花嫁希望、暗礁中



※ガンダム作品にほぼ初めて触れた人間が書いたなんちゃってガンダムです。
※アニメ8話までの知識で書いています。




飛行機が怖かった。

船が沈没すれば、最悪泳いでしまえばどうにかなるかもしれない。何かに掴まって波をやり過ごせば救助が来て、なんとか九死に一生を得る可能性を想像できる。

でも、飛行機にはない。

空中で爆発すれば終わり、エンジンが止まれば終わり、海に落ちたとしても鉄の塊の中で窒息死する、終わり。海外旅行になんて行きたくなかったし、国内だって新幹線やフェリーで済ませて、行けないところは行かなくていいやと思っていた。

なのに、生まれ変わった場所は宇宙。
惑星ですらなく、小さな星の上に増築された巨大コロニー。

──怖い。

どれだけ膨大な規模の空間だろうと、何かのキッカケで故障して空気がなくなったり、どこかが破損して宇宙空間に放り出されてしまうかもしれない。重力が発生する場所しない場所の区別も不明瞭で三半規管がおかしくなりそう。基部となる星が壊れたらどこまでもあてどなくさ迷ってしまうのか。などなど。

簡単に死ねる環境だと思った。

生きているだけで漠然とした恐怖を感じる。臆病で従順な小娘の原型はどうしようもない前世の記憶から来ていた。

ナマエ・レンブラン。モビルスーツ開発産業最大手、複合大企業ベネリットグループ総裁であるデリング・レンブランの第二子として生まれた。双子の姉のミオリネと同じ、真っ白い髪に硬質なシルバーの瞳を持つご令嬢として育つ。

そして現在、ベネリット・グループが運営母体であるアスティカシア高等専門学園に通う16歳の少女だ。


「LP001、ナマエ・レンブラン。
────コルデリア、出ます」


勝敗の結果はモビルスーツの性能のみで決まらず。
操縦者の技のみで決まらず。
ただ、結果のみが真実。

賽は投げられたAlea jacta est。覆水盆に返らず。踏み出した足は引っ込められない。結果が出るまで進み続ける。


「《決心解放フィックス・リリース》」


それが決闘だ。

脚部パーツから取り出したるはロングレンジビームライフル。放たれた白色可視光線に網膜を焼く以外の大したダメージはない。それでも威嚇なら十分に価値がある。走り出すと同時に数発打ち込めば、ノーコンでもそこそこ相手の動きは制限できるものだ。

相手はファルネオ社に推薦されたパイロット候補生だった。確か社長の甥だとか、入婿の弟だとか、微妙な親族であったような。あの会社の業績悪化は著しく、既に二期連続で赤字を出し続けている。このまま三期目も赤字を出せばグループからの放逐も現実味を帯びてくる。

なるほど、なるほど。

それで余り物と婚約なんて愚昧に走った、と。


「まずは、右腕……」


可視光線を目眩しに最小限含有された磁場発生マーキングを確認。照準が自動的に映し出され、着弾のイメージは勝手にAIが済ませてくれる。

あとは引き鉄を引くだけ。

ヘルメットの内側が白く曇る。二酸化炭素濃度の上昇を検知して酸素の流入量がほんの少し増加した。

ナマエの手の震えを、モビルスーツは拾わない。



「残念だけど、あなたとは結婚できないの」



誰も、ナマエを助けてくれない。









決闘は皆が予想したよりも長く、まるまる三十分もかかった。ナマエがわざと手を抜いて、スクラップ寸前のモビルスーツを生き長らえさせた。

虫の足を一本一本もぐように。


「実証実験にご協力ありがとう」


コックピットしか残っていない機体から、ようやくブレードアンテナがむしり取られた。

コルデリア。ベネリット社製ナマエ専用モビルスーツは臙脂色の装甲にネイビーと白の差し色が入った機体。

優美なラインを意識しつつ、機体と武器の軽量化を図っている。宇宙空間における推進力の優位性を追求。白兵戦では短期決戦を目的とした俊敏な機体。……ナマエが長期戦に向いていないというだけの話だが。

ナマエ専用、とは銘打っているものの、本質はマイナーチェンジを重ね続ける実験機体。新技術が開発され、社内役員会議で採択が取れたものから順次実証試験に回される。もはや入学当初のコルデリアとは別機体と言っても過言ではない。まさしくテセウスの船だ。

