青褪めた涙
「さようなら」
靡く黒髪が遠くに行ってしまう。
もうすぐ彼女は死んでしまうらしい。兄の手にかかり、断罪の鎖に囚われて、黒の空間で消えていく。
もう、私たちと会うことはできないのだと。
悲しげに眦を下げて語った彼女。
お腹の小さな命を私たちに任せて。
置いて行った黒うさぎの片割れを抱き締めて、離れていった背中を見守る。
この白い靄から涙が溢れることはない。きっと悲しいという表情すら見えないのだろう。
何て言えば分からない思考。どうして死ぬのか。なんで今なのか。聞きたいことはたくさんあったけど、それ以上にこんな別れ方はしたくなくて。
私は思わず叫んでいた。
「またね、レイシー!!」
バッと振り返った彼女。
昔と変わらない綺麗な紅い眼がまん丸になって、それで嬉しそうに細まる。
"百の巡り"も許されない彼女の魂がまた帰ってくることはない。そう言われても、私はまた会える可能性にかけたかった。
信じたかったから。
黒い空間と黄金の麦畑。
その彼方に消えていった彼女。
「にしても、いつの間に子どもなんて作ったのかしら。私たちはまだ相手がいるのか否かの大論争だったのに、階段を三つ飛ばしでのぼられちゃったわね」
「? よくわからないけれど、わたしはさいしょからそんなことをしたおぼえはないよ」
「あら?そうだった?ちなみに私は前から金髪碧眼のお気に入りくんが怪しいと睨んでいたのだけれど」
「そんなにんげんいた?」
チクチクと赤いジャケットを針で縫いつけながら口を動かす。
双子うさぎらしく前に作ったのと同じ物を着せてあげようと思ったから、いつもの能力で生地と裁縫セットをパパッと出して作っている最中だ。
「子供の名前は何にしようかしら。レイシーの子だからきっと天使みたいなんでしょうね」
「……てんしってものは、かなしいものなの?」
「あら?なんでかしら?」
「だって、なきたくなるようななにかなんでしょう?」
はた、と動いていた手が止まる。
泣きたくなる?
唐突な言葉すぎて私は首を傾げた。
声は続ける。
「あなたはきづいてないようだけど、あなたのひかりがさっきからにじんでいるの。かなしい、かなしいっていっている」
言い終わる直前に、白い光に包まれる私の視界。それが晴れてくる頃には、今まで感じなかった瞼の重さや目の奥の疼きがリアルになった。
なに、これ。
「わたしはたくさんの"ひゃくのめぐり"も"し"もみてきたから、かなしいことにはなれているけれど、あなたはちがうでしょう?」
ぼたぼたと温かいものが目からこぼれ落ちて、黒い空間に青いシミを作っていく。
あら、なんで涙なんかが出てるのかしら。
混乱と一緒に溢れてきた感情が頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
「あなたはないていいんだよ」
我慢していたのかもしれない。
実体のない状態なら、泣く必要なんてないと、どこかで安心して、でも本当はずっと泣いてしまいたかった。
私は楽になってしまいたかった。
肩が揺れる。鼻水が垂れる。喉が震える。
悲しい。悲しい。悲しい。
今だけはちゃんと存在している口が自分でも驚くほど弱々しく彼女を呼ぶ。
「レイシー……っ」
黄金の麦畑に、私の泣き声が響き渡った。
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