す。静かすぎて今日の自分を冷静に見つめ直してしまう。外でなければ頭を抱えていた。

そんなに毎日不安だったのだろうか。あんな風にキッカケさえあれば泣き喚いてしまうくらいストレスがあったのか。自分では気付かなかった。

一定の間隔でブーツを鳴らして部屋を目指していたナマエは、部屋に辿りつく直前で急に足を止めた。


「──エラン先輩?」
「ナマエ・レンブラン」


古式ゆかしい紙製の文庫本を閉じベンチから立ち上がった人。ペイル寮所属のエラン・ケレス。切れ長の瞳が座った瞼の下で無機物のように反射し、暗い視界の中では猫の目のように浮かび上がって見えた。


「これを取りに来たんだろう。部屋を施錠するから預かっていた」


手袋をはめた手が見慣れた端末を差し出してくる。そっと両手で受け取っても、明け方近くに見た夢のように実感がわかない。


「ありがとう、ございます。……ずっと待っていたんですか?」
「しばらく一人になりたかったんだ。君が来なくても構わなかった」


いつにも増してしゃべる。そして不思議さにも磨きがかかっていて、ナマエは正直困った。

エランは同じ決闘委員会に所属しているし、御三家だから業務連絡で話す機会もある。けれど、こうもあからさまに親切な態度は初めてのことだ。

なにより、ナマエの顔は泣き腫らして見るも無惨な状態で、喉もガラガラだ。誰にも会わないと思ったから急いでやって来たのだ。端正な顔をした氷の君にジッと観察されると居た堪れない。


「何か、まだお話が?」
「そうだね。君は決闘が始まる前にスレッタ・マーキュリーのモビルスーツを“ガンダム”だと言い当てた。あの機体に見覚えが?」


前世のテレビで、などと言えるわけがない。

あまりにも見覚えのある有名なロボットを不意打ちでドンッと食らったのだ。ビックリして口に出してしまったのは、ナマエの迂闊だと認めざるを得ない。


「さあ、どうしてでしょう」


答える気はない、という態度でおっとり首を傾げるしかないナマエ。エランは特に気分を害した様子はなく追求する。


「潤沢な資金、高品質のパーメット、魔女が一人いればガンダムの製造は可能だ。カテドラルの目さえ欺けばどうとでもなる。けれど、君が知らないと言うのならそうなんだろうね」


“ベネリット社が秘密裏にガンダムを製造して転入生に横流ししたのでは?”

すごい言いがかりだ。しかもナマエの誤魔化しがヘタクソだと当て擦っている。

慌ててはいけない。まともに相手するのも。ナマエは動かしづらい表情筋をなんとか柔らかく解した。


「スレッタ・マーキュリーさん。見たところデータストームの影響はなさそうでしたが……短時間とはいえ、本物のガンダムに乗ったなら人体への負荷は避けられないものでしょう? 今頃、適切な治療が受けられていればいいのですけれど」
「……君は本気でそう思っているの」


あら?

ヘタクソな話題転換をさらに突かれると思っていたのに。エランは急に声のトーンを落とした。先ほどまでは追求しつつも、追い詰める人間特有の熱は一切感じられなかった。今だって熱はない。でも、どこか険が取れたような。もともと相手に伝える気のない本音を、薄い唇からコロリと。

今までの探るようなそれとは違う様子に、こちらも調子を崩されてしまう。


「パイロットの命を奪うモビルスーツですよ? 死んでしまうと分かっているのに誰かをそのまま乗せるのは嫌です。だって死んでしまうんですもの」
「……そう」
「エラン先輩が乗ったとしても、私は止めますよ。もしかしたらまた泣いてしまうかも……」


