紅眼の少女
あれからさらに時間が経過した。
黄金の麦畑と、いつの間にか私の体よりも大くなっていた黒い点、基、黒い空間。太りすぎじゃないの、と聞いたらちょっと怒られた。どうやら声の本体は変わらない大きさで黒い空間の中にあるらしい。
声との仲は良好だ。たまに人形劇の方向性についてどうでもいい喧嘩をするけれど(声は初めて会った時からだんだんと加虐趣味が進行してきた気がする。私のせいじゃないと思いたい)、私たちはとても仲良しだ。
それと、何にもなかったこの空間に物が増えた。あの日に判明した声の力は遺憾なく発揮されている。主に私の暇潰しと声の趣味に。
やっぱりヘンテコなデザインのぬいぐるみを、変わらない靄みたいな白い手でもふもふする。
私の体も未だに形のないままで、もう元の顔も本当の名前も忘れてしまった。けれど、ここには声しかいないから、お互い"あなた"と呼びあえば事足りてしまう。それでいいと思ってしまっているから、私はそれなりにこの生活に満足しているのかもしれない。
ぬいぐるみの顔を抓って伸ばして遊んでみる。そんな時、その子は背後から現れた。
「誰かいるの?」
綺麗な声。幼い子供のものだ。
「はいはーい」
本当は振り向かなくても私の白い靄はその子の姿を鮮明に教えてくれた。向ける顔も今はないしね。けれど、一応形だけでもとくるりと振り向けば、やっぱりその子は見えていた姿で立っていた。
黒い髪がさらさら流れて、紅い瞳がまん丸に輝いている。
「あなたはだれ?」
声が静かに尋ねる。
けれど少女はよく分からないという風に首を傾げるばかり。それに逆に私が首を傾げた。
声が聞こえなかったのかな?
「あなたの名前を聞いてるのよ」
そう伝えると、少女は驚きながらも納得したというふうに一つ頷いて、答えた。
「私はレイシー」
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