銀色の死神



「やあ。君が噂のシエラ嬢かい?」


それは私が久しぶりの散歩に勤しんでいた時だった。

初めて来た当初より狭くなった、それでもどこまでも続く黄金の麦畑を、ない足を動かして歩いているとその人は現れた。

銀色の髪。黄金の輝きに包まれて薄っすらと黄色を帯びている。焦点が定まっているのか分からない紫の垂れ目が、愉快気に細められた。


「初めまして、俺はグレン。バスカヴィル家当主、グレン=バスカヴィルだよ」
「あら、ご丁寧にどうも」


挨拶されたので、日本人らしく頭を下げる。

グレンという名前は聞いたことがある。レイシーの約束をよくすっぽかす酷い人だとか。まあ、彼女は本気で怒っていなかったから仲はいいんだろう。

黄金の地面?空間?を一瞬見つめて顔を上げてから相手を見つめ返すと、その人は変な顔でこちらを見ていた。

あ、レイシーと同じ反応だ。


「ええと、今のは?」
「挨拶、というか礼儀作法?あ、敬語のほうが良かったでしょうか?」
「いや、俺は気にしないけど」
「あら、それは良かったわ」


思ったより素直な反応だった。

貴族とか当主とか、高貴な人種の方と会ったことがないから少し困ったけど、グレンさんは存外ライトな性格らしい。


「初めまして、私の名前はシエラ。レイシーのお友達よ」


お友達。その響きが少しくすぐったくて意味もなく笑ってしまう。そんな私を訝る様子もなく、グレンさんは素敵な笑顔で笑い返してくれた。

でも、なんだか愉快犯みたいな顔だわ。


「それで、グレンさんはここに何か用でもあるのかしら。それなら私は邪魔をしないように元の場所に帰るけど、」
「元の場所とは、君の本当の故郷のことかな?」


私の言葉を遮って、グレンさんが尋ねた。その言葉の意味がよく分からなくて、私は紫の瞳を見つめ返す。

だって、今の私の帰る場所はあの声のそばしかないのに。


「どういうこと?」
「そのままの意味だ。俺は君と話していて確信したよ、シエラ嬢」


笑んでいた口元がさらに歪む。愉快犯という印象はあながち間違っていなかったみたい。


「君はアヴィスが作り出したチェインにしては人間らしすぎる。かと言って、人間が扉を使わずにアヴィスに干渉するなんて不可能だし、"百の巡り"から逃れた亡霊というには随分と説得力にかける。だから俺は他の可能性を考えることにしたんだ」


だんだんと詰められてくる距離がゼロに近づく。気がつけば、私の視界いっぱいに彼の顔が広がっていた。


「君はもともとこの世界にいた存在ではない。異なる理の世界からやって来た異端者だね?」


背後で金の粒が宙を舞う。

目を見開いた私は、その言葉にどう返せばいいのか分からなくなってしまった。

ずっと声と一緒にいたからもうここが夢じゃないことは分かっていたし、レイシーから聞いた外の話からここは違う世界なんだろうな、というのも理解していた。何となく言うタイミングを逃していただけで。

なのに、この人はなんで、

震える唇をどうにか諌めると、上手くまとまらない思いが口から飛び出した。


「……ごいわ」
「………ん?」
「すごい……私が誰にも教えていないことを初対面で当ててしまうなんて、すごい。すごいわ!レイシーに話は聞いていたけれど、やっぱりバスカヴィルさんって本当にすごい力を持っているのね!それともバスカヴィルさんに限らず貴族の方って当たり前に読心術でも使えるのかしら?」
「…………」


感動だ。

やっぱり権力社会で生きていくとそんなすごい能力が身につくのだろうか。昼ドラみたいなドロドロはあまり好きじゃないけど、そんな力が手に入るなら貴族も一度はなってみたいかもしれないわ。


「他には? 何かできることってあるの?」
「…………………」


あら?なんで黙ってしまったのかしら。

いつの間にやら離れていた顔に白い手を翳して振ってみる。もしかして本当にこの目は焦点が合ってないのかもしれない。


「あの、グレンさ、」
「く、くく……ぶわはははははッははははッ!!」


…………え。

なんでそこで噴き出す。


「グレンさん?」
「ははははははッ!!ははッあーはッはッはッはッ!!」


ダメみたいね。

それから暫く笑い続けてから、グレンさんは帰って行った。

何やら笑いながら面白いだのなんだのと言っていた気がするけれど、聞き返しても答えてくれなかったので保留とすることにしよう。


それにしても、彼はいったい何をしに来たのかしら?


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