なんてね、と。

茶化す言葉は喉の奥に逆流した。

エランは、何事にも興味を抱かない。誰とも親しくしない。自分は皆とは違うのだというオーラを隠しもしない。孤高で、孤独で、孤立した先輩が。


「僕のために、君が?」


分かりやすいほどに、驚いていた。

緩く見開かれた目が、ナマエの中から何かを見つけようとする。さっきまでの無機物的な会話がAI学習の一貫だったように思えるほど、今のエランはひどく、人間的だった。


「家族でもない、他人のために泣けるの?」


そりゃあ、



「いなくなるのは、怖いですから」



死んでしまうかもしれない恐怖は、自分の立場を知ってからずっと持っている。ワケもなくシミュレートして、震えて、やらなければいけないことを必死に考えている。

主語のない答えを恐る恐る転がして、目の前の少年がどう受け取ったのか見ないフリをした。

実際、人の心の動きなんてナマエには分からない。感情豊かなグエルを姉から奪うことすらできないのだから、この無感動な氷の君が何に反応を示したのか全くの未知だ。

それでも、エランには何か引っかかることがあったのだろう。

考え事をしながら去っていったエラン。ナマエの手にはエランのハンカチが握られている。涙の痕が未だ残るナマエに有無を言わさずエランが押し付けてきたのだ。


「何だったんだろう」


ガンダムを知っている件についてエラン経由でペイル社に情報が行き、直接聞き出すようにエランが指示を受けた……というのが妥当だと思った。

けれど蓋を開けてみればガンダムはオマケで、話題はナマエが泣いたことに重心が寄っていた気がする。前者が建前で、後者が本題?

ホルダーのグエルを倒し花嫁を手にすることを諦めたペイル社が、オマケのナマエで次善の手を打とうとしているのか。それとも。



「こんな時間に一人で帰るつもりか」
「あ……ラウダ先輩」


来た道を引き返したところ、出入口付近にラウダが立っていた。

髪をしきりにいじりながら神経質そうにナマエを見下ろしてくる。そしてナマエの手にあるハンカチを見つけると眉間にグッとシワを寄せた。


「エラン・ケレスとすれ違った」
「ああ、私の忘れ物を預かっていたみたいで。とても助かりました」
「水星女に負けた兄さんには愛想が尽きた、と?」


あからさまに荒れている。
そういえばグエルはスレッタに負けたのだったか。

ミオリネが死んでしまう恐怖と混乱で事態を把握しきれていなかった。キョトリと子供じみた態度で見つめ返すナマエ。ラウダの苛立ちが跳ね上がった。


「次の相手はエラン・ケレスか。そういえばシャディク・ゼネリにも言い寄られているらしいな。とんだ尻軽だ」


尻軽と来たか。

泣き腫らした顔で、わざと眉を下げ悲しさをアピールする。怒りで押されるより悲しみで引かれた方が有効な相手がいる。グエルは落ち着くタイプで、ラウダは余計に腹が立ったらしい。

言葉が徐々にヒートアップしていき、それに応じてナマエは壁に追い込まれた。

触れてはいないが、パイロット科で鍛えられたラウダと壁に挟まれ圧迫感がある。


「兄さんが結婚するのはミオリネだ。君は兄さんとは結婚できない。しかしジェターク家の家門には加わってもらう。何故なら、」
「あなたと私の結婚を、デリング総裁は承諾しましたか?」


それでも、ナマエは微笑んだ。

優美に、可憐に、嫋やかに。何もかもを許容する空想上の女神様を思い描きながら、至近距離のラウダの顔を覗き込んだ。


「父の許しなく婚約することは私にはできません。何より、婚約者でもない方から謂れのない不貞を責められるのはとても不愉快です。私はジェタークCEOの持ち物ではありませんもの」


グエルとラウダはヴィムの持ち物で、ミオリネとナマエはデリングの持ち物だ。他人のものを好き勝手できるなんて思い上がりも甚だしい。ちゃんと教えてあげなくては。

ほんの僅かばかりあった距離を半歩詰める。ラウダのみぞおちあたりにナマエのタイがかすった。

ここで距離を取らずに見下ろし睨みつけるのがラウダの矜持なのだろう。ギリリとした歯軋りがすぐ近くから聞こえる。髪をいじっていないのは、腕を挙げるとナマエに当たってしまうからだろう。


「君はッ、兄さんのことが好きなんじゃなかったのか!?」
「好きですよ? 素敵ですよね。考え方に一本筋が通っていて、強くて、プライドに見合った人間であろうとしている。素直に育ったんだって分かりますもの」
「白々しい! 姉の地位を羨むばかりの、」
「ラウダ先輩のことも、好きです」