永遠に完成することのない、未熟なお姫様。


「決闘に負けたなら、やることは分かっていますね?」


爆発を危惧してコックピットから転げ出てきた男。無様を晒す敗者の目の前で、わざわざ優しく確認してやる。相手の恨みがましい目に怯えが混じった。


「ッ……俺が流したデマを、否定すること」
「そう。私が“決闘相手に圧力をかけて負けるように仕向けていた”などという事実は一切ありません。今この場のライブ配信で済ませてしまってもよろしくてよ」


ベネリットグループの人間に決闘のケチをつけるなんて、侮辱するにもほどがある。

別に、ナマエはこの件に関して怒ってもいなければ悲しんでもいない。ただ面倒だった。デリング総裁が決めた条件で娘がズルして甘い蜜を啜っている。この学園においては実際にやっても許されることだ。それでも、最低限の信頼は得ておかなければならない。

父親に従順なお姫様のイメージはどうしても必要だったから。


「……なんて? ぜんぜん聞こえません。企画コンペではもっと声が出ていましたよね? ほら、もう一度」


モニターに向かってもごもごとしゃべる敗者を焚きつける。何度も何度も繰り返させ、最後には涙混じりに蹲っても止めさせない。

ナマエ・レンブランに軽々しく刃を向けるからこうなるのだと、全校生徒に知らしめるために。

こんな面倒なこと、二度と起こらないように。


「はい結構。決闘は終わりです。本日はありがとうございました」


コルデリアに再度乗り込み、メカニックが待つドックへと引き返す。その間、頭の中では言い知れない不快感がぐるぐると渦巻いていた。

先ほどの機体。塗装が青いとはいえ、あのモビルスーツは……ハイングラ?

ファルネオ社の主力は耐久力の装甲特化技術であり、システムとは縁遠い畑だったと記憶している。確かに先ほどのモビルスーツは装甲が固く、新技術のモニタリングとしてはこれ以上ないほどの相手だった。しかし、モビルスーツまるまる一式を持ち出してきた時はどこからそんな財力がと不思議に思ったものだ。

ハイングラ。グラスレー社製の数世代も前の型落ちモビルスーツ。


「そんなに私が嫌いなの? シャディク」
「《とんでもない。新機能の実証試験には相手が必要だろ? 格好の的を用意しただけさ》」


プライベートチャットに繋いで音声入力をしたつもりが、すぐに音声通話に切り替わった。

飄々としたナンパな声。

嘘っぽいほどに悲しみを含ませるナマエが言えた義理ではないが。


「《こちらとしてはリサイクルと慈善活動の一石二鳥だったんだよ》」
「優しくしてもすぐにいなくなるのに?」
「《あそこはまだ一応同じグループの仲間だよ》」
「まだ、ね」
「それに、」


熱い吐息。スピーカーと電波を挟んだ無機質な音だというのに、直感で熱を感じてしまう。そういうポーズが上手い男なのだ。


「君に婚約されると俺が困る」
「ではまた委員会で。失礼します」
「本気なのに」


丁寧に着拒した。これ以上通話を続けていればダメージを負うのはこちらだった。

シャディク・ゼネリという食わせ者の色男がナマエはどうにも、いや、だいぶ苦手だった。


「キッモいよぉ……」


私と結婚したらミオリネと一生一緒にいられるとか絶対考えてるもん。

通信機器をすべてシャットアウトしているモビルスーツ内だからこそできる、無防備すぎるひとりごと。

忘れていた震えが復活してもコルデリアは滑るように格納庫にジャストフィット。コックピットが開くと同時に平素のアルカイックスマイルを浮かべ、メカニックの生徒たちに労りの言葉をかけて回った。