今度こそ、ラウダはナマエから距離を取った。


「素敵ですよね。お兄さんが大切で、幸せになってほしくて、たくさん考えているんですものね。人の幸せのために頑張れる人は報われてほしいわ」


後退り、唖然とした顔が無防備に晒され、思い出したように髪の毛をいじりだす。見たことがないほど忙しなく引っ張っていて、いっそ禿げるのではと心配になった。


「ミオリネがグエル先輩と幸せになれるのなら、私だって応援します。けれど、この調子では……グエル先輩のホルダーとしての奮闘が浮かばれないでしょう?」
「っそ、そうだ! 兄さんはまだホルダーだ。ミオリネの花婿であることは間違いない」
「まあ、今日の決闘は無効になったのですね?」
「当然だ。あんな違法機体を持ち込んでなければ兄さんが負けるはずがないんだ」
「そうですね。グエル先輩はモビルスーツの操縦にかけて一流ですもの。惚れ惚れしてしまうわ」
「あ、ああ。兄さんは──」


会話が繋がっていなくとも、通じている風に錯覚させられたのなら良い。

いつもの調子を取り戻し、常識を語るようにグエルの自慢をするラウダ。しかし、どこか覇気がない様子にゆるく首を傾げる。髪をいじる指がまた激しくなった。


「ラウダ先輩、お話し中申し訳ありません。そろそろ寮に帰らなくては」
「ああ、ベネリット寮まで送って行こう」
「まあ嬉しい。ありがとうございます」


のほほんと微笑み、ラウダの隣を歩き始めたナマエ。いつもより忙しないラウダを見ないようにしながら、頭の中では何度も繰り返したシミュレーションの時間だ。

グエルは野心家のヴィムの息子とは思えないほどまっすぐで頼りがいのある男だ。個人的には好ましい部類であったが、ミオリネの温室で暴れたことでマイナスに振り切れた。捻くれた物言いをするミオリネと直情的なグエルでは喧嘩が絶えないだろう。

エランは物静かで理知的な空気を持つ美少年だ。建設的な話ができるし暴力に走ることは決してないだろうが、歯に衣着せぬ物言いを何の感慨もなくできる人間だ。その上他人に興味を持てず相手の神経を逆撫でする。何を考えているのか分からない相手にミオリネのキレ顔が浮かぶ。

シャディクは却下。


御三家の男、どいつもこいつもミオリネと合わない。



「(やっぱり私が結婚するしかないよ……)」



この思考を週一で繰り返している。ナマエの感覚は麻痺していた。そりゃあミオリネの意見も頭に入ってこない。

デリングがホルダーをミオリネの花婿に据えようとしているのは、優秀なパイロットを手元に置いておきたいからだろう。それか会社のためか、ミオリネのためか、どっちもか、どちらでもないか、知りようもないけれど。

ナマエがホルダー並みにパイロットとしての技量を持っていたなら何か変わっただろうか。

花嫁の妹だから、ホルダーになっても花嫁と結婚できない。意味がないからホルダーに決闘を申し込む権利は初めから認められていない。仮に学園一の技量を持っていたとしてもそれを証明できない。

できないことをいつまでも考えてしまう。時間の浪費はそろそろ控えるべきだろう。

17歳の誕生日はいつまでも待ってくれないのだから。




***




ニカ・ナナウラはその出来事を明確に“助けられた”のだと認識している。

チュチュとマルタンとの食事中。わざわざ人が少ない時間を狙って利用したというのに、見知らぬスペーシアンの二人組に絡まれた。理不尽に席を譲らされた上に食事にガムを吐かれたのだ。

チュチュがいきり立つ前にどうにかしなければならない。アーシアンが学園で上手に立ち回るには、黙ってやり過ごすしかないのだから。

慣れてしまった作り笑いでその場を離れようとした、その時。

目の前に、真っ白い少女が立っていた。

ナマエ・レンブラン。ベネリットグループ総裁の娘のことくらい、物を知らないアーシアンでも知っている。

ツカツカと近寄って来たナマエがニカの手からトレイを抜き取ると、ガムを吐き出したのとは別の生徒に押し付けた。とっさに受け取ってしまった相手は怪訝に眉を顰めたが、次の瞬間に反論する内容は別の物になっていた。


「“吐く”ほど気持ち悪いならどうして保健室に行かないのッ!!」
「は、……はぁ!?」


嫋やかなご令嬢の顔から予想外の声量で発せられた、これまた予想外の一言。

スペーシアンもアーシアンも関係なく、その場にいた生徒が呆気にとられている間にも少女は止まらない。


「我慢できなくてこんなところで吐いてしまったのでしょう? 具合が悪いのね? お顔も真っ赤だし、熱もあるのかしら? 早く保健室に行きなさいな!! お友達も、“吐いた”ものを片付けたら付き添ってあげてね!!」
「あ、アンタ何言ってんの!? 人がゲロ吐いたみたいに言わないで!」
「そうよ、こっちはただガ、!」
「ま、まあ……!! そんな大きな声で汚い言葉使わないで!! ここは食事スペースなのよ!? みんな食事してるのに、非常識なのはどちら!?」


最初に大声を出したのはそっちの方なのに。嫌に“吐く”という言葉を強調しながらナマエは止まらない。

何も知らない幼子を叱るように、よく通る声はさらに大きさを増していった。

利用者が少ない時間とはいえ、ラウンジにいる生徒は他にもいる。本当に誰かが“吐いた”のだと勘違いした何人かが食べかけのトレイを下げて出て行くのが遠目に見えた。


「こんなところで“吐いて”気持ちが整わないのでしょう!? 早く保健室に行ったらどうかしら!? ここにいても気分が悪くなるばかりよ!? だってさっきここで“吐いた”ばかりだものねッ!!!!」









「こんなところで“吐く”人がいるなんて、なんだか気分がすぐれないわ。あなた、お腹に余裕があるかしら?」
「えっ、えっ、あの?」
「良かったらどうぞ。私は外の空気を吸いに行くわ」


ヒステリックなほど喚き散らしていた姿から想像もつかないほど、ナマエはお淑やかに持っていたトレイを押し付けてきた。出来立てホカホカ、先ほど受け取ったばかりのランチなのだろう。

こんなもの受け取れない。そう言おうとして、相手が口を開くのが先だった。


「好きなところで食べたら? そこの席でもいいし、あっちの席も日当たりも良くて換気が行き届いているわ。このラウンジに指定席なんてないんだから」


それっきり、来た時と同じようにツカツカとその場を去って行った。早歩きなのに優雅で忙しなさを感じない。あれが大企業のトップに君臨するお家のご令嬢というものだろうか。


「サバの味噌煮、食べるんだ……」


手元に残ったトレイを見下ろして、ニカはなんだかおかしくなった。

さしもの狂犬チュチュも嵐のように過ぎ去った少女に噛みつく暇もなく、マルタンは未だに何が起こったのか分からず目を白黒させている。ラウンジは、先ほど吸っていた空気よりいくぶん清涼感があった。


今日くらいは、窓際の良い席に座ってもいいかもしれない。





主からの雑なイメージ

グエル→親父がクソだと思ってる。尊敬できるところもあるので嫌いじゃない。温室荒らしたのは許さん。
ラウダ→親父がクソだと思ってる。兄が大事なところが姉が大事な自分と被ってる。勝手に苦労人仲間認定してるけど二人は事務的。
エラン→無機物が人間になった。可もなく不可もなく。

シャディク→ミオリネに片想いしてる件では何とも思っていなかったが告白もしていない内からミオリネのそばにいるために自分に近付いて来た件で生理的に無理になった。お前にミオリネは渡さん。

シャディクガールズ→一時期シャディクへの塩対応でバチバチに冷戦していたが「求婚してきた相手とベッドインしたら姉の名前を呼ばれるかもしれない私の気持ち考えたことある?」で和解した。「シャディクはそんなことしない」ってとっさに言い返せなかった……。

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