ベネリットグループのお嬢様として相応しい態度を。気品を。成果を。

飛行機が怖くて乗れなかった人間が、コックピットを撃ち抜かれたら一発で死ぬ狭苦しい鉄の兵器に乗っている。この矛盾が矛盾じゃない状況にナマエは立たされている。

この人生は“仕事”。生き残るためには自身の有用性を示さなければならず、加えて大切な双子の姉の願いも叶えてやりたい。結婚だって手段の一つだ。

落ち目の会社の子息とも、シャディクとも、総裁と縁付きたいどこぞの誰某とも結婚する気はない。

ナマエが結婚するとすれば、相手は──。


「グエル先輩、まだ委員会の方にいるかしらね」


硬質なシルバーの瞳をとろりと潤ませ、真っ白い頬をピンク色に染め上げる。恋に恋する麗しのご令嬢の面持ちで、華奢な足は軽やかに無重力空間を蹴った。

ナマエ・レンブラン。アスティカシア高等専門学園パイロット科二年。ベネリット寮に所属し、姉の代理として決闘委員会にも顔を出す。容姿端麗素行優良な絵に描いた優等生。

姉と瓜二つの顔に似ても似つかない笑みを浮かべ、誰もが付き従いたくなる風格を持って学園内を闊歩する。

本物のお姫様のように嫋やかで輝かしい美少女は、


いつだって、姉の婚約者を奪うことを考えている。




***



まず、ナマエ・レンブランは遠い未来に転生した。

人類が宇宙に進出した世界。まだ月への旅行ができるかも、という曖昧なイメージでしかなかった宇宙旅行が容易に可能になり、どころか定住までしている人類が大多数だと聞く。

そこで盛んなのが軍需産業。特に18m級の巨大ロボット兵器の開発がメインなのだとか。

この時点でナマエはぶっ倒れるところだった。ぶっちぎりの「ギェェェ」案件だ。

軍需ってなに。
巨大ロボットってどんなSF。
えっ、パパの会社はそこの大手?
ギェェェ!

だって武器が売れるということは使う場所があるということで、つまりはこの宇宙のどこかで戦争が行われているということだ。

武器が売れれば生活が潤う。むしろ儲かるためにあちこちに放火して回るのが武器商人というものだ。裏っ側で武器をばら撒いたりばら撒かなかったりして商品の需要を釣り上げ湧いてきた蜜をじゅるじゅるじゅるりする死神畜生だ。

恨まれるためにあるような仕事のおかげでナマエは美味しいごはんを食べている。着る服も、眠るベッドも、点いている明かりも、立っている床も、雨風をしのげる家屋も、目につくものすべてが戦争のおかげで手に入った富だ。

四歳でわりと病んだ。

急に食が細くなった娘に母は慌て、使用人も困惑を隠せない。口に入れたそばから吐き出す幼女に、何を思ったか弱弱しい平手が飛んできた。

四歳の双子の姉。正真正銘幼女のミオリネである。

「食べて、食べてよぉ」細かいカットフルーツを鷲掴みにして豪快に押し付けてくる。この頃から現在の豪胆さ現れている。

どんなに拒否しても人の頬で生絞りフルーツジュースを量産し続ける幼女に、ナマエは諦めるしかなかった。吐き気を催しながら口に含み、もきゅもきゅ噛みしめる妹の姿を、姉は満足そうにニパッと。食べている途中でも生絞りを止めなかったのは本当にそういうとこ。

そういうとこ、救われていたのだ。

幼女のふるまいが分からないナマエにとって、ミオリネは道標であった。なんでも真似をして、なんでも付き合って、なんでも遊んだ。

それで良かったのは、母の葬式までだったけれど。

あまり話したことのない父は仕事人間。元軍人のおっかない人で、双子の姉妹は彼の持ち物でしかない。

それでも、ナマエには父にとって大切なのはミオリネなのだと分かった。

ミオリネだけ課題が多いのも、連れていかれるパーティーが多いのも、ピアノをやめさせられたのも、婚約者がいるのも。ミオリネが将来安全に生きていける布石にしか思えない。

その枠組みに、ナマエは入っていない。

だって、ナマエは凡人だ。前世から引き継いだ価値観から、この世界を本能的に忌避している。宇宙という逃げ場のない環境も、モビルスーツ産業という呪われた富も、スペーシアン贔屓な序列も、受け入れがたく、それでも飲み込まなければ生きられない。

ミオリネのような商才や度胸はない。できることと言えばミオリネよりは体を動かすことが得意だったこと。モビルスーツの操縦だけがミオリネよりも勝っていた。

父に放置されているナマエが生き残るには、会社にとって有用なご令嬢を演じるしかなかった。

そうやってどんどん流されるように演じ続けて幾年月。

いつの間にか、ナマエはミオリネの立場を虎視眈々と狙う野心家の妹になっていた。

……そう、確か、ミオリネが地球に行きたいと言い出してから。決闘で結婚相手が決められる訳の分からないルールを聞かされて、本格的な反抗期に突入してしまったあたりか。

ナマエは、ミオリネの才能を信じていた。いずれベネリットグループを盛り立てるか、別の会社を起業するか。いろんな可能性を秘めている素晴らしい姉であり、自慢のお姉ちゃんだった。

それが、地球に家出したいと言い出して、実際に何度か連れ戻されたとなると頭を抱える。そこまで婚約が嫌だったのかと。

父に会社に気に入られるために流されまくって来たナマエは感覚が麻痺していた。けれど確かに、十代の女の子が親の都合で勝手に男をあてがわれるのは嫌悪感があるのだろう。ナマエは父が言うのなら別に気にしないが、父はナマエの婚約の話は一切しないので意味がない。

そこまで考えて、はたと。

ミオリネは企業コンペや契約、戦略立案に関しては嫌がるそぶりはあまりない。反抗期で、勝手に戦利品扱いを受ける現状が嫌なだけで、反抗期が落ち着けば会社経営に忌避感はないはず。

ベネリット社と他社との縁付きだけが目的なら、実子のナマエが引き受けても問題ないのではないか。

ミオリネができないことはナマエがやる。当然の分担作業である。というわけで早速SPを通して父に進言したところ返事はなかった。いい案だと思ったのに。返事する時間が惜しかったのか、無言は肯定と取ってよろしいのか。

悩んでいる間にも期限の17歳の誕生日は近付いてくる。

ミオリネは地球に家出する計画を着々と練っていて、ナマエとしては本当にいなくなってしまうかもしれない不安で気が気ではない。でも、話しかけてもいつの間にかできていた溝が意思疎通を困難にしていた。

ナマエに残された手段は、ホルダーのハートを射止め、ミオリネから乗り換えさせる略奪愛だった。

……実行には移せていないが。


「グエル先輩、二年の地雷処理実習について質問があるのですけれど」
「俺じゃなくラウダに聞け。こっちは決闘の準備で忙しいんだ」
「兄さんの手を煩わせるまでもないよ。何が分からない?」


流れるように弟にパスされる。

一度ならず何度も続くと、流石に察するものがある。

ジェターク家は、庶子のラウダと余りもののナマエをくっつけたいのだ。

世の中うまくいかない。

何度目かのミオリネの家出。帰って来たかと思えば、水星からの転入生とグエルが決闘するとか。目まぐるしい変化を他人事のように思っていた。

ベネリット社の代表として決闘委員会の居城で決闘を見守っている最中、転入生のモビルスーツを無断拝借するミオリネを見るまで。

──正確には、水星のモビルスーツの既視感に気が付いてから。


「ガンダム……?」


いや、ガンダムは知っている。GUNDフォーマットを軍事利用したモビルスーツ。GUND-ARM。縮めてガンダム。操縦者に膨大な情報のフィードバックを強いるデータストームによって命の危険がある非人道的兵器。知っている。だってデリング・レンブラン総裁自らが否定した呪われた兵器なのだ。娘が知らなくてどうするって話で。

前世で有名だった日本アニメの“ガンダム”と同じ名前なのは偶然で……?


………………“ガンダム”ってそういう設定だったの!?


どこからどう見てもあの有名なガンダムと同じ顔同じ色のモビルスーツ。それに乗る最愛の姉。非人道的兵器ガンダムに乗る、ミオリネ…………は?


「しっ、死んじゃうっ」


姉の命の危機に、被っていた皮がボロボロに剥がれ落ちた。


「ちょっと、まだ決闘中、」
「自殺、自殺なの!? ふざけてるの!?」


急に錯乱状態に陥ったまま部屋を後にするナマエを、決闘委員会の面々は訝しげに見送った。

けれど、混乱はその後が本番だった。



「なん、なんっで死のうとするの!?」
「は、ハァ? 急にしゃしゃり出てきて変なこと言わないで」
「だだだってそれ、ガンダムなんだよ! ガンダム! 分かるでしょ!? 乗ったら死ぬんだよ!? どうして乗ったの馬鹿なの死ぬの!?」
「馬鹿って、……アンタおかしいわよ? なんでそんなに、取り乱して」
「やら、やだぁぁぁ!! 死なないでミオリネ、しんじゃやだ、おいてかないでお姉ちゃぁああん!!!!」



IQ2丸出しで慟哭するナマエ・レンブランが決闘終了直後の第13戦術試験区域に侵入した。

ライブ配信がジャミングされ画面が暗転する直前のわずか数秒のことでもある。




***




「パーメットスコアにリンクしていない段階でも、ガンダムに乗ったという事実だけで取り乱すなんて、……あんなふうに心配してくれる家族が、僕にはいたのだろうか。あんなに悲しんで、涙してくれる家族が、僕には……」



妹のノーコンご乱心が姉の心を素通りして某4号に被弾した。